仕上がったけど……オネエさんが大変です!
絶えず聞こえていた呪文が止まった。
その直後、瞼の裏でも感じていた私を覆っていた光がすっと引くのと、足元に吹いていた風が徐々に弱まっていくようだった。
それに伴って、ゆっくりと身体が下がっていく感覚があって、足裏に床の冷たい感触が戻ってきた。
……どうやら、無事に下ろしてもらえたみたい。良かったわ……。
「……は~い!出来上がりよ~♪お疲れ様~♪」
降り立った感覚を感じたと同時に聞こえたのはフラロウスさんの声だった。
「うふふふふ……中々の出来よ……!さあ、目を開けてみて……!!」
その声に、ゆっくりと私は目を開いた。
暫く瞑ったままだったので、少し眩しさを感じたけれど、目の前の光景に驚いた。
目の前にはいつの間に用意された大きな姿見と、その隣にはかなり疲れた様子のフラロウスさんが立っていた。
オネエさんは全身汗だく。整えていた髪型は崩れてるし、化粧も落ちかけてるし、それはそれはホラーな格好になっていたけど……それよりもその隣!!
「え……これが私……??」
姿見に映るのは純白のドレスに身を包んだ私。
先程、戸惑いつつも脳裏に思い描いた通りの姿だった。
ヴェールは前に下ろすタイプのものではなく、シスターさんが被っているような後ろへ広がるタイプのマリアヴェール。襟は高めで首元まであるし、肩、腕も包まれている。袖は二の腕過ぎたぐらいだけど、間を継ぐように長い手袋がしっかりカバー。腰元は締めつけ過ぎないぐらいにリボンのような装飾で巻かれている。スカートの部分も思った通りの半円をひっくり返したようなふんわりと広がるものだった。随所にレースと刺繍で飾り付けられたシンプルかつ華やかなドレスに仕上がったようだった。
ただ、靴まで考えてなかったので未だに裸足のままだけど。
以前式場見学に行った時、ドレスの試着もさせてもらったけど、あのときよりずっと着心地がいい。着てないみたいに凄く軽いし、締め付けもない。
やっぱりオーダーメイドだと違うって事かな?
ここまで来て、これは夢じゃないかと思わず頬をつねってみるけど、じんわり痛みを感じた。痛がる私もちゃんと姿見に映っている。って事は……?
「痛っ……夢じゃない……?」
夢じゃないんだ!私、本当に、ドレス着てるんだ!!
途端に嬉しくなって、その場でくるりと回ってみる私。
動きに合わせてドレスの裾がふわりと舞い、キラキラと波のように光っていた。
「そうよ……夢じゃないわよ……間違いなく今の貴女よ……!とっても……素敵……だわよ……!」
もう立っているのがやっとといった具合で、フラロウスさんが答えてくれた。
ふらりと倒れそうになるオネエさんを支えるべく、思わず駆け寄る私。でも、私より大きな人を支えきれず、一旦床に横になってもらう事にした。
「ああ……心配掛けてごめんなさいね……。初めて作ったのもあるんだけど……魔力を行使して仕上げると結構……疲れちゃうのよ……」
聞けば、通常の仕立てであればここまで疲れる事はないそう。
だけど、今回はイメージを実体化する為の魔術とその補助の為の魔法陣、継続して稼働させる為の魔力が結構掛かったらしく、ここまでとはフラロウスさんも予想していなかったそう。
嬉しかった気持ちが一気に引いて、逆に申し訳ない、罪悪感が私を襲い始める。
舞い上がっていた自分が恥ずかしい……。
そうこうしている内に、顔も青ざめちゃってきちゃってるし、息も絶え絶え、視線も虚ろだ。
確か……魔力は生命力に直結しているって話だったけど……このままで大丈夫なんだろうか……。
虚ろな目をしたフラロウスさんが私を見て、ポツリと呟く。
「あら……ヒカゲ様ったら……なんて顔してるのよ……。アタシの事は気にしなくて……良いのよ……?これがアタシの……仕事なんだから……」
オネエさんはそう言って、苦し気だけどにこりと笑って見せた。
自分では分からなかったけど、相当思い詰めた顔になってたみたい。
自分の方が大変な状況なのに、私の心配をしてくれるなんて……本当に優しい人なんだね……。
あと、自分の仕事に誇りを持って、命懸けで取り組んでる事も分かる。今回は文字通り命懸けだった訳だけど、その思いは仕上がったこのドレスを着ている今は痛いほど伝わってくる。
まだ会ってから数時間も経ってない。
万が一ここでお別れなんて寂しすぎる。
……フラロウスさんを助けなきゃ!!




