stage,14 第四話②
まだまだ混乱中でありながら、次第に落ち着きを取り戻しつつあるシューレイドの街を宿屋に向かって歩くオレ達。
そんな中、サアルが口を開く。
「ところで、英雄は戦女神様のお姿が見えたり、お話しができると聞いたが?」
「え、ああ。そうだぜ」
「本当にぃ? 実は見えてなかったりするんじゃないのかぁ?」
しつこく疑うサアル。ウザい。まだオレが英雄だって受け入れてないな……
「え!? 英雄さんは女神様のお姿が見えるんですか? もしかしてガウルさんの独り言が多かったのは、女神様とお話しされてたから……?」
「ああ……実はそうだったんだ。そういえば外国人のシェルティとリゼは、そんな伝説は知らないんだったか。戦女神の名前はアスカ。見えないだろうけど今もすぐそばにいるんだぜ?」
「早く言ってくださればよかったのに……。女神様、改めてよろしくお願いします」
と、アスカにお尻を向けてお辞儀するシェルティ。
「いや、シェルティ。こっちこっち」
「し、失礼しました! お姿を拝見できないのは大変ですね。粗相がないように気を付けたいのですが……」
「ああ、そんなのいいって。アスカはそういうのは気にしないから。今もシェルティの行動に大爆笑してるし……」
尻向けお辞儀がツボにハマったのか、アスカはお腹を抱えて震えている。
「けしからん! 戦女神様の御名を呼び捨てて、さらには不敬も平然と認めるなど、貴様からは戦女神様を敬う素振りも感じられん! このような男が英雄でよろしいのですか! 戦女神様っ!」
必死に訴えるサアルだが、やっぱりアスカがいない方向に叫んでる。
「だからこっちだって。それに、アスカを敬うとか絶対無理!」
「何よそれ。サアルの言う通り、もう少し私のことを敬ってくれたっていいんじゃない?」
「無理ったら無理っ!」
不満そうにアスカが割り込んできたけど、ツーンとそっぽを向いてオレは言い切った。努力しても無理なんだから仕方ない。
でも、納得がいかないのかサアルはオレをにらむ。
「腰の――それが伝説の英雄剣か。少し俺に貸してくれないか?」
「は? 持ち逃げしようとしても意味ないぞ? アスカがいなきゃただのボロな鉄の棒になっちまうんだから」
「持ち逃げなどせぬわ! 早く貸せ!」
オレの手から英雄剣を奪い取ると、サアルは目を閉じて精神を集中している様子で、大きく深呼吸すると力一杯に剣を鞘から引き抜こうとする。
「ふぬぬぬっ……ハァハァ……ふぬぬぬぬっ!」
何度か挑戦していると、力みすぎたのか顔がどんどん真っ赤になっていくサアル。もちろん、そこまでしても剣が抜けることはない。
「サル。顔、真っ赤。本物の猿みたいダ」
「サルではないっ! サアルだっ!」
さらに顔を赤くしてリゼの指摘につっこむサアルに、オレもシェルティも笑いを堪えるのに必死だった。
こんな時、アスカはいい。大声で笑っててもオレにしかわからないんだし。
「あははっ……もうダメ、もう限界。この人、おかしすぎるわ!」
「ウケすぎだろ。なんかサアルが不憫に思えてきたぞ……」
念願の英雄になれたって、戦女神がこれじゃあさらにサアルが不憫だ。
疲れ切ったサアルが英雄剣をオレに返そうと差しだす。
「……貴様は、抜けるんだな? これが……」
「うん。ほら」
返してもらった瞬間、すぽっと剣を抜いてみせると、サアルは崩れ落ちるように地面に四つん這いになる。
「うおぉ……俺のこの『二十五年間の』人生が……ムダに思えてきて……うぐっ」
ドバドバと涙を地面に流しながら泣きだすサアル。お前の涙腺は水道かっ!
「いや、いい歳したおっさんが泣くな……よ? って、今なんて言った!? 二十五年間のってお前、何歳だよ!」
「二十五年間の人生で二十五歳じゃないわけがないだろう。貴様はバカか?」
水道の蛇口をキュッと閉めたように涙を止めてオレをにらむサアル。さっきからこいつはどういう涙腺の構造してんだよ……って、違う!
「つまり、お前って二十五歳……?」
「だから、そうだと言っている。どうした? 他の皆まで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして……」
「えぇえぇーっ!?」
サアル以外の全員――アスカも含めてオレ達が揃って驚く。サアルは整えられたアゴヒゲが似合う渋めのおじさんで、若くても三十歳くらいだと思っていた。それがまさかの二十五歳。
「老けてるわー……。シェルティとは逆ね。三十歳は超えてると思ってたわ」
「オレも。ライドは二十四歳だから一歳しか違わないのか。衝撃だ」
ライドはオレより若く見られることもあるくらい童顔だったし、比べちゃ可哀想か。
「ま、まさかそんなに老けて見えるのか、俺は……。戦女神様は何とおっしゃっている!?」
詰め寄ってくるサアル。マジでウザい。自覚もないなんて、どうせ本当のこと言ったらまた泣きだしそうだしなぁ。
「『歳なんて関係ないわ。ヒゲが似合うステキな騎士様だね』って言ってるぞ」
「ちょっとガウル。私、そんなこと一言も言ってないじゃない!」
「いいだろ? 聞こえてないんだから。それに――」
オレが呆れ顔をサアルに向けると、どんどん表情が明るくなっていく彼がいた。
「そ、そうか……そうかそうか! いやぁ、このヒゲの手入れには毎朝時間をかけていてだな――」
勝手に始まるヒゲ談議。幸せそうで何よりだ。めでたしめでたし。
「――な? こいつ、扱いやすいだろ?」
「なるほど。煽てられて登った木から落ちるのも猿だったわね」
「……なんか混ざってないか? それ」
アスカの世界ではそういうことわざがあるのかもしれないけども。煽てて木に登るのは豚だと思う。
「しかしまぁ、ガウル。あんた、強かになったわね」
「誰のせいだよっ!」
強かにならなきゃアスカと一緒にいられないっての。とアスカに文句を言うのもいい加減に疲れてきたので、ヒゲをさすりながら一人で得意気に何かを語っているサアルは放置して、オレ達は宿屋に向かった。
――立派な石造りの建物でオシャレな暖炉まである綺麗な広い部屋。晩ご飯も山の幸を中心に申し分ないおいしさ。なんとステキな宿屋なのだろうか。
そして、快眠が約束されたふかふかなベッドが二つ……そう。二つ。
「なんでお前と相部屋なんだよ……」
真っ白な鎧を脱いで隣のベッドに座っているサアル。こいつがいるせいで全てが台無しだ。
「仕方なかろう。個室は全部うまっているらしいからな。ここは主要な宿場街。宿屋も繁盛しておるのだろう。しかし、なぜ嫌がる?」
「寝込み、襲われそうだし」
「誰が襲うものかっ!」
まあ、オレの命を狙ってるなら魔族からオレを助けるわけないか。
「ねね、ガウル。銃を見せてもらわない?」
「ああ、確かに。オレも興味あるしな」
「興味? 何の話をしている?」
オレ達の会話が聞こえず、いぶかしげに首をかしげているサアル。
「銃だよ。お前の銃を見せてもらいたくて」
「なぜ、貴様なんぞに――」
「『私に仕えてくれる頼りになる騎士様の武器が見たいわ』ってアスカが言ってるんだけどなぁ?」
「是非! 見てくれたまえ!」
一瞬嫌そうにしてたくせに、満面の笑みで銃を差しだすサアル。乗せられやすい奴だな。
「……あんたねぇ、いい加減に嘘の私のセリフを言うのやめてよね」
「いいじゃんいいじゃん。気にするなっての」
そして、初めて銃を手にするオレ。あまり大きな物ではないがズッシリと重い。サアルはこれを片手で扱っていた。相当な訓練をしていることには違いなさそうだ。根は本当に真面目そうだしな、こいつ。
何の金属かわからないけど、全体が真っ白に輝いているように見える。無機質でありながら生き物の鼓動を感じるような不思議な感覚だ。
「安全装置はかけてあるが引き金は引くなよ。あと、このことは誰にも言うな。国の許可がない者は銃に触れるだけで罪だからな。まあ、天下の英雄様がその程度の罪で捕まるとも思えんが」
「へぇ。厳しい法律があるんだな」
「当然だ。銃は国が全て管理している。国宝とも呼べる代物なのだからな」
「『古代の遺産』だもんな」
と、オレはアスカにも銃を見せる。アスカも興味津々にそれをのぞき込む。
「古代の遺産じゃないけど、私達の世界の銃とそっくりね。まあ、私が住んでる所も似たような厳しい法律があって、私も実物は見たことないんだけど」
「神様の世界も銃が禁止なのか?」
「こっちの世界全部じゃないわ。私の国はそうってだけ。銃だけじゃなくて武器になるような物は全部ダメ」
「武器が持てないって、魔法で戦うのか?」
「バカねぇ、魔法なんか使えないわよ」
魔法が使えないなら、どうやってオレに干渉してるんだ? というか、〈ラプソディ〉とかは魔法じゃないのだろうか……。うーむ、よくわからん。
「とりあえず、アスカの世界は武器も魔法も持てないなんて、危ない世界なんだな……」
「どっちがよ! 剣を持ち歩いてる方が物騒でしょ! って、ちょっとガウル、指どけて」
何かに反応してアスカがそう言うと、オレは言われた通りに銃を握っていた指を動かす。
「ここ、この『紋章』だけ金色ね」
アスカは銃の持ち手に彫られた小さな金色の紋章に気付いた。
国旗などに描かれる紋章は大抵、象徴となる動物などをかたどっているものだが、その紋章は何をかたどったものかわからない。多角形をちりばめただけの幾何学模様にしか見えないが、その細やかな紋章は確かにひときわ目立っている。
それがちょっと気になったオレはサアルに尋ねる。
「なあ、この紋章って王国の紋章じゃないよな?」
「ああ。その紋章は全ての銃に彫り込まれている謎の紋章だ。王国のものではない」
「全て? 今ある銃、全部にか?」
「ああ、そうだ。おそらく、銃を作った者のサインのようなものだろう。剣や美術彫刻にもサインする者は多いからな。ただ、正確なことはわかっていない」
「ふーん。でも、人間が作った物かどうかすらもわからないんだろ?」
何気なく漏らしたオレの疑問に、しんと静まる部屋の中。見れば、アスカもサアルも目を丸めている。
「あれ? なんか変なこと言ったか?」
「へ、変に決まっているだろう。ならば、人間以外の誰が作ったと言うのだ!」
「いや、それは人間かもしれないけど、今は誰も作れないんだし、大昔に誰が作ったなんかわからないだろ? アスカみたいな存在だっているわけだし」
アスカの言うことはよくわからないし、アスカの世界がこの世界とは明らかに違う場所なのは間違いない。
神のような人間以外の存在が、魔族の他にも存在するってことは今のオレなら言い切れる。
「ふむ……。神が作った可能性か。不思議とそういう考え方をしたことはなかったな。戦女神様はどのようにお考えだろうか」
「――まあ、ある意味そうかもしれないけど、銃以外だって、この世界の全てのものを作ったってことになると思うけど? ただし、神様というかゲーム会社の人が、だけど」
またなんかわけがわからん会社の話をしだすアスカ。サアルに説明もできないので割愛します。
「神が作ったって言うなら、この世界全部がそうだろってさ。まあ、そりゃそうか」
「その反応からして、少なくとも戦女神様がもたらしたものではなさそうだが、神の存在が関わってくるとなると人間の俺達にはもうどうしようもならないな」
と言いながらサアルは立ち上がり、オレに手を伸ばす。
「もういいだろう? 返してもらうぞ。俺は風呂に入ってくる」
「ああ、ありがとな」
サアルは銃をしまうと、そのまま風呂場へ行った。その間、アスカはずっと難しい顔で沈黙していた。
「どうしたんだよ、アスカ。珍しく考え込んでさ」
「珍しくとか失礼ね。でも、ちょっと気になるのよね」
「銃を作ったのは誰か、って話か? 確かにオレも気にならないわけじゃないけど、どんなに考えたって結局のところ、それが誰だろうと今のオレ達には関係ないだろう?」
「そうなんだけどさ。剣と魔法のファンタジーに銃が絶対出ないってわけじゃないけど、この世界には浮いてる気がするのよね。他に機械的なものがないんだもの」
アスカが言いたい機械的なものというのがどんなものかは想像もつかないが、オレが想像もつかないってことこそが機械的なものがないという証明なのかもしれない。
「古代の遺産で銃だけが存在してるのはおかしい。たとえ、アスカ以外の神がもたらしたものだとしても、銃の存在が何か意味を持っているんじゃないか――って言いたいのか? でもそれってギャグファンタジーだからじゃないのか?」
「銃があるってこと自体は全然ギャグになってないでしょ? まぁ、今の段階じゃなんとも言えないけど、なんか違和感があったのよね……」
「違和感ねぇ。オレはアスカと出会ったこと以上の違和感なんて、今後味わえないと思うけどな」
違和感――そういえばオレも今、感じたかもしれない。持った時に感じた生き物のような鼓動と、全ての銃に刻まれているという紋章……
何か意味があるのでは、と言われるとそんな気がしなくもない。
「どっわああぁーっ!」
突然、風呂場からサアルの悲鳴が響いたと思うと、腰にタオルを一枚だけ巻いた姿で、裸のサアルが飛び出してきて床にズッこける。
「なっ、なんだよ。ゴキブリでもいたのか? 並みよりガタイがいいくせに情けない奴だな」
「ち……ちっ、違うっ!」
「驚かせるナ、サル!」
鯉のように口をパクパクしているサアルのあとに続いて風呂場から出てきたのは、いつもの忍び装束姿のリゼだった。
リゼはシェルティと相部屋だったはず。
「リゼ? なんでお前がこの部屋の風呂場に?」
「ガウル、疲れてると思っタ。だから、風呂に『柚子』入れようと買ってきた。そしたら入ってきたの、サルだっタ」
確かに柚子風呂は落ち着く。ただ、リゼの手にあるのはどう見てもミカンだけど。まあ、ミカンでもいいのか?
さらにどうでもいいけど、リゼにとってもうサアルはサル確定なんだな。
「気遣いはありがたいけど、いつの間に忍び込んでたんだよ。気付かなかったぜ……」
「気付かれず、忍び込むのは容易ダ。忍者だカラ」
真顔で答えるリゼ。確かに忍び込むのに気付かれたら、忍者失格だよな。
「そうではない、お前は何を考えておるのだ!」
「だから、柚子を入れようと考えてタ」
「だったら普通に部屋に入ってこいと言っているのだっ!」
ガミガミと口論し始めるリゼとサアル。とりあえず服を着ろ、サアル……
なんか本当に賑やかになったなぁ。まだ村を出て数日だっていうのに、なんか全然違う日々を送ってる気がする。
「なんだかんだ言って、ガウルだって楽しそうな顔してるじゃない」
「え。そんな顔してたか? 呆れてただけだよ」
笑ってるアスカにオレも笑いながらそう答えた。
ま、楽しくないわけでもないのかもしれない。変な奴らばっかりだけど、色々考えたり悩むのがバカバカしく思えてくる仲間ってのも、意外と悪くはないのかもな。
少なくとも、村で暇してた頃よりマシだ。これは前言撤回になりませんように……
――翌朝。オレ達は宿屋の前に集まった。
「おはよう、ガウル」
「よう。ちょうどいいタイミングで復帰だな、アスカ」
「やっぱりガウルが寝るタイミングで私も中断するとキリがいいわね」
「オレが寝てる間に一時間経っちまうからな」
昨日、寝る直前にアスカも寝ると言って中断していた。オレが朝起きたらアスカも復帰した、というわけだ。
「今日はこっちも朝よ。学校も休みだし、バイトもないから一日付き合うわよ、ガウル」
「お、おう」
それっていいのか悪いのかわからん。まあ、アスカがいいならそれでいいか。アスカと一緒にいることに、どんどん慣れてく自分が怖い。
「サアルさん。王都まではあとどれくらいですか?」
「この街から王都までは距離はないし、馬車も手配しておいた。それを使えば午前中には到着できるはずだ」
「馬車に乗れるのか!」
村だと馬車に乗ることもなかったし、これは楽しみだ。
「宿賃も世話になっタシ、サルは頼りになるナ!」
「サルではないと言っているだろっ!」
リゼ、多分わざとだろ。からかい甲斐のある男だな、サアルは。
こうしてオレ達は馬車で王都を目指すことになった。