stage,09 第三話① 雉も鳴かずば撃たれまい
――召喚士のシェルティと共に王都を目指すオレ達は、街道脇にあった休憩所にて休憩中。地図を見る限り、王都はまだ南の先だ。
「あの、ガウルさん。さっきから独り言がなくなりましたけど、大丈夫ですか?」
「へ!? あ、いや、平気平気!」
むしろ独り言が多い方が問題だよ。最早独り言を言ってるのが普通と思われてるオレ。泣きたい……
アスカは今は中断中。「今日はもう眠いからおやすみー」と無責任に消えてからもうすぐ一時間だ。独り言が減るのも当然だ。今は『独り』なのだから。
「あ、行商さんがきてますね」
街道の先からガラガラと音を立てて馬車が近付いてくる。幌には王国認定の行商のマークがある。ああやって移動しながら物を売って回る商人は多い。故郷の村にもよく来てたっけな。
「回復薬がなくなりそうなのですが、売ってますかね」
「そういや足りなくなりそうだったな」
「わたくし、見てくるのでガウルさんは休んでてください」
と、シェルティは行商の方へ走って行ってしまった。気の利くいい子である。
「……何、見とれてるのよ。警察呼ぶわよ」
「うっわぁっ!」
いきなり横から響くアスカの声。いつ帰ってきてたのか油断も隙もありゃしない。
「いきなり話しかけるなよ! ったく、ちょうど一時間か。また二日ぶりかよ?」
「ううん。一日よ? あれ、また一時間なんだ」
「は? 二日で一時間じゃないのか。もしかして中断すると、そっちで何日経とうがこっちでは一時間なのか?」
「そうかも。再開するのが一年後でも一時間かもね」
よくわからないシステムだ。とりあえず、アスカに中断されると、オレの無防備時間――自由時間とも言う――が一時間発生するのか。時と場合によっては面倒なことになりそうだけど。
「そうそう、これ見て!」
と、アスカが何やら楽しそうに一回ターンをすると、キラキラ光りながら着ていた服が別の服に変わっていく。
今まではウェディングドレスのような白いドレスに鋼の胸当てをつけていて、なんともミスマッチなファッションだったが、今はブレザータイプの上着に赤いリボン、チェック柄の短いスカートに紺のハイソックスに黒いローファーという、全く別の服装に一瞬で変わってしまった。これも魔法か?
「あれ? 鋼の胸当てはそのままなのかぁ。残念」
「なんだよ、その服……」
胸当てだけは変わらずつけているが、とても旅をする服装ではない。まあ、元々旅をしている実感がアスカにあるのか不明だけど。
「何って、制服よ」
「いや、なんで着替えたんだよって話だよ」
「さすがにウェディングドレスに鎧はおかしいでしょ。だから、課金して服を買ったのよ。制服はベタだなって思ったけど、これ、高校の時の制服にそっくりでさ。なんか懐かしくてつい買っちゃったのよ。あはは」
「あはは、って……」
またよくわからんことをペラペラとしゃべるアスカだ。話の半分以上理解できてないけど、どうすりゃいいんだ。
「どう? 似合う?」
「え、ああ。ウェディングドレスは冗談も冗談って感じだったし、今の方が似合ってると思うぞ。だがなぁ、ちょっとスカートが短すぎるだろ」
「うわ、真面目。口うるさかった生徒指導のサイトーを思い出したわ」
「いきなり誰だよ、サイトーさん!」
絶対オレに無関係な人物だろうな。しかし、アスカは服すらも、どこからともなく出せるのか。すごい能力だ。
「ん、ちょっと待て。今、カキンしたって言ったよな? カキンって命を削る儀式じゃなかったのかよ」
「ああ、そういう話もしたっけ? ただの買い物なんだから計画的なら大丈夫よ」
「計画的につい買っちゃったのかよ、ホントに大丈夫か……」
呆れ気味に頭をかいていると、アスカは買い物中のシェルティの方を見て言う。
「シェルティは今、何を買いに行ってるの?」
「ああ、回復薬だよ。サンブセロンでも買ってたんだけど、道中のモンスターと戦ってると、どうしてもすぐに減っちまうからな」
「お金は大丈夫なの? そっちこそ計画的に使っていかないと身の破滅でしょ」
「た、確かに……」
今はまだ村長やライドがくれた餞別と、サンブセロンの樵夫救出依頼の達成報酬で得たお金があるからいいものの、この調子だとすぐに底をついてしまいそうだ。
だからといって回復薬をケチって皆オダブツでは本末転倒だし、難しい問題だな。
「回復魔法を使える仲間が必要ね」
「そうだな、魔法なら時間が経てば何度でも使えるし――」
「回復魔法についての独り言ですか?」
「どわっ!」
いきなり話しかけてきたのは回復薬を買ってきたシェルティ。どいつもこいつもいきなり話しかけるなよ……
「あ、ああ。毎回こうやって回復薬を補充するのも大変だし、回復魔法使いを仲間にしたいなって思ってたんだ」
「そうですねぇ。わたくしが回復魔法を使えたらよかったのですが……」
召喚士のシェルティは攻撃魔法は得意のようだが回復魔法は全然使えないと、なぜかアスカが教えてくれた。アスカにはシェルティが使える魔法や能力の数値も一覧で見えている様子。
神の千里眼とでも呼ぶべきか、本当に恐ろしい能力だ。
「オレ、魔法使いなら誰もが当然のように回復魔法も使えるものだと思ってたな」
「そうなんですか? でも、たとえば剣の達人さんが同時に弓の達人さんでもあるとは限りませんよね?」
「まあな。剣と弓じゃ全く扱い方が違う。オレも剣には自信があるけど弓は腕はさっぱりだし」
「攻撃魔法も回復魔法もそれと同じことなんです。同じ魔法のようですが、もしかしたら剣と弓以上に扱い方が全く違うものかもしれませんよ」
「なるほど……」
回復魔法みたいな便利な魔法が、魔法使いなら誰でも使えるというわけじゃないのは、そんな理由があったのか。
「もちろん剣も弓も上手な人がいるように、攻撃魔法も回復魔法も使える魔法使いさんはいらっしゃると思いますが、少数だと思います。学校ではどちらかに特化させて教育しがちですから」
「ふーむ。器用な奴を探すより、回復魔法特化の魔法使いを探す方がいいか」
シェルティの時のように都合よく見つかればいいんだがなぁ。アスカの計画性に頼るしかないのか……
とにかく、今は王都に向かおう。オレ達は再び街道を歩き始めた。
――王都に向けて街道を南下していると、前方に倒れている人が見えてオレ達は思わず立ち止まる。
「……えっと、前も見たな。こんな光景……」
街道のド真ん中で倒れているのは女。遠目に見れば、黒っぽい見慣れない服を着た黄金色の髪の女だ。生死の判断はつかない。
それにしても非日常的な光景すぎて恐怖すら感じる。
「ガウルさんは、あんなにあからさまに事件ですって光景に遭遇したことがあるんですか!?」
「シェルティ、お前と初めて会った時のことだっつーの!」
シェルティだって非日常全開で、ほとんどお亡くなりになってそうな状況でオレの前に現れただろうに……
「わたくしのことを言ってるんですか!? わたくしの時はこんなに地味じゃありませんでしたよ?」
「地味か派手かで競うなっ! あれはあれでオレも巻き添えをくらうところだったんだし」
「ごめんなさい……」
ショボーンとうなだれるシェルティ。一方、アスカは平然と言い放つ。
「さあ、出番よ。ガウル!」
「……なんで? なんか関わるとヤバそうだけど。そもそも街道のド真ん中で倒れてるのに、なんで誰にも助けてもらえなかったんだ?」
今は周囲に人影はないが、王都も近くなってきたし、そこまで人通りが少ない道だとも思えない。
「だから、こういうのってガウルが助けることになってるのよ!」
「そんなの、キッパリ言いきられても困るんですが……」
これも英雄の運命なのか? やっぱり厄介事引受人じゃん。
でも、仕方ない。倒れてる人を無視して行けるほどオレも薄情じゃない。
「あの……大丈夫ですかぁ……?」
シェルティをその場に待機させて、オレだけ倒れた女に恐る恐る近づくと、彼女の寝息が聞こえた。
「ん? 眠ってるだけ……?」
なんでこんな場所で眠ってんだ――と思った瞬間、周囲の地面がボコボコとヒビ割れて、そこから三つの『キノコ』がニョキニョキと生えてきた。
「なんだ、こいつら!? 見たことないがモンスターだな!」
オレの膝くらいの高さのキノコは、手足が生えて踊っている。村では見たことはないが、あきらかにモンスターだ。
「ガウルさん! それはパープル・トードストールです!」
「名前、それ言いにくいわっ! パープルだけに『むらさキノコ』でいいだろ!?」
「寒ッ」
オレのつまらないシャレに、隣で体を震わせるアスカ。あ、自分でつまらないとか言っちまったじゃん……
「その『毒キノ』が出す胞子には気をつけてください、毒がありますから!」
オレの提案もさらりと無視して毒キノと略すシェルティ。コまで略すのがシェルティクオリティ。
「胞子か、わかったぜ。こんな所で戦闘ってのも嫌だが、とりあえずアスカは〈ラプソディ〉を頼む!」
「はいはい――」
英雄剣を抜いて〈ラプソディ〉を発動させると、三匹の毒キノはこっちに集まってくる。その隙にシェルティは後方で魔法の準備中だ。
「毒キノも植物モンスターだと思いますから、炎が弱点だと思います。今回は『炎魔法』を使いますね!」
「ああ、よろしく!」
「……弱点?」
シェルティの言葉にアスカが眉をひそめる。だが、考え事なんかしてる場合じゃない。
「アスカ! ぼーっとするなよ、敵がきてるぞ!」
「え? あっ、うん!」
アスカが操る剣が毒キノ達を斬っていく。傷がつくだけで倒せはしないものの、空振りしまくってた時とは格段に上達している。
「アスカ。なんかうまくなったか?」
「ふふっ。コントローラーに慣れてくればこっちのものよ!」
「この調子だ。頑張ってくれよ、アスカ!」
オレも慣れたのか、体を無理矢理動かされてる不快感が減ってきた。良くも悪くも慣れって怖い。でも、この調子なら魔族も怖くないかも。
「ガウルさん、いけます! 退避してください!」
長杖の先を赤く輝かせてシェルティが叫ぶ。今回はアスカも迷いなく退避してくれた。
「――〈ワール・ブレイザー〉!」
長杖から放たれた渦巻く炎が、三匹の毒キノをのみ込んだ。激しい炎に焼かれて黒コゲになった毒キノ達が地面に転がる。
「炎魔法はやっぱり派手だなぁ。弱点みたいだから毒キノもひとたまりもないだろうな」
「弱点……そうよ、弱点よ! 弱点攻撃を受けたら反撃するモンスターが多いって雑誌で見たの、思い出したわ!」
「は? 反撃って……」
サンブセロンの山で戦ったボスウルフの弱点は水だった。奴がシェルティの水魔法をくらった直後に反撃してきたのは、そういうことだったのか。
「おい、そんなこと早く思い出せよ! じゃあ! こいつらも――」
倒せてると思って油断したオレが振り向くと、毒キノの一つに緑の胞子を吹きかけられた。
「あわわっ! ガウルさん、それは――」
「ガウル! 大丈夫っ!」
心配するアスカやシェルティの顔が見える。なんだかすごくウケる。無性に笑いたい。いや、もう笑ってるんだけど。
「あっはは! 大丈夫だって。なんかすごく笑えてきて……ぷっくく」
「は……?」
呆然とするアスカ。オレの豹変に驚いたのか、なんつうマヌケ面だ。
「さっきのは『爆笑胞子』です。とりあえず無意味に爆笑し続けます……」
「爆笑胞子だって? 反撃がそんなのとかマジでウケるわ、だっはっは!」
「あー……これはウザいやつだわ……」
「ウザいとかどんな誉め言葉だよ! わははっ」
アスカにバカにされてもなんだかとってもハッピー! 英雄になれてよかったわ、マジで!
なんか幸せな気分だ。そうだ、毒キノを踏めばもっと出すかもしれないなっ!
「こんな面白いもの、もっと出せよ! おらおら、踏み心地が柔らかすぎて……うっひっひ」
「ちょっとガウル!? 勝手に動かないで――やだ、操作できなくなってる! そういう状態異常ってこと!?」
「オレはこれ以上、異常になんないよー! なんつって! ぶははは」
「さ……殺意、芽生えてきたわ……」
なんかアスカがにらんでるけど、無視して踏みつけてた毒キノが今度は青い胞子を出してきた。さあさあ! もっとオレをハッピーに!
「ああっ、青いのは『号泣胞子』です! 吸ったら無意味に泣きたくなります!」
「それっていつものオレじゃねぇか! 悪かったな、涙止まんなくてよぉ……好きでいつも泣いてるんじゃねぇんだよぉ……」
全部、アスカのせいだ。アスカがいじめるから泣いてるんだ。英雄なんて、オレなんて……どうせどうせっ!
「終身刑なんて嫌なんだよぉ。いっそ一思いに楽にしてくれよぉ……」
「落ち着きなさいよ、ガウル。終身刑って何のことよ? 涙ながらに訴えられても意味わかんないわよ!」
「風魔法で胞子を吹き飛ばします! ガウルさん、すぐに楽になりますから――」
シェルティが緑色に輝く長杖を振ろうとしてるが、オレには関係ない。オレは今の状況が堪えられないんだ。英雄なんてなりたくなかった……
「えっぐ。アスカァ……オレを釈放して……」
「釈放って……。とりあえず涙と鼻水をふきなさいっ! 汚いから近寄らないでよ!」
アスカは近付いたオレを突き飛ばす。汚いとかひどい、あんまりだ……
と、そこへシェルティの魔法が発動する。
「〈バースティング・ガスト〉!――って、ガウルさん、そっちに行っちゃダメです!」
行くなと言われても、アスカに突き飛ばされたんだし、不可抗力だよ……
こうして無慈悲にオレを巻き込んで風が爆発した。
――ハッ! ちょっと待て。今、我に返ったが記憶が飛んでいる。オレは今まで何をしてたんだ?
『ここはどこ、私は誰?』な状態で辺りを見回せば、眼下に見えるのは広大な大地。ほら、遠くに地平線も見えるよ……
「――って、ホントにどこだ!? ここっ!」
なぜ、オレは飛んでるの? むしろ落ちてるよ? ここは誰、私はどこ?
「落ち着け、オレ。確か、シェルティの風魔法に巻き込まれて吹き上げられて……」
落ち着いて理解した。皆が豆粒にしか見えないこの高さから落ちたら、間違いなく死ぬ――と。
「うわぁあぁっ!」
ジタバタしながら叫んでも、落ちるものは落ちるだけ。『死因・仲間の魔法』なんてヤダッ!
「って、そうだ。〈ヒロイック・ガード〉!」
〈ガード〉を展開した瞬間、オレは地面に激突した。
「――だ、大丈夫? ガウル?」
「うっ……。無事、致命傷だけで済んだ感じ……」
潰れたカエルのように地面にへばりついていたオレは、痛む体を仰向けに向き直す。
〈ガード〉の効果で受けた衝撃は軽減された。ちょっと賭けだったがうまくいったようだ。
「考えたわね、あそこで〈ガード〉を使うなんて。使い方、絶対違うと思うけど」
「……ははは。まあな」
アスカの回復スキルで救われながら苦笑するオレ。そこへ駆けてきたシェルティが頭を下げる。
「ガウルさんっ! ごめんなさい、景気よく打ち上げてしまって……」
「それって花火かな、オレ……。それで敵は?」
「トドメ刺しておきました」
天使の微笑みで即答するシェルティ。抜かりない悪魔のごとき手腕に乾杯。
「さっきの毒キノ達は『昏睡胞子』という白い胞子も出します。あの女の人はそれを吸って眠ってしまわれたのでしょう。すぐに目を覚まされると思いますよ」
「なるほど。そういうことだったのか」
オレもしばらく動けそうにないし、オレ達は眠っている女の目覚めを待つことにした。