この世界の結婚とは命懸けなのです……!
ただのおば……いや、お姉様ではなかったフェンさんでした。
何かがツボに入ったらしく未だに笑い続けている。
ついでに、体感で震度4ぐらいで部屋も揺れ続けているけども。
こっちの人は何かと桁が違うわと再確認したよね……うん。
そんな揺れなど気にしていないかのように、獏くんは神妙な面持で彼女に話し始めた。
「先生……ここでお会いできたのも何かの巡り合わせだと思います。そんな貴女に私から1つ、お願いをしたいのですが……」
「ん~何かしら~?」
ピタリと笑うのを止めて、彼女は獏くんに視線を向ける。
「近々ですが、彼女と……緋影さんと、婚姻の儀を挙げます。ただ、この世界のやり方ではなく、彼女の世界のやり方で挙げたいと思っています。その際に、こちらで言う祭祀番ですが、神父役を先生にお願いしたいのです。私の我が儘ではありますが……お受け頂けますか?」
ガッと頭を下げる獏くんに驚いた表情を見せた彼女だったけど、すぐに笑顔に戻って、
「あらあら!それは光栄な事ね~!バクゥ様直々にお願いされたら断る理由がないわ~。勿論受けたまりますわ~!でも、私なんかで良いのかしら~?」
「それこそ勿論ですよ、先生!私は貴女以外に頼むつもりはありませんでしたから……お受け頂き感謝します……!」
とりあえず、良かったねと言う気持ちを込めて、獏くんの肩にそっと手を置いた。
「それで、早速だけど~貴女の世界の婚姻の儀のやり方を教えてくれるかしら~?」
「えっ!?え、えっとですね……」
彼女から急に話を振られる事をまるで想像してなくて、驚いてしまった私。戸惑いつつも、結婚式についての話をする事になった。
私としては、友人のものに参加した事はあるけど、自分がするのは初めてなので、本当にざっくりと流れだけ話した感じだけど。
あっちこっち行って纏まらない私の話だったけど、彼女は笑顔でうんうんと相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
「……なるほどね~。貴女の世界には、そんな嬉しい儀式があるのね~!それはバクゥ様も挙げてあげたい気持ちになるわね~」
あれ?こっちの世界では、結婚式って楽しい、嬉しいものじゃないのかな……?
「そうね~、こちらの世界では、貴女が話したように華やかには行わないし、それなりの痛みを伴うのよ~」
痛みを伴う……って何ぞ?
「……このテラリアンにおいてだけど、婚姻と言うのは、互いの魂を分けて融合する事。フェン先生もそうだけど、祭祀番の見守る前で、儀式用の刃で互いの魂を削り、お互いにそれを取り込む。魂が上手く融合すれば、晴れて夫婦と名乗る事が出来るんだ。魂を削る行為は命に関わる事だから、本来は禁忌とされているけど、婚姻の儀に関しては、耐えがたき苦痛に耐え、生死を共にする事によって、より強い絆が生まれると考えられているんだ」
「バクゥ様のおっしゃる通りなの~。覚悟を持って望まないと、刃で魂を切られた途端に死んでしまう事もあるし、魂を取り込めても融合出来ずに亡くなっていった子もいたわね~」
獏くんは真剣そのもので、フェンさんは笑顔を浮かべたままマイペースな口調で教えてくれた。
二人の温度差が凄いわ……!!さらっと言われるからショックが後から来るんですけど……!
……とりあえず理解はしたよ?この世界では結婚するのにも命懸けって事を……!
元の世界みたいに、婚姻届にお互い署名して、役所に承認されれば夫婦って、それでも精神的にも社会的にも重みがあるって思ってたけど……。
それ以上に重みがある。確かにより強い繋がりが出来る気がするよ。身を捧げて一生を誓い合うって事だもんね。
この世界の人達の方が確実に心身共に強靭だと思う。その人達ですら、容易に命を落とす可能性があるって……私ではとても耐えられないと思う……。私はただの人間だもの……。
そう言えば……と、私は1つ思い出した事があった。
……私の中には、獏くんの魂がある、って事。
あの襲撃のせいで、身体だけじゃなく魂まで傷付いてしまい、生死をさ迷っていた私に、彼は自らの魂を分けて癒してくれたって言っていた。
その話を聞いた時はまるで訳が分かってなくて、普通に流してしまったけど……今の説明を聞いたらようやく理解できた。
魂を削れば自分が死んでしまうかもしれないのに、それでも私を助ける為に、文字通り命を懸けてくれたんだって事。もしかしたら、あの時の私より重症だったかもしれないよね……。
そして、それは私を心から思ってくれている証拠だって事も。
ふと、胸の奥底が温かくなるのを感じていた。もしかしたら、それが獏くんの魂なのかもしれない。優しさの塊だもんね。
本当……獏くんには感謝してもしきれないよ……。
「……ありがとう、獏くん」
突如、脈絡もなく出た私の言葉に、獏くんは不思議そうな表情をしていたけど、すぐにいつもの微笑みを返してくれた。
私の気持ちは伝わってるよって言いたかったのかもしれない。
「うふふ~、本当に仲が良くって……お似合いのお二人だわね~」
フェンさんが私達を見て、穏やかに笑っていた。




