新婚さんの朝御飯です!
☆
はっと目が覚めるとそこは先程の見知らぬ部屋だった。
極度の不安から来ていた震えは収まっていた。どうやら限界を超えて気絶してたようだ。おかげで再認識できた。
「……夢じゃないんだ。……ここは現実なんだ」
どうやってここに来たかとか、帰れるのとかはこの際どうでもいい。身寄りもいないし、友達もいないし、結婚するにあたって会社は辞めたし。でも……、おばあちゃんのお墓のお世話に行けなくなったとしたら……それだけは悲しい。私以外に墓守が誰も居ないんだもの。
今更だけど泣きたくなってきた。……泣いて良いよね?
気付いたらもう泣いてた。涙が静かにはらはら頬を伝って首筋をじんわり濡らしていく。後から後から溢れてきて止まらない。止まらなくてついには子供みたいに声を上げて泣いてた。
そんな所へ貘くんが帰ってきた様で、
「え?ひいちゃん!?ど、ど、どうしたの!?」
慌てて駆け寄って肩を抱いてくれた。
「ふぇ……?貘くん……、貘くん……」
涙と鼻水でグシャグシャの顔。本当だったら見てほしくないけどもう構ってる余裕がない。彼の胸に抱きつくとそのまま泣き続けた。
貘くんは初めびっくりした様子だったけど、子供みたいに泣きじゃくる私を必死に優しく宥めて慰めてくれた。彼の胸はとても暖かくて、気持ちがそのまま伝わってくるみたいで自分でも驚くぐらい安心できた。
とりあえず、彼が居てくれればそれでいいや。違う世界でも彼となら大丈夫だと思う。そう思える、思うことにした。
あれからどれぐらい泣き続けていたのか正直分からないけどどうにか涙が止まってくれた。そっと彼の胸から顔を話すと、水に飛び込んだレベルでびしょ濡れになっていた。
「あ……!ごめん……ね……!服……汚しちゃった……」
「いいんだ。服なんて気にしないで。俺はひいちゃんが泣き止んでくれてよかったよ。こっちこそ色々と説明不足で心配かけちゃって……ごめんね」
そう言って私の頭を優しく撫でてくれた。こうされてると子供時代に戻ったみたい。暫くこうしていよう……。
☆
……またややあって漸く落ち着く事が出来た。顔はもうどうしようもないので気にしない事にする。
獏くんに支えられながら今までいたベッドから部屋の中にあったらしい応接セットに場所を移した。
椅子は四脚。黒檀の枠に黒の毛皮みたいのが張ってある。上質なものなのか毛並みがうっすら輝いていた。円形のテーブルを囲むように配置されている。テーブルは円錐を逆にしたようなもので中が水槽みたいになっている。青く透明な液体で満たされていて明かりに照らされて時々キラキラと光っていた。
促されて恐る恐る椅子に腰掛けるとベッドの如くフカフカの座り心地だった。手触りも抜群。いつまでも撫でてられる滑らかさ。これは人を駄目にする椅子です……。
テーブルを挟んで私の対面に獏くんが座る。半ば放心状態で椅子を撫でている様子の私を見てクスリと笑った。
「えっと……、大分落ち着いたかな、ひいちゃん?」
「え?う、うん大分ね」
「それは良かった。体調も良さそうだね」
そう言ってニッコリと獏くんが笑う。何だか気恥ずかしくなって顔を背けてしまった。と同時に盛大になる私のお腹……またか!
「うぅぅ……」
「そ、そうだ!お腹空いてたんだよね?とりあえずご飯でも食べようか?」
顔は背けたまま無言で頷く。相変わらずの赤面っぷりですので。
ちょっと待っててと獏くんは再び席を外すと、恐らく1分も掛からずに戻ってきた。両手で持たれたトレイには料理の他にポットやカップ、果物らしきものが見える。手際よくテーブルの上に並べられていく。淀みない動きは見ていて気持ちがいい。
「……っと。これで全部かな。さあ、いっぱい食べてね、ひいちゃん」
目の前にはコーンスープとパンケーキ、目玉焼きに、トマトやキャベツのサラダ。あといつの間にか獏くんが淹れてくれたコーヒーが付いて、どこぞのモーニングセットの出来上がり。
「簡単なものしか出来なかったんだけど……、ひいちゃんパンケーキ好きだったから頑張ってみたよ!」
ぐっとガッツポーズをしながらこちらを見る。何この人可愛い。好きなものとか覚えてて作ってくれたとか……感動ですわ……!
おずおずといただきます、と顔の前で両手を合わせ、少しずつ食べ始めた。どれも凄く美味しい。パンケーキはふっくら柔らかでメイプルソースがよく合う。ほんのり甘い温かいコーンスープが体に染みる。
自分でも思った以上にお腹が空いていたらしく、あっという間に完食。食べ終わったタイミングて食後のデザートにリンゴを出してもらえる至れり尽くせりっぷり。出来る……この人!
すっかりご馳走になってしまった。気づけば食べ終わったお皿は既に片付け済みでした。本当なら私がやらなきゃなのに。女子力の低さは重々承知していたけどここまでとは。逆に獏くんの女子力が高すぎてちょっと嫉妬した。
思わず獏くんを凝視してしまう。視線に気づいた彼は気恥ずかしそうに、
「…ん?なあに、ひいちゃん。まだご飯足りなかった?良かったらもう少し作る……」
「だ、大丈夫!!もうお腹一杯だから!美味しかったよ!」
どうやらおかわりの催促に見えたらしい。確かにまだ食べられるけども!
「ふふふっ。遠慮しないで。まだ食べられるんじゃない?」
頬杖をつきながら軽く笑われた。確かに図星ですが。ここでお願いすると本気で作ってきそうなので丁重にお断りしました。やっぱり立場が逆過ぎて何だか寂しい……。
食後のデザートとお茶で一息ついた所で、ふと獏くんを見る。
どこかの西洋の彫像みたいな整った顔立ち。髪の色は黒に近い紺色で、さらさらのストレート。肩ぐらいまである髪は白のリボンみたいなもので首の後ろで括られている。両耳の側からは羊みたいな角が2本生えていた。肌は血管が透ける程白い。吸い込まれそうな黒の瞳。睫毛は私より長いかも。薄い唇はうっすらと桃色。時々八重歯がちらっと覗いている。
服装は神父さんが着るような黒を基調とした落ちついたもので、ワンポイントで袖口に白の刺繍がしてあるのが見えた。袖から見える手には蔦が絡まるような模様の刺青がチラリと見える。
うん。イケメンである。こんな旦那様を持って幸せです。
……パーツパーツは獏くんなんだけど、やっぱり何でこんな格好してるんだろう?V系のお兄さんにも見えてきた。
「…うん?ひいちゃんどうかした?そうあんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
小首を傾げている獏くん。しまった。思わず惚れ惚れと凝視してしまった。
「いや……獏くん格好いいなぁって思って」
思わず口からこぼれた言葉に途端に顔を赤くしてモジモジし始める彼。何だろう…格好が格好だから違和感があるなぁ。獏くんらしくていいけど。
さて、いい加減聞いてみようか。惚気るの終わり。