結婚式どころの話ではないようです……!
……どのくらい寝てしまっていたのだろうか。
はたと目が覚めて、気付けばいつもの部屋に戻っていた。
頭のヴェールは外されていたものの、格好はあのドレスのまま。
多分獏くんが運んでくれたのだろう、ベッドに一人寝かされていたようだった。
身体を起こして、辺りを見る。眼鏡も掛けたままだったから、すぐに見覚えのある景色が見える。ホッと胸を撫で下ろした私。
……お出掛けは楽しかったけど、やっぱり住み慣れた所が一番落ち着く。旅行行っても最終的に安心できるのは自宅だったりするあれだね。
少し眠る事が出来たおかげか、気持ちも身体もすっと軽くなった気がする。良い事だわ。
気持ちもすっきりして落ち着いた所で、とりあえず辺りをぐるっと見てみる事にした私。
整然と整えられた室内は、出掛けた時のそのままだ。
獏くんは……部屋にはいないみたい……。
ただでさえだだっ広いこの部屋が、獏くんがいないだけでより広く寂しく感じてしまうのは、私の気のせいだろうか。
言いようもなく訪れた不安に、私は身体を震わせた。
うう……何処に行ったのかな……。早く帰ってこないかな……。
姿を探すように、再度回りを確認すると、視界の端……ベッドの縁辺りで何か動くものが映った……気がする。
あの黒くて小さな人影は……もしや!?
見えた方へ恐る恐る進んで、縁から下を見てみると……。
「アリーナちゃん……!?」
「……あい!ありーなです!おはようございます、ひかげさま!」
彼女は私と目が合うと、ギザギザの歯を見せてニッコリ笑って見せた。
獏くんじゃなかったのは残念だけど……誰かいると落ち着いた。
……ん?おはようって言ったって事は……今は朝なのかな?
少し眠るつもりがガッツリ寝ちゃったって事……?あらら!?
慌ててベッドから降りて、獏くんを呼んでみるも反応なし。
昨日……になるんだよね、確か結婚式挙げるって意気込んでたけど……?
すっと冷えていく背中。そしてさーっと血の気の引いていく感覚。
まさか……まさか……もう始まってるとか!?
結婚式に遅刻とか……大、大、大失態ですわ!!
と、と、と、とにかく外に出なくちゃ!!!
色々とテンパる頭を抱えて、出口へ向かって走り出そうとした私を引き留める手。驚いて振り返ると、私の手をしっかり掴んだ必死な表情のアリーナちゃんが見えた。
私より小柄で細腕で振り切れそうなものなのに、大岩に掴まれてしまったようにピクリともうごかせそうにない。姿が変わってもドラゴンの彼女には敵わないみたい……。
「だ、だめです!ひかげさまはここにいてください!」
ここにいなきゃいけないって……訳が良く分からないよ……。
そう言えば……何でここに人形の彼女がいるの?
「あい!ありーなはひかげさまを、おまもりにきました!」
おまもり?護衛って事かな?
何?何なの??護衛が必要なくらい物騒な事になってるって事?
ますます訳が分からなくなった私。
アリーナちゃんのホールドは続いてるし……とりあえず何で来てもらったのかから聞いてみようかな……。
と、アリーナちゃんに聞いてみようと思ったその時だった。
「訳はワシから説明しようかのう……」
突然の声に、驚いてその方を見ると、背後の空間を裂いてぬっと現れた一つの影。
「え……お義父さん……??」
「おお!久しぶりだの!ヒカゲちゃんや!そのドレスを着てるとより美人だのう!」
ガハハハと豪快に笑いながら、ノシノシと歩いてくるその人は……久し振りに会う獏くんの父、私にとってはお義父さんだった。
えぇぇぇぇ……お義父さんまで来ちゃったよ!?
何だかこの間会った時より大分フランクな感じできたなぁ……。
私は思った。多分……只事ではないのが起きてるって。
お義父さんの姿を見て、横にいたアリーナちゃんが緊張したように挨拶をしていた。
「ぜ、ぜんおうさま!ご、ご、ごぶさたしております!」
「おお?アリーナもいたんじゃったな!ヒカゲちゃんの護衛御苦労じゃ!」
そう言ってワシャワシャと彼女の頭を撫でる笑顔のお義父さん。
アリーナちゃんは緊張で強張った表情だったけど、頬が赤くなっていて、口元がふるふるしている。
多分褒められて嬉しいんだろうけど、目上の人の前だから素直に笑えない感じかな?
その光景だけみるとお祖父ちゃんと孫のふれあいだよね……見てて和むわ……。
……って和んでる場合でないのよ!!
「あ、あの……お義父さん……獏くんは……?」
「おっと!忘れておった!」
一瞬だけキョトンとした表情をしていたけど、すぐに和みきっていた表情をキリッと引き締めたお義父さん。
あんまり仲良くないかもだけど、実の息子の事は忘れないであげて……!
立ち話も何だからと、とりあえずいつもの応接セットに移動した私達であります。
お義父さんは向かいの席に、アリーナちゃんは私の隣に座り、話が始まった。落ち着いて聞いて欲しい、という前置き付きで。
「……今、彼奴は……バクゥは戦に出ておるよ。国を、臣民を、何より大事なお前さんを守る為、全力を尽くしておる所じゃ」
……え?ええ??何でそんな事に……!?
驚きで声が出ない。
そんな兆候なんてこれっぽっちも気づかなかった……。
何で、何で、何で……!
思いが交錯しすぎて気が遠くなり、思わずふらついた所を、隣のアリーナちゃんが支えてくれた。ありがたい。
「ひかげさま……だいじょうぶですか……?」
心配そうな表情で彼女に訪ねられたけど、言葉は出ず、とりあえず一つ小さく頷きを返した。
緊張か恐怖心からか胃がきゅっと絞まっていくような嫌悪感があり、動悸も激しくて、目の前がふらつく。
目の前のお義父さんも心配そうな表情でこちらを見ている。
気絶出来たら楽かもしれないけど、ここはそんな事をしている場合ではない、と私は思っていた。
「お、お義父さん……お話……続けて……下さい……」
獏くんへの心配で今にも胸が張り裂けそうな思いだけど……。
今すぐ彼の元へ駆けつけたい気持ちだけど……。
……この話は最後まで聞かなくちゃいけない。
……これは妻としての私の義務だと、心を強く持つ私でした。




