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結界の外

転校してから、3か月。よくもったほうであろう。それに、ある程度は予想していたため、比較的、衝撃は軽い。


 「貴弥様、これからどうされるのですか?」


 凜華が聞いてくる。まだ、校長に対する怒りが収まらないのか、ただでさえ笑わない顔から、いつもに増して不機嫌オーラが出ている。


 「結界の外に行こうと思うんだ」


 「本気ですか?」


 凜華が驚くのも無理もない。結界の外とは、すなわち街の外ということであり、化け物が多く出没する場所である。

 

 今からおよそ500年前、突如科学技術で発展していた世界は太平洋の真ん中にできた『冥界の門』の出現によって大きく変わった。一部の人間は魔法や気術を使えるようになり、また一部の生き物は化け物となった。

 そして化け物対策として、日本では各地に点々と結界を張った街が誕生した。

 しかし、税を払えないもの、犯罪者、その他の公には出られない事情のあるものは、危険な結界の外で暮らしている。もちろん、そのような者達のほとんどが平民であり、つまり魔法も気術も使えないため、その生活は過酷である。


 「街の中での生活の方でも暮らせるじゃないですか」


 「でも、僕たちは戦える。それに、ここらの化け物は比較的弱いから問題ないよ」



 「それはそうですが」


 「それと、凜華はついて来なくて良いよ。もう、僕を主とする理由なんてないんだし。僕がいなければ凜華は問題なくやっていけるはずだよ」


 そして、貴弥の突然の暇の言い渡し。しかし、毅然とした態度で答える。


 「何度同じことを言わせるんですか。従者が主を捨てるのも、また、主に捨てられるのも共に一生の不名誉です。ついていかないわけがありません」


 「でもね...」


 「外に出るんでしたら早く出ましょう」


 さっきまでは外に出ることを渋っていたのに、この話を切ろうと今度は凜華が率先して外に出ようとした。


 「......。そうだね」


 貴弥は悲しみを覚えながら、それ以上は何も言わずに街の門に向かった。


 貴弥は凜華に申し訳ないという気持ちがある。A級気術使い、つまりは貴族として、彼女は確実に幸せになれる。貴弥さえいなければ。


 『冥界の門』が出現した時、一部の人間が魔法や気術の力を手にし、彼らは覇権を争った。初めは小集団の小競り合いだったが、すぐに二つの大勢力の闘争にまで昇華された。魔法使いと気術使いの対立である。それは、気が「魔力以外の力に耐性」を持ち、魔力が「気以外の力に耐性」を持つことに由来する。つまり、気術使い同士、魔法使い同士は傷つけ合うのが困難なため、寝首をかかれる心配なく仲間となり、気術使いと魔法使いは互いに傷つけ合うのが容易のため、相手を殺そうとし、殺されるのではないかと相手を畏怖して敵対する。

 そして、現在は均衡を保ち、国を一応は平和的に運営しているわけだが、未だに魔法使いと気術使いは犬猿の仲である。


 しかし、彼らにとっての敵が自らを殺すことのできる者であるなら、もっと恐ろしい存在がいる。それが、『紛い者』である。『紛い者』はとても数少ない、魔法と気術を両方使えるイレギュラーな人間である。そのため、『紛い者』は気と魔力に耐性を持つために殺し難いにもかかわらず、『紛い者』は相手の反対の力を使うことで有利に戦闘を行える。もちろん、『紛い者』は一般の魔法使いや気術使いよりは魔法や気術の能力が劣る。しかし、そのことは『紛い者』への畏怖を減殺することはなく、むしろ、「中途半端で汚らしい」という意味での蔑称『紛い者』を生むこととなり、忌み嫌われ恐れられることとなった。


 だから、そんな貴弥と一緒にいては凜華もまた不幸な目を見る。それを考えて何度も貴弥は凜華に主従関係を解消しようと提案したが、凜華はそれを頑なに拒んできた。

 






外に向かって歩き、市街地を抜ければ次は広大な農業地帯がある。さらに歩き続ければ壁が見えてくる。これが、化け物から街を守る結界である。

 正確に言えば、壁自体はただのコンクリートやレンガなどでできた物であり、大した防御力はなく、ただ、壁に沿ってB級、C級程度の魔法使いが化け物を察知する結界を張っているだけである。しかし、化け物を察知することができるために、壁を壊される前に化け物を倒すことができるため重要である。


 そして、長大な壁の一部には門がある。そこを通過すればいよいよ外の世界である。


 「身分証を拝見します」


 門の見張りが職務通り、身分証の提示を求める。

 門の見張りは犯罪者の出入りを防ぐためにいるが、実際には通行税を取るためというのが理由として大きい。

 ちなみに、見張りは基本は平民である。通行するたびに、魔法使いと気術使いの喧嘩が起こってはたまらないからである。


 貴弥たちは身分証を言われた通り提示する。


 「ひっ」


 見張りは貴弥の身分証を見たときに驚きの声を上げる。平民においてはあくまでも相対的には紛い者を忌避する感情は少ないが、見張りなどの士族や貴族を上司として働くような職の平民だと、感化されてか嫌悪感までも示すことがある。

 驚くだけなのがやや珍しい。


 「失礼しました。お二人ともお通り下さい」


 特に咎められることなく通行できた。通行税も取られることもなく。

 通行税は場所にもよるが、貴族や士族に対しては取られることはほとんどない。『冥界の門』が出現した後の世界の身分格差を端的に表す場面である。


 貴弥はありがとうと一言述べて門をくぐった。





 結界の外は郷愁と言うべきか迷う複雑な感情を抱かせる。

 今は結界の外には人が殆ど住んでいないとはいえ、科学全盛の時代には人が住んでいた。その時の建物は風化や戦闘によってボロボロになり苔生しているが、かつて人々が住んでいた証はそこにあり、現在とはまったく違う文明の存在を伝えてくるのだ。


 そして、しばらく感傷に浸っていると、崩れたビルの中から生き物が出てきた。


 「犬の化け物だね」


 「私が倒します」


 言うや否や、凜華は化け物に飛びかかる。


 「ハッ!」


 一息で刀を振り落とし、化け物は一刀両断される。それで、戦闘は終了だった。

 次の瞬間には凜華の手から刀が消え去る。


 唯我器(ゆいがき)。気術使いが魂から作り出す己だけの道具である。すぐに展開でき、性能もそこらの道具よりはるかに優れているため、殆どの気術使いは唯我器に頼っていた。


 「あっという間だね。ありがとう」


 「いえ、大したことではありません」


 二人にとってはこの程度の化け物は何の障害でもなかった。


 そのまま、何事もなかったかのように歩き始めた。


 「ところで、結界の外でどうするんですか?」


 人が殆どいない外の世界で何をするのか聞くのは至極当然だった。


 「サバイバル___、というのは嘘で...」


 サバイバルと聞いた瞬間に不機嫌さを露わにした凜華を見て貴弥はすぐに嘘と白状する。


 「コミュニティーに入れてもらおうと思う」


 「コミュニティーですか」


 コミュニティーとは主に外の世界で暮らす人々の集団のことを言う。平民である以上、過酷な環境を切り抜けるには連帯するしか他に方法がない。


 「凜華はいや?」


 「いえ。貴弥様が決めたならそれに従います」


 凜華はそれだけ聞くと、それ以上はもう何も言わなかった。

 もうかなり長い付き合いになるというのに、二人はそこまで親しく会話することはない。


 そのような状態で歩いていると、比較的に建物がまともな一帯に簡単な柵で囲まれた人々の集落らしきものが見えてきた。




 




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