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恋歌チケット

作者: きずな

 夏の始まりを告げる日差しは、思ったよりも強かった。

 密室とも言える体育館から抜け出すも、日差しのせいで、慌てて日陰に入って汗を拭う。

 すぐ近くのグラウンドに目を向ける。

 今日は陸上部が練習している。

 一際背の高いアイツは、すぐに見つかった。



 アイツとの最初の会話は、突然だった。


「そのバンド、好きなの!?」


 二年生になったばかりの頃。

 そいつは急に、私のリュックについていた缶バッジを指差した。

 「学年一のイケメン」などと密かに噂されている彼、濱本渓のことを、私は一年生のときから知っていた。

 とは言っても、そのときはクラスも違ったし、接点もなかった。彼の名が有名だったことで知り、部活中にたまに見かける程度だった。

 けれど、私の中で彼は強烈な印象を残していた。

 そんな奴に急に話しかけられたのだから、飛び上がるほどびっくりするのも無理はない。


「う、うん」


 思わず声が裏返る。

 濱本が指差した缶バッジは、私の大好きなバンド『Lien』のロゴが入ったものだ。


「ライブとか行くの?」

「うん。先週のも行ったよ」

「まじかよ!! 俺も先週行ったんだけど!!」

「え!?」


 まさかあの場に濱本がいたなんて。

 見られていたらかなり恥ずかしいけど、そんな感じではなさそうだ。


「今度話しよーぜ!」


 そう言って、濱本は男子の集団に混じっていってしまった。



 そんな出会いから早一年。

 三年生でも同じクラスになった私達は、憎まれ口をたたきあうような仲になっていた。

 学年一のイケメンで、頭も良く(国語はダメらしいが)、根っからのスポーツマンの濱本。ある意味、私とは対照的だ。

 体育館の外壁に寄りかかって、グラウンドをぼーっと眺める。

 部活の休憩中は、こうやってグラウンドで活動している部活を眺めるのが私の日課だ。

 グラウンドで練習していたヤツが、私に気づいたのかこちらに手を振っているのが目に入った。

 思わず笑って振り返す。

 すると、濱本はなぜか私のところに走ってきた。


「冨澤~、お金持ってない?」

「え、何で?」

「財布忘れた」

「で?」

「飲み物持ってないから買いたい」

「……貸してくれと?」

「そう!」


 はぁ、とため息をつく。


「あんたそれ何回目? しかもこの前の分、返してもらってないんだけど」

「悪い悪い、今度まとめて返すから!」

「……仕方ないなぁ。ちょっと待ってて」

「サンキュー!」


 体育館に戻ると、同じバドミントン部の友人が声をかけてきた。


「仁美、あんたまた濱本君と喋ってたね。どんだけ仲いいの?」

「仲いいっていうか、あっちが話しかけてくるだけだから」

「またまた、そんなこと言っちゃって~!」


 苦笑いを浮かべながら、再び濱本の元へと向かう。

 もちろん、あっちが話しかけてくるだけ、なんてことはない。

 言ってしまえば、私はアイツに気がある。

 それも、一年のときから、ずっと。


「お待たせ。いくら?」

「冨澤、まだ休憩時間あるだろ? 付いてきてよ」

「だと思った」


 わざとらしく呆れてみたりするけど、本当はそんなことない。

 でもこれも、いつものことだったりする。


「冨澤も大会近いの?」

「うん。来週の土日。濱本も?」

「俺は今週」


 私が所属しているバドミントン部も、濱本が所属している陸上部も、夏の大会に向けて、精を出していた。私たち三年生にとっては、最後の大会とも言える。


「そっかー、ここで濱本見れるのも、もうすぐ終わりかー」

「何だよそれ。クラスで会えるだろ」

「部活とはまた別だよ。あんた見るの、案外楽しいの」

「それバカにしてんの?」

「違うわ! 何でそうなるの!?」


 濱本が笑う。私もつられて笑う。

 こんな思わせぶりな台詞も、何度言ってきたことだろうか。


「あ、そうだ、冨澤。夏休み、空いてるよな? 八月の最初のほうとか」

「え? うん、まぁ、空いてるけど……」


 受験勉強は? という前に、濱本は短パンのポッケから長方形の紙を二枚出してきて、そのうちの一枚を私に差し出してきた。

 それを見て、私は思わず叫びそうになった。


「え……これって!!」

「当たったんだ、ライブ!」


 私がこの前、応募したけど外れてしまった『Lien』のライブのチケット。


「てことだから、その日、空けとけよ! 絶対!!」

「……え!?」

「じゃあ俺、そろそろ戻るわ。お金は今度ちゃんと返すからな!!」

「ちょ、ちょっと濱本!?」


 呼び止めようとしたときには、濱本は既にグラウンドに向かって駆け出していた。

 手元にあるチケットを、意味もなく見つめる。

 二枚あったチケット。一枚は私が、もう一枚は濱本が持っている。

 どういう意味かは分かっているけれど、あまりに急なことで混乱していた。


「一緒に行く……のか……」


 気づかぬうちに、口に出してしまっていた。



 格好や持ち物、心の準備も何もできていないまま、時間だけが過ぎていき、ついにその日を迎えてしまった。

 大好きなバンドの楽しみなライブを好きな人と行くなんて、傍から見たら夢のようなことなのだろうけれど、私の中では舞い上がるような気持ちよりも、緊張が大きく上回っていた。

 濱本が私を誘ったのは、『Lien』が好きという、共通の趣味があったからであることも分かっている。

 私が意識しすぎている、ただそれだけなのだ。

 それでも、何かあるのではないか、なんて都合の良い考え方をしてしまう。


「冨澤ー」


 今だって、ヤツは、いつもと同じように私に接してくる。


「なんか腹減ったから、そこのコンビニ寄ってもいい?」

「うん、時間はまだあるし、いいよ。私はここで待ってるから」

「何で? 来ればいいじゃん。一人でいても暇だろ」

「……そうだね」


 こいつから少しだけ離れて落ち着きたかったけれど、無理そうだ。

 いつになったら落ち着けるのか、そんな不安を抱えながらも、私は濱本とコンビニに入った。



 しかし、そんな不安はすぐに消えることとなる。

 ライブ中、私は別の意味で落ち着くことができなかった。

 あまりに興奮してしまったからだ。

 『Lien』は、メンバー全員が美形で、ギターやベース、ドラムも上手いのだが、特にボーカルの歌声には人気があり、ファンも多い。私も例外ではなく、そのボーカルのファンだ。

 生で聞くボーカルの歌声にテンションが上がってしまうので、ライブ中の自分の姿は、あまり他人には見せたくないと思っていた。けれど、今日は、隣に濱本がいるなんてことを気にせず、叫びまくってしまった。


「うわー、やっぱいいね、『Lien』! 最高!」


 ライブが終わったときには、もう辺りは暗くなっていた。

 濱本は爽やかな表情は、そんな暗い中でもはっきりと分かった。

 ライブ終わりの濱本の顔は、いつもこうなのだろうか、なんて、余計なことを考える。


「てかごめん、俺うるさくなかった? すっげー叫んじゃったんだけど」


 どうやら濱本も、ライブ中は私のことをほとんど気にしていなかったようだ。


「大丈夫だよ。私もテンションおかしかったから」

「まじかー! それはある意味見たかったかもな!」

「何それ!? それはひどくない!?」

「冗談だよ! まぁ、冨澤と行けて良かったわ。楽しかったなー!」


 屈託のない濱本の笑顔に、私は言葉が詰まってしまった。

 私と行けて良かった。

 こいつはどんな意味でそれを言ったのだろう。

 人のことは言えないけれど、私をその気にさせてしまうような発言は、私を惑わせるだけだ。


「……冨澤? どうした?」


 私の表情に気づいたヤツが、口調を変えた。


「楽しくなかったのかよ?」

「違う。ってか、そんなわけないじゃん」


 とっさに否定する。


「じゃあ何でそんな顔してんだよ」


 濱本は、さっきとは打って変わって、不安げな顔をしていた。

 いけない。こんな顔、させてはいけない。

 そう思っているのに、口から出たのは、濱本をもっと困らせるような言葉だった。


「濱本は、何で……何で私をライブに誘ったの?」


 案の定、濱本は驚いたように私を見た。


「そりゃあ、お前も『Lien』好きだし、一緒に行ったら楽しいだろうなって思って。受験勉強の息抜きみたいな感じにもなるだろうしさ」

「……そっか」


 初めて濱本を見たときの、強烈な印象の理由は、「イケメン」だったから、ただそれだけだった。そのときから、濱本のことは気になっていた。

 でも、今はそれだけじゃない。二年になって、同じバンドが好きだと知って関わっていくうちに、また別の感情が出てきたのだ。

 私は、自分が思っていた以上に、この感情を強く抱いていたようだ。

 都合の良い考え方をしてしまうのも当たり前だ。

 涙が出そうになって、うつむいたときだった。


「ごめん、冨澤。……今の全部、嘘」

「……は? 嘘? 全部?」


 あまりに衝撃的すぎて、出かけていた涙も引っ込んだ。

 濱本の顔を見つめる。

 その濱本の表情は、今までに見たことのないものだった。


「好きだから、誘った」

「好きって、『Lien』が?」


「違う。……お前が」


 息が止まりかけた。


「……ばか。もっと早く言ってよね」



 私たちの恋歌は、まだ始まったばかりだ。

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