嵐は去りて、残ったのは。
私の気合いが伝わったのか、その後お義父さんとは仲良くなれたような気がする。雰囲気も優しくなったし。
改めて自己紹介したりとか、獏くんとのなりそめとか、向こうでどんな暮らしだったかとか、世間話なんかをぼちぼち。大した話ではなかったけど、ほうほうと興味津々に聞いてくれた。
聞けばお義父さんも昔は人間界に行った事があるらしく、その当時からの世界の進歩に凄く驚いていた。久し振りに訪ねてみるか、と言ったお義父さんを獏くんは止めていたけど。
どうせ女漁りに行くんだよ、だって。うん、あり得そう。
下手に今向こうにいったらエクソシストの出番にもなりそうだし。ならないかな?
まぁ、嫁舅恒例の話題も出たけども。子供は何人ぐらいとか、同居するのかとか。私はそれなりに欲しいけど、奥手な獏くんがその気にならないとどうしようもないし、とりあえず笑って流しました。
あ、名前はラディ・ジン・クロムだそうです。参考までに。
とりあえず目的は達したらしく、お義父さんは満足そうな様子で帰っていった。
私が食べるのが好きだと聞いたので、次来る時には何か旨いものでも持ってくるって!それは楽しみ!
お義父さんが帰った後は嵐が過ぎ去ったように静かな時間になった。
仲が悪いと言っていたお義父さんが帰ったのに、獏くんは無言でまだ不機嫌そうな顔です。しかもソファーの上で体育座り。その格好でその体勢は何かギャグかなと思っちゃうね。
もしかしたら考え事でもあるかもと、そっとしておいた方が良いかと思って、入れなかったお風呂に向かう事にした。
今日もいい風呂でした。実にいい風呂タイムでした。
30分ぐらいの間が空いたはず。お風呂から上がってもう一度部屋に戻ると、獏くんは先程見た体勢を変えずにそこにいた。どんよりオーラが追加になってたけど。わぁ、暗いなぁ。
とりあえず、隣に座ってみる。ちょっとつついてみたりもしたけど、獏くんは微動だにしなかった。
うーん?最近の獏くんならニコニコしながら抱きついてくる所なのに……。
これはちょっと前にあった拗ねてるモードかな?いじけ虫に取り憑かれたかな?
……うーん。さて、どうしよう?
「獏くん……?」
名前を呼んでみても無反応。相変わらず下向きのまま。
これは厄介な感じだなぁ……。
……そうだ!ちょっと試してみよう!
ちょっと閃いた私。非常に安直な子供っぽい考えだけど。
ソファー越しに獏くんの後ろにこっそり回る。
それから、両手を彼の両脇へすっと差し入れてみる。
その後はもうお気付きでしょう……。
こしょこしょ。こしょこしょ。両手をわきわきと動かしてくすぐってみる事にしたのです。
実に子供染みた考えでアラサー女子がやる事ではないって?否!反応がなければ作れば良いのです!かの武将が言ったように!
脇とか首元とか脇腹とか、別に獏くんに触れたかったからじゃないよ?本当だよ?
初めは反応もなかったけど、次第に震え始めた彼。
お?これは中々良いかも?堪えてるのかな?
そんな感じで暫く獏くんを弄っておりました。凄く楽しい。
それから5分も経たずに獏くんは陥落しましたよ?
ギブアップと言わんばかりの爆笑が出て、くすぐり責めは終わりになりました。
残念だなぁー。もう少し見てたかったのに。
「も、もう、ひぃちゃんたら……、狡いなぁ……」
目の端を拭いながら口を尖らせて反論する獏くん。
だって反応してくれないんだもの。やるしかないかなぁって。
呼吸を整えた後はいつもの彼に戻った。微笑みをたたえたいつもの表情。
やっぱり獏くんはそうじゃないとね!いじけ虫が付いたままじゃ折角のイケメンが勿体ない!
どちらもなく笑い合った。こういう感じがやっぱり良いのです。
一息置いた所で今回の拗ねた原因をそれとなく聞いてみた。私が何かやっちゃったかも気になっていたし。
……出会い頭のアッパー以外の事でね?
聞かれた獏くんはバツが悪そうな表情でぼそり。
「……親父が来たのもそうだけど、アイツと話してるひぃちゃんが楽しそうで。仲良くしてるのが、何だか気に食わなくってモヤモヤして……」
人差し指同士をつんつんとしながら語る彼であります。
……なるほど。自分と話してるときより楽しそうに見えて、疎外感を感じちゃったと。疎外感よりは嫉妬なのかな。
……実の親に嫉妬してどうするの!
初対面の人、しかもお舅さんになる人を無下には扱えないでしょうが!嫁としての最低の嗜みですよ?そりゃあ愛想も良くしますよ!第一印象は大事だからね!
でもね、獏くんとしても私から共感を得られなかった事にモヤモヤしてる所もあるんだろうなぁ……。
過去に何があったか、以前に彼からある程度話は聞いたけど、確執になり得る事柄だろうと思う。聞いてないけど他にも嫌になる事もあったのかも知れないけど。
……でも、それは私の預かり知らぬ所な訳で。
凄く冷たい言い方だと思うけど、その関係は当人同士でやって欲しい。巻き込むのは止めて欲しいなぁ。
私には両親が物心付く前からいないので、親子関係に関する機微は全くと言っていい程ないしね。
……親子関係って難しいなぁ。私には着地点が見当たらないや。
なんて、心の中で愚痴ってみたりした。はい、終わり。
意識を戻すと、未だにうじうじしているイケメンが目の前に居ましたよ?まだやってたの……?
慰めて欲しいのか、さっきからチラチラと目線がこちらに向いている気がする。
何だろう……、獏くんが子犬みたいに見える……。捨てられて何処かの橋の下とかでシュンとして誰かの助けを待ってる的な。目なんてうるうるしちゃってる的な。
……くっ!そんな目で見ないで!母性本能をくすぐるようなその目線はもう凶器に近いよ!この人ずるい!
何やら生まれた良心の呵責に耐えられなくなり、私は彼の方へ手を伸ばす。頑張ったね、の意味で獏くんの頭を撫で撫で。
目を細めて嬉しそうにする獏くん。
「えへへ、撫でられると気持ちが落ち着くよ……。もう俺にはひぃちゃんがいないと駄目なんだよ……」
それは良かった良かった。元気が戻ったみたいで安心したよ。
私が一緒にいたいって思えるのはやっぱり獏くんなんだよね。
普段は凄く頼りになるし、気遣いも完璧だし。美味しいご飯も作ってくれるし。こうやって甘えてくれる所も嬉しいし。
少々面倒臭い所もあるけど、それも含めても獏くんの事を好きでいられるのは凄く幸せな事なんだろうって。
さっきはプロポーズの言葉も聞けたし?両思いって事で間違いないよね?今更だけど。
どうか穏やかな日々が続きますように。
今思うのはそれだけ。