表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

鳴る。。。

作者: 宮本司

まゆみはケイタイでメールを打ちながら駅へと歩いていた。

これからバイト先のコンビニへ向かうところだ。

 数通の新着メールに返信を打つ。

特に考えることはない。親指が勝手に適当な文章を作ってくれる。

 ひとしきりメールを打ち終わると、美容室に予約の電話をいれる。左耳に無機質な呼び出し音が流れる。

 右耳からは誰かのケイタイの着信音を聞こえてくる。その両耳から入ってくる音が妙に符合していて気持ちが悪い。

まゆみはケイタイを左耳から離すと電話を切った。

と、同時にだれかの着信音もとぎれた。

不思議な感覚だった。でもそれだけだ。この街でケイタイの音など毎日無数に鳴っている。たまたまタイミングがあっただけ、それだけだ。

 まゆみはたいして気にもせず駅の階段を登っていく。

ケイタイの時計を確認し、やや小走りになる。もうすぐ電車がくる。一気にホームまで降りる。

 しかし電車はこなかった。ケイタイの時計をもう一度確認する。とっくに発車時間を過ぎている。

 それから五分たっても電車はこなかった。それどころか、反対方向の電車も一本もこない。

『事故かなにかで電車が止まってるのだろう。それよりもバイト先に電話を入れよう。「今度無断遅刻したら、1日ただ働きする」という約束を店長としたばかりだ』

電車が事故にあうよりもまゆみにとってはバイトの遅刻の方が重大問題だった。

 ケイタイでバイト先に電話を入れる。無機質な呼び出し音を聞く。それと同時に反対側のホームの公衆電話が鳴り始めた。まゆみはそれに気づいていないふりをした。

 わざとらしく反対ホームの公衆電話に背を向けて、だれかが早く電話に出るのを待つ。

 だが、誰も出ない。公衆電話は相変わらず鳴り続いている。

 コンビニに誰もいないはずはない。どうして誰もでないのだ。

 まゆみは耐え切れず、ケイタイを切った。すると公衆電話も鳴きやんだ。

 そうか、きっとたまたまコンビニが混んでる時だったんだ。店員は全員接客中で電話にでれなかったんだ。まゆみは少し無理やりにそう思うことにした。

 そうだとしても今日は少しおかしい。平日の昼間とはいえ駅に乗降客が一人もいない。それどころか駅員すらいないのだ。

 そういえば家を出てから人の姿を見ただろうか。いや、見ていない気がする。

 さすがのまゆみにもあせりがあらわれた。

 ホームのエスカレーターを上り、改札口の駅員室に向かう。

 だれでもいい。だれかに会いたい。

 しかしたどり着いた駅員室には誰もいなかった。蛍光灯の明るい室内は今まで仕事をしていたというように、書類や時刻表が広げられたままである。

 まゆみの顔がひきつる。

『御用の方はインターホンでお呼びください」

 早朝・深夜の連絡用につけられたインターホンが目に入る。

 すがりつくようにインターホンの受話器をとる。

 呼び出し音がする。と同時にまゆみのコートのポケットが小刻みに震える。

静かにコートのポケットに手を伸ばす。

ケイタイが鳴っている。

着信相手は「高田まゆみ」。まゆみ自身からだ。

 恐さからケイタイをその場に投げ捨てる。それでもケイタイは息絶える直前の蛾のようにブルブルと体を震わせている。

 まゆみは両手を使ってインターホンの受話器を戻す。すると床に落ちたケイタイも静かになった。

 まゆみは全身の力が抜け、壁にもたれかかった。ひきつった表情が凍りついてしまったようだ。

 と、突然駅構内に大音量のチャイムが鳴り始めた。電車の到着を知らせるチャイムだ。構内の全てのスピーカーからエンドレスで鳴りはじめる。それに合わせるようにケイタイも息を吹き返す。小刻みに揺れながら、まゆみに向かって床を這ってくる。まゆみはふるえのとまらないひざを必死に押さえケイタイから逃げる。

 足がもつれて倒れこんだが、それにも構わずよつんばになって逃げる。必死に逃げるにつれ、チャイムの音はさらに増してくる。あまりの大音量にまゆみは両耳を押さえ音の発信源のひとつに目をやった。そのスピーカーの横には次の電車の時刻を告げる電子掲示板がかかっている。

まゆみはその電子表示に目を奪われた。そこにはさっき友達に返信したはずのメールの文章が現れている。全く同じ文章だ。いや一つ違う。それは友人の名前を書いた箇所がすべてまゆみの名前になっているところだ。


まゆみは大声で叫ぶと意識を失った。

再び目を覚ましたのかどうかはだれも知らない。彼女はこの世にただ一人の人だから。

 人類の歴史がアフリカの一人の女性から始まったように、日本の一人の女性で終りを迎えた。あの電子音の洪水はその唯一の女性を祝福する賛歌だったのかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ