彼の恩師と会っちゃいました。
神様からの祝福か、実は拉致される間際だったのか……?
……折角だから、良い方で考えよう。うん。
信じるものは救われるのですよ……多分ね。
「まあ、ひぃちゃん……そんなに怖がらなくても大丈夫さ。俺がついてるからね!」
まだ戸惑っていた私に向かって、獏くんはドンと自らの胸を叩いて励ましをくれた。
「……もし仮にそうなったとしても、俺は必ず、どんな事をしても君を取り戻す。俺達の仲は誰にも裂かせないよ!」
ニコニコとして、私の両手を取って、そう宣う彼であります。
うわぁ……どこのラブコメかな?とりあえず苦笑いで返すことにした私。
お陰で……回りの生暖かーい視線がマシマシなんだけどね。あと失笑混じりの歓声もね。こ、心が痛いわぁ……!
まあ、でもちょっとは元気出たかな。
いつも考えてるけど、私は獏くん以外の人と一緒になる気はさらさらない。獏くんが愛想つかしたら別だけど……無さそうだし?
もし、あの場で神様に連れてかれたとしたら、三行半突き付けて逃げてやるもんね!三行半って……時代劇じゃん。我ながら考え古いねー。
と、言うか、少し前から口調がいつものに戻ってるけどいいのかな……?
ちょっと無理してる感あったしね。獏くんがいいならそれで良い事にしよう、うん。
「実はね、ここに来た人しか食べられない特別な菓子があるんだけど……行ってみるかい?」
むむっ!?お菓子ですと!?
行きたい行きたい!!と頭を激しく振って同意したら、
「ふふ、そう言うと思って、入る前に頼んできてあるよ。そろそろ出来上がる頃だから行ってみようか!」
何と!?獏くん仕事早い!!素敵!!
獏くんが言うには、祭祀の場の隣に小さな露店があって、そこでそのお菓子が食べられるらしい。礼拝に来た人だけが食べられて、秘伝のレシピで作られたそれは、どんな種族の人も虜にするぐらい美味しいんだって!
丁度お腹も空いてきてたし……それは嬉しい!
早速行ってみると、お店の前は大賑わい。もう既に20~30m位の長蛇の列が出来ていて、人気の高さが伺える。売り切れたりしないのかしら……ちょっと不安……。
待つのも料理の内だよ?と獏くんに諭されて、ここはぐっと我慢する私。そうだよね、慌てちゃいけないわ……!空腹は最高のスパイスって誰かも言ってたし!
それから、30分は待っただろうか。でも思ったより早く列が進んで、ようやく待ちに待った私達の番になった。
……正直、もうお腹の減り具合が不味い……くらくらしてきた。
「……お待たせしました~!ご注文は……って、あら!?」
目の前の恰幅の良い中年の女性店員さんが何かに気付いたように、言葉を切った。
「……誰かと思えば、バクゥ様じゃないですか~!!あらあら、お久しぶりですわぁ~」
声を掛けて下さったら、一番でお通ししたのに~と彼女は笑って体を震わせていた。
「ご無沙汰しております、フェン先生」
そう言って、彼は一礼してみせた。慌てて私も続く。
あれれ?先生って事は……知り合いなのかな??
フェンと呼ばれたその女性は、少し困ったようにはにかんだ。
獏くんより背の高い彼女は、巨体のわりには穏やかそうな笑顔で糸目がちの目がより細くなっている。思わずお母さんと言ってしまいそうな朗らかな印象を受けた。エプロンより割烹着が凄く似合いそうな感じ。
今まで見てきたこの国の人とは大分違う人だと思った。角はあるけど、耳がふさふさの兎みたいな垂れたものだし。可愛い……!ちょっと触らせてもらえないかな……駄目?
「あらあら、先生だなんて……随分昔の事でお恥ずかしい~。もう貴方はこの国の王なのですから、私の事は呼び捨てで宜しいのに~」
少し恥ずかしそうに頬を染めた彼女の言葉に、獏くんは首を静かに横へ振った。
「いや……いくらこの国の王になったとはいえ、昔からお世話になっている恩師である貴女を呼び捨てになんて出来ませんよ。先生は先生です」
「あらあら~!本当にバクゥ様は昔から真面目さんね~」
和やかに笑い合う二人。見てて微笑ましい。
彼女に向ける獏くんの視線からは、信頼と尊敬の念が感じられる。余程、仲の良い人なんだね。
……でもね、辺りがちょっと殺伐としてきたよ?
後ろから催促の声やイライラしてる声が出てきてますよ?
あと、獏くんに気付いた人達がざわめきだしてますよ?
そして、私としては蚊帳の外で非常に居づらい事この上ないのですが……気付いてお二人さん……!!
そんな周囲の雰囲気に気付いたのか、ようやくフェンさんが、少し慌てた様子で、
「……あらあら~!いけない~!ついつい長話になっちゃったわね~!ちょっと待ってて下さいな~」
口調そのものはのんびりしているけど、手捌きが尋常じゃなく早かった。気付けば彼女の手元には小包みが2つ拵えられていた。
「うふふ~、バクゥ様に久し振りにお会いできたし、お隣の奥方様とも折角だからお話したいわ~。二人ともこっちにいらっしゃいな~。あ、貴女達~、後はお願いね~」
フェンさんが声を掛けると、露店の奥から突如女性が二人飛び出てきて、滞っていた営業を再開し始めた。列はみるみる解消されて行くのが見える。こっちも達人だった……!
のしのしと音がしそうなゆっくりとした足取りで、フェンさんが
露店から姿を表した。
さっきのは座っていた状態だったらしく、立ち上がるとなお大きい人だった。3mはあるんじゃないかな……圧倒だわ……!
「さあ~、二人とも、行きましょうか~」
歩き出す彼女に続いて、私達も着いていく事になった。
急な展開で戸惑う私に獏くんが小声で囁いた。
「……フェン先生はとても頼りになるし、優しい人なんだ。ひぃちゃんには一度会ってもらおうとは思っててね……丁度良い機会だから少しご馳走になろうよ」
彼女の料理もとっても美味しいんだよ?とも付け加えてくれた。
私としては断る所もなく、うんと頷くだけなんだけど。
接客しつつ、二人の女性は笑顔で歩き出すフェンさんに向かって手を振っていた。
「先生~!後はお任せを~!」
「ゆっくりお休み下さいませ~!」
「ありがとう~!任せるわね~!」
どうやら師弟の別れの儀式的なものなのかな……?
この三人の回りだけ雰囲気がお花畑的なエフェクトかかってる気がするけど、気のせいじゃないと思う……。
とりあえずお菓子はまだお預けって事かな……?
獏くんが言うように、悪い人じゃなさそうだけど……?




