魂を震わせるのは、あの香り……!
やっぱりね……私って、花より団子派なんだよね。
色気より食気です。食べるって大事だもの。
……何?女捨ててるって?
何を今更ですよ……!この私のどこに女子力があるのか、教えてもらいたいぐらいなんですが。
自分に正直に生きるって……素敵じゃん?ね?
そんな事を考えていたら、目の前の獏くんが声もなく密かに笑ってた。
そう言えば……私の考えってほぼ筒抜けだったの忘れてた……!
照れ隠しにムッと視線を送ると、獏くんは気づいてませんよと言わんばかりに視線をスッと逸らした。
「ま、まあ、そろそろお店に行こうか、ね?」
何だかはぐらかされた気がするけど、とりあえずご飯は欲しい!
そろそろおなかがすいてちからがでないよ。
大通りを路地に、その先を案内されたのは少し町外れの小さな一軒家。
それは古きよき日本の古民家風の平屋だった。まるで元の世界から空間ごと切り取ってきたようで、瞬間で懐かしさを感じたほどだった。木造で茅葺き屋根、日当たりの良さそうな縁側には大きな窓が幾つもあって木の廊下と内側の障子が見えている。家の回りは低い生け垣が囲っていて、青々とした中に小さな花が咲いているようだ。入り口の扉は式で木の枠に縦型の磨り硝子が何枚も嵌められている。
でも……お店だという割には、特に看板も出てはいないし、装飾もされていない。洋風な建物が多いこの街では大分浮いて見える。
あれかな……?看板のないお店とかって奴かな?
あと、さっきから辺りに漂うこの香りが気になってるのです。
海鮮物系のもので、元の世界では定番中の定番。特に和食料理には欠かせないあれだ。私の鼻を絶妙に擽って、食欲が疼く。この香りだけでもご飯がいけそうな美味しそうな香りだった。
……これは、まさか……?
「もしかして……出汁……?」
私が無意識に呟いた言葉に、正解!!と満面の笑みで拍手する獏くん。
「凄いねひぃちゃん!多分分かるとは思ったけど、ノーヒントで当ててくるとは思わなかったよ!」
またも拍手。何か恥ずかしい。
「ここは知る人ぞ知る名店なんだ。こっちに来てから暫く経つし、そろそろひぃちゃんも和食が食べたいかと思って……」
獏くんが少し申し訳無さそうな笑顔を浮かべて、そう話す。
……そう、そうなのですよ……!
私は辛いもの以外に関しては、特に好き嫌いはない。料理ならどれでも美味しく食べる自信がある。
中華も好きだし、洋食も好きだし、ゲテモノ系だっていける口だよ?辛くなければ、だけど。
でも、特に好きなのは和食なのです!ここ最近はお目にかかってないんだけどね。
料理上手の獏くんだけど、何故か和食は作るのが苦手らしくて……。
彼の料理は何度も言うけど、どれもとっっっても美味しいのです!我を忘れて食べちゃう時も多々あるくらいだし……。
でも……でも、心のどっかで和食食べたい……って思ってはいたんだよね。もしかして、気づいてたのかな、獏くん……。
変に気を使わせちゃったかもしれない、と私は少し反省していた。
そして、扉の前に立つ私達。
私ってば、期待からか興奮からか、さっきから身体が震えてるんだよ……!
これが武者震いって奴かしら……?
空腹からの身体の震えではないと思いたい……!
「ふふ、ひぃちゃんたら……!そんなに構えなくても、料理は逃げないから大丈夫だよ?」
落ち着いて、と言うように声を掛けてくれる獏くん。
そ、そうだね!待ちに待った食事……しかも和食だからって、そんなにはしゃぐなんて大人げないよね……?少なくともアラサー女子の態度ではないよね……?
我ながらなかなか恥ずかしい事だと、久々に赤面してしまう。
「うっ……ごめんね、獏くん……」
「ううん、謝るのは俺さ。俺が和食も作れたら、ひぃちゃんをもっと満足させてあげられたんだけど……!」
心苦しいといったように、獏くんはそう言ってくれた。
やっぱり気付いてたか……!うう……。
そうやっていつも私の事を気に掛けてくれて……嬉しい。
本当、獏くんは素敵な旦那様だわ……。何度目か分からないけど、惚れ直しちゃう……!
直後、ボンっと隣から音が聞こえた。驚いてそちらを見ると、獏くんの顔が真っ赤で湯気まで上がっているようだった。
あ……もしかして、さっきの考えが伝わった……かな?
変な所で恥ずかしさのスイッチが入っちゃうんだね、獏くんったら……可愛い!!
「……さ、さあ!入ろうか!お、お願いした時間になるし!」
ギクシャクした動きで扉に手を掛ける獏くん。
あらあら、どもっちゃって……、照れ隠しかな?




