私の知らない彼の姿でした。
「ねぇ、ひいちゃん。今日は買い物に出てみない?」
朝ごはんの後に彼からの突然のお誘いがあった。
これはデートって事かな?そうだったら嬉しいなぁ。
少なからず心は弾む、でも凄く不安があるのです。
確かにまた部屋以外の所に出てみたい……けど……。
「私……他の人に会っても良いのかな……?」
この世界、テラリアンには人間は恐らく私だけのはず。
買い物をするって事は誰かと顔を会わせなきゃならない。
今の私はこの世界では完璧な異邦人。
来てから会った現地の人はお義父さんだけ。お義父さんは多分受け入れてくれたけど、他の人はどうなんだろう……?
「大丈夫だよ!ひぃちゃんの事はもう伝えてあるから!」
ん?何ですと?
獏くんは懐から何か取り出してテーブルの上に置いた。それは手のひらに収まる位の小さな石で、黒曜石のように静かに輝いていた。
「これは……?」
見てて、と獏くんが石に手をかざしながら何かの呪文を唱えると、石からすっと映像が浮かび上がり、ポスター状に目の前で展開した。
わぁ!ホログラム?立体映像的なものなのかな?
感嘆の声と一緒にそれをしげしげと眺める私を獏くんは映像越しに満足そうに眺めていた。
「ふふ、驚いた?これは記録石って言ってね、声や映像を納める事が出来て、魔力を込めると発動するんだよ」
展開した映像には獏くんが写っていた。王座に腰掛けて真っ直ぐ前を見据えている。今の格好よりもっと礼装というのか、マントを羽織り、腰には綺麗な壮丁のされた剣を携えて、王様然とした格好で写っている。表情は固く、威厳に満ちた堂々としたもの。
何これ、凄い!こんな獏くんは初めて見た!
本当に王様だったんだ!
「そ、そんなにまじまじ見られると恥ずかしいなぁ……」
私の視線に目の前の獏くんは普段通りに照れまくっていた。その反応に本当に同一人物かなと一瞬疑ってしまったよ……。
映像の中に映る彼はそっと立ちあがり、ゆっくりと言葉を発しようとしていた。思わず、生唾をごくり、居ずまいを正してしまう。
……とりあえず、聞いてみよう。
《……親愛なるクロム国の諸君、私は国王、バクゥ・クロム・ジンである。まずは私の度々の不在を諸君に詫びたい。腑甲斐無い王で諸君らには迷惑を掛けた。誠にすまなかった……》
彼は映像の向こうにあるであろう国民たちへ、ゆっくりと頭を下げた。見事な腰からの90度。お義父さんもそうだったけど、素直に自分の否を謝れるのって大事。
《……しかし、私が不在の間も私を信頼し、裏切る事なく、各々の執務を全うした諸君に感謝をこの場で伝えたい。この国は諸君の努力、忠義、敬愛により成り立っている。諸君らあってこそのこの国だ。変わらずの忠義、心より嬉しく思う。皆大義であった……》
深々と下げた頭を上げて、彼は胸に手を当てながら語りかける。おお……本当に王様だったんだ!
《そしてこの場で一つ諸君に報告がある!私はこの度妃を迎える事にした!》
うん?もしかして?もしかして?
《……それは予てからの許嫁ではない。私が今最も信頼し、私が心より愛する人、それは人間界より来た女性、緋影さんだ》
えぇぇぇぇ……伝えたってここでか!?しかも許嫁って聞こえたよ?ちょっと待て!
混乱する私をよそに、いつの間にか彼の手元には私の顔写真的な物が。
映像は私の顔写真へと徐々にズームされていく。私はまだ一般人なの!カメラを止めてー!!
《あの忌ま忌ましい元義母、カンビィ元妃の策略により、彼女は命を落とし掛けた上、元の人間界に戻る事が出来ないのだ。何と痛ましい事か……!》
手を額に苦々しい顔で義母への恨み節を宣う彼。小さい声だったけど、今度必ず殺す、って呟いてた。怖い。
《……私はここに宣言する!彼女を妻とし、一生涯守り抜くと!そして、彼女と共にこの国土をより良いものにしていくと!!》
だから……何でここで……?恥ずかしいって!
《……もし、私の決定に異議がある者は申し出よ!私は王座にて待つ!ただ、その際は命の保証はしないが……》
命の保証はないって言ってる……、怖い怖い!脅しが入ってる!
《重ね重ねにはなるが、親愛なるクロム国の諸君、この度の私の我が儘を聞いて欲しい!どうか私と彼女に祝福を!》
彼は両手を掲げて言い放った。それを合図に後ろからは観衆の拍手喝采が聞こえた……。
そこでメッセージは終わり、部屋には静寂が戻った。
何これ……と、私は恥ずかしくなり過ぎて、両手を顔で覆った。顔を中心に物凄く熱い。自分でも分かるくらいまっかっかだよ!
だってさ……これ……皆が聞いたって事でしょう?
こんなの公開処刑レベルだよ……!
何て事を!と言おうとした矢先、
「ね!これでひぃちゃんも大手を振って外を歩けるよ!」
隣に来てしゃがみ、私の膝にそっと手を置く。横目で見れば、誉めて!といった調子でこちらを見る獏くん。
うん。伝えたい事は一つだ。
「こ、こ、こ……」
「こ?」
「これはやり過ぎだろうがぁぁぁぁ!!!」
私は叫びながらも、獏くんの両襟をがっしり掴み、立ち上がりながら彼の足を払って捻るように逆向きへ体勢を変える。その反動を使って浮いた彼の体を力を込めて前へ大きく投げたのでした。
一本背負い?大外刈?どっちでも良いけど、彼は大きな音を立てて背中から着地。咄嗟の事で受け身も取れなかったみたい。
あ、白目向いてる。完璧に気絶してるね。
久々にやっちゃったぁ……。