ちょっと謎が解けました。
☆
嗚呼……またやってしまった。
どうにも先に手が出てしまうんだよ……!
とりあえず獏くんの拘束は解けたので、慌てて体勢を戻す。
見れば獏くんは顔から着地したらしく、床に頭がめり込んだ状態で体は床にまっすぐ垂直な体勢を取っていた。ピクリともせず、まるで柱の如くそこに刺さっている。
ど、ど、どうしてこうなった……!
ギャグなら笑えるが残念ながら現実だよ?
つ、ついにやってしまった?殺ってしまったのか?
「ば、獏くん……?」
震える声で呼び掛けると、獏くんの体がふるふると震えだした。思わず後ろに飛び退いてしまう。
良かった!とりあえず生きてるっぽい!
「獏くん!!ごめんね!ごめんね……!!」
謝りながら近付こうとしたその瞬間。
目の前の獏くんが爆発した。
強い爆風で思わず飛ばされ、体が宙に舞った。結構な勢いがある。回りに積んでいた本や床の欠片が同じく舞っている。
気づけばあわや床に激突する寸前。ぎゅっと目を閉じる。すると衝撃は来ず、ふわりと抱き抱えられる感覚を感じた。
恐る恐る目を開けると、噴煙が舞う中、目の前には獏くんの顔があった。穏やかな笑みを浮かべて。
私を抱えたまま獏くんは歩きだし、無事だったソファーにそっと腰を下ろした。
「あの……獏くん?」
「……」
獏くんは何も答えない。
さ、流石に怒ったかな……、笑顔だけど目が笑ってないように見えるし……!
目があったまま沈黙の時間は続く。彼の笑みはそのままに。
気まずすぎて、何も言葉が出ない。
どうしよう……、嫌われちゃったかな。そうだよね……、いくら優しい獏くんでもこんな暴力的な嫁は要らないよね……?放り出されても仕様がないよね?
そんな考えが頭をぐるぐると巡る。
何だか泣きたくなってきた。情けなさすぎて。
うう、視界が涙でぼんやりとしてきた。そんな視界の端で獏くんが手を上げるのが見えた。殴られるのかな。
覚悟を決めて目を閉じる。その拍子にすっと涙がこぼれた。
でも、待ってもその痛みは来なかった。代わりに涙を拭ってくれる手がきた。
「……泣かないでよ。嫌いになんてならないよ。俺がひぃちゃんにそんな事する訳ないじゃないか。でも、驚かせちゃってごめんね」
「ふぇ?!」
ゆっくりと優しい声で口を開いた彼。
思わず変な声が出てしまった。
そして逆に謝られた。何故に?
「いや……、つい勢い余って強めに抱き付いちゃったけど、まさかあの雰囲気で技決められると思わなくて。一瞬、意識飛んだけど、ひぃちゃんの切ない声が聞こえてくるじゃないか。これは何かあったかと、思わず魔力解放して脱出したら、ひぃちゃんが吹っ飛んじゃってて、慌ててキャッチしたんだよ。何もなくて良かった良かった!」
何かあったのは貴方です。そして家具やら部屋です。
あっけらかんと話す獏くんに対して開いた口が塞がらない私。
何だろう……、色々とずれている!
これが文化の違いなんだろうか……?違うよね……?
「で、でも私っ……」
謝ろうとした私の唇にそっと人差し指をあてる獏くん。
「いいんだよ。ひぃちゃんが色々不器用なのも知ってる。気持ちだけで十分さ。勢い余っちゃった俺が悪いんだ」
それから、ゆっくりと抱き締められる。
「俺はひぃちゃんの全てを受け入れる。時々のワイルドな部分も含めて俺はひぃちゃんが大好きなんだよ」
私の耳元でそっと囁いた。
瞬時に顔が熱くなる。今の私は完熟トマトの如く真っ赤に違いない。お日さまの恵みが一杯だよ!
なんて妙な考えが巡る位混乱を極めている。
この人は……ずるい。なんて素直に気持ちを言ってくるんだろう。
嬉しいやら恥ずかしいやら。もうどうしよう。
どぎまぎしていたら獏くんに笑われて。つられて笑ってしまった。
今までこんな風に笑い会える事ってなかったな、なんて寂しい人生を振り返ったりして。
「ふふっ、ひいちゃんも元気出たみたいだね」
うん、と返事をしようとした矢先。
ぐぅぅぅぅ……。
おのれ、またお前か……!
私よりも先にお腹が返事してくれました。君は本当に正直だな!
☆
先の爆発により壊れた床や家具は……なんと言うことでしょう!
獏くんが壊れた所に手をそっとかざすと、淡い光と共にその部分の時間が巻き戻っていくように直っていくではありませんか!あっという間に元通りに!ヒビも欠けもなくむしろ新品同様!
驚きに声も出ません……!これが匠の技でしょうか……!
なんて妙な回想を挟みつつ、お食事のお時間でございます。
ええ、私のお腹が本能に非常に忠実であるからして!
目の前にはご馳走がてんこ盛りですたい。満漢全席かって位のレベル。実際に見たことはないけどね。
冷めてしまったはずの料理は獏くんが何やら呟くとすぐさま湯気が立ち上ぼり、美味しそうな香りが私の鼻を擽った。
その光景にただただ驚くばかりの私を見て獏くんは嬉しそうに笑っていた。
「ひいちゃんは本当に素直に驚いてくれるよね。俺も魔力を使った甲斐があるよ、へへ」
なんて、言われると正直気恥ずかしいけど。
両手を合わせていただきますと獏くんに伝えると、早速食事に取りかかった。
今日のメニューは中華だね。
大皿に盛られた炒め物……、豚肉っぽいものと何か野菜の千切りが入っていた。青椒肉絲的な感じかな。
深目の大きめな器にはお豆腐みたいなのが赤いソースで煮込まれていた。味付けは思ったより辛くなかったけど麻婆豆腐みたいな。
その他、彩り鮮やかな焼売や餃子等が並べられていたけど、中でも目を惹いたのは、大きめの瓜を半分に割ってくり貫いてあって内側にクリーム色の液体が満たされていたフルーツポンチ。牛乳ベースでほんのり甘い。ナタデココとリンゴ、スイカみたいなのが入っていて食感も楽しい。器になっている部分にも飾り切りをしてある徹底ぶり。
本当に……、出来る!出来る人だよ……!
くっ……、思わず目頭がね、熱くなっちゃうよね。
もぐもぐと食べながらふと疑問に思った事を聞いてみる。
「ねぇ、獏くん、この料理とか使われてる食材って元の世界にあったのにそっくりなんだけど、この世界にも似たようなものがあるの?」
先程読んだ本の中にはご当地グルメ的なものもあると書かれていて、見れば元の世界にあった料理に似たものも見付ける事が出来てはいた。
私にとって食べる事は日常生活を送る上で非常にウェイトが高い問題である。まずは食の安全と言うか、この世界ではどんなものを食べているのかを知っておきたい気持ちがあった。本当はとんでもないものだったりしたら……怖いし。
私と同じく食事を進めていた獏くんは手を止めて答えてくれた。流石食いしん坊さんだなぁなんて言われながらね。
予想通り近い植物や動物なんかが生息しているので、私に合わせて選んで使ってくれたみたい。料理に関しても各地方に郷土料理があり、ちなみに今日のメニューはカボ族のものだそう。
作りが近いのはずっと昔に現れた人間によるものだそうで。
ん?人間ってこの世界には適応出来ないんじゃなかったっけ?
「俺が産まれるずっと昔だから正確な事は分からないんだけどね。どうもひいちゃんみたいに連れてこられた人間がいるらしいんだよ。この世界に適応はできたけど、その人間はその当時の食生活の低さに絶望して、自ら提案を、改革をした。それが今の料理とかに受け継がれているって訳さ」
なるほど。凄く偉大な人物だったって事だ。納得。
聞けば、時間軸は必ずしも元の世界とは合っていないらしく、その人物が私より前の人物か後の人物かは分からない。料理のレパートリーを聞く限りにはもしかすると現代の人かもしれないけど、会えない限り想像の域は出ない。
元の世界との繋がりがあった事を聞けて、ほんの少し安心出来た。もう戻れないとしても、だけど。