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言語師  作者: 貝柱之帆立
1/1

言語師 吸血鬼と愉快な仲間達。

鈴をつけた女が歩く。実際に鈴がついているのは傘の柄に小さな穴があいており、そこに小さな、そしてよく音が鳴る金色の鈴が紅白の紐によって網目状にくくりつけられている。

 彼女が足を踏み出すたびにリン、リンと音がし、彼女はその音に酔うように少しにやけたまま歩いていた。

 その女に目をつける二人組の男。どこぞのチンピラであり、普段からまともな商売などはしてしない。

 今夜もそうだった。街色は色めき、様々な女が男に媚を売る世界。東京、歌舞伎町。

 「おい、あいつにすんぞ」

 「ああ」

 男たちは囁きあう。今夜のご馳走を……金と共に全ての欲を満たすために。

 パーカーを着た男と鼻にピアスを着けている男。

 二人組の男は女の後ろに近づく。まずは声を掛け、それから手頃な場所に連れて行き、攫う。もし、女が拒否しようものならそのままポケットに入っているナイフで脅すだけの話だ。いつも通り、実に日常的。

 「ねえ、嬢ちゃん」

 パーカーの男が声をかける。鈴の音は止まり、それと同時に彼女の足は止まる。何かを探すかのように首を左右に振る。そこへもう一声かけると、こちらの存在にようやく気づき、振り返った。

 「ああ、すいません。何か用ですか?」

 彼女の髪が揺れる。色は黒髪。ところどころ白い髪が混じっている。白髪か。

 「嬢ちゃんさ、こんなところで何してんのよ? ほら、危ないじゃんここら辺」

 「何して……?歩いているだけですけど」

 きょとんとしたまま答える女。

 「ああ、そっか。じゃあさ、よかったら俺らと遊ぼうよ。俺ら終電逃しちまってさ。帰るにも帰れねえってわけよ。どう? 一緒にいかね? カラオケでもさ」

 「ああ、ごめんなさい。これから用事があるの」

 ん? この女もしかしてどこかの水商売の女か?

 一瞬よぎるヤクザ経由の店。店の女に手を出せばそれらの組織が黙っているはずもないだろう。

 「そう、えっと……これから職場とか?」

 内心ヒヤヒヤしながらも、男がそう尋ねると、彼女はあっさりとした口調で口を開いた

 「いえ、これから人を訪ねに行くんです」

 こんな時間にか。いや、けれどこの街でならありえる。……いける。

 「ああーそっか。じゃあ、近くまで送っていくよ。ほら危ないしさ」

 男の言葉に彼女はしばらく考え込んでいた。完璧に怪しまれてはいるが、もしもの場合でも逃げ切れると踏んだのか、もしくは大声を出せばいいだろうと踏んだのか。

 「では、お言葉に甘えて」

 彼女は彼らと歩き出す。

 

 某廃ビル。そんなところに来る予定はなかったのに、ここにきてしまった。

 黒いコートの男。男はビルを見上げながら

タバコをふかす。

 突如として鳴り出す携帯電話。今でも男はふたつ折りの携帯を使っている。世の中ではこれをガラケーとか呼ぶらしい。

 着信の主は組織からだ。

 「はい、もすもす」

 ふざけてそうでてみると、予想どうりの怒鳴り声。

 「お前どこいんだ、バカ野郎!方向音痴も大概にしろや!下見で何回俺がお前に付き添って……」

その大声に、思わず呟いてしまう。うるさい、耳障りだと。

 赤いボタン……はこれか……ピっと。

 ツーツーツー。

 「臭うんだっつうの……少し黙っててくれや」

 男はそう一人ごこちて、空に向かって煙を吐いた。



 男たちは歩く。ちょうど良く路地裏にでも差し掛からないか、そう思いながらも女の後ろを歩く。

 「あれ、もしかして西口に向かってる?」

 パーカーの男がそう聞く。女は驚いたかのように男を振り返った。

 「どうしてわかるんですか?」

 「いや、明らかこっち方面はそうでしょ」 男が指差すのは西口の進路方向を指す看板 チャンスだ。

 あーなるほど、と一人で納得している女に男は話しかける。

 「西口のほう行くなら、近道あるんだよね。ほら、あそこの路地裏。人訪ねるなら、あっちの道のほうがいいよ」

 「そう……ですか?」

 「そうそう! 近いよきっと」

 「いや、でも……」

 押し問答をしていると、後ろの仲間である鼻ピアスが軽く肩を小突いてきた。

(おい、はやくしようぜ。もう待てねえよ)

 パーカー男もさすがにこれ以上この女といるのはまずいかと思ったのか。女の腕を掴み強制的に路地裏へと連れ込む。

 「いや、ちょっと!」

 大声を出そうとしたその女の口に、冷たいものが触れる。目を凝らさずともわかる。

 ステンレス製のナイフだ。

 「黙っててくれねえかな? ほら、これ見える? いやさ、俺ら金に困ってんのよ。ね? ちょっと脱いでくれればいいわけ。 いいだろ? な? 悪いようにはしねえからよ」

 女は恐怖で口も聞けなくなったのか、黙ったまま、頷いた。

 男二人は女の口を持っていた布で塞ぎ、そのまま、近くの建物へと連れ込み、歩いていた彼女を強制的に倒す。

 「んんー!」

 必死に抵抗しようとする女。黒髪が揺れる。恐怖に怯える目。

 「ほら、お前そっちもて」

 パーカーの男は鼻ピアスの男にそう指示を出し、女の足を持たせる。

 ジタバタと抵抗する女。が、しかし女性の力では、大の男の力には敵わない。

 腕を持ち、奥の方へ移動させようとしたそのときだ。

 「あ、見つけた」

 背の高い男が、すでにそこにいた。

 コンクリートに尻餅をつき、タバコをふかしている男。

 「「は?」」

 当然の反応だ。この廃ビルには誰も近寄らないようにそれなりに幽霊だのカラーギャングのアジトだのと噂を振りまいていた。なので男がいるのにも驚いたし、一人で何をしていたかも気になるところだ。

 この廃ビルは西口専用。西口で女を捕まえたときに使う建物だ。いくつか他の駅やそういった場所にも拠点はある。が、どうしてここにこの男がいるのか。

 「なんだよ、てめえ」

 女の腕を離すと、女は頭から落ち、ゴツンという音がビルに響く。んーという痛がる女の声。

 「いや、なにって……助けにきたの」

 ひらひらと手を振る背の高い男。確か……人に会いに行くとか言っていたな。まさか、彼氏かなにかだろうか。

 「この女、てめえのか?」

 「いや、違う」

 「もしかして、あんたの店の娘とかか?」

 「いや、違うな」

 「じゃあなんだよ!」

 鼻ピアスはキレ気味にそう男に問い詰める。状況としてはこちらが悪いのだが、どうにも相手の態度にイラついてしまう。

 鼻ピアスの男の言葉に背の高い男はポカンと口を開け、鼻ピアスのことを人差し指でさした。

 「あの、あれだ。後ろ、な?」

 「は?」

 ザクッ

 という音。何かが自分の右肩を貫いた。いや、刺している。

 「は……?」

 後ろを見ると、先程、頭から落とした女。それを証拠に頭からは血が出ている。

 女の指先が、鼻ピアスの右肩を刺していた

 何故と思うより早く目の前が真っ暗になっていく。

 よく見ると、鼻ピアスの血が女の指先をつたい、腕をつたい、頭へと向かっていくではないか。

 「……」

 見るだけで卒倒しそうなこの光景。

 女は笑顔を鼻ピアスに向けている。その笑顔を最後に、鼻ピアスは倒れた。倒れた仲間を前に鼻ピアスは驚き、困惑し、走り去っていった。

 「えーと、ごめん。助けれなかったわ」

 背の高い男は礼儀正しく詫びるが、それを鼻ピアスの男は聞いてもいない。

 「聖職者?」

 女の口が開く。先程、男たちと会話している時と何ら変わりないトーンで。

 「そうです、はい」

 どうせバレだろうし、いいか。と内心諦める聖職者と呼ばれた男。

 「じゃあ、死ね」

 女が消えた。

 かと思えば一瞬で、聖職者の眼前に躍り込んできた。

 「うわ! ちょ!」

 慌ててかがむ聖職者。相手がかがんだと確認したところで、同時に繰り出される女の膝蹴り。

 両腕でそれをなんとかガードする。それと同時に後ろへ跳躍。ザザザッという音と共にホコリが舞う。ヒリヒリしている腕を見つつ、聖職者は口を開く。

 「あっぶねえ……殺す気かよ」

 聖職者の言葉を受け、女はただ無表情に首をかしげている。

 「何が今回の目的だよ?」

 聖職者はそう聞くが、

 すぐに女はこちらへと猛ダッシュで走ってくる。しかし、それだけあれば十分だ。

 「止まれ!」

 ピタッと彼女は止まる。

 「効いたか?」

 ――安堵のため息がこぼれるが

 時間にして3秒弱。

 

 ザリっとコンクリートを踏む音が聞こえたと共に、女は走り出す。

 「くそ! だめか!」

 それと同時に流れ出す携帯の着信音。携帯を懐から取り出し、電話にでて一言。

 「早くこい馬鹿!」

 それと同時に女の右手が伸びてくる。慌てて、横にかわすと同時に携帯は壊れた。

 頬を伝う濡れた感覚。拭ってみると、それは血だった。

 「はー……あっぶな」

 無表情な女。彼女がもう一度走り出そうと

したその時だった。

 シュッと投げ込まれるナイフ。それは聖職者の頬を掠め、女の元へと一直線に飛んでいく。

 女はかわすかと思いきや、そのまま女の額へと刺さった。

 「助かった……」

 聖職者が一言ポツリと言った瞬間に後頭部に走る痛み。

 「馬鹿野郎はてめえだ! 六村! このアホ!」

 うしろを見れば、仲間の登場。短髪の男が黒いコート羽織り、立っている。

 「井手さん……」

 井手と呼ばれた男は右手にナックル左手にナイフを携えている。

 「なあにが井手さんだ! 格好付けやがって! どんだけ単独行動すりゃ気が済むんだてめえは! しかもてめえ先輩を馬鹿呼ばわりしすぎだ! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだ! この馬鹿!」

 「いや、たまにはいいじゃないすか!俺だって試験パスはしたわけですし!」

 「たまにはって……テメエ初日だろうが!だから俺がついてやってるんだろ!というか単独は俺みてえなA級言語師じゃねえと無理だっての!」

 あー始まった……

 井手 透 25歳 A級言語師

 六村 大輔 23歳 D級言語師

 「っていうか早くないすか!ここに来るの!?」

 六村が反論すると、彼は顔をしかめて言った。

 「それは……あれだ、鼻ピアス野郎があたふたしながら出てきたからよ。とりあえずあれ奪って」

 井手は親指で女を指しながら言う。どうやら男たちが持っていたナイフを奪ったようだ

 「気を失わせて本部に連行させといた……ってかまだ説教はまだ山ほど残ってるんだからな!?」

 井手のつばを受け止めながら六村は冷静に突っ込む。

 「って、ステンレスじゃあ死にませんって」 六村がそう突っ込むと、彼は知ってるよ、と言い、女の方を見る。

 女が無表情のまま立ち上がり、額のナイフを右手で取り、投げ捨てる。カランカランと無機質な音がビル内に響いた。

 「はーとりあえず、動き止めるか。いいか? 息を合わせんぞ。お前じゃ無理だ。あいつは」

 「さっきやってみましたから知ってます」

 「ほんっっとに生意気な! ああ、もういい! 行くぞ!」

 女が動こうとしたその瞬間。六村は自分の目の前で十字をきり、両手を重ねて叫ぶ。

 その隣では井手も同様の動きをし、息を合わせて二人で叫ぶ。

 「「止まれ!!」」

 ピタッと止まる女。六村がやった時とは違い、3秒経ってもまったく動かない。まるでそこだけ時が止まったかのような光景だ。

 深呼吸一つして、二人はもう一度叫ぶ。

 「「転べ!」」

 前のめりに転ぶ女。言葉による支配。

 それはこの二人の職。聖職者たちに共通して言えること。

 言語師とは、様々な妖魔、妖怪、半人、いわゆる『この世のものではない』者たちを倒すために人類が発展させ、開発したものだ。

 『この世のものではない』者たちをこの世から殲滅するために。

 「しゃあ! 俺が押さえる! とどめめさせや、六村!」

 「はい!」

 井手が隣でそう言い、それに呼応するかのように六村は自分の両手を自由にさせ、懐からナイフを取り出す。

 銀色のナイフ。銀純度60パーセント。少しばかり異物はある――だがこの純度なら間違いなくとどめをさせるだろう。


    

 普通の人間に、言語師の力はタブーとされており、もし使ってしまえば聖職者の仲間達によってその者は殺される。聖職者によって聖職者は殺されるのだ。

 

 ナイフでとどめを刺そうとした時だ。

 ビルの外から影のような何かが飛び出し、そのまま横を通り過ぎていった。

 「な!?」

 井手の驚きの声が聞こえてくる。

 その影は六村たちを通り過ぎ、数メートル離れて止まった。

 「やれやれ、私のお人形ちゃんを壊そうなんて……ひどい旦那様方だこと……」

 そこに姿を現わしたのは一人の女。まだ若い。二十代、いや、十代にも見えるその姿。 今回のターゲット。渡嘉敷とかしき 志津香しづか

 彼女は女の首を右手に掴んでいる。先程まで六村と戦っていた女の首だ。彼女の体はといえば、地面に伏せ微動だにしない。

 「こいつは……」

 六村はポツリとつぶやいてしまう。あまりに美しいがために。あまりにもその姿が『この世のものではない』とは思えないがために。

 ターゲットである彼女は和服を着ており、凛としたその姿は人間そのもの。いや、人間ではあるのだが……

 「やっと出やがったか。吸血鬼!」

 井手の声。リン、と音がする。彼女は左手に金色の鈴を持っていた。先程女から奪ったのだろう。

 「聖職者……みたところ言語師ですか」

 志津香はそう呟くと、右手に持っている女の首を捨てた。

 「渡嘉敷だな?」

 井手が確認するかのようにそう口を開いた

 志津香は少し微笑み、くるりと回る


 「ええそうよ。悪いけれど、今機嫌が悪いの、その理由の主な理由はあなた達のせいよ。それとも新しい人形でも私にくれるの?」

リン、と音がする。彼女は微動だにしていない。なのに遅れてきたかのようにそう音が鳴った。

「残念だがくれるつもりなんて毛頭ない」

 井手がそう言うと、彼女は眉をひそめる。

 「それじゃあ、私を殺しに来た――ということでよろしいのかしら?」

 「あったりめえだ!」

 井手が思わず、という感じで叫んだ

彼女はちらりと六村を見たが、こちらが睨み返すと、彼女はむくれたように口を尖らせた。

 「いけず」

 いけずもなにもない。こちらとしてはあちらが獲物なのだ。どこの世界に狩人がみずから獲物に近づき、自分の首を差し出す狩人などいない。

 「はー、まあいいわ。じゃあ、はじめましょうか?」

 彼女はそう言うと、一瞬で消える。超絶スピードもなにもあったもんじゃない。

 消えたかと思えば、六村の唇に彼女の人差し指が当てられていた。

「静かに……ね」

 「くそ……!」

 慌てて右手を振ると、彼女の姿はすでになく、数十メートル離れた位置に彼女は立っていた。

 「早すぎますよ、あいつ」

 こめかみに伝う汗を拭う。このこみ上げてくる感情は恐怖なのか、それとも……

「ええい! ままよ! もう一度やるぞ!六村!」

「はい!」

 もう一度手を合わせようとしたその時、彼女は呟いた。

 「さ・せ・な・い」

 彼女はすでに背後をとっていた。何かの魔術かなどと思うほどに早くいとも簡単に二人の間を通り抜けている。

 そして、同時に六村と井手は崩れ落ちていた。腹部に何か鉄球でも食らったかのような重みがあり、体内の臓器が悲鳴を上げている。

 「A級の俺でも敵わないとは……思っていたが……ここまでとは……」

 A級でも……ということはDの六村ならば百人いたとしても、敵わない。

 「な、何をしやがった……」

 六村がそう呻くと彼女は笑った。立っていられないほどの苦痛に苛まれる二人を見て可笑しそうに笑っている。

 「何って……殴っただけですけど?」

 さも当然、至極真っ当、肯定と実力差。彼女と言語師の実力差は歴然としていた。

 六村はなんとか立ち上がろうとする。その様子をただ冷たい目で見守る静香。まるで……そう、子供を叱る母親のようだ。


 「起き上がらないでよ、これからなぶろうって思ってるのに。もうちょっと寝ててくれないと、さすがの私も心が痛いわ」


「うるせえよ、この吸血鬼め……」

 「あーそれそれ。その言い方。吸血鬼め!とかこの吸血鬼ごときがーとか。あなた達言語師とやらのそんな陳腐な台詞聞き飽きたの。まあそう言ってきた奴らは全員殺して逆さ釣りにしてあげたんだけれど……どうしようかしら趣を変えてみる?」

 静香は静かに笑う。


 

 

 

 

   

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