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新生活を異世界で。  作者: 凍々
式終わって……また一難あった時のお話……です。
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結びの日。

 すっかり心のモヤモヤが抜けてしまったのか、いつしか叫びも涙も止まっていた。


 そのまま長い間抱き合っていたからかもしれないけど、湯船の温度と、お互いの体温の境界が無くなっていく感覚があって、微睡み(まどろみ)つつある意識の中で思った。

 ああ……ずっと獏くんとこうなりたかったのに、もっと早くにこうしたかったのにって。私ってこんなに求めてたんだなって。今まで妙に気持ちを押し殺しすぎてたんだよね、私って。

 たった布一枚、二枚、三枚ぐらいの、ほんの数cmしか違いはないのに、直接の触れ合いってだけでこんなに安心感と幸福感が違うなんて……本当不思議だよね……。


 ふと、触れている獏くんの体を見つめてみた。

 獏くんって案外鍛えてたりするのかな……胸元とか腕とかお腹も引き締まってるし……結構細身なのに筋肉質なのね……素敵。

 ちょっと薄暗がりになってるのと湯船の中だから、細かい所までは見えないけど、これはタトゥー……かな?蔦が絡んだような模様なら首元と腕に見えていたけど、首から胸元、その先までずっと続いているみたい。えっと……こういう感じのってトライバル?って言うんだっけ、こういうの。ふえ〜、こんなのって外国の人か漫画かアニメのキャラでしか実在しないって思ってた……。あ、ここは()()()だったわ。よく考えたらここも外国みたいなものだったね、忘れてたわ……。

「あ、あの……ひぃちゃん?ちょ、ちょっとくすぐったいかな……」

「……え?あ!?」

 獏くんの観察だけをしていたつもりが、どうやら無意識にさわさわしてたみたいで……堪えきれなくなった獏くんが声を上げてきたのでした。あらやだっ!?

「もう、ひぃちゃんったら……それなら俺も……良いかな??」

 背中に回っていた獏くんの片手がすすっと動いて、私の肌をそっと撫でるように触れていく。

 壊れ物に触るようにそっと優しく……当たった彼の指先からはほんの少しだけ震えが伝わってきていた。

 普段なら高確率で意図せず無意識のカウンターが飛んでしまう所だけどね、今はそんな気にならなかった。

 言い方は変かもだけど……もっと触って欲しいと言うか、もっと求めて欲しいって思ってしまった。

 触れられた場所に線を書いたように、流れる何か。ゾクゾクっと神経が高ぶって熱くなっていく感覚。

「ふふ……ひぃちゃんの肌……すべすべしてて綺麗だね……ずっと触れていたいくらい気持ちいいよ……良く見えないのが残念だな……」

 そう聞こえてきたのはいつもの獏くんの穏やかな声だったけど、何処と無く震えてる感じがあった。今までの彼の行動とか態度を見てれば、これまでにない位の勇気出してるし、つい数十分前まで落ち込みまくっていた人物とは思えないよ……明日の天気は大荒れかもしれない……なんてね?

 きっとこの雰囲気とか状況も助けになっているとは思うけど……いざって時はやる人だって、改めて思えた。流石、私の大好きな、大好きな旦那様だものね……えへへっ♪♪


 ほんのりスキンシップもそこそこに、そろそろ上がろうかって話になった私達。

 何だかんだでもう2時間ぐらい入ってたみたいよ?楽しい事があったりすると、時間の経つのって早いよ……。

 獏くんはまたも準備をする事があるって先に上がってしまって、ちょっと一人の時間が出来た。

 今度の準備って何かな……夕ご飯の準備かな……えっと……もしかして、もしかしなくても()()かな……???

 ……と、とりあえず、しっかり綺麗にしてから、色々と整えてから、出る事にしようね!!そうだよね!!うん!!!

 そう思った私は湯船をそっと出て、色々と妄想も浮かびつつだけど、それなりの準備をするべく動いたのでありました。


 脱衣場に出ると、さっきはなかったはずのティーサーバーと氷入りのグラスが用意されてた。

【上がった後の水分補給にどうぞ♪】って獏くんからのメッセージも添えられてた。いつの間に持ってきてたんだろう……嬉しいし、相変わらず抜かりないわー。

 着替える前にとりあえずそのお茶を一口。中身はミルクティーだった。結構甘いんだけど、ほんのりミントの風味がして、くどくなくってコクコク飲めちゃう……お風呂上がりのフルーツ牛乳的な美味しさがあって嬉しいな〜。まあ、一口のつもりが全部いっちゃったのは秘密……あはは。

 そういえば、結構長く入ってた割には、のぼせる訳でもなく、ふらつく事もなく、末端がふやけちゃう訳でもなかったんだよね。これも魔法的な効果?それとも入ってた薬草の効能??どっちにしろ不思議だわ……。


 ……で、お風呂スペースから出た私を待っていたのは……バスローブみたいな服装に身を包んだ獏くん。

 私の少し前の位置に【空間転移】してきた獏くんの手には、見覚えのあるブーケが携えられていた。

 ん?あれって結婚式の時に用意してもらったものだよね……よく見るとちょっと違うみたいだけど、でもあの時貰ったブーケだ。えっと……何でこのタイミングでブーケが出てくるの??

 脈絡のないブーケの登場に思わず首を傾げて、その場で立ち尽くしていると、慌てたように獏くんが寄ってきた。

「ご、ごめん!説明が足りてなかった……急にこれ(ブーケ)を持って来てもひぃちゃんが何の事かってびっくりするだけだったね……。とりあえず、俺の話を聞いてもらえるかな……?」

 うん、と軽く頷くと、獏くんは頷き返してその場で深呼吸の後、片膝をついて、そして真面目な表情で私を見上げた。その雰囲気に思わず、私も背筋を伸ばしてしっかりと聞く体制を取った。な、何でもばっちこい!!

「ありがとう、ひぃちゃん。では話すね……。このクロム国では昔から初夜を迎える際に、夫が妻へ、彼女が好んでいる花を送る習わしがあるんだ。受け取ってもらえれば成功、駄目な場合は日を改めてって感じでね……。俺、ひぃちゃんが好きな花って知らなくってさ……聞く事が出来ても残念ながらこの世界にはないし……考えて考えて……あの時に送ったブーケを作り直して、もう一度贈らせてもらう事にしました」

 ああ……そんな習わしがあったんだ!?

「色々と段取り悪くてごめん……それでも、ひぃちゃんを思う気持ちを沢山込めて作ったんだ。だから……このブーケを……受け取って頂けないでしょうか……!!!」

 そう言い切った後、彼は顔を伏せてしまったけど、ブーケを私の方へぐっと差し出してくれた。


 あらら……ここまで来てまだ自信ないのかな……でも、そんなうぶな所も獏くんらしくて可愛いし、色々考えて用意してくれてたって分かってとっても嬉しい。

 涙が出そうなくらい……むしろもう泣いてるけど、すっごく嬉しいよ……獏くん。

 私は溢れそうな涙を一旦拭って、潤んだ視界のまま、彼の差し出したブーケを受け取って胸にしっかりと抱いた。

 獏くんの馬鹿……習わしがなくっても、花がなくっても、獏くんの事を拒んだりなんてしないよ。


 ……その夜……長い道のりだったけど、ようやく私達は……結ばれたのでした……。

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