心からの、おかえりなさい。
開く気配のない扉を依然として見つめる私。
何かあれだよね……玄関で飼い主の帰りを待ってるワンちゃんみたいな心境だよ。
なるべく考えないようにしているつもりだけど、悪い考えばっかり浮かんできて、頭の中をぐるぐると不安が渦巻き続けている。
はあ……寂しいよ、悲しいよ、辛いよ……!
気持ちは落ち着かず、出るのはため息ばかり。
気が付けば、アリーナちゃんやお義父さんも心配そうな表情で私を見ていた。
二人の気持ちは嬉しかったけど、何だかその視線に耐えられず顔を伏せて待っていた。
お義父さんはそろそろ終わるだろうって言ってたけど……。
誰も何も喋らずに無言のまま。沈黙が痛い。
そんな中、隣にいたアリーナちゃんが急に立ち上がって、扉の方に視線を向けた。
「……ばくぅさまのけはいがしました!」
何か感じたのだろうか、彼女は元気な声で叫んだ。
え?獏くん??
その声に合わせて、私も扉の方を見る。
良く良く耳を済ますと、確かに誰かが近づいているような足音が聞こえてきた。
そうして……漸く、扉がゆっくりと開いた……!
開いた扉の向こうには……獏くんが立っていた。
少々疲れた様子で、表情も硬い。
何かを探す視線だったけど、私を見つけて、
「……ああ!ひぃちゃん、起きてたんだね……!」
そう言って、何事もなかったかのように、いつもの穏やかな笑顔を見せた彼。
その顔を見た途端に、私は獏くんに向かって走り出していた。
扉までの距離がぐっと遠く感じたけど。
ドレスが邪魔で大分走り辛かったけど。
足を取られて途中で何回も転びそうになったけど。
会いたかった彼を前に、形振り構わず無我夢中で向かった。
そうして飛び込んだのは、待ち構えていた獏くんの腕の中でした。
勢い余って押し倒す形になってしまったけど、そのままの勢いで獏くんの身体をあちこち触って確認してみる。
ちゃんと足も手も腕も……あるよね?怪我とかしてないよね?
「あわわ……ひぃちゃんたら……朝から大胆……!!」
頬をほんのりと赤らめて、身を捩りながら、うっとりとした視線で見上げてくる彼であります。
……うん。獏くんはいつでも通常運転だったわ……良かった!
私が凄く、凄く、凄ーく心配してたのを伝えると、彼は流石に申し訳ないといった表情をしていた。
ご機嫌取りだろうか、頭をよしよししてくれたけど。
そ、そんなので、チャラになんかしないんだからね!?
そう思って、ふいっと顔を反らすと、拗ねたひぃちゃんも可愛いなぁ、だってさ。もう……!!
まあ、いつまでもこの体勢でいるのもどうかと思ったし、先程から背後からの好奇の視線がバシバシ来てたので……そそっと獏くんの上から降りた私。
二人の存在を忘れてたので、かなりお恥ずかしい所を見せてしまったわ……うう。
その後、身体を起こしながら、ため息と苦笑混じりに獏くんはこれまでにあった事を話してくれた。
「……そろそろ仕掛けてくる頃合いとは思っていたんだ。あの女が関わってるのも分かってたしね。漸く仕掛けてきたと思ったら、あろう事かひぃちゃんを寄越せって言いやがって……!それを聞いた瞬間に流石の俺も怒りが抑えきれなくて、単騎でフロンに乗り込んで、とりあえず王城の半分ぐらいをぶっ壊した後に、今回の首謀者やら関係者から魔力を死なないギリギリまで奪ってから、残ってた王城を壊してさらにしてから帰ってきたって訳さ」
行く前に知らせなくてごめんね、と獏くんは謝ってくれたけど、話の内容が激しすぎて、謝ってるのが頭に入ってこなかったよ……!?
あれれ??今の話からすると、お義父さんに教えてもらった協定とかルールとかまるでガン無視しているように聞こえたんだけど??
守ってたのは死者を出さないって所だけじゃ……いや、そこは一番大事な所だけども!?
戸惑う私を宥めるように、そっと私の肩に手を置いた獏くん。
「ひぃちゃん……大切なものを守る為には、時には決まり事を破る必要もあるんだよ……!」
諭すようにゆっくりと、自信満々に語っております。
いやいやいや!?破り過ぎでしょ!豪快にオーバーランしてるでしょ!!仮にも王様がそれやっちゃいけないんじゃないかなぁ……!?
ああ……聞けば聞くほど頭が痛くなってきた……!
「まあ……決まりを破るってのは冗談だけど、今回に関してはクロム国には何のペナルティもないから、安心していいよ!」
え?ええ??意味が分からないんだけど……?
「確かに宣言を受けたけど、その宣言に対して俺は返答はしていない。聞いてすぐに動いたからね。あくまで宣言に対して承諾か拒否かの返答をしてから戦が開始になるんだ。つまり、戦自体起きてなかったって事になるんだよね」
えぇぇぇぇ……?それは曲論じゃないのかな……?
「それとね、俺は話し合いに行ったんだよ?多少激しくなっちゃったけどね?」
いや……話し合いするだけでは建物は壊れないと思うよ……?
心の中だけど、ツッコミが追いつかないわ!!
「まあ……当分は立ち直れないと思うよ?あ!でも……皆殺しに出来なかったのは残念かなあ……」
いつもの調子でほほ笑みながら呟く獏くん。
今さらっと物騒な言葉が流れてたけど……聞いてなかった事にしよう……。
あ……そうだ、言ってない事があったんだった。
「……獏くん、おかえりなさい」
「うん!ただいま……ひぃちゃん!」
とにかく、獏くんが無事に帰って来てくれた事。
私にとって今はその事が一番大事だし、嬉しいから。
他の事は……追々考える事にします。




