久し振りに聞いた、あの因縁の名前です……。
全くそんな兆候はなかったって言ったけど、私は少しの違和感を感じていた。
そう言えば……と思い出した事があった。
それは獏くんの話の中にそれらしき単語があった事。
えっと……いつだったっけ……?
心中穏やかではないけど、必死に彼との会話を色々と遡って思い出すと……お出掛けする時に彼が言っていた言葉に辿り着いた。
――今、他国から若干喧嘩吹っ掛けられてるんだけどね……。
私は確信した。
あの時言っていた喧嘩とやらがもっと深刻になってしまったのだと……。
放っておいても全然平気なニュアンスで言っていたと思ったけど……全然平気じゃなかったって事!?
思わず大きなため息を一つ付いた私。
そして、頭を抱えて後悔する。
あの時お出掛けを止めていたら、もっとその事について聞けていたら、もっと早くに帰れていたら……この戦は始まらなかったんじゃないかって……。
獏くん……無事なの……?
貴方がいなくなったら……私また一人ぼっちになっちゃう……。
そんなの嫌……嫌だよ……!
思い詰めて泣きそうな私を見て、慌てたお義父さんが声を掛けてくれた。
混乱と戸惑いとで上手く言葉が出なかったけど、素直に今の思いを伝えてみた。
すると、ふんふんと聞いていたお義父さんにそんな事かと笑い飛ばされた。
唖然とする私に、お義父さんは笑いながら話始める。
「ガハハハ!お前さんが気に病む所はちっともないぞ?悪いとすればそれは仕掛けて来た方じゃし、戦自体はそう珍しい事じゃないのでな」
聞けば、この世界では戦は日常的に行われている事らしい。
ただ、相手方を殲滅させるような酷いものではなくて、幾つかのルールに基づいているんだって。
第一前提として死者は出さない。殺傷に関わる武器や魔術の使用は厳禁らしい。
第二に、周囲の環境及び人民、土地などを破壊、改竄する事は禁止。よって、各国に別途作られたエリアのみを戦場とする。
第三に、仕掛ける側がまず相手方の持っているものを一つ奪う事を宣言して、宣言を受けた側はそれを差し出すか拒否するかを選択する。差し出した場合にはそこで終わり。拒否した場合には目的のものを奪いに来るので、宣言を受けた側は迎撃する。
目的のものを奪われた時、または仕掛けた側の大将を降参させた場合は戦が終了すると言った流れなんだって。
以前に読んだ本に書いてあったけど、各種族の長が平和協定を結んでいるって話があった。
その協定がある以上、大っぴらに戦争は出来ない。平和になったものの、各種族同士のわだかまりは残ったまま。いつ次の世界大戦が始まってもおかしくはないほど、緊張は高まっていたようだ。
そこで新たに協定を立てたのが約150年前の事。
死人を出さず、破壊もせず、尚且つわだかまりを少しでも軽減させるにはと長達が考えた結果、今のような形に落ち着いたらしい。
戦とは銘打っているけれど、あくまで国対抗の競技のような感じで聞けば良いっぽいです。
まあ大分こじつけ感は否めないけど、皆が納得できたなら良いんじゃないかな……?
お義父さんの話を聞いて、ほんの少し安心出来た。
とりあえず獏くんが死ぬって事はないって分かったからね。
で、今回宣言された側、ガーダーというらしいけどそれがクロム国で、仕掛けてきたのは隣国にあたるフロン国だそう。
クロム国の大将は勿論獏くん。そしてフロン国の大将はなんと、カンビィ元前王妃だって。
で、今回の目的にされているのは……どうやら私らしい。
何で私が狙われたか、彼女の名前を聞いてすぐに分かった。
……獏くんへの嫌がらせだ、どう考えてもね。
「……どうやらカンビィの奴が仕掛けてきたようでな、フロン国の輩を唆して攻めてきおったのよ。まあ、夜明けから交戦しとったから……そろそろ終わるじゃろう……」
そこで一つ疑問が沸く。
何故カンビィ元前王妃はフロン国を動かす事が出来たんだろう……?
彼女はこの国の出身じゃないのかな……?
そういう魔術的な何かを使ってるとかかな……?
なんて、考え込む私を見て、お義父さんが教えてくれた。
「ああ、あの女はフロン国の出身でな、王家の血は引いてはおらんが、フロン国内で一番の権力を持つデハド家という貴族の出なんじゃ。デハド家は裏の国家とも目されていてな、表立っては言えない黒い噂も多い。実の所、フロン国家は彼らの傀儡にすぎん。そう言えば、バクゥから聞いたが、最近奴の娘子を退治したらしいの?恐らくはその報復。それと自分では手に入れられなかったバクゥの心を射止めたお前さんへの逆恨みじゃろうな……」
うえ……思ったよりヤバい人だった……。
王家でもないのに国を動かせる権力を持ってるって……怖すぎでしょ……!
お義父さん……何て人を嫁にしてたんですか……!?
驚愕の事実を知って、またも気が飛びそうになる私。
「安心せい!彼奴はワシよりも、そこのアリーナよりも強いからの!」
「そうです!ばくぅさまはだれよりもおつよいのです!」
お義父さんはまたも大きく豪快に笑っていた。
アリーナちゃんは大きく頷いて、歯を見せてニコリと笑った。
もしかして……二人とも私を元気付けようとしてくれてるのかな?
その気持ちは嬉しいけど……やっぱり心配は拭えないよね……。
でも、戦う力もない、知識もない私は二人の言葉を信じるしかない。
ふと、部屋の入り口を見る。
……扉は未だ固く閉じられたまま。開く気配は……なかった。




