食べ物の恨みってね……怖いんだよ??
次々とやってくるフロン国の軍勢。
でも、一向に彼女が仕掛けて来る事はなかった。
不快な叫び声と呪言を撒き散らしながら、彼らをけしかけているだけのように見える。
あ、そっか。確か……獏くんが彼女を拒絶するような結界を張っているから、カンビィさんは手を出せないって事か。
それには少し安心できた。
「まあまあ~、各国の強者はいるし~、なによりバクゥ様がいるから~、大丈夫だわよ~」
私が余程不安な顔をしていたのか、安心させるようにフェンさんはおだやかな口調でそう言ってくれた。
(そうです、ヒカゲ様、安心なさいませ。貴女の旦那様は、この世界で一番の強者ですのよ?いくら虚を突かれたとはいえ、あの方々では到底太刀打ちできないでしょう。それに、折角のお祝いの日です。主役がそんな顔をしていては、幸せが逃げてしまいますわ……)
続けて、ピピリ様が私の手を取りながら、優しく励ましてくれた。
お二人の温かい言葉がとっても嬉しくて、私は泣きそうになってしまった。
……でも、今は泣かないよ。
不安はあるし、怖いけど、泣かないよ。
獏くんを待つんだから。
きっと、いつものように笑って戻って来てくれるから、彼なら。
お二人の言葉である程度落ち着く事が出来た私。
こんな状況になって怖いと思うし、獏くんの安否を案ずるのは当然なんだけど、それより思ってしまったのは一つでした。
……料理が勿体無い……!!
折角獏くんが心を込めて作ってくれたものの上に、さっきから仕留められたフロン族の方々が乗っかっちゃってて……会場はそれはそれはもう惨憺たる有り様でございますよ……!!
無事なのは、あの大きくそびえたケーキだけ。
多分、結界的な何かか貼られてるのかな?
きっと獏くんが守ってくれてるんだ、と私は思う事にした。
く、悔しい……!!
まだ一口も食べてないってのにぃぃぃ……!!!
ぐぬぬぬぬ……この恨み……この食べ物の恨みをどう晴らしてくれようか……!!!!
(あ、あら?ヒカゲ様……お顔が……?)
引き気味のお顔のピピリ様に声を掛けられて、はたと我に帰り、慌てて笑顔を取り繕うとする私です。時既に遅しだけども。
おっと、いけない……空腹のあまり怒りで我を忘れてしまう所だったわ……。
でもね、でもね……こんなのってあんまりだよ。
折角のさ、こんな善き日にさ。
モヤモヤとした気持ちの中に一つ決意が芽生えた。
これはね……一つやるしかないよ。
怒られるかもだし、引かれるかもだけど……ガツンと言わなきゃ!
そんなこんなで、大乱闘は10分も掛からずに終結したらしい。
空を覆いつくさんばかりの数だったフロン国の軍勢は一人も見えなくなり、まとめて山にされてた。
首謀者のカンビィ元前王妃はといえば、魔力で作られた鎖と拘束具だろうか、雁字搦めにされて、身動き一つとれそうになさそう。
彼女の周囲も皆で囲っているから、逃げようもないだろう。
先程の狂気もなりを潜めて、俯いたまま何かブツブツ言ってるみたい。
「ん~?あらあら~終わったみたいね~」
(そのようですね。思ったより早く片付いたようで何よりですわ……)
安全も確認できたので、フェンさんが結界を解いた直後、
「ひぃちゃーん!!待たせてごめんねー!!」
笑顔で手を振りながら駆け寄ってくる獏くんが見えた。背後にキラキラのエフェクト付きです。久々に見たわ……。
……良かった!!特に怪我とかしてないみたい、だね?
彼の無事が分かった所で、私はスッと立ち上がった。
「あ!ひぃちゃん……!?」
途中で両腕を広げて待ち構えている獏くんを華麗にすり抜けた後、彼女の前に躍り出た。
私を前にカンビィ元前王妃はゆっくり顔を上げて、こちらをキッと一瞬睨み付けてきたけど、そんな気力も持たないのか、すぐにまた力なく顔を伏せてしまった。
「ちょ!?ひ、ひぃちゃん!!近づいたら危ない……!?」
慌てて駆け寄ってくる獏くんの言葉も途中に、私はおもむろに上げて、俯く彼女の頬を思いっきり張り飛ばした。
大きくバチン!!!と一つ乾いた音が響く。
衝撃で彼女の身体が大きく揺れ、小さな呻き声と共に、地面に横倒しになった。
倒れた彼女は白目を剥いて、小刻みに震えている。そして、頬には私の手形が赤くくっきりと残っている。
季節外れの紅葉的な感じだね!!……上手くないけど。
何が起きたのかと、驚愕の表情を浮かべる皆々様をよそに、私は大きく息を吸い込んだ後、
「……ば、獏くんが心を込めて作ってくれたものを……!た、食べ物を粗末にするなんて!ゆ、許せない、です!!」
と、若干上ずった声で言い放った。
怒るのそっち!?という周囲の心の声が聞こえた気がしたけど、今はそれ所ではないくらい怒ってるんだよね……!!
私の……御馳走を……返せぇぇぇぇ!!!




