stage,13 第四話① 猿も木から落ちる
――街を襲っていた魔族をやっつけて一息つく間もなく、オレの前に突然現れた王国聖騎士団の騎士。
元々そいつにつけられてる気がしていて、もしかしたらオレを暗殺するために魔族が化けた偽物の騎士ではないかとアスカは言ってたけど、騎士はオレを鋭い眼光でにらみ、こちらに銃口を向けた。
「嘘だろ……おい。待て! やめろっ!」
「ガウルッ!」
悲鳴にも似たアスカの叫びと同時に二発の銃声が響き、オレは体を硬直させて目を閉じる。
でも……おかしい。痛みは体のどこにも感じない。すると、さらにアスカの声が続く。
「後ろ! 後ろよっ!」
「へ? 後ろ?」
アスカの声に目を開いて後ろを振り向く前に、背後から悲鳴が響く。
「ぐおおっ! おのれ……人……間……」
「魔族!? 生きてたのか!」
遅れて振り向き見てみれば、いつの間にかオレ達の後ろにはやっつけたはずの魔族が立っていて、背後から不意討ちされる寸前だった。
しかし、騎士が放った銃弾が命中し、魔族は黒い霧となって消滅した。
「え……ええぇ?」
腰が抜けてオレは地面に尻餅を突く。アスカやシェルティ達も何が起きたのか理解しきれていないのか、呆然と立ち尽くしたままだった。
そこへ、銃をホルスターに収めながら騎士がこちらに歩み寄ってきた。
「魔族は人間と体の構造が違う。心臓を貫いたからといって死んだとは限らない。そんなことも知らずに勝ったつもりでいたのか? 英雄が聞いて呆れる。なんと愚かなことか……」
さっき言ってた言葉の意味はそういうことだったのか。
「って、言い方が紛らわしいんだよ! オレを殺しに来たのかと思ったじゃねぇか!」
「なぜ俺が貴様を殺さねばならんのだ!」
「ずっとオレの跡をつけてたんだろ!? こっちは気付いてたんだぞ!」
「……ふむ。ただの腑抜けというわけでもないか」
いちいちイライラさせる言い方をする奴だな……こいつ。
「確かに、俺は貴様の跡をつけていた。というのも、俺が英雄になるために、ようやく伝説の英雄剣が眠っているという村を探しだしたというのに、英雄はすでに目覚めた上にもう旅立ってしまったというではないか」
「それで村の奴にオレのことを聞いて追いかけてきたのかよ」
「ああ。村の前で一度貴様に会っていたからすぐにわかった。そして、サンブセロンの街で貴様を見付けたが、すぐに姿を見せるよりも、しばらく貴様の実力を見てやろうと思ったのだ」
「それでそこから跡をつけてたのかよ! 陰湿すぎるだろ!」
さっきから思ってたけど、こいつ、友達いなさそう。
「陰湿ではない! どういうわけかサンブセロンの街の者から信頼を得ていた貴様が、もしかしたら本当に英雄たる器の持ち主なのではないかと、ほのかに抱いた希望のもとに調査したのだ!」
「……それで跡をつけるって、面倒くさい奴だな」
「失敬な! しかし、それで見守っていれば、なんだ貴様は? キノコの胞子にやられて発狂するわ、仲間の魔法に吹っ飛ばされるわ。情けないというか無様というか、とにかく英雄として美しくないひどい戦いだ! ほのかな希望どころか絶望の塊でしかない!」
それについては反論できないけど、戦闘はアスカがやってるんだしな。オレはニヤニヤ笑ってアスカに言う。
「――言われてるぞ~、アスカ」
「うるさいわね、あんたもこの騎士も。私は一生懸命やってるわよ!」
「何をニヤニヤしてるのだ! 真面目に人の話を聞け!」
「聞いてるよ! でも、こっちにも事情があるんだよ。英雄も楽じゃないんだ。自由もないようなもんだぜ? 無償で代われるものなら誰かと代わりたいぜ……」
死なない限りオレは英雄だ。まるで呪いのようだ。
すると、身長差があるからオレを見下ろしていた騎士の顔がどんどん赤くなる。
「か、代わりたいだと……む、無責任なっ! 俺は物心ついた時から将来は伝説の英雄になるべく日々鍛練を惜しまずに、今日この日まですごしてきたというのに……。こんなどこぞの馬の骨ともわからない、無責任でマヌケで薄らトンカチな男に英雄の座をかすめ取られたとは……。なんて俺は惨めなのだ……うおぉっ……」
と、代われるものなら代わりたいと言いたげに涙する騎士。しかしまあ、ヒゲ面大男があっさり泣くんかーい……
「よくしゃべる奴だなぁ。それに薄らトンカチだなんて言葉、久しぶりに聞いたぞ……」
「そもそも薄らトンカチって何?」
首をかしげるアスカ。尋ねられても罵声であること以外の意味まではオレも知らないから、肩をすくめて返した。
「とりあえず、お前が嫉妬心全開でオレをつけ回していたってことはわかったよ。でもいいだろ? 魔族は倒せたんだから」
「よくない! 魔族のことも詳しく知らず、よくもそんな軽口を叩けたものだ! 今の奴とて、俺が来ていなければどうなっていたか!」
確かに、魔族のことには詳しくないのも事実だし、こいつに助けられたのも事実か。
「って、ずっと後ろから見てたなら、なんですぐに助けに来なかったんだよ。魔族に襲われる非常事態に嫉妬心で助けに入らなかったのか? オレだけならともかく、シェルティやリゼまでいたんだ。もしそうなら怒るぞっ!!」
「ち、違う。到着が遅れたことは謝る。だが、ここに来る時に足を捻挫された老婦人を見付けて、安全な場所にお連れしていたのだ……」
オレ達が気付かないところで困っていた人を助けていたのか。こいつ、嫌味な奴だけど意外といい奴?
「しかし、仲間の安全を願うその気迫。自分よりも仲間を気遣う……? 貴様、意外といい奴?」
「意外といい奴なのはお前だろ?」
「俺は別に、王国騎士として当然のことをしたまでだ!」
「オレだって別に、仲間が心配なだけだ!」
口が悪いところもあるのに礼儀正しいのは騎士だからか? 元々悪そうな奴ではなかったが、よくわからん奴だな。
「すまない。少し貴様を誤解していた」
「オレもあんたを誤解してた。悪かったな」
謝られたから思わず謝り返すと、横からウンザリした顔のアスカが声を漏らす。
「ガウル。あんた達、今の今まで口論してたくせに、なんでいきなり意気投合しかけてるのよ……」
「い、いや別に意気投合してたわけじゃないし……」
「それにさ、後ろの二人。目を丸めて固まってるわよ? どーするの?」
「ああっ! 忘れてたっ!」
後ろでポカーンとしているシェルティとリゼだったが、どうやらオレと騎士の話を聞いて全部察してしまった様子。
「ガウルさんが……伝説の英雄?」
呆然とつぶやくシェルティ。確かさっき、オレとはかけ離れた理想の英雄像を語ってた気がする。ダメだ、気まずい……
「ああ……シェルティ。だ、騙すつもりで黙ってたんじゃないんだ。なんというか……、恥ずかしかったというか。理想と違って幻滅させちまったか?」
「とんでもございません! ちょっと驚きましたけど、ガウルさんが英雄なら納得です!」
「あ、ありがとう、シェルティ」
気を悪くした素振りひとつ見せず、いつもの笑顔のシェルティ。彼女は本当にいい子だ。ありがたい。
ただ、問題はリゼの方である。
「リゼ。その……えっと……」
まだ何も言っていないのにリゼは瞬間移動でオレの前に現れて、いきなり両手をつかむ。
「うわっ! な、なんだ?」
「結婚だナ!」
「おかしいっ! おかしいからっ!」
今日会ったばっかりで結婚って電撃にもほどがあるだろう。アスカはやっぱり横で笑ってるし。
「英雄と結婚。リゼの夢!」
「結婚……だと……?」
怒りに表情を歪ませている騎士。事情を知らないからだと思うが、ああ、嫌な予感……
「貴ぃ様ぁっ! 英雄という立場を利用して、このような女性をたぶらかすとは言語道断!」
「うわぁ。やっぱり嫉妬心、煽っちゃったよ……」
「し、嫉妬などしていない! 決してうらやましいなどとは……」
正直な騎士さん、本音が漏れてる。
「とにかく誤解だ。リゼが勝手にそう思ってるだけで……」
「ガウル。迷惑なのカ? リゼ……悲しいゾ」
ブワッと涙目になるリゼ。それも誤解である。
「いや、迷惑ってことじゃなくて、まだ出会ったばかりだろ? オレ達」
「なら、相応しい女になれバいいんダナ! リゼ、ガンバルッ!」
「いや……そうでもなくて……」
リゼも怖い娘だったよぉ。アスカとシェルティと同じだ。これはもう、女難を受難で大困難。
「リゼさんは英雄のお嫁さんになるのが夢なんですよ!? 泣かせるなんてひどいです! ガウルさん、ここは覚悟を決めましょう!」
「シェルティ。何の覚悟かな……?」
「女性を泣かせるとは! 貴様、英雄の――いや、男の風上にも置けぬわ!」
「だあっ! 皆好き勝手言いやがって、オレにどうしろって言うんだよ!」
皆からいっぺんに畳みかけられるオレ。頭が痛い。それもこれも英雄になったせいだが、オレを英雄にした張本人のアスカは横で爆笑中。
「あははっ! 一気に賑やかになったわね。ウケるわーっ!」
「アスカ、お前が一番無責任だろ……」
仲間が増えていくのはいいが、なんかすっごい疲れる。というか、クセ者ぞろいすぎないか……?
「ともかく、このような不測の事態も考えられる以上、今から俺もそばにいさせてもらおうか」
「えー……」
「なんだ? そのわかりやすいまでの不満顔は。そうか、女ばかりの方がよかったか? 天下の英雄様がハーレム気取りか? あぁん?」
「違うわっ! ガン飛ばすな!」
気付けばアスカを含めても男一人だったオレ。なのに全然嬉しくない。むしろ女性恐怖症になりそうだよ。タスケテ……
「わたくしは首長国から来ました、シエ・ルティ・ラミス・アレヴァトレと申します。どうぞシェルティとお呼びください。騎士様、よろしくお願いいたします」
「待て待て、シェルティ! 人懐っこいのはいいけど、受け入れるの早すぎじゃないかい?」
「おっとすまない。自己紹介もなしに話し込んでしまっていたな。俺は王国聖騎士団・北方特務隊所属、サアル・S・モンターニュだ。こちらこそよろしく頼む。シェルティ殿」
「無視するなっての!」
オレに拒否権はないのだろうか。英雄なのに、この理不尽……
すると、リゼもオレを無視して自己紹介を始める。
「リゼ・ファイザンだ。森使国から来タ。リゼと呼ベ……えっと、サ……猿?」
「違うっ! 『サアル』だ! サ・ア・ルッ!」
「さ、猿っ……」
猿呼ばわりされて目くじらを立てる騎士ことサアルに、オレとアスカはそろって吹き出して笑いそうになって肩を震わせる。
なんかリゼのボケに全部持っていかれた気がするが、サアルの仲間入りはどうすればいいものか。
「あ。お前って回復魔法、使える?」
「ん? 簡単なものなら使えるが?」
「マジかよ……」
うーむ。よりによって探し求めてた回復魔法使いがこいつとは。しかし、それなら拒む理由はないからオレも受け入れるべきなのだろうか。
「わかったよ、人手は多い方がいいしな。そうそう、オレの名前は――」
「知っている。村人から聞いた。英雄のガウルだろ? え・い・ゆ・う・のっ!」
やだぁ……嫉妬爆発してるこの人、目が怖~い。
「って、知っててずっと貴様呼ばわりしてたのかよ!」
「別にいいであろう、そんな些末なこと。今日はもう遅いから宿屋へ行くぞ、皆」
「なんでお前が自然に仕切ってるんだよ!」
文句を言いつつも、体力は限界だし早く休みたいのでオレ達は宿屋へ向かう。
――こうして、歩く嫉妬心の聖騎士・サアルが半ば強引に仲間になった。面倒くさそうな奴だけど、大丈夫かぁ……?