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新生活を異世界で。  作者: 凍々
異世界に来る事になったお話……です。
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折角のお風呂タイムが台無しです…

 お散歩を終えて戻って参りました!部屋なう。

 行きも帰りも獏くんの魔法で一瞬でしたわ。便利だなぁ。私も使えるようになったりしないのかしら。

 久しぶりに外に出て、大分ストレスはなくなった気がする。途中で思う所はあったけど、獏くんには感謝しなくちゃ。

 とりあえずお風呂でも入ってて、と獏くんは言い残して部屋を出ていってしまった。多分晩御飯の準備に行ってくれたんだろうと思う。若干足取りが弾んでたのは気のせい、だよ?

 何から何まで……、本当に出来る旦那様で……、辛い!

 わ、私だって出来ない訳じゃないんだよ!包丁を持てば確実にどこかしら怪我もするけど!洗濯すると洗濯前の方が綺麗だったりするけど!しょっちゅうゴミ出しの日を間違えてご近所さんに大目玉くらってたりしたけど!掃除するつもりが物を壊して大惨事になったりもしたけど!

 ……ここまで言ってて悲しくなってきたなぁ。家事ベタはもう揺るがない事実だわ。

 気を取り直して獏くんの言う通りお風呂でも入ろう……。多分獏くんが用意してくれていたパジャマを持って、お風呂のスペースへ向かう事にした。

 もう、着替えまで用意してて……、気の利きすぎる旦那様!

 内心しょんぼりしつつ、扉を開くと、そこは既に湯気で満たされていて、前が見えなかった。途端に眼鏡も曇ってしまい、余計に視界が悪くなる。

 あれ?いつもだったらこんなに湯気がたってないのに……?

 不思議に思ったけれど、私はお風呂場に足を踏み入れた。

 お風呂場だけでも結構広い作りになっていて、多分10畳はあると思う。床と壁には大理石と思われる綺麗に磨かれた石が一面に使われていて、装飾はないものの隙間なく敷き詰められている。床暖房なんてないはずなのにほんのりと暖かいので冷え性の私には凄く助かっている。高さの変えられるシャワーや曇らない鏡、備え付けのシャンプーやリンス、ボディソープも香りが良いしお肌の調子も抜群、まるでどこかのホテルのお風呂場みたいなのだ。使い方も前の世界とほぼ一緒だし。

 これらを一人で作った獏くんは匠としか呼べないよねー。そりゃあ寝不足にもなって目の下にクマさんも飼っちゃうよ。これも魔法の力を使ってるんだろうなぁ。

 残念ながら脱衣場はないので部屋の端にある棚に着替えを置いたりするのだが、いつもと様子が違う事に何か違和感を感じて一旦様子を見る事にした。

 眼鏡をふきふき、今一度部屋の様子を見る。

 湯気の向こう、湯船の方で何か揺らぐものを見た。人影のようにも見える。

 まさか……獏くんが先に入ってる?でもさっき部屋を出てったばかりだけど、転移?の力を使えば部屋の移動も一瞬みたいだし、あり得ない話ではないかも……?

 でも、手を繋ぐだけでもあれだけ照れてた獏くんがこんなに大胆な事をするかしら……?いや、こっちに来てから結構テンションが違って来ている気もするけど……?

 ど、ど、ど、どうしよう!?だ、だ、だ、だって、その、初夜?も迎えてないのに?えええ、心の準備が……!

 湯気の向こうの人影に対して、頬に手を当てでれまくる私。傍目から見たら凄く滑稽だろうけど、私は至って真剣に悩んでるのです!

 そんな事を考えていたら、湯船の方からザバザバとお湯が動く音がした。不味い!感付かれた?

 揺らぐ人影はこちらに向かって来ている。どうしよう!?

 またも眼鏡が曇り、視界が歪む。もう!こんな時に!!

 とりあえず逃げなきゃと扉に向かったその時、がっちりと片腕を捕まれ、そのまま引き寄せられた。肌に当たるのは温かく濡れた胸板。勿論裸ですよ?

 あばば!何て大胆なの?本当に獏くん?ん?獏くん?

 驚きに動けないし言葉も出ない。混乱はピークだ。

 顔を近付けて、顎をくいっと引かれた。これは俗に言う顎クイって奴では!?

 ……ここまで来たらもう度胸を決めるしかない!と、私はそっと目を閉じてその後の展開に任せる事にした。

 「ふむ……、中々可愛い娘子だな!新しい下女か?」

 ……私の耳に響いたのは渋めのおっさん声だった。

 はっ!?獏くんの声じゃない!

 我に返ったと同時に晴れていく視界。そこに見えたのは……?

 「だ、だ、だ、誰だ、あんたはぁぁぁぁ!!」

 魂からの叫びと共に思わず、渾身のアッパーカットが出た。おっさんの顎を正確に打抜き、私の拳は真っ直ぐに天井へ。

 私の動きを予想していなかったようで、へ?と言う気の抜けた声と共に見知らぬおっさんはアッパーの勢いのまま、ジャバン!と豪快な音を立てて湯船へと逆戻りを決めた。

 「ひひひひぃちゃん?!どうしたの?!」

 私の叫びを聞いたのか、獏くんが血相を変えて風呂場に飛び込んで来た。片手に包丁、エプロン姿で。フリル付きのピンクのエプロン、良く似合ってるよ!

 「ば、獏くん……」

 本物だ、本物の獏くんが来てくれた。安心からか体に力が入らなくなり、その場にへたれこむ。すかさず彼は私を支えるように寄り添ってくれた。

 回された腕に思わず頬擦りしてしまう。そうだよ、これだよ!これが私の旦那様のだよ!

 「え?ひぃちゃん?本当にどうしたの?そんなに甘えちゃって……、もう可愛いなぁ!」

 彼も満更でもないようだ、良かった。

 そうだ!と私は獏くんに先程の不審者について伝える事にした。私が伝える度に彼の表情がどんどん凍りついていくのが分かる。ぴきって聞こえたのは幻聴かな?

 「うんうん、そっかぁ……、そんな不届き者がいたんだね?分かった!今から止めを刺してくるから、ちょっと待っててね♪」

 そんな軽い感じで止めとか言われても!笑顔だけど目が笑ってないよ?そんなに黒いオーラを立ち上らせて、やる気じゃなくて殺る気満々だよ!?逃げて!見知らぬ誰かー!

 私の心の叫びも空しく、獏くんはそのおっさんの手前まで辿り着いた。彼が右手を天井へ掲げるとその空間が歪み、何もない空間から一振の剣が現れた。彼はその剣を掴むと、そのままおっさんの方へ振り下ろした。

 駄目!もう見ていられない……!!

 怖くなって私はぎゅっと目を閉じて耳をふさいだ。が、その後に何も音がしないし、動きもないようだった。

 ……あれ?……何も起きない?

 恐る恐る目を開けて獏くんの方へ視線を向ける。浴室は何も変わりなく、湯気がうっすら漂う静かなものだった。獏くんは剣を振る寸前の体勢で止まっていた。

 良かった!思い止まってくれたんだ!

 彼に声を掛けようと立ち上がろうとしたその時、彼がぼそりと呟いた。

 「……あ、親父だ、これ」

 え?え?えええ?

 お義母さん……、嫁はまたやらかしてしまったようです。

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