まだまだ勉強中……
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どれくらい時間が経っただろうか。時計がないのと、外の様子が見えないのでいまいちだけど、お腹の空き具合と目の疲労具合から考えて……5~6時間って所かな?
とりあえず図鑑から歴史の本とか片っ端から読み続けていた結果、少しづつだけど今いる世界の状況が理解出来るようになってきたっぽい。
獏くんの説明を元にすれば、このテラリアンという世界には6つの大陸があって、それぞれに1つずつ国があるらしい。大陸はドーナツ状に集まっていてその真ん中には大きな奈落が存在している。そこは遠い昔に命の創造者ミトラが世界に融合した場所と言われていて、各国はそこを聖域として奉っているため不可侵の場所となっているそう。
一日は元の世界と同じ24時間で、7日で1週間。30日で1ヶ月。統一された暦がないので種族毎に定めているとか。
1つの大陸毎に基本的に一種族が纏まって統治しているけど、約300年前に種族の長達が平和協定を結んだ事で基本的には争いは禁止となり、各国同士の交流も以前に比べれば盛んになって、居住も自由。他種族との婚姻も進み、ハーフも増えている。でも獏くんの話を聞く限りじゃ表向きは平和って事なのかな……。そこに関しては元の世界と変わらないって事ですな。
今私がいるはずなのはクロムと言う国だ。ここに住む人々は闇の創造者ジンの加護を受けた者で6つの種族の中で一番魔力量があり、その扱いも優れた種族なのだそうだ。人間に近い外見のものが多いが、獏くんのように角が生えているとか細い尻尾を持つ事が多いらしい。悪魔っぽい見た目のって思えば良さそう。探求心が強く、新たな知識を求めて人間界にも度々出現する事が多かったらしいからそんな事から人間界でのイメージがついちゃったのかなと思ったり思わなかったり。
クロム族の他には、背中もしくは腕に鳥のような羽を有するフロン族、喧嘩早く力自慢の獣人タイタン族、昆虫のような見た目のネオン族、鱗を纏い水辺に暮らすアルギ族、植物と人が混ざったようなカボ族が各大陸にて統治をしているそうだ。
植物や動物もいるけど、元の世界とは性質や外見も異なる事が多く、肉食のウサギ的な物や空中を泳ぐ魚や火を吐く花なんかもいるみたい。どこかのロープレに出てきそうな感じ。もしくは土管のおじさんのステージに出そう。
テラリアンに生きる全てのものには魔力が存在し、何らかの創造者の加護を受けている。クロムなら闇の加護って具合で。
魔力は生命力と同等。つまり魔力を失うことは死に繋がる。魔力量が多い種族は概ね長命であり、肉体も強固、成長は緩やかであるが繁殖力が低い。逆に少ない種族は短命で肉体も脆弱であることが多いが繁殖力は高い。
種族毎に異なる体系を持つが、魔力を行使することで様々な現象を起こす事ができ、戦いにも生活にも幅広く応用されている。
……以上、お勉強の結果でした。
とりあえず、ふぅと一息。流石に目に来たわ……!
気付けば回りは本の山になってしまった。そこそこ時間掛けて読んできたけどまだまだ知らなきゃな事が多いんだろうなぁ……。背後の本棚を振り返れば、丁度1つの本棚が空になった所だった。でも本棚はまだ5つは控えていた。本を読むのは好きだから俄然やる気が出る。
密かに気合いを入れたその直後、部屋の離れた片隅に何かぼんやり黒い影が見えた。目を凝らして良く見てみる。ちなみに乙女の天敵の例のあれじゃないよ?もっと大きな……踞った人みたいなのだよ?
「……ん?もしかして獏くん?」
その言葉にガバッと顔を上げる影さん。あ、やっぱり獏くんだ。
こちらに真っ直ぐに凄い勢いで近づいて来てる……!部屋が広いから移動も大変だね。
近づいてくる度に表情が良く見えるようになってきてるんだけど……、笑ってるのか泣きそうなのか複雑な表情してるのは何故かしら。
そうして私の元まで辿り着いた獏くんは息も絶え絶えな様子でした。肩で息してるよ。お疲れ様。
「ひ、ひ、ひぃちゃん……、やっと、気付いて……、くれたね……!」
震える手を差し出しながら獏くんはやっとの事で言葉を紡いだ。
顔が必死過ぎる。格好と相まって凄くシュールな絵面になってる。
ん?これは何か私獏くんにやらかしちゃったかなぁ……?
ただ本読んでただけだったはず。物凄く真面目に。獏くんをここまで必死にさせる何か……、あったかしら?
小首を傾げつつ、そんな事を思っていたら獏くんの表情がややムッとした。あれれ?
それからすっと私に背を向けてしゃがんでしまった。イケメンの体育座りである。心なしか周囲に影が見える気がする。
何だかうっすら罪悪感を感じる……のは気のせいじゃないのだろう。
そっと、獏くんの前に回り込んでしゃがんでみる。それから、優しく頭を撫でてみる。
一回、二回、三回……、ゆっくりと、丁寧に。
私は伝えるのが上手くないから。口より手が先に出る系の女子なので。
暫くの撫で撫での後。
ゆっくりと獏くんが顔を上げた。今までに見たことのないレベルの満面の笑みを浮かべて。
「ひぃちゃんにこんなに撫でてもらえた!ふふふ……幸せだなぁ……」
纏っていた影も何処へやら。一瞬お花畑のエフェクトが掛かって見えたのは見間違いじゃないと思われる。
……獏くんごめん。若干引いてしまったよ。
何故そんなに必死だったのかと沈んでしまった訳を聞いてみると……。
「片付けから戻ってきたらひぃちゃんが読書タイムに入ってて。本に向かうひぃちゃんも素敵だなぁって色んな角度から暫く眺めてたんだ。そんなこんなで結構時間も経ったからまた食事の準備でもして待ってたんだけど、いざ出来上がって声を掛けたんだけど全然ひぃちゃんが気付いてくれなくて……。でもめげずに一生懸命呼んでたんだけどそれでも駄目で……」
しょんぼりした様子で語る獏くん。私が思ってた時間よりも経ってたそうですよ。お預け食らってたらそんなんなるよね。
なるほど……、これは私が悪い!
「そっか……、ごめんね獏くん。集中し過ぎて回りが見えなくなっちゃったみたい……」
素直に謝るに限ります。両手を合わせてごめんなさい。
「うん、大丈夫。むしろ撫で撫でしてくれてありがとう!」
うふふと身を捩る獏くん。放置プレイの件はもう流れたみたいです。引きずらない人で助かった。
ふぅとまた一息つけた。
「……でも随分熱心に読んでたね。急に何で?」
「私、知らないことが多すぎると思って。ここで暮らすなら基礎知識でもないと大変でしょう?と言うか、家事は全く獏くんに敵わないし……、せめて知識だけは付けようと思ったんだけど……」
あれ?獏くんが俯いて震えだしたよ?何か面白い事言ったかな?
「ひぃちゃん!!なんて、なんて健気なんだ!そして可愛い!」
どうやらいたく感動されたようです。しかも感極まって泣いてる……、そこまで!?
それからおもむろにがばりと抱きつかれた。
「あ、あの?獏くん?」
「やっぱりひぃちゃんで良かった!俺にはひぃちゃんしかいないよ!なんて幸せ者か……」
色々と思うことは多いのだけれど、これは愛されてるって事でいいんだよね?
しかし……、こんなに感情の浮き沈みが激しい人だとは。元の世界ではそうでもなかった気がするんだけど。ここがホームだからこっちが本当の獏くんなのかもしれない。
あんなに凛凛しい風貌からは想像もつかないよねー。まぁいいとしようか。
と、そんな事を思っていると段々と苦しさを感じた。胸元には未だ獏くんが張り付いたままだ。両腕を私の背中に回してがっちりと力強く抱きついている。
く、苦しいよ……!段々と強くなってないか?
そろそろと言う意味を込めて獏くんの背中を叩いてみるも効果なし……。折れる!折れそうだよ!
命の危機を少なからず感じてしまった私は……
「……い、いい加減にしろやぁぁ!!」
力の限り叫んだ後、獏くんを抱え上げ、掴んだまま後ろに振り上げた。
直後にドン!と背後で何かがぶつかる音が響く。
はっと気づけば視界が逆さま。私は背中を反らしたブリッジの体勢で、目の前には獏くんの服が見える。
上手く表現出来ないけども……、これは……!
「……ジャーマンスープレックスだ、人生初の」