プロポーズ?と思いの丈。
お義父さんに返事が出来ない。視線がふらつき、口の中がカラカラに乾いている。どうにも言葉を出せずにいた。だって、私自身まだ理解できていない、まだ何処か信じきれていない状況をどうやって説明したらいいのか。
沈黙が続く中、獏くんがそっと手を差し出してきた。安心して、と言うかのように。迷わず彼の手に自分の手を重ねた。
「……彼女は人間だよ。人間界から連れてきた」
沈黙を破ったのは獏くんだった。思わず彼の顔を見る。さっきまでの笑顔はない。何かしらの決意を持った眼差しと表情でお義父さんを見据えていた。
お義父さんは初めて驚いた表情を見せる。そして、私の姿をしげしげと眺めながら、
「何?確かに……見る限りは角もなく羽もない、明らかにこの国の者ではないはずだの。別の国の者でもない。だが、娘子の身体からはバクゥと同じ魔力を感じるが……?」
「彼女の魂の半分は俺のが入ってるからさ。訳あって融合させたんだ」
獏くんは私の代わりに包み隠さず説明してくれた。向こうの世界で私と恋愛関係にあり結婚するつもりだった事、継母の手下に襲撃をされて私が大怪我を負った事、やむを得ず魂を分け私を連れてこちらの世界に戻った事、私が向こうの世界には戻れない事を。
お義父さんは彼の話を神妙な顔でふんふんと聞いている。最後まで聞いた後に、彼は大きくため息をついた。
「ほう……それは随分と苦労したのぅ。元、とはいえ身内が厄介掛けたようで申し訳無い事をした……」
お義父さんは拳を膝にその場で深々と頭を下げた。
そんな!別にお義父さんが謝る事じゃないのに……。
「あの、その……顔を上げて下さい、お義父さん。私、もう大丈夫、ですから……」
お義父さん、と口に出して良いものか戸惑った。けれど、声を掛けなければいつまでも謝り続けそうだった。
少し間があって、お義父さんは顔を上げた。申し訳なさそうな表情は変わらずだったけれど、少しだけ雰囲気が和らいだ、そんな風に感じた。
「お前さんは儂達が、怖くはないのかの?」
私は首を横に振った。
「……姿は変わっていて初めは驚きましたけど、獏くんは優しいままでしたから」
獏くんが言っていた、自分の魂を分けてくれた、と。そのお陰で私は獏くんの事を割とすんなり認識できた。まるで以前から獏くんがその姿であったようにも思えている。その土台があるし、彼の親族ならそう悪い人もいないだろう、と言う非常に安直な考えがあるので、私はお義父さんの事も怖いとは思えなかった。
ちなみに、獏くんは元の世界では極々平凡な人だった。クラスに必ず一人はいる感じの、言い方は悪いかもしれないけど、モブキャラと言っていいほどの個性のないルックスだったのです。そんな素朴な感じにも惹かれていたのだけど、今の獏くんは獏くんで好きなんです。えへ。
「随分と信頼されているのだのう、バクゥ?肝が据わっているというか、鈍感と言った方が正しいかもしれかんが……。バクゥも中々良い娘を捕まえたもんじゃのう……」
そんなそんな……、肝なんて据わってないですよ?私のハートはガラスのように繊細なのです。鈍感とは何だか解せぬ。
こほん、とお義父さんが一つ咳払いをして、本題に戻した。
「して、バクゥよ。彼女をどうするつもりじゃ?」
「……俺は彼女を愛している。心の底から、どうしようもなく好きなんだ。別れるなんて考えられない、それに彼女を誰にも渡したくはない」
効果音があるならズキューンと、胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
……こんな状況で思うのは場違いだし、不謹慎だと分かっているけど思わせて!
こっちに来てから初めて聞いた獏くんの本音。好きだけじゃなく愛しているって!
普通に聞いたらただただ恥ずかしくて死にそうだけど、今は凄く凄く嬉しい。ついでに幸せ過ぎて死にそう。
驚きと嬉しさとまぜこぜの気持ち。頭の中がお花畑で満開状態ですたい。いつもならしないけど、今すぐに抱きつきたい!けど、ぐっと堪えて展開を見守る事にする。
「……俺は彼女を妻として迎える。この国の王として、俺はこの身を掛けて彼女を守る!」
い、今何て言った?つ、妻にって言ったよね?聞き間違いじゃないよね?プロポーズって事かな……?そう言えば、向こうの世界でも聞いてなかった気がする!なあなあで結婚する流れになってた気もするし!
でも、今かぁ……、今なのか……。出来れば、二人っきりの時に聞きたかったなぁ……。ちょっと残念。
目を閉じ、腕組みをして押し黙るお義父さん。悩んでいるのか、複雑そうな表情だ。
「……お前さんが決めた事に儂は反論はせん。もう立派な成人なんでな。ただ、お前さんはこの国の王だ。他種族の、しかも異世界の者を娶る、前代未聞じゃ。それに彼女の気持ちはどうなんじゃ?本当にお前と一生添い遂げる覚悟はあるのかの?」
覚悟。改めて言葉にされると重い。一瞬、心が揺らいだ。
隣をそっと見る。獏くんと目が合った。いつもの笑顔だったけれど不安の見え隠れするそんな顔。切ない目線はまるで捨てられた子犬みたいだ。
大丈夫。さっきはちょっと揺らいじゃったけど、もう覚悟なんて決まってるんだ。女は度胸だもの。アラサー女子を舐めないで頂きたい!
すっと立ち上がってお義父さんを見据える。その場で深く息を吸い込んで、
「……私は、私は、獏くんと、彼と、ずっと、一緒にいたいです!他の誰でもなく、獏くんだからそう思います!誰よりも私を好きでいてくれる彼を、私も大好きです!」
言っちゃった!言っちゃった!!
思ったより大声が出て、その声にばっと目を見開き、驚いた表情でこちらを見るお義父さん。そんなに驚かなくても。
片や、さっきの切なさはなく、キラキラした視線で私を見る獏くん。両手を組んで顔の前にして、頬を染めて、潤んだ瞳。まるで少女漫画の恋する乙女状態。この人は本当に可愛いな!
「そ、そうか。そこまで言うなら大丈夫じゃろう。儂も安心したわい」
あ、あれれ?お義父さん?引いてらっしゃる?
……ちょっと気合い入れすぎたかしら?てへ。