暗闇に、祈りを。
祭祀の場に入る前に、獏くんから簡単に祈りの作法を教えてもらって、いざ突入です!!
「……ひぃちゃん、何があっても俺の手を離さないでね。あと、入ったら話せなくなるけど……さっき言った事は必ず守ってね」
誰かに話し掛けられても返事しない、だよね?
分かった、と私は一つ頷く。
「……うん。じゃあ、行こうか……」
少々緊張した面持ちの獏くんに連れられて、私は初めて祭祀の場に足を踏み入れたのでした。
入って感じたのは……暗すぎって事。
正面であれだけ光輝いてるものがあるにも関わらず、内部は光一つ見えない。光を拒んでいるような雰囲気すらある。
流石、闇の加護神が祀られてるだけあるよね……。
行けども行けども暗闇。そしてほぼ無音。
時折、小さく囁くような声と微かな足音が聞こえるだけ。
獏くんが守ってほしいと言った意味が分かった。この闇の中じゃ、何があってもおかしくないからだ。
だって、隣にいるはずの獏くんですら見えないんだもの……。
内部全体が真っ黒の煙とかで満たされてるのかとも思ったけど、別に煙たくはなくて、甘い花のような香りが微かに感じられただけだし。それか、いつの間にか黒い幕でも被せられたのかとも思ったけど、そんな感触もないし。不思議だなぁ……。
なかなかホラーな雰囲気で、歩くのにも躊躇してしまうほど。
何処からか驚かしが来るんじゃないかとか、ここで置いてかれたら絶対に帰れないよとか、ネガティブな考えばっかり頭を巡る。
さっきから心拍数がうなぎ登りですよ……怖い怖い……!
私が今、気絶せずにいられるのは、獏くんがしっかり手を繋いでくれてるから。絶対に離さないでね!
うぅ……私こういう所、かなり苦手なんです……。絶叫系はまだしも、こういうビックリ系は心臓に悪いので……。
でも、郷に入れば郷に従えって言うし。行き先をおまかせでって言ったの私だし。
苦手とか何とか言ってる場合じゃない、とにかくこの場を乗り切るしかないんだから……!頑張れ、私!!
獏くんが少し先に進む形で、その後をおっかなびっくりの私が続く。
この暗闇の中で何の道標もなく、迷いなく進む彼。
全く姿は見えないけど、こんな時でも私を気遣ってくれているのか、少しずつ少しずつ進んでくれているようだ。本当、その気遣いがありがたいよ……!
繋いだ手が暖かい。今の私にとっては、彼と繋いだこの手が道標みたいだ。
そんな事を考えていたら、隣の獏くんがゆっくりと立ち止まったようだ。多分、祈る場所に着いたみたい。
獏くんがしゃがみこむ気配を感じて、私もそれに続く。
えっと、ここからはさっき教えてもらった通りに進めればいいんだよね……?
まず、両膝を付いた状態で、目を閉じて、頭を深く下げる。それから、片手を心臓の位置に添えて、心の中で言葉をゆっくりと唱える事……
(……闇の創造者、ジン様。私の名前は有野緋影です……。この国の守護たる貴方様にお願いします……。このクロム国に住む事、生きる事をお許し下さい……。そして、どうか私にも貴方様の加護をお与え下さい……)
教えてもらった文言とはちょっと違うけど、獏くんは思いが伝われば良いって言ってたから、多分大丈夫だよね?
心の中でお願いを言い終わった時、下げたままの頭に、ポンと優しく手を置かれた気がした。
驚き、目を開けて回りをすぐ確認したけど、当然の如く、私の目に写るのは暗闇だけだった。
……もしかして、獏くんが?そんな素振りは感じられなかったけど……?
ちょっと考えたけど、物理的に無理だって事に気付く私。
……だって、獏くんが私と未だに繋いだままでいる手は左手。
私が触れられたのは両手でだもの。
そんな中、祈りの時間は終わり、さっきの疑問は残ったまま、私は獏くんと共に祭祀の場を後にした。
暗闇を抜けた先には神々しく光るミトラの光。なかなか目に染みるよ……!
「ふぅ……ここはいつ訪れても緊張するな……」
出た直後に大きなため息をつきながら、獏くんは少し疲れた様子でそう言った。
獏くんが言うには、小さい時から何度もここに来ているけど、どうにも慣れる気がしないんだって。神様の名前が自分の名前と同じ。彼に試されているようなそんな気がするとか。
「初めての礼拝はどうだった?しっかり伝えられた?」
多分、と一つ頷くと、獏くんはそれは良かったと喜んでくれた。
それとさっき起きた不思議な事を聞いてみた。
彼はえ?と驚いた顔をしてから、すぐに笑顔で答えてくれた。
「そうか……それはジン様がひぃちゃんを応援してくれたんじゃないかな?この国で平和に暮らせるように、ってね」
え?あの手は神様の手だったの!?えぇ……そんな畏れ多い……!
聞けば、獏くんも昔同じ体験をした事があるんだって。彼の場合、初めて礼拝に来た時と王様を引き継いだ時に、同じように頭に触れる感触があったらしい。
この現象は、神の激励って言われてて、受けた人々に幸福をもたらすと古くからこの国に伝わっているんだって。
そっか……私の思いが少しは伝わったって事なのかな。
それにしても、神様からの応援なんて……嬉しいなぁ。
こっちの世界でももっと頑張れそうな気がしてきた!ありがとうございます、神様!!
そんな内心喜びまくっていた私に、彼が一言。
「もしくは……ひぃちゃんの事を気に入って連れていこうとしたか……かな?」
彼は、可愛い子が好きだからね、と獏くんはクスリと笑って言った。……笑い事じゃないと思うよ??
えぇぇぇぇ……最後にホラー展開ですか……?勘弁して!!




