いざ!式場へ……です!
……はい、明けて翌日でございます。
只今、お風呂スペースにて洗顔中でございやす。
備え付けの鏡に映るのは、若干の寝癖と妙に強張った表情の私。目の下なんか珍しくくまができてるし……うわぁ、思った以上に酷い顔だわ。
予想通りだったけど、緊張して良く眠れなかったよ……うぅ。
自分がそんなに繊細な人間でない事は自他共に認めている所ではあるんだけども、やっぱり人生で一度きりなイベント(願わくば)な訳で、嫌でも意識せざるを得ないと言うか……。
まあ、とにかく目が冴えまくっちゃってね!晴れ舞台の前だからね!!
獏くんも緊張してたのは同じだったらしくて、割と遅くまで本とか読んでたみたい。時折、えへへとかあははとか奇声が上がってた気がするけど、聞いてなかった事にしてあげよう……。
昨日は昨日、今日は今日だから!気を引き締めねばですよ!
よし!とこの間教えてもらった着方で、ドレスを装着する私。
音もなくしゅるりと身体が包まれて、あっという間に花嫁姿。ドレスだけじゃなくて、何故かヘアセットもメイクまで終わっている親切設計なのですよ。
ワンタッチで着付け出来るとか、本当発明だよねぇ。しかもコアに反応するのは着る本人だけだって言うし。魔法って凄いわぁ……。
ちょっとぶりのドレス姿になって、これからの事で緊張も戻ってきたけど、それより嬉しさが勝るよね。ふふふ。
浮かれて鏡の前でポーズなんて取っていたら、コンコンとお風呂スペースのドアがノックされた。
「ひぃちゃん……準備はどう……かな?」
そうだった!獏くんが待ってるんだった!
「あ……獏くん!?ごめんね、すぐ出るね!」
獏くんの声に慌てて、外に出ると、そこには凛として立つ彼の姿があった。
普段の獏くんの服装って黒メインの感じなんだけど、今日のはまた違った感じ。
タキシードと思われるその服は、落ち着いた印象の銀色の上下に、パリッとした白のシャツ、ベストも上着と同じ銀色。きっちり締められたネクタイは紺色……かな?
全体的に清潔感と高級感のある上品なものだった。紳士だわ。
いつもの獏くんとは違って見えて、とっても新鮮……!
あ、髪型もいつもと違う感じに纏めてるんだね!
角にも少し飾り付けしてあるし、何だか別人みたいに見えちゃう……。ドキドキしちゃうわ……!
ほぇぇ……と思わず見惚れてしまっていたら、獏くんは恥ずかしそうに、
「ど、どう?前見た雑誌を参考に、フラロウスに仕立ててもらったんだけど……」
雑誌と言うと……フラロウスさんが持ってたあれかな?
確かに獏くんの着ているタキシードに近いものも掲載されてたと思う。
写真だけでここまでの再現度って、やっぱりあのオネエさん有能過ぎるわ……!!
「……とっても、似合ってるよ、獏くん!」
私がそう言うと、ありがとう、とちょっとはにかんだように笑ってた。
「ひぃちゃんもとっても綺麗だよ……。本当に……綺麗だ……!」
私をまじまじと見ながら、獏くんがそう呟いていた。
顔を赤らめながら、息も荒く、目がちょっぴり潤んでる。そう見つめられると……結構恥ずかしい……!
でも、暫く着っぱなしだったから、もう見慣れてるんじゃ……と思って聞いてみたんだけど、
「それは違うよひぃちゃん……!ひぃちゃんは普段から綺麗だけどね、大好きな嫁さんは何度見たって飽きないし、いつ見ても新鮮なんだよ……!!」
と、声を大にして語る彼であります。
その意気に圧されて、とりあえず頷く私。
おおぅ……あの目は本気だわ……!
「あ、そうだ……これがないといけないよね!」
と、獏くんが収納からするりと取り出したのはヴェールと、大輪の白い百合を中心に白や水色の小花を添えて蔦草で纏められた綺麗なブーケだった。
ヴェールは暫く預かっててもらってたから、すっかり忘れてたわ……。
わぁ……いつの間にブーケなんて用意したんだろう……と驚いていたら、
「結婚式を挙げるって決めてから、実はウィーにブーケ用の花を育ててもらっていたんだ。昔、人間界の植物も育てているって聞いてたからね。それを今朝採らせてもらって、ピピリ様がブーケに仕上げてくれたんだよ」
中心の百合はカサブランカと言うらしくて、花言葉は雄大な愛。
周りに添えられた青い花はブルースター。花言葉は信じ合う心。
白くふわふわして見える小花はカスミソウ。花言葉は幸福。
そしてそれらを纏める蔦草はアイビー。永遠の愛っていう花言葉があるんだって。
何だか持ってるだけでも何かしらの御利益がありそうなくらいのラインナップのようです。
私は花言葉とか良く知らないから、獏くんが教えてくれたんだけどね。一つ一つ思いを込めて選んでくれたのが分かって、これだけでも嬉しくて涙出てきそうだった。てか潤んでた。
ヴェールを額の上からそっと被せてもらって、ブーケも携えれば、花嫁衣装フル装備、準備は万端です!
「ふふ、これで準備も出来たかな?それじゃ、行こうか、ひぃちゃん……!」
穏やかな笑みを浮かべて、獏くんは私にすっと手を差し出す。
私は小さく頷いて、差し出された手をそっと取る。
それから二人で静々と歩きだした。
一歩一歩確実に。決戦の舞台へ赴くのですよ!
目の前にぼわんと開かれた空間の裂け目を通ると、そこは以前見た大きな扉の前だった。
獏くんが夜なべして作ってくれた式場が控えているであろうあの部屋です。
どうも招待客の方々は既に式場で入っているらしく、扉越しに少し話し声が聞こえていた。
獏くんは一つ深呼吸をして、ゆっくりと私の手を離した。
一瞬、置いていかれるの?と不安になったけど、教会式で行くのであれば、新郎は先に中で待っていなきゃいけないとすぐに分かった。
ちょっと困ったような笑顔をしながら、獏くんは私の頬に手を添えて、ゆっくりと話し始めた。
「ひぃちゃん……そんな顔しないで……ちょっとの間でも離れるのは俺も辛いけど……待ってるから……早く来てくれると嬉しいよ」
そう言い残すと、しゅんと転移して行ってしまった。
そして、一人扉の前に残された私であります。
式場の中とは違って、廊下は静まりかえっていて、耳に痛いぐらい。
で、そこで新たに気付いた事があるんだけれども……。
新婦が入場する時ってさ……父親とバージンロード歩くんじゃなかったっけ……??あと、ヴェール持ってくれる子とかさ??
あの……私一人で入場とか……ハードル高過ぎなんですがぁぁぁぁ……!?




