今一度、外へ。その4
……はい。未だに獏くんにお姫様抱っこされたままの私ですよ。
何かね……こう度々抱っこされてると、恥ずかしいしドキドキはするけど、慣れが出てきたというか、もう諦めがつくよね。
まあ、私もこうされてると安心できる所も少なからずある。守られてる感じがするし。
言葉にすると、恥ずかしいから心の中で思うだけだけど……愛されてるなぁ……って。えへへ。
そんな事を考えつつ、獏くんの様子をちらと伺うと、念願の!と言わんばかりの満面の笑みで歩いてる。余程機嫌が良いのか、何かの唄まで口ずさんでる。
その唄は今まで聞いた事のない旋律だった。緩やかに、そっと心に染み入るような、子守唄のような穏やかなもの。
獏くんの声、癒されるなぁ……。そのまま眠れそうだわ……。
車両の前には、先程の車掌さんが待っていた。
歩いてきたこちらを見付けると、被っていた帽子を外して一礼していた。
「……急な呼び出しで悪かったな、ロゥジ」
獏くんが呼び掛けた彼の名前はロゥジさん。パッと見、獏くんより年下に見えたけど、実は同い年なんだって。結構童顔なんだね。やや褐色の肌に刈り上げた黒髪。左目の下には縦に傷が走っている。額には二本鹿のように枝分かれしている角が生えている。スポーツだったらバスケやってそうな感じのすらりと背の高い男性だった。
車掌さんではなく、御者と呼ばれる人達なんだって。まあ、王家専門のお抱え運転手と思えばいいそうです。そんな人もいるなんて、やっぱり王様って格が違うんだね……。
「いえ!陛下の御用命が最優先ですので!この度は私をご指名頂き、誠に感謝致しております、陛下!」
そして、ビシッと敬礼。熱血オーラが凄いわ……!
思わず、気圧されてしまった私に、獏くんはロゥジさんもいるからか、王様モードでそっと耳打ちしてくれた。
「……彼には驚いたかもしれないが、許してほしい。実は私の幼なじみでね、付き合いは中々長いんだ。昔からのよしみもあるし、そんなに畏まらなくても良いとは言ってあるんだが……」
そう言う獏くんの表情に少し寂しさが浮かんで見えたのは気のせいじゃないと思った。
幼なじみとはいえ、身分の違いがあるから、素直に話し合えないもどかしさというか、そんな感じ。
ロゥジさんも同様なのか、一瞬だけ複雑な表情を浮かべていたようだった。
庶民的な例えであれだけど、仕事場で人事異動があって、来た上司が昔からの親友だった感じだよね。折角だから昔の感じで話したいけど、上司だからそうもいかないし、親友からも気軽にはいけないし……。
人間関係って難しいね。
そんなこんなでロゥジさんが扉を開いてくれて、獏くんに抱っこされたまま車両の中へ入った。
「わあ……凄い……!」
思わず子ども染みた驚きの声が出てしまった私。
それを見て、獏くんはふふと小さく笑っていた。
目の前には、10畳ほどの空間が広がっていた。外見より広く見えたのは、獏くんが魔術で拡張してるんだって。凄いね!
中を見える範囲で言えば、対面の壁が一面ガラス張りで、その前に座席が備わっていて、景色がしっかりと見渡せる。天井からは豪華なシャンデリアが車内を照らし、各種お酒が並んだバーカウンターにキッチンも付いてる。奥には大きなベッドもある。その向かいの角には、シャワースペース的なものも備わってる。
まるでどこぞのホテルの一室のようにとても綺麗なものだった。
うわぁ……元の世界の自宅より確実に広いよ?
暮らせる……ここで暮らせるぐらい至れり尽くせりだよ!
開いた口が塞がらないとはこの事です……。
「どう?気に入ってくれた?」
落ち着きもなく、キョロキョロと辺りを見回す私に、獏くんがそう声を掛けてきた。勿論!とブンブンと頭を縦に激しく同意した私。子どもか!
どうやら、またもスーパー旦那様の獏くんが内装から何から仕立ててくれたみたいですよ?
……前から思ってたけど、何でも出来る獏くんって……凄い!
とりあえず、座席まで移動してもらって降ろしてもらった。隣には獏くんが座って、二人で正面を見る体勢になった。
目の前には大パノラマの夕焼け空。ため息が出るくらい綺麗なものだった。
……いつ見たんだっけ。そうだ、確か初めてこの世界に来た時の空の色に似てるんだ……。
正直、あの時の私は訳も分からず、ただ綺麗だなって思ったけど、今改めて見るとその時よりずっと綺麗に鮮やかに見えた。
思うに、少しはこの世界に慣れてきて、景色を穏やかに見れるくらいの気持ちの余裕が少しは出てきたからだ。
「……泣いてるの?」
え?と、獏くんの方を見ると、切ない表情の獏くんが見えた。確認の為に目元を擦ったら、確かにうっすら涙が滲んでた。
……また意識せずに泣き出してたみたい。綺麗な景色なんて見て、ちょっとセンチな気分になっちゃったからだね……。
本当、最近の私は涙腺が緩いや……。年かな……?
私の様子を見てか、彼は何も言わず、そっと片腕を肩に回して、私を引き寄せた。それから頬を寄せて、子どもを慰めるように、ゆっくりと優しく頭を撫でてくれた。
獏くんの腕の中……あったかいし、落ち着く。
目を閉じて耳を澄ますと、息の音の他に、接した部分から静かな鼓動が伝わる。鼓動と一緒に獏くんの思いも伝わってくる気がした。
本当……なんて優しい旦那様なんだろう。優しすぎるよ……。
折角引いた涙が戻ってきそうだよ……。
彼の気持ちが、気遣いが、ただただ嬉しい。
もう暫く……このままで……いてもいい、よね……?




