お腹が空きました……。
一夜明けまして、朝です。
と、言っても外が見えないから朝かどうかは微妙な所。
だけど、私の自重しないお腹さんはギブミー朝ごはん!と叫んでいるようですよ?
腹時計には自信があるんだな。えっへん。
……特に威張る所でもないけども。
いつもならこの辺りですかさず獏くんがご飯のお知らせをしてくれる頃なんだけど……。
……来ないなぁ。
ベッドから身を起こして眼鏡を装着。周りを見回しても、彼の姿は見えない。
うん。困った。
私は部屋の隅に視線を向ける。
そこには獏くんの特設コーナーがある。お風呂の他にミニキッチンを作ってくれたのと冷蔵庫的なものを設置してくれたので、ここで簡単な料理を作る事は出来るんだけど……。
「……料理、怖い」
何で怖いって?そりゃあ私が家事ベタだからだよ?
……って言う根本的な理由の他に私がもう一つ恐怖している所があるのですよ。
ひたひたと歩いて冷蔵庫の前まで向かい、そっと扉を開けてみる。扉には獏くんの文字で、ご自由にどうぞ♪のメモが付いていたりする。
扉を開くと、ひんやりとした空気が肌を滑っていく。その冷気の向こうには見た事のない食材の数々が並べられている。
魚なんだけど蛍光ピンクと紫のマーブルの酷く毒々しい色合いのものだったり、人の顔に見えるスイカ位の大きさの果物、サイドポケットには卵だと思うんだけど妙に刺々しいもの、混ぜるな危険!と赤字で書かれた何かの液体の入ったビンとか、その他色々と入っている。
はい、以上お宅の冷蔵庫拝見でしたー!
静かに扉を閉じる私。
……うん。これはね、料理初心者以下の人が触っちゃいけない奴!そもそも食べられる物なのかも怪しいし……。
確かにここは向こうの世界とは違うし、ああ見えて結構な美味だったりするかもだけどね?ほら、ゲテモノって案外美味しいらしいし?
だけどこれはない。ご自由にどうぞ♪の気楽なレベルではないです。
今までの獏くんが作ってくれた料理にもきっとこんなのが使われてたんだろうと思う。そこについては問題ないんだけど。
だって見た目は普通だったし、何より彼が作ってくれたものを残すなんて勿体ない事、私には……出来ない!本当に獏くんは料理が上手だから……つい食べ過ぎちゃうんだよね。へへ。
なんて、惚気混じりの考えに耽っていたら、くらりと目眩を感じて、その場にしゃがみこんだ。
……うう、駄目だ……腹の虫さんがもう待てないって泣いてるよ。
嫁として非常に情けない。旦那様のご飯どころか自分の御飯も作る自信もないなんて……。
もうこの際、生でもいいから何か食べちゃおうかなぁ……。
空腹のあまり、妙な考えに走りそうになったその直後。
「おはよう、ひぃちゃん!今日もいい朝だね……って!?」
私に救いの主が来た!
救世主もとい獏くんが現れて、慌てて駆け寄ってきた。
お腹が空きました、でもお料理出来ませんでした、と恥ずかしながら力なく正直に伝える。てっきり笑われるかと思いきや、彼は申し訳なさそうな顔で謝ってきた。
「そっかぁ。今日はちょっと早起きして作業してたんだ。集中し過ぎて朝ごはんの時間に間に合わなくてごめんね、ひぃちゃん!」
そう言われぐっと抱きつかれた私。
あれ?むしろ謝るのは私の方なんだけど……?
妻らしい事の一つもしてない………情けない事この上ない……。
その後、ちょっと遅めの朝ごはんを頂きました。
獏くんがささっとミニキッチンで作ってくれました。横で見てたんだけど、手際が良すぎて初心者以下には参考にならなかったです、はい。
今朝はリゾットみたいなものと魚を蒸したもの、野菜スープ付き。デザートには分厚めに切ったパンをフレンチトーストにしたものを用意してくれた。
ちなみに魚はさっき冷蔵庫で見たもの。あんなに毒々しい色をしていたのに出来上がりは鮮やかな赤に仕上がっていた。
不思議そうな顔をしていたのだろう。獏くんが教えてくれた。
「この魚はね、熱を通すと色が変わるんだ。アルギ族の地方では良く食べているものなんだよ」
えっと、アルギ族って……水辺に住む種族だったっけ。
彼らは漁業を主にしているらしくて、豊富な水産資源で各地方に出荷もしているのだそう。
へぇ……まだまだ知らない事だらけなんだなぁ……。
「ふふ、そうだね。ひぃちゃんはまだこの世界の初心者だからね、今度色々と連れていってあげるよ」
少々呆けていた私の心を見透かすように獏くんに微笑みながら言われた。
うん。楽しみだなぁー!