田舎ってこんな感じなのかな……?
カラカラと軽い音を立てて扉が開いた。
お邪魔します……と小さく呟いて、中へ足を踏み入れた。
中は少し薄暗いけど、一段上がった先に囲炉裏があって、パチパチと燃える音と火の揺らぎに合わせて、ゆらゆらと部屋を照らしているようだった。あと、先程外から見た障子越しの光も合わせて、夕焼け色に部屋が染まっている。
囲炉裏を囲むように座布団が4枚、天井から吊られた小さな鉄瓶からはシュンシュンと蒸気が静かに上がっている。
すぐ目の前には土間だろうか、土で固められた床が広がっていて、何かの農具と藁の積んだ山が端にあった。
木と土と煙の臭いの中に、先程嗅いだ出汁の香りが漂っている。
スッと深呼吸してみると、田舎の親戚の家に来たみたいな、得もしれぬ安心感が湧いてくる。まあ、私には親戚もいなかったから想像でしかないけど、多分合ってると思う。
異世界にいるはずなのに、元の世界に帰ってこれた、そんな錯覚まで覚えてしまいそうな再現度の高さだった。
これも魔術によるものなのかな……?聞けそうだったら聞いてみようかな。
獏くんが奥へ声を掛けると、少し間が空いてから、
「……どうぞー!上がって待ってて下さいなー!」
遠くから少し嗄れ声の返事があった。
「ふむ……まだ手が離せないみたいだね……。それじゃ上がらせてもらおうか」
とりあえず土間に靴を置かせてもらって、二人で部屋に上がることにした。
部屋は畳敷きで10畳ほどの広さがあった。囲炉裏の側に二人で座る事になったんだけど、1つ問題が出てきた。
こういう時は正座の方が良いのかな……?でも、折角着せてもらったこのワンピースが皺になっちゃうかも……。
立ちん坊になっていた私に、既に座っていた獏くんは特に決め事はないから自由に座ったら良いよって言ってくれた。
「……あ!もしなんだったら、俺の膝の上でも……」
満面の笑みを浮かべながら、ポンポンと自分の太股を叩いて、私を呼ぶ獏くん。
……うん。それはない。
獏くんのお誘いをガン無視して、彼の隣に足を横に流して座る事にしたよ。
彼は明らかにショックを受けてたけど、気にしない事にする。
部屋に上がってから少し時間が経った。
見えないけれど、奥からはトントンとかグツグツとか料理してる音が響いてくる。
獏くんはニコニコと無言で待っている。私も特に話すこともなく、同じく無言。
囲炉裏の側は丁度良い温かさだし、こう静かな空間が続くと、つい眠くなってくるよね……。
うつらうつらしていると、パタパタとこちらに来る足音が聞こえた。その音にはたと目を覚まして、姿勢を正した。
「……やあやあ、お待たせして申し訳ない!仕度に時間がかかってしまいましたわい……」
と、先程奥から聞こえた声の主が姿を現した。
それは穏やかな笑みを浮かべた細身のお爺さんだった。私より背は低いみたい。腰はしゃんと伸びていて、長い白髪を後ろに束ね、同じく白く長い髭も手拭いを頭に巻いている。それと藍色の作務衣姿に黒い前掛けをしていた。角があるからこっちの人だって分かるけど、なかったら農家にいそうなお爺さんだわ。長年畑を耕しています的な。
どうやらこの人が店主さんらしい。手元のお盆には茶筒と急須、湯呑みが人数分、それとちょっとしたお菓子が乗せられていた。
「遠路遥々良くお越し頂きましたなぁ。まずはお茶でも……」
と、店主さんがお茶を入れてくれて、頂く事になった。
温かいお茶が身に染みる……。ちょっと苦いけど、ホッとできる味だわ……。
お茶と一緒にもらえたのは金平糖みたいな粒の砂糖菓子だった。お茶の苦味と良く合っててとても美味しい。カリっという食感もとても良いなぁ。
「……急なお願いをしてしまって申し訳なかったね、アサ爺」
落ち着ききっていた私の隣で獏くんがそう呟くと、
「ほほ、他ならぬバクゥ様のお願いとあれば、是が非でもお伺いしますとも。それに奥方様のご希望もあれば、尚更ですぞ」
腕が鳴りますわい、とアサ爺と呼ばれたその人は髭を撫でながら笑顔で答えていた。
あのお……奥方様って私の事だよね?何だか気恥ずかしいな……。
「ああ、紹介が遅くなったが、彼女が俺の妻、緋影さんだ。ひぃちゃん、彼がアサィ・ザザ。長年、クロム王家に料理長として遣えてくれていたんだ。今は引退してこの店をやってるって訳さ」
獏くんは私と店主さんを交互に見ながら、お互いに紹介をしてくれた。目が合ったので、そっと一礼を返すと、アサさんもニッコリと笑って返してくれた。
「ほうほう!奥方様のお名前はヒカゲ様とおっしゃいますか!なんとも素敵なお名前でございますなぁ……」
うんうんと頷きながら、アサさんはそう言ってくれた。
私は名前の事で誉められた事が少ないので、正直照れてます。
今まで誉めてくれたり、良いねと言ってくれたのは、獏くんと亡くなったお祖母ちゃんだけだもの。
「良かったね、ひぃちゃん」
密かに嬉しそうにしている私を見て、獏くんも嬉しそうに笑っていた。
「では……そろそろ料理をお持ちして宜しいですかな?」
「ああ、宜しく頼むよ」
獏くんが返事すると、アサさんが頭を深々と下げて、そそっと奥へ行ってしまった。
お?そろそろ料理とのご対面ですか!?
どんなのが出てくるんだろ……?楽しみだなー!




