stage,15 第四話③
――オレ達を乗せた馬車は一路、王都を目指して走りだす。
馬車はガタゴトと揺れて、座っていると腰が痛くて乗り心地のいいものではなかった。でも、窓から見える景色が次々に後ろへと流れていく様子は、腰の痛みさえも忘れるくらい新鮮な眺めだ。
「すげぇ……。やっぱり馬車は速いな!」
「ガウルったら。子供みたいね」
窓に張り付いていたオレはアスカに指摘されて慌てて椅子に座り直す。
「し、仕方ないだろ。馬車に乗るのは生まれて初めてなんだから」
「そういえば村から出たことないんだったわね。村の中だけなら馬車で移動する必要もないか」
と、ちょっとウンザリした顔のアスカが言った。
「なんだよ、お前はつまらなそうだな」
「だって、これじゃスピード遅くて、やることもなくて眠くなっちゃうわよ……」
「もっと速い乗り物があるのか?」
「そりゃあ自動車はもちろんだけど、リニアともなれば時速五百キロくらいだったと思うし」
「ご、五百っ!?」
いやそれ……、そんな勢いで走ったら、途中で車が分解して乗ってる人間が死んじゃわないのだろうか。
「どういう馬に牽かせてるんだ……?」
「馬が牽いてるわけないでしょ」
ドン引きしてるオレの質問に真顔で即答するアスカ。勝手に動き回る車達。やっぱりアスカの世界は怖い世界だ……
「暇つぶしにもっと話すけど、そんなので驚くならインターネットとかでも驚くわよね?」
「インター……ネット? 魚とか獲る網のネットか?」
「そうじゃなくて、情報網とか意味があるんじゃないのかな。とにかく世界中が繋がってる情報通信技術なのよ」
「世界中が繋がってる……?」
世界中を囲める投網を想像した。んなバカなって自嘲しかけたけど、乗り物が時速五百キロとか出せるなら、世界を丸ごと包める網も作れるのかも。
「スマホで一人一人がネットに繋がってるようなものだし、情報もすぐ調べられるわ。どんなに離れてても伝えたいことだって一瞬で届くわよ?」
「…………」
一人一人が網に繋がってる……?
投網に絡まった人間達を想像した。まさに地獄絵図。それをこうも軽い口調で話せるアスカがすごい……
「離れてても伝えたいことがすぐ届くのはいいと思うけどな。世界中にどうやって届けてるんだよ……」
「データの信号を光に変えて飛ばしてるんじゃなかったかしら?」
「なんだよ、『光魔法』か。オレの専門外だ」
光魔法――シェルティや、一般的に魔法使いが使う四大元素魔法から外れた特別な魔法。別名、神聖魔法。人間が使えるもっとも強力な魔法だけど、素質に左右されやすくて使える者は少ない。
と、本で読んだ程度の知識しかない。村にも使える奴はいなかったし。
「でも、アスカ。魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「魔法じゃないわよ。人間が作った機械でやってることだし」
「えー……。嘘っぽいなぁ、空想科学ってやつ?」
魔法が使えないのが嘘なのか、ネットというのが嘘なのか。それに限らず、アスカが現れてから何が事実かよくわかんなくなってきた。
「嘘じゃないわよ。ガウル達だって人間が魔法を作ったんでしょ。そっちの方が空想してるわよ」
「魔法は人間が作ったんじゃないぞ?」
「え? そうなの?」
「魔法は元々魔族達の能力で、それを人間が使えるように改良したんだよ。だから、『魔』法って言うんだぞ?」
そのため、大昔は魔法使いは魔族に魂を売った人間だとして迫害されていたはず。王国史では有名な話なんだけど……
まさか一般常識じゃないのか? 一応、シェルティにも聞いてみるか。
「シェルティ。魔法を作ったのって、元々は魔族だよな?」
「はい、そうですよ。『魔族の遺産』なんて呼ばれてたりしますから。もちろん、起源は二千年以上昔のことなので、その可能性が一番高いというだけの話ですが」
「光魔法は神が人々に与えたという伝承もあるがな。そういえば、独り言のようにブツブツと光魔法の話をしていたようだが?」
「ああ、アスカの世界の話だから気にするな」
「では、やはり光魔法は神の魔法ということか?」
「いや、それどころか、アスカ達は魔法が使えなくて詳しくないらしい」
オレの言葉にサアル達は顔を見合わせる。そりゃそうだよなぁ、全知全能の神様が魔法を使えず、詳しくもないなんて信じられないだろうし。
「……本当に戦女神様がそうおっしゃっておられるのか?」
「こんな嘘ついてどうするんだよ」
「では、魔族のことは何か聞いているか?」
「え……」
あ、そういえば色々超次元なことが起こりすぎて、そっちばかり気にかけてたけど、魔族のことを聞きそびれてたな。
「――おい、アスカ。そういえば魔族って何者? 今どこで何をしようとしてるんだ?」
「私がわかるわけないでしょ」
「いや……即答されても。二千年前に戦ったんだろ?」
「だから、わからないんだって!」
お前、やっぱり戦女神じゃないだろーっ! って指差して叫んでやろうと思ったけど、サアル達から「じゃあどうして英雄剣を使える?」って聞かれたら困るしな……
「魔族のことも……わ、わからないらしい……」
少しためらったが、ここは正直に伝えよう。アスカが本当に戦女神なのか疑われるかもしれないけど、自分も半信半疑なままだし、この際、アスカはこの世界をゲーム扱いしてることなど、洗いざらい打ち明けて皆の意見をきくのもアリだろう。
「まさか、そんな……戦女神様は記憶を失っておられるのかっ!」
ズコッっと座ってた椅子から滑り落ちるオレ。
「なんでそうなるっ!」
「おかしいと思ったのだ。戦女神様がそばにいらしておきながら、貴様は魔族を倒せていないことに気付いていなかった。戦女神様なら魔族があの程度で死なぬことはご存じだったはず。しかし、記憶をなくされておられたとは……合点がいった」
「いや、たぶん記憶をなくしたんじゃなくて、本当に知らないんだと思うぞ……アスカの奴」
本当に記憶喪失ならオレの知らないことをあれだけペラペラしゃべれるわけがない。この世界をゲーム扱いするのもおかしいし。
「記憶喪失なのか。戦女神様、可哀想ダ……」
「わたくしに何ができるかわかりませんが、戦女神様が記憶を取り戻せるように力になります!」
「ちょっと待てっ! 皆、無条件にアスカの味方しすぎだろ!」
「むしろ貴様は味方ではないのか? 伝説の英雄のくせに……英雄のくせにっ!」
「わざわざ二度言うな!」
全てがアスカのために流れているような、この不条理な流れはなんだ……。このままじゃ、また自分だけが悪者になっちまうじゃねぇか。
「ガウル。いい仲間を持ったわね」
「どこがだよっ!」
オレの悲痛な心持ちはあっさり無視されて、サアルは真剣な面持ちで続ける。
「しかし、参りましたな。国王陛下も目覚められた戦女神様から魔族の情報を得ようとお考えだったのだ。だが、これではどうしようも……」
「王国には王立の研究機関があって、他の国より魔族に詳しいと聞いていましたけど?」
「それは事実だ。魔族がこの世界で猛威を奮っていたのは、今から二千年も前。それなのによく調べ上げたものだと感嘆するほどに詳しい。しかし、二千年は二千年。それだけの時を経ていては、得られる情報も事実であるかどうか確認しようもなく、我々も頭を抱えていたのだ」
「二千年じゃ、何が本当デ何が間違いカ、わからないだろうナ……」
だから、復活した戦女神のもたらす情報が頼りにされるのはわかる。でも、アスカはこんな調子だしな。
「王都までは時間があるんだろ? だったら、お前が知ってるだけでもいいから、魔族について教えてくれよ」
「そうだな。話を聞いていれば、戦女神様も何かを思い出されるかもしれない」
と、サアルはそう言ってからコホンと咳払いして話しだす。
「では、基本的なことから。魔族というのは強力な魔法を扱う、恐らくは不老長寿である、人ならざる種族の総称だ」
「いきなり恐らくなんだな。でも、総称? 魔族って種類があるのか?」
「ああ。羊のような曲がった角があり、背中にはコウモリの翼。そして、肌が青紫色の者達を悪魔の人――『魔人』と呼ぶ。空を飛べるのが特長で、魔族の中では一番広く知られている種族だろう」
「オレの村を襲ったのも、シューレイドの街を襲ったのも魔人だったんだな」
魔族は全員、魔人だと思い込んでいた。しかし、サアルの口振りからそうではないようだ。
「魔人が広く知られている理由は、この二千年間にも時折姿を見せて猛威を奮っていた歴史があるからだろう。とはいえ、最近の記録でもそれは三百年も昔の話。本当に魔人が復活して暴れていたかは証明できないがな」
シューレイドの魔人も二千年ぶりに復活したようなこと言っていた気がする。そこら辺の事実確認は無理なのかもしれないな。
「首長国では魔族は魔人しかいないと思われてるでしょうね。魔族が複数の種族の総称だなんて初耳です」
「森使国だと、もう一つあッタ気がする。『鬼』みたいな奴らだったようナ……」
「そう、それだ――もう一つの種族。それが問題なのだ。頭には猛牛のような二本の鋭い角があり、さらには鋭い牙と爪を持つ。赤みの強い色の肌は鋼鉄よりも硬いとされる鬼の人――『鬼人』だ」
「キ……キジン?」
サアルの真面目な気迫に圧されるオレやシェルティ達。
「鬼人は魔人を凌駕する能力を持つ上に、知能も高くて魔族達の王国を築いていた。まさに『魔族達の王』なのだ」
「魔族達の王……って、まさか!」
「そうだ。魔王は鬼人だ」
魔王の存在は知っていた。でも、その正体までは知らなかった。いや、村に伝わる昔話で聞いてたかもしれないけど、当時のオレはバカバカしいと聞き流していたのかも。
鬼人をなんとなく知っていたリゼも、魔王のことには詳しくなかったのか目を丸める。
初めて知る情報ばかりでオレがシェルティやリゼと顔を見合わせていると、アスカがつぶやく。
「イメージを聞けば私も知ってる鬼みたいね。あと虎柄パンツ穿いてて金棒持ってたら、そのまんま赤鬼のことだわ」
「と、虎柄パンツって……」
センスがすごい。って、そういう話じゃないな。
「魔王の名は『ウラ』というらしいが、鬼人自体はこの二千年間、その存在を確認されたことはなく、主に森使国で作られた空想上の存在だと考えられていた」
「だから、さっきリゼはなんとなく鬼人について知ってたのか」
「そうだな。しかし、調べていくうちに我が王国でも鬼人に関する伝承が次々と明らかになり、魔族の王国の存在と魔王の正体にまで行き着いたというわけだ」
「魔王――ウラか」
緊張感に包まれる車内。しかし、アスカはそうではなかった。
「なんか『オモテ』もいそうな名前ね」
「……お前なぁ。緊張感って知ってる?」
こんな時にダジャレかよ。もうやだ。アスカの大物っぷりについて行けない……
一方、話し続けていたサアルは何やら渋い顔になる。
「と、ここまで話したが、それらは伝承や歴史を紐解いて得た情報にすぎない。本当は鬼人など存在しない、魔王だって魔人だ――などと指摘されれば反論すらできない。遺された歴史が全て本当かなど、現在から完璧に知ることはできないからな」
「なるほど。アスカを頼りにするのは当然だよな」
「それで、戦女神様は今の話をどうお考えか?」
「……緊張感もなくオモテもいそうだな、なんて言ってるぞ」
「――っ!?」
サアルは驚いて勢いよく席を立ち、馬車の天井にゴツッと頭をぶつけてうずくまる。もう、背が高いのに真っ直ぐ立つから……
そして、頭を押さえて震えていたサアルは涙目をこちらに向けて続ける。
「まさか……魔王は二人いると。オモテというもう一人の魔王がっ!?」
「そうじゃねぇよ! 裏に対しての表。ただのジョークだろ。真に受けるなよ」
「ジョークだと? まさか貴様、本当は戦女神様がおっしゃってもいないことを俺達に言って遊んでいるのではないだろうな!」
「本当に言ってるんだよ!」
――今のはだけど。
確かに今までアスカが言っていないセリフを言ってごまかしたことはあるけど、気付くの今かよサアルさん……
「まあ、いい。シェルティ殿やリゼ殿は何か質問はあるか?」
「リゼは大丈夫。あとは戦うダケ」
サアルに聞かれてリゼは即答した。一方、シェルティは何か悩んでいる様子を見せる。
「わたくしは一つだけ質問があります。魔族は魔人と鬼人の二種族だけなんですか?」
「それ以外の種族が存在したとされる文献もあるようだが、詳しいことはわからない。いや、それ以上のことは何もわかっていないと言うべきか。なぜ、今になって魔人達が頻繁に現れるようになったのか、目的は何なのか。本当にわかっていないことだらけだ」
「今はまだ幸いにも魔王がいなくても、その復活を防ぐ手立てはなさそうなんですね」
「そういうことだ。だから、王国は軍備を増強するしかない。来るべき災厄に備えてな……」
「アスカもアテにならないとなると、どうすればいいんだ……?」
王都に着いても何もできないかもしれない。英雄のオレがそれでいいのだろうか。
というか、絶対期待されてると思うが、それに応えられる自信がないぞ、オレ……
「俺が知ることも限度がある。王都で陛下にお会いして、それから今後はどうするか判断すべきだ」
「そうだよなぁ。アスカ、大丈夫か?」
「大丈夫よ。行ってみればどうにかなるでしょ」
アスカは無責任なことばかり言ってるが、悩んでても解決する問題ではないか。今はとりあえず王都だ。
オレ達を乗せた馬車は、なおも王都を目指してガタゴトと進み続ける。
――ハッ、と気付けば、どうやら寝ていた様子。周りを見ればシェルティもリゼも寝ていて、サアルは腕を組んでこっちをガン見している。
「怖いわ!」
「失敬なっ! 目を覚ますなり第一声がそれか!」
「寝てる間にオレや皆に変なことしてないだろうな……」
「するわけないだろ!」
必死に反論してるサアルよりもオレは気になった。アスカがいないのだ。
「アスカ、どこいった? 知らないか?」
「見えないのに知るわけないだろう。って、戦女神様がいないのか!?」
「オレが寝ちまったから中断しちまったのかな……」
「なぜ、落ち着いている! 一大事ではないか!」
「ああ、大丈夫。よくあることだから」
途中で馬車から落としてきてしまったとでも思っているのか、ひどく焦っているサアル。その大声にシェルティもリゼも目を覚ました。
「……何かあったのです?」
「ああ、大丈夫。アスカが消えてるけど、そのうち帰ってくるからさ」
「神様はズッとこっちの世界にいられないカラ、定期的に姿を消ス――みたいなことは聞いたことあるゾ」
「言われてみれば、そういう伝説があったな。すまない、忘れていて焦ってしまった」
「何、そのアスカに都合のいい設定……」
剣守りしてたオレでも知らないんですが……
無闇やたらとある女神像といい、一時的に消えるのは仕方ないことといい、この世界はアスカのために回ってる。間違いない……
なんかそれやだ。すっごくやだっ!
「――何、不満いっぱいな顔してるのよ……」
といきなり横から聞こえた声に振り向くと、負けじと不満いっぱいな顔のアスカがいた。
「どわぁっ! いきなり出てくるな!」
「あのね、あんたが私をほっといて寝ちゃうからいけないんでしょ! しばらく寝顔見てたけど飽きたからスキップしたのよ!」
「また都合のいいスキップ……」
ウンザリと頭を抱えるオレの気も知らないで、シェルティ達は胸をなで下ろす。
「どうやら戻ってこられたようですね、戦女神様」
「ふむ。一安心だ」
オレは安心できねぇっつーの。
騒いでたオレに笑っていたリゼが、ふと窓の外に何かを見付けて指差した。
「あ、街が見えてきたゾ!」
言われてオレも見てみれば、シューレイドの街にもあった防壁よりも高い壁に囲まれ、さらにその外側を堀が囲んでいる街の入口が見えた。
そして、防壁の向こうには天に向かって高くそびえる城が見える。村で一番大きい村長の家の何倍、何十倍あるんだろうか。田舎者のオレには、あれが人が住んでる建物には到底思えない。
「いかにもヨーロッパって感じのお城ねぇ……」
「よーろっぱ……って、とっても立派ってことか?」
「どうしてそうなるのよ。ヨーロッパは国の名前……じゃなくて、地域の名前? あ、そういえばこの国の名前って何?」
「は……?」
ヨーロッパの意味はともかくとして、アスカは今なんと言った?
「お前、王国の名前を知らないのかよ!」
「知るわけないでしょ! 教えてくれてないじゃない!」
「ああ……そうだっけ?」
言われてみれば、王国の名前は一度も口にしたことがなかった。教えるつもりがなかったわけじゃなく、尋ねてこないから知ってて当然だと思い込んでた。
「確かに言った覚えはないけど、この王国の伝説の戦女神のお前が王国の名前を知らないなんて、そんな発想になるわけないだろ」
オレの言葉にサアル達も顔を見合わせている。さすがに不信感を覚えただろう。アスカが本当に戦女神なのか――と。
「戦女神様が王国の名前を知らない? まさか記憶障害がそこまで及んでいらすとはっ!」
「あーハイハイ。記憶障害だな、記憶障害……」
もういいよ、いいんだそれで。なんでもかんでもアスカに都合よくて……クソッ……
「で、なんて国なの?」
「ホントに今さらすぎるけど、ここは『ドミリュー王国』だ。んで、王都ドミル・サントロウの目前ってところだ」
「もったいぶったわりには普通の名前ね」
「もったいぶったんじゃねぇよ! 聞かれなかったから言わなかっただけだっての!」
これも今さらだけどアスカのマイペースっぷりには、これから先も思いやられるな……
とにもかくにもそんなこんなで、オレ達は王都に到着したのだった。