お土産にはご用心……です!
暫く泣いて気持ちも晴れたのか、その後の獏くんはご機嫌そのものだった。
私としても泣いてる彼よりは笑っている彼の方がずっといいと思っているので、安心した次第です。
今穏やかに笑っている獏くんを見ていると、さっき聞いた敵陣に単騎で乗り込んで猛威を振るっていたとは欠片も思えない。
苛烈な面と温厚な面、使い分けって訳じゃないだろうけど、国を背負っている王様としてはそうやっていかないとやっていけないんだろうなって感じた。
私といる時ぐらいは笑顔でいてくれたらいいんだけど。
何の力もないけど、それぐらいは助けになりたいな……。
……なんて思っていたその時です……。
まだまだ初々しく心地よい二人きりの時間は、突然の轟音にて引き裂かれたのです……。
何かを求めるような切なさも含んでいるような……地の底から響く重低音……。
その轟音とはすなわち……私のお腹の虫だよ……!!
くっ……最近出番がなかったからすっかり油断してた……!!
慌てて獏くんから距離を取る私。恥ずかしいったらない……!
確かに今日は起きてからごはん食べてなかったけど!
も、も、もう少し空気読んでくれたりしないのか、君って奴は……!!
心から情けない気持ちになっていた私に、獏くんは優しく声を掛けてくれた。
「あ……そう言えば……俺朝御飯食べそこなっちゃったんだった!ひぃちゃんも朝御飯まだだろ?一緒に食べようか!」
うう……獏くん……優しい……!
恥ずかしさで赤くなっているであろう顔を誤魔化すように、激しく首を縦に振って返事した私。連獅子かヘビメタのヘドバンを彷彿とさせる動きだったと自分でも思ったよ……。
食事と聞いて思い出した事があった。
そう言えば……お義父さんは先日の約束を覚えていたらしく、帰りがけに私に何やらお土産をくれたのです。
今はとりあえずテーブルの上に置いてあるそれ。食べ物だってお義父さんは言っていた。
油紙に包まれて細い紐で括ってあるそれは、受け取った時に両の掌に収まる小ささながらもずっしりと重みを感じた。あと、仄かにだけど甘い匂いがしたんだよね。
中身は詳しく聞かなかったけど、感触からすると多分肉類だと思うんだけど……。
「それはワシの農場で育てたものなんじゃがな……きっと二人共気に入るじゃろうて……!」
バクゥに渡せば分かると、何か含みのあるニンマリ笑顔でそう言って渡してくれたけど……一体何なのかな……?
とりあえず、獏くんに渡してみよう……。
「……あ、ねぇ獏くん、さっきお義父さんからお土産をもらったんだけど……」
お義父さん、と聞いて、すっと笑顔が曇る彼。
「……親父から……??一体何だって?」
私から小包を受け取ると、明らかに怪訝そうな表情でそれをしげしげと見ている。
中身は聞いてない事と、獏くんに渡せば分かると言っていた事を伝えると、眉間の皺がより深くなった。
「俺なら分かるって言ってたんだね?ったく……あのクソ親父は何を持ってきたんだか……?」
多分ろくでもないものだろう……と、ため息混じりで包みを開いていく獏くん。
彼が包みを開くと、中からは肉……ではなくて、茸らしきものが出てきて、さっき嗅いだ甘い匂いがふっと強まった。
それはマッシュルームに似ていて、肉厚の傘としっかりとした軸がある。色はピンク色に更に濃いピンク色の縞模様が入っていて、正直食用っぽく見えないんだけど……?
何だ……お肉じゃないのかあ……と内心ガッカリしていると、獏くんの様子がおかしいのに気が付いた。
彼は手に持ったそれを驚愕の表情で凝視したまま動かない。良く見ると、身体が小刻みに震え、顔はみるみる内に赤くなっていき、額や頬を伝うように汗まで流れてきている。
え!?この一瞬で一体何があったって言うの!?
「ちょ……ちょっと獏くん!?だ、大丈夫??」
私の声にハッと意識を取り戻したように、手に持ったそれをさっと後ろ手に隠した。
「ひ、ひぃちゃん……こ、これは……また今度にしようか……?」
ははは……と苦笑いをしながら、貰ったお土産をすっと収納にしまったようだった。
それから私に背を向けて、何やらブツブツ呟き始めた。
んん?獏くんが何時になく慌ててるよね……何故に?
「あ、あの馬鹿親父……!!ひぃちゃんに何てものを……!!」
……なんて、聞こえてきちゃったんだけど……受け取っちゃまずかったのかしら??
私の性格上、食べ物って聞いたら受け取っちゃうよね。食べ物に関しては警戒心の欠片もないよね、私。
……とりあえず何だったのかだけでも聞きたかったし、謝った方が良さそうと思って声を掛けたら、獏くんはもっと慌てた様子で、
「い、いや!謝る事なんてないんだよ?悪いのは何も知らないひぃちゃんにアドリアスを渡した親父だから……!」
アドリアス?初めて聞く名前の食べ物だわ……美味しいのかな?
お腹は空ききってるし、食への好奇心に満ちた私の顔を見て、もう隠した所で駄目だと思ったのか、獏くんは素直に教えてくれた。
「親父からお土産だって渡されたのは、アドリアスっていう茸だよ。魔力を吸収しながら成長するから、この世界では何処でも育ちやすくて、割と一般的な食材ではあるんだ。癖のない味だからどんな料理にも使えるし美味しいんだよ。色んな色があって、赤は滋養強壮、青は鎮静、黄色は毒消しとか、その色によって効能が異なるんだ……」
聞けば、この間フラロウスさんに使ったあのマルビルってお薬の材料になる種類もあるんだって。ちなみに黒は劇毒だから食べちゃ駄目だって言われたよ。うん、覚えておこう!
ここまで話を聞く限りでは、別に食べても大丈夫なんじゃ……と思ったけど、どうやらその色が問題らしくて……。
顔を真っ赤にして俯いたまま、続けて話す獏くん。
「……このピンク色の効果はね……その…………なんだよ」
え?途中モゴモゴ言ってて、そのの次が上手く聞き取れないんだけど?
何回か聞き返すと、獏くんにしては歯切れは悪かったけど、モジモジしながらも漸く聞き取れるように話してくれた。
「こ、効果は……精力増進とか……まあ一種の……媚薬的な感じで……」
え!?び、媚薬!?それはいわゆる……男女の……だよね……!?
その言葉を聞いた途端に、私の顔は沸騰したようにカッと熱くなり、心臓が飛び出しそうになるくらい鼓動が早くなっていた。
そして、分かってしまった。お義父さんのあのニンマリ笑顔の訳も……。
二人共気に入るって……そう言う意味だったのね……??
えっと……私達にはまだ早いみたいですよ、お義父さん……!




