お散歩に行きました
暫く間が開いてしまいましたが、続きです。
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お食事タイムはまたもつつがなく終了致しました。
あまりに美味しかったのでポンチの器まで食べそうになったけど流石に獏くんに止められました、残念。
獏くんは片付けと用事があると部屋を出てしまった。
用意してくれた食後のお茶が本当に美味しいのなんの。色が透き通った紫色だったので初めちょっと躊躇したけれど、飲んでみればスッキリとした飲み口で渋味はなく、ほんのり甘い。何茶っていうのかな……。食後がさっぱりとする良いお茶です。
そんな事を思いながらふと考える。
もうこの世界に来てから数日が経つけど、獏くん以外の人を見かけない気がしている事に。
初めはそこまで気にしている余裕がなかったし、獏くんが色々と気にかけてくれたから思いもしなかったけど、気づけば何だか寂しい。
一応国王って言ってたから遣えている人とかもいるんだろう。執事さんとかメイドさんみたいな。
この部屋から出ていないから何とも言えないけど、他の人の気配が全く感じられないってのは妙な気がする。
部屋から出ずにいれるのはこの部屋にお風呂やトイレ、ミニキッチンなんかが完備されているから。初めて部屋を見た時には付いてなかったけど、いつの間にか出来ていたのです。獏くん曰く、夜なべして頑張ったよ!との事。妙に目の下の隈が凄かった日があったけどそれでかと。
ある意味快適な引きこもりを続けているけど、テレビもスマホもないので、時間を潰すには本を読むか寝るかしかない。そろそろ部屋を出てみたい欲求が溜まりつつあった。
ぐるぐるとした思考を抱えながら、気づけばこの部屋の唯一の出口である扉の前に立っていた。
黒塗りで木製の大きな扉。私よりはるかに大きく3メートルぐらいだろうか。前にたつと中々の迫力を感じる。ドアノブには蛇のような装がされ、黒の背景に金色がより輝いている。
出てはいけない、とは言われていない。
けど、今一歩ここから出る勇気が出ない。
この部屋は安全……だと思う。本能的にそう感じられる。
もしかすると、魔法的なもので干渉されているのだろうか?
まだ、私は、安全では、ない、から?
そこまで考えて、思いきって頭を振った。やり過ぎてちょっと目眩がしたけど。
……あまり考え込むのは性に合わないよね。ほら、口より先に手が出る系の女子だし。
揺らいだ視界が元に戻った所で、私はそっとドアノブに手を掛けてみた。掌からひんやりとした金属の感触が伝わる。
……ええぃ!ままよ!
ぐっと力を込めてドアノブを下げようとしたら……それより先にドアノブが下がって、私の手は空を切った。
驚きから声を発する間もなく、下げる勢いのまま、私は体勢を崩し倒れ……?
「わ!ナイスキャッチだね」
倒れなかった。ボフンと柔らかな感触。
開いた先には獏くん。抱きかかる形になり事なきを得た。
「え?何でここに?用事は?」
「ん?ひいちゃんに会いたくて切り上げてきたよ?」
面倒な用事よりひいちゃんがいるとこがずっといい、と笑顔で宣う彼です。良いのかそれで。
それにしても随分とタイミングが良すぎはしませんかね。まさか、部屋の前で張ってたとか……?
そんな思いを込めて獏くんの目をじとりと見つめてみる。
……あ、反らした。図星ですか。
獏くんは誤魔化すように咳払いを一つ。
「……ま、まぁ用事はさておき、ね」
そう言うや否や、獏くんは寄り掛かった私を軽々と抱き上げた。いわゆるお姫様だっこ的な。
咄嗟の事で言葉が出ないけど……2度目だけどやっぱり恥ずかしい……!
自分の顔が赤くなっていくのが見なくても分かる。思わず目を閉じて両手で顔を隠した。
「もう、ひいちゃんは本当に恥ずかしがり屋さんだね。そう言う所も可愛いんだよね」
その言葉でなお顔が熱くなる。
「……そうだ!折角だからそのままでね」
何かを思い付いたらしく、獏くんは私を抱き上げたまま、動き出すのが分かった。と、同時に周囲の空気が僅かに揺らぎ、軽く目眩を感じた。
「……ひいちゃん、もう目を開けていいよ」
そう言われて恐る恐る目を開き、覆っている両手の隙間から外を見た。
目に写るのは、空。今までの部屋じゃなく、私はいつの間にか外に連れ出されていた。
な、何が起きたの?!
慌てて手を外して改めて景色を見る。
初めてこの世界で見た朝焼けのような茜色と藍色の綺麗なグラデーションの空。明るくも暗くもある。雲はなく、私は見下ろすように大きな大きな月が浮かんでいる。遠くの空にはいくつも島が浮かんでいて、その一つに大きな城のようなものが見えた。
下を見れば、地面を覆い尽くす緑一面の草原。所々に大きな木が立っているのと、岩のようなものが建ち並んでいた。間を縫うように小川が流れている。
うん。明らかに見たことのない景色だ。
柔らかな風が通り抜けていく。合わせて草原の草木がサラサラと静かに揺れていた。
「久し振りの外だけど調子はどう?」
獏くんの問いに大丈夫とコクコク頷く。
良かったと獏くんが答えた。
ゆっくりと下ろしてもらうと、素足にチクチクとした草の感触。駆け寄って小川に手を入れてみる。水はやや冷たい。手触りも元の世界と変わらない。
音はなく、凄く静かな場所。自分の息の音と鼓動がやけに大きく聞こえてきた。
キョロキョロと辺りを伺い、飛んだり跳ねたり。ちょっと躓いて草むらにダイブしたり。まるで子供みたいな動きをしている私を見て獏くんはニコニコと笑っていた。
普段だったらこんな事しないけど、何だか今はそうしたい気分だった。感動とか興奮が凄くて不安や戸惑いは何処かへ行ってしまったようだった。
ひとしきり動き回った後、獏くんが連れて行きたい場所があるとそっと私の手を引いて歩き出した。連れだってゆっくりと。
5分ほど歩いた頃だったろうか。目の前に一際大きな岩の塊が見えてきた。黒壇の扉よりも大きく5メートルぐらいだろうか。岩の塊には何かの文字と紋章が刻まれていて、その下には幾つもの花束が備えられていた。
もしかして、と獏くんの方を伺うと、彼はどこか物悲しそうな表情を浮かべながら岩の方を見つめていた。
少しの沈黙の後、獏くんがゆっくりと口を開いた。
「……ここはね、俺の、母さんの、墓なんだ」
やっぱり、直感で分かった。静かな、静かな場所だもの。
でも、王妃だって事だよね?何でこんな誰の目にも付かない外れた場所にお墓があるんだろう……?
「俺の母さんはね、正妻じゃなかったから」
私の疑問に答えるように獏くんはぼそりと呟いた。
「俺が小さい頃に、他国から侵略を受けてね、それに巻き込まれて死んだんだ。その時に一緒に正妻も死んだ。正妻は国の中央に丁重に葬られたけど、母さんは平民出ってのもあってこんな僻地に弔われたのさ」
獏くんの言葉には怒りが込もっているようだった。恐らくは手向けた花も獏くんだけのものなんじゃないかと思った。
……無理もないよね。自分の身内がそんな扱いされたら嫌だもの。
「大切な人が出来たらここに来ようって決めてたんだ。ひぃちゃんのお陰で母さんとの約束も守れそうだよ」
大切な人。さらりと言われて、私は恥ずかしかったけれど、凄く胸がときめいた。こんな場で不謹慎かもしれないけど。
両手を合わせ、目を閉じて、祈る事にした。
お義母さん、と呼んで良いでしょうか。私は異世界から来た単なる一般人ですが、貴女の息子さんの嫁になります。立場的には恐らく一緒になるでしょうか。素敵な、素敵な人で、がさつな私には勿体無いぐらいの男性です。心から惹かれています。一生彼を支え、愛して行きたいと思っています。どうか、見守っていて下さい。
そんな事を祈りながら思った。まるでおばあちゃんのお墓に報告するみたいに。一緒にしたら王妃様に失礼かもだけど。
隣を見れば、獏くんは顔を背けてしまっていた。でもうっすら見える耳元や頬が赤く染まっている。
しまった……!私の思いは筒抜けだったのをまた忘れてた……!
「ほ、本当に可愛い……!ひぃちゃんが可愛い過ぎる……!」
ぶつぶつ何か聞こえる。どうやら悶えていたらしい。
私のシリアス展開を返せ!と言わんばかりについ肘鉄を一つ。
何だかいい角度で入ったような気がするけどきっと気のせい。隣で踞ってるのもきっと気のせい、だよ?