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コミュニティー(1)

 柵の外には簡単な鎧を着た男が数人いる。化け物からコミュニティーを守るためにいるのだろう。その中の一人が貴弥(たかみ)たちの存在に気づく。


 「お前たちも街にいられなくなった口か?」


 この口ぶりからもわかるように、たいていの結界の外の人間は元は街の住民なのだ。


 「ええ。そんなところで」


 街から追い出されたわけではないが、外に来た理由をここで言う必要もないので相手の言葉にそのまま応じる。


 「ここのコミュニティーに入りたいなら取り次いでやるよ。人数は多い方がいいからな」


 「では、お願いします」


 そうして、一人の男に案内されて柵の内側に入る。

 街の外は初めてではないが、コミュニティーの中は二人には初めてだった。物珍しそうにキョロキョロ辺りを見回しながら歩く。

 内部の建物も比較的にまともで有効利用されているようである。しかし、やはり手入れされた街の中の建物と比べれば見窄らしく、電気も通っていないので暗い雰囲気を出している。


 「街の中とは生活は違うからな。覚悟決めておいたほうがいいぜ」


 男からは諦めのような感情を感じ取った。もしかしたら、このような負の感情を持った人間が多くいることもコミュニティーを暗くしている原因なのかもしれない。


 そこまで広いわけではないので、すぐに中央部に着く。


 「ここに俺たちの代表がいる」


 案内された場所は集会場だった。もしかしたら、科学全盛の時代では市民ホールだったのかもしれない。

 こんなに広い場所にいるのだから、さぞかし代表は良い生活なのだろうと思った。が、それはすぐに間違いだと気づく。


 「貴弥様。なんか、臭くないですか?」


 「うん、確かに」


 薄っすらと漂う臭気に二人は顔をしかめる。


 「化け物の肉を保管しているんだよ」


 男が指をさす方に目を向けると、生肉が置いてあった。おそらく、今日中に食べる分なのだろう。


 「殺した化け物は捌いて生肉のままここに保管して夜に分配する。多く化け物が手に入った時は干し肉や塩漬け、燻製などにしているんだ」


 集会場は保管場としても使われているらしい。貴弥はさらに周りを観察して肉以外のものも保管しているのを理解した。


 「代表の方はここに住んでいるのですか?」


 貴弥の質問に男は首を振る。ここが代表の根城ではないということである。ということは、保管された物資を代表が自由に扱うことはできないのだろう。むしろ、そうさせないために住居を分けているのかもしれない。


 貴弥はもっと多くのことを聞きたかったが、すぐに代表に直接聞けば済むことだと思い直して、それから黙って歩いた。

 そして、小さな部屋の前に着く。「控え室」と書かれた部屋である。

 男が扉を「コンコン」とノックをすると、中から「入っていいぞ」との声が聞こえてくる。

 男が扉を開けると頭の真っ白な高齢の男性が机の前に座っていた。顔には疲労が色濃く現れている。


 「新しくコミュニティーに入りたい奴を連れてきた」


 男が言うと代表は遅れて入ってきた貴弥と凜華(りんか)に視線をやる。

 その目はとても理性的で厳格なものだった。伊達にコミュニティーを治めているわけではないのだろう。厳しい環境の中で不適格者が上に立っていたら忽ちにそのコミュニティーは潰れてしまう。

 しかし、そんな厳しそうな老人も二人がまだ20に満たない少年少女であることを認めるとその表情を和らげた。


 「幸雄。下がって仕事に戻れ」


 「ああそうする。あとは頼んだぞ」


 男は代表と軽いやり取りをしてすぐに退室した。


 「すごく流れるようなやり取りでしたね」


 「まあな。あいつはわしの甥でな」


 貴弥が無駄のない両者の会話から特別な関係にあるのかと思って尋ねたが、二人は血縁だという。

 血縁だから親しいということはないだろうに、と思うが特に何も言うことはなかった。


 「あいつのことは今はどうでもいい。ところで、まずは名前を聞いてもいいか?おっと、失礼、わしがまだ名乗っていなかった。わしは池山久仁雄だ。見ての通り、ここの代表をしている」


 「申し遅れました。僕は武重貴弥(たけしげたかみ)、こっちは刀葉凜華(かたなばりんか)です」


 貴弥が名乗り、一緒に紹介された凜華は軽く会釈する。


 「武重、それに刀葉...」


 代表は二人の名字に戸惑う。無理もない、武重家も刀葉家も共に気術使いの名門である。


 「まあ、僕たちは家を追放された身ですので気にしないでください」


 「そうか。まあ、それは良い。だが、そうなると二人は気術を使えるのか?」


 「ええ、そうです。ただ...」


 そこで貴弥は言い淀む。

 「紛い者」であることを言うかどうか。もともと言うつもりだった。言った上で受け入れてもらおう、それが街の外に来た目的でもある。

 しかし、今まで拒絶をされてきたことを思うと、いくら予定していたとはいえ、言うのが躊躇される。


 「何かあるのか?」


 久仁雄は言い淀んでいるのを見て、問いただす。

 どうせすぐにバレる。なら騙していたと言われないためにも、今言うしかない。


 「凜華はA級の気術使いです。ですが僕はC級の気術使いであり、なおかつ、C級の魔法使いでもあります」


 久仁雄は眉をほんの少し顰める。それを見た貴弥はやはり拒絶されるんだな、と思った。が、そこにはずっと黙っていた凜華もいる。彼女は久仁雄の表した負の感情を貴弥と同じくらい、いや、それ以上に敏感に感じ取っていた。


 「おい。なぜそんな顔をする。お前は平民だろ。それにここには平民しかいないのだろ。貴弥様へのその態度は私は気に入らない」


 「いや。まあ...」


 平民には本来「紛い者」かどうかは関係ない話である。しかし、すでに「紛い者」を蔑視する風潮がある程度できている。何よりも、紛い者に関わることが貴族や士族たちを敵に回しかねないこともあり、やはり忌避されていた。


 「そうだな。何も知らずに拒絶するのは良くないな。それに、わしらは貴族や士族とは関わり合いを持たないのだから、紛い者がいるからと言って特に問題にはならないな」


 以外にも凜華の言葉を容れて、紛い者に対して理解を示す。

 おそらく、そこには倫理的な判断だけではない、利益判断も含まれているのだろう。A級の気術使い。そんなのが一人でもいれば戦力は大きく変わる。そして、紛い者はやはり強力であることは否定できなかった。力がない平民である以上、力ある士族や貴族を味方につけられるならつけようとするのが合理的な判断であった。


 「ありがとう。凜華」


 貴弥は小声でお礼を言った。


 「わかった。先ほどの無礼はお詫びしよう」


 どうやらこの老人は己の非を素直に認められる人間のようである。謝罪によって凜華の怒気は消え、場の雰囲気が元に戻る。


 「ところで、言いたくないなら言わなくてもいいだが少し気になったので質問したい。貴弥、お前は紛い者であるが故に家を追放されたのだろう?」


 「そうですが」


 「では、なんで凜華までも追放されたんだ?なんで今でも主従関係があるんだ?」


 誰しもが思う最もな質問だった。






 武重家と刀葉家は名門とは言っても両家は対等ではない。刀葉家は武重家の遠い親戚筋であり、武重の者に刀葉の者が奉仕するのが代々の決まりであり、両家の関係は世間でもよく知られていた。

 そして、先ほどの二人の発言から、両者が主従関係にあることは推測できたが、なぜ、その関係が追放後も続いているのかは万人には理解できない。その万人の一人が久仁雄だった。


 「なんで私が貴弥様を主として仰いでいるか、それは、追放前に主従の契りを結んだからであり、一度決めたら主を変えないのが従者のあるべき生き方だからだ。そして、私が追放されたのは貴弥様の従者である以上、離れることができないから一緒に追放されたのだ」


 「そうか...」


 久仁雄の顔に同情の色が浮かぶ。ある意味彼女が最も不幸だろう。自らが原因でなく、主がために追放されたのだから。

 そして、そのことは主の貴弥がよく理解しているところであり、彼の悩みでもあった。




 


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