第9話 放課後~それぞれの時間と悪だくみと~
PM 6:05
龍真と春奈が武道館に着いたとき、悠里はちょうど、防具を外して後輩の指導にあたっているところだった。
打ち込み方から、間合いへの出入りのタイミングまで幅広く指導を行っている姿は普段のおっとりしている姿とはかけ離れた凛としたものだ。
思わず龍真と遅れてやってきた大希は目を見張った。保健室での表情を考えると全く似ても似つかないのだ。
「しっかりと鍛錬している証拠だな。華穏さんも厳しい指導しているんだろう」
「だなー、ここまでしっかりと感情に折り合いつけるのは心がしっかりしてないと無理だろうし」
「2人とも感心している暇があるなら、さっさと武道館内に入る!」
春奈に促され、武道館へと一礼をして足を踏み入れると、困惑を含んだどよめきと女子の黄色い声が同時に起こった。
前者はファンクラブでもある男子剣道部と昼の騒動を知っているもの、後者は春奈の書いた新聞部号外で龍真のことを知った女子のものだ。
「コラ! 女子! 早く練習に戻りぃ!!」
鋭く関西訛りの注意を飛ばすのは、龍真と対照的な鴉の濡れ羽色の黒髪を持つ凛とした雰囲気を全身から出している少女だ。
その矛先は龍真たちにも向けられる。
「春奈さん、部外者の立ち入りは基本禁止してる言うたやないですか。しかも今日はいろいろ噂の人間まで連れてきて、これやと練習になりませんよ!」
「えー、別にいいじゃない礼華さん。別に減るものじゃないじゃない」
「減るんです! 主に! 練習時間が!!」
怒鳴り声と変わらない口調で春奈と言葉を交わしている。しかしそんな最中、視線がちらちらと自分に移っているのに龍真が気づいた。
「どうも、俺が主な原因のようだな。とりあえず、部活が終わるまでなら外で待っているけど――」
「「「えぇーーーーーーーっ」」」
「だから、早く練習に戻りぃ言うとるやろが!」
龍真が武道館を出ようとすると、女子からの大ブーイングが起こり、さらに礼華の声がヒートアップする。
この状況にストップをかけたのは、悠里だった。
「はい、皆ストップ。龍真君も大希君も見学くらいなら問題ないよ。ただ、今日この状況でいつもの練習はちょっと無理かな?」
「「「やったーーーーーーーーーー」」」
悠里の言葉に女子部員が歓声を上げるが、礼華は苦虫を嚙み潰したような表情をしている。当然考えているのは練習中止の発言についてだ。
「主将が練習中止宣言してどないするねん・・・」
「代わりに残った時間で、鳴神副主将と打ち合いをやろうと思うんだけど、いいかな?」
「打ち合いって、どっちでする気です?」
『どっち』その言葉が意味することを龍真も大希も一瞬とらえかねた。それも、悠里が部室の用具入れからあるものを持ってくるまでだが。
「もちろん、こっちよ」
「やっぱりそっちですか・・・」
持ち出してきたのは使い込まれた赤茶けた木刀だった。剣道でかなり腕が立つと聞かされてはいたものの、いきなり木刀を持ち出してきたのには流石に龍真と大希も驚いた。
さらに防具を二人とも外しだして2度びっくりした。
「ちょ、お互いに大丈夫なのか!?」
「そこは大丈夫よ、学祭のときの剣道部のメインイベントになるくらいだから。寸止めもしっかり出来てるみたいよ」
「いや、だからって・・・、いいのか、これ?」
思わず呆れかえってしまう。そんなうちに、2人は自分たちなりの間合いの位置につき、木刀を構えた。
鳴神礼華は右足を引き右の下段に構え、和泉悠里は正眼の構えで間合いを計っている。それだけで、武道館内の空気が張り詰めたものとなり自然とざわめきは消えていた。
龍真たちの見守る中、打ち合いが静かに始まった。その雰囲気に、龍真と大希も2人を見る目を変えた。彼らの目に映るのは、一端の剣士の気配をまとう人間だ。
最初に動きを見せたのは礼華だ。すっと、音もなく一足分間合いを詰める。対して悠里は自ら動こうとはせず、タイミングを計るように構えを維持し続けている。
それを見ながら龍真がつぶやく。
「あと3歩間を詰めたら、鳴神さんが切り上げで仕掛け、悠里さんは左に回りこむな。そのあと、鳴神さんが逆袈裟をするから突きを放ってけん制して打ち合いに持ち込むか」
「龍真君、分かるの?」
「あぁ、これくらいなら大体決着まで読み切れる。一応、現状の結果は引き分けだ」
龍真の言葉通り、礼華は様子を見ながらも3歩進むと
「きぇいっ!」
右下段から切り上げていく。狙いは太腿あたりから切り上げるような足を狙いに含んだもの。それを悠里はこれまた龍真の言った通り、左に――礼華にとって右に回り込む。
礼華はそれを追うように左足を軸に右足を引き込み、体を回し逆袈裟の一撃を加えようとするが、そこに悠里が正眼の構えから突きを放ち、それを阻止する。
そこからさらに踏み込み、上段の構えに移行すると袈裟掛けに打ち込みを仕掛けていく。礼華も素早く木刀を掲げ、打ち込みを受けると押し切られないように耐え始める。
「タイミングを計って切り落としを狙ってから、一度仕切り直し。そこからは2人とも袈裟切りに入って鍔迫り合い。お互い引き際ねらいで引き胴、あたりか?」
今度は大希が読みを口にする。龍真は無言でうなずき、それを肯定する。
「大希君も読めるの?」
「いや、そりゃ当然。出来なきゃ生きてけない世界で生きているわけなんで」
おどけて言ってはいるものの、内容は相当物騒だ。演武と見まごうような打ち合いは、大希の言った通りの動きを見せる。引き胴を放ったのは悠里で受けたのは礼華だった。
そこから、龍真と大希が読みを春奈に伝えていき、そしてその通りになるたびに驚くというパターンを数回繰り返したとき、龍真が小さく声を上げた。
「む、これは不味いか。5手目に止めに入る」
そうとだけ言うと、軽く腰を浮かしいつでも飛び込める体勢に入る。
「え?ちょ、なに?」
悠里が礼華の左脇を狙うように一閃――1手目。
礼華が木刀の峰に手を添え、木刀を立てて受け止めると同時に刃を滑らせるように肉薄。柄での当身を狙う――2手目
悠里は後方へ飛びのき、間合いを外すがその距離が足りていない。礼華はそれを好機とみて抜刀術の要領で当身から、お返しと言わんばかりの胴薙ぎを放つ――3手目
悠里は胴薙ぎを木刀で受け止めようとするが、胴薙ぎの一閃は木刀に触れずにそのまま切り上げの軌跡を描く。体裁きで回り込もうとするがその動きが鈍い――4手目
「けぇぇいっ!」
気合一閃、上段の構えへと移行した礼華の唐竹割が放たれた。だが、悠里は身動きする気配がない。しまった、と礼華が感じ、剣速を緩めようとするが間に合わない。
いつものやり取りであれば、間違いなくこれを半身で紙一重でかわすか受け止めている。その慣れが、油断になってしまった。
だが、悠里の頭部めがけて振り下ろされる木刀に滑り込むように割って入る影があった――龍真だ。視線は己に向かってくる木刀に注がれており、両手は開かれている。
狙いは白刃取り。一瞬のタイミングを逃さず、龍馬の両手が閃く。柏手を打ったような音が道場に響き渡り、龍真の両手は木刀を見事に挟み込み受け止めていた。
「ここまで」
「わかっとんたんか、剣杜?」
怒気混じりの声。
「途中で動きに変化があったからな。ただ、そっちが納得いくタイミングで割り込むには今のタイミングと判断しただけだ」
「それはどういう意味や?」
「明らかに悠里さんが怪我をかばうタイミングでなければ、ただ邪魔をしに割り込んだだけと思われて揉めると思ったもんでね」
しばらくの沈黙のあと、礼華が溜息を1つ吐くと、木刀を持つ手の力を緩めた。とりあえずは納得がいったということだろう。
龍真も挟み込んだ木刀を離しながら声をかけた。
「神鳴一刀流の剣技、演武込みの打ち合いとはいえお見事。雷の異名通りの下段から唐竹割の連携もこの目で見る価値があったよ」
「流派もうちが何かもお見通しか。さすが剣杜やな」
「そちらこそ」
皮肉交じりの言葉に龍真は軽く応じると、動きを止めていた悠里に近づく。袴の裾から見えている右の足首に目をやると、
「肩、かさないと動けそうにもないでしょ」
そう言って、悠里の右隣りに移動すると肩を貸す。その様子を見て、またもや女子部員から黄色い声が上がるが礼華が目で制す。
「今日はもうしまいや。主将もこんな状況やからうちが仕切る。道場の掃除始めるで!」
慌ただしく部員が雑巾を持ち出す中、龍真は悠里を支えて更衣室まで歩いていく。
「着替え、大丈夫そうかい?」
悠里は頷くと、更衣室のドアを開けて歩きづらそうに中へと入っていった。龍真は大希の所に戻ると、自分のカバンを持つ。
「大希、俺は先に緋炎さんの所によって行くから、先にHarvestに行っていてくれ」
「お、分かった。けど、あんまし遅れんなよ」
大希は龍真の言葉に応じると、自分のカバンを持って立ち上がる。
「緋炎ってだれ?」
「俺たち御用達の柔道整復師かつ仕事の先輩」
「龍真君たちの御用達ってことは当然・・・」
「そう、俺達との同類」
春奈が言いかけた言葉を大希が引き継ぐ。そのまま大希は武道館の出口へと足を進め、春奈もそれを追っていく。残った龍真は悠里が出てくるのを、始まった道場の掃除を眺めながら待つ。
この間も万が一更衣室内で何かあるようであれば、すぐに突入できるよう気を張ることだけは忘れていない。だが、それも杞憂に終わってくれた。
「ごめん、龍真君」
謝罪の言葉とともに更衣室の扉が開けられて、悠里が右足をかばいながら出てきた。龍真はすぐに右にまわり肩を貸すと、歩幅を合わせながら歩きだした。
「悠里さん、ちょっとこれから知り合いの腕利きの整骨院つれていくから」
「龍真君の知り合いのところって?」
「朱堂整骨・接骨院ってところ。スポーツ生理学とかも詳しい人だから、上手く処置してくれると思う」
「朱堂先生のところなら、私の道場のかかりつけだけど・・・」
歩きながら言葉を交わす。この状況にどこか奇妙な懐かしさを覚えながら、龍真は武道館の入り口を出て大希達と別れた。
悠里と歩きながら、龍真は人の出入りの少ない裏門を目指していく。
「あぅ、龍真君ごめんなさい。私が打ち合いなんてしなければ、こんなことにならなかったのに」
「気にしない。それを言い出したら、あの場に行った俺たちの方も悪い」
お互いに話している間に、裏門を抜ける。タイミングよく人影もなく龍真にとって都合のいいことこの上ない。
「よっと」
「きゃ」
掛け声1つ、龍真は悠里の前に回り込んだと思うとそのまま彼女を背負った。焦ったのは悠里だ。
「た、龍真くん?」
思っていたよりも筋肉質な龍真の背の感触に思わず声が上ずってしまう。一方、龍真は気にしていないのかといえばそうではなかった。
龍真の方も背に感じる見た目より豊かな感触に意識を奪われかけたところを、必死で自分の体を制御することに戻していた。
「じっとしてて、危ないから」
かろうじて出た言葉。だが、言うが早いが龍真は人影のない裏門から軽々と3~4m飛び上がると裏門に面していた家の塀へと立ち、そこから今度は前方にベクトルをかけながら跳躍。
今度は家の屋根へと飛び上がっていた。
「直線距離で行くから、しっかりつかまってるように」
「直線距離って・・・、きゃあ」
悠里が言い終える前に龍真は短く駆け出し、跳躍。ふわりとした跳躍ではなく、矢のような低く速度の乗った跳躍だ。
次の家の屋根に着地すると、再び駆け出し膝をたわめ跳躍の姿勢に入り、また急加速をともなう跳躍。不思議なことに駆けている時も、跳躍し着地するときも音がしていない。
体術により建物へのショックを己の肉体を通して外に逃がしているのだ。だから、音では誰も気づかず、またその速さ故に人の目にもほとんどつかずに跳躍を繰り返していくことができている。
屋根から屋根へ、言葉通り直線距離に龍真は道を選ばず駆けて行く。悠里はまるでジェットコースターのように流れていく景色に目を白黒させている。
そして再び跳躍今度は浮遊感が有り、滞空時間があった。悠里はふと下を見た。
下に見える景色は、流れる様々な車と人――道路だ。悠里は驚きの表情で、真下を流れる人々に目を向けた。
それも、すぐに後ろへと流れていき、やや長めの滞空時間が終わって、着地する。
普通なら目立ちそうなものなのだが、日が落ちはじめて薄暗くなっているためか、誰も二人に気付いてはいない。
龍真はそんな夕闇の中を疾走していく。
「す、凄いね・・・」
「普段はこういうことにでも使わなければ、この身体能力も無駄になってしまうからね」
龍真はペースを落とさずに走りつづけている。時々、路地を挟んだ家の屋根に飛び移ったりしながら目的の場所へと文字通り一直線に進んでいっている。
「和泉さん、学校では心配をかけてごめん・・・」
唐突に、龍真が悠里に謝罪する。その表情はどこか諦めの入ったような表情だった。しかし、幸いな事に悠里からは龍真の表情は見えない。
「そんな・・・、私のほうこそ・・・・・・」
「大希から、話聞いたよね」
「うん・・・。本当に少しだけ、だけど・・・」
「それと、これ以上俺たちに深入りしないように、ってこともアイツは言ったはずだ」
「・・・・・・」
「この依頼が終わってからは、皆と同じ様に、俺たちとは距離をとったほうがいい」
龍真の諭すような声。悠里の記憶に、教室に戻ってからの、クラスメートが龍真を見る目が思い出される。
恐怖、畏怖、疑惑、嫌悪といった負の感情の入り混じった視線。言われた瞬間、悠里には自分が何を言われたか分からなかった。
だが、間を置いて、その意味を理解した瞬間に、悠里の頭に一気に血が駆け上った。
「何言ってるんですか!?」
悠里はここがどこかも忘れて、大声で怒鳴る。龍真はその怒鳴り声を無視して、屋根の上を疾走する。反応を返さない龍真に悠里も黙り込む。
上下に揺られ、急加速し、停止する景色。時折下を見ると、こちらに気付いていない人々の列が見えて、それが悠里には日常に取り残されたような妙に不思議な光景に見えた。
(龍真くんの見ている世界ってこんな感じなのかな?)
人と必要以上に交わらず、一歩引いた場所から俯瞰するような立ち位置。そんなことをぼんやりと考えていた。
「そろそろ、着くよ」
急に龍真から声をかけられて周りを見渡すとそのまま旧市街の見慣れた街並み。そんな中灯りで照らされた『朱童整骨院』の文字が見えてきた。龍真は人通りが無い事を確認してから、路地の方へと飛び降りる。さすがに、人目に付く可能性もでてきたせいか、悠里は黙り込む。龍真は、心の中で「ごめん」と呟くと、朱童整骨院へと急いだ。
龍真は、明かりがついている事を確認すると、朱童整骨院とかかれた看板の横の診療時間を見る。そこには『平日・午前8時30分~午後7時まで、土曜日・午前8時30分~午後4時まで』とかかれている。現在の時刻は6時50分。時間はかろうじて間に合っていたようだ。
「こんばんは~」
龍真は玄関を空け、待合室に向かって挨拶をする。もうすぐ診療時間も終わると言うこともあり、待合室には人の姿は無い。
「はぁ~~い、どなたでしょうか~~~~?」
太くどこかのんびりとした返事が、奥の診察室から返ってくる。つづいて窓口に1人の男性が・・・、いや、男性の胸板が現れた。
それをみて龍真は苦笑すると、悠里を背中から下ろし、窓口のほうへ行く。そして、相変わらず胸板しか見えていない窓口に向かって声をかけた。
「緋炎さん、この窓口作り直したほうがいいんじゃないですか?」
「やや、その声は龍真君ですか?」
その声と共に、窓口の方にようやく顔が現れる。顎も太ければ首も太く、目が糸目なこと以外顔のパーツそれぞれが大きい男臭い顔立ちに笑みを浮かべ、屈みこむようにしている。
「お久しぶりです、緋炎さん。4年ぶりですか?」
「そうですねぇ。最後にあったのが、龍真君が出て行ってから1年後ですから・・・4年ぶりですねぇ」
緋炎の笑みにつられ、龍真も笑みを浮かべ応える。
「ところで、今日はどうしたんです? 右腕の治療ですか?」
「いえ、違います。クラスメートが怪我をしてしまいまして、それで・・・」
龍真は、玄関先で靴を脱いで、こちらに向かってこようとしている悠里を見やる。
「あぁ、そういうことですか。では、診察室のほうにきてください」
そう言うと、緋炎は診察室の方へと引っ込んでいった。龍真は、無理をして歩こうとしている悠里の方に駆け寄る。
「はい、無理はしない」
「ひゃぁっ」
龍真は、近づくや否や、左手を背中に手を回し、右手をちょうど膝の裏辺りに持っていき。横抱きに抱えあげる。
いわゆる、お姫様抱っこと言うやつの形である。本当にいきなりだったので、悠里は思わず悲鳴をあげて硬直する。
顔は真っ赤で、視線が空をさまよっている。龍真にとっては、暴れないので楽なのだが。
彼は、そのまま診察室へと彼女を抱えて入っていく。そして、診察室に入った瞬間に、緋炎に呆れられた。
「龍真君、そういうことを簡単にするのはあまりよくないですよ・・・」
「?」
龍真は「何が?」といった、不思議な顔をしながら椅子へと悠里を下ろした。緋炎は溜息を1つ吐くと、気持ちを切り替え悠里の診察へと移った。
「何の途中で怪我をしました?」
足首の腫れを診ながら緋炎が尋ねる。
「あの、部活中に・・・私剣道部なんですけど、足捌きを失敗して・・・」
「足を挫いてしまった、と」
「はい・・・」
緋炎は足首を軽く曲げる。
「これは痛みますか?」
「ッ痛! い、痛みます・・・」
「これはどうですか?」
少し角度を変えて曲げる。
「少し、痛みます」
「では、これは?」
しばらく、足首を動かし尋ねる緋炎と、それに答える悠里のやり取りが続く。その間、龍真は少し気になっていた事を考えていた。
(今回の事件、犯人はどうやってあの倉庫に式神を仕掛けた? 窓は閉められていて、式符を滑り込ませるというのは難しい。直接中に符をおくしか術は無い。
だが、大希が昼休みの終わる寸前に見回りをしたのは、俺も見ているはずだ。ならば、誰があの場所に仕掛けた? まず授業が始まってからは鍵がかけられていて、中には入れないはずだ。
どうやって、あの中に入る? 鍵は体育教官室と職員室の二箇所にしかない。部外者では恐らく無理だろう。
隠形か物質転送の術でも使えば別だが、それなら俺をはじめとした五龍院の生徒が気づくはずだ。生徒が、授業中に取りに行くと言うのはあまりにも怪しすぎる。と、いうことは・・・・・・)
龍真たちが朱童整骨院で治療を受け始めているころ、春奈と大希は例の喫茶店に来ていた。
「教師が犯人ですって!?」
「まだ、決まってはいないっすけどね。あと十中八九、玄人の術者もつるんでいますね。完っ全にこっちの仕事だわ、これ」
驚いた声を上げる春奈を大希が諌める。2人が会話しているのは『Harvest』。
元々ここのマスターに話を通していたのか、それとも、いつもこの時間は少ないのか分からないが、店内はかなり空いている。
大希は注文したパスタを一口食べると、言葉を続けた。
「状況から、それしか考えられないんですよ。今日は5限目体育でしたから、倉庫は開けっ放し。佐伯先輩たちの準備が終わってから閉められたでしょ?
その開けっ放しの間は、俺と龍真でちゃんと監視してたんですよ。と、なると犯人は倉庫が閉められた後、再び誰かが開けたことになる。
けど、鍵の在り処は体育教官室と職員室のどちらか。授業中に生徒が借りに行くのはあまりにも不自然。もちろん部外者は論外ッス。
んで、消去法を使っていくと残ったのは・・・」
「教師だけ・・・」
「そういうこと♪ 例外的に玄人の術者の線もあるんだけど、それならそれで俺や龍真、五龍院の上の方々が気づかなければならないはずなんでとりあえず消去」
大希は我が意を得たり、と笑みを浮かべる。
「んでもって相談なんスけど・・・」
「教師のスケジュールを教えろっていうんでしょ?」
「YES! あんな事件が起こっちまった以上、教師が大人しく教えてくれるとは思えないんでね」
「ちょっと待ってね・・・」
春奈はバッグの中から閻魔帳とやけに可愛い字体で書かれた手帳を取り出す。そして、パラパラとページをめくっていき、あるページで手を止めた。
しばらく、無言でそれを読んでいく。
「可能性のある教師は、数学の秋山克也、英語の桐谷梢、歴史の金城康正、地理の大谷慶、教頭の柳川真太、それと体育の安永佑子。
悠里の証言で、犯人が男性ってことまでは分かってるから、女性2人を消して、残る秋山、金城、大谷、柳川が犯人である可能性があるのね」
「俺の考え方があっていればですけどね。何か術を発動した気配は無いんで、あってるとは思うんスけどね」
「確かに筋はとおっていますね」
いきなり、大希の背後から透き通るような男性の声が聞こえてきた。春奈はその声の主を一目見て、頬を染める。
「あの雷覇さん、お願いですから気配を消して背後に立たないで下さいよ」
「はは、すいません。追加のピザです」
雷覇と呼ばれたエプロン姿の青年は、悪びれた様子もなく笑顔を浮かべると、大きい皿に乗ったピザをおく。
「こ、この人が・・・?」
「そ、さっき言った歌って踊れて闘える情報屋さん」
「歌って踊れるかは別ですが、私がこの店のマスター兼情報屋の清流院雷覇です。以後、お見知りおきを」
そう言うと、丁寧に会釈をする。その仕草に、春奈はますます頬を染める。それも仕方がないといえよう。
もし、女性に美形かどうかを聞けば、間違いなく10人が10人美形だと答えるだろう。眉目秀麗といった言葉が見事にあてはまる、それほどまでに整った顔立ちをしているのだ。
瞳は切れ長で顎のラインもすっとしており、かけている眼鏡も嫌味にならないほどに洒落たデザインのものだ。髪は襟首のあたりで流すようにされており、髪形も清潔感のある様にさらりと流している。
さらには、全身から溢れる穏やかな雰囲気がさらに女性の目をひきつけているのである。だが、ここで大希が1つ注釈をいれた。
「ちなみに、彼女持ち」
「え・・・」
春奈の表情がいつものに戻った。雷覇はその反応を見て、困った顔をする。どうもこの容姿のせいか、店にきた女性客に声をかけられることが多いのだ。
その時には、大希が言った通りの事を言っているのだが、それで客の機嫌が悪くなるのは、彼にとってあまり嬉しくないことだからだ。
「んで、雷覇さん、聞いてたんなら話が早いッス。どう思います?」
「術者のレベルによりますね」
少し考えるそぶりを見せてから、雷覇は答える。その答えを受けて、大希がさらに状況を絞り込む。
「術者が低レベル、有体に言ってここ最近になって力を手に入れているとしたら?」
「君の推理は正しいでしょう」
そう肯定した雷覇の目は、鋭い輝きを放っている。大希の目も同様である。
「そこで、相談です。龍真がきた後になるんスけど、俺が言う人間に、ちょいとばかりカマかけてくれません?」
「ふむ、一体どうやって?」
「簡単です、あいつに渡しておいた式符、雷獣の符なんスよ♪」
「雷獣の符ときましたか。それならば私が使用することができますね」
「雷獣の符ってどういうことよ?」
雷覇と大希の2人だけで、盛り上がっているのが気に食わないのか、ふくれっつらで春奈が尋ねる。
「体育の授業の時に龍真が仕留めた式神さね。符が残ってくれたもんだから再利用をと思って」
「まぁ、簡単なことです」
長方形の眼鏡を、クイッと人差し指で押し上げると、雷覇が説明を始めた。
「私の属性と合うので、再度雷獣を召喚して最初に召喚したものの元へけしかけるんですよ」
「あれ、でもそれだと犯人分かる前にその雷獣に犯人がやられちゃうんじゃ・・・」
春奈は、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。雷覇はその疑問に、ピッと、人差し指を立てると答え始めた。
「式神自体、龍真君がかなりダメージを与えているのでそこまではできないでしょう。せいぜい術者の元に帰るので精一杯でしょうね」
「それだけで、大丈夫なんですか?」
今度の疑問には大希が答える。
「恐らく犯人はこっちの世界に入って日が浅いはずだ。事件が起き始めたころに力を手に入れていると考えるのが自然だしな。
そんな奴が自分以外にも同じことのできる人間がいることを知ると、大抵優越感が消え去り焦りが出てくる。するとあら不思議、必要でもない動きをしてくれる。
そこを狙って動く」
「へぇ・・・、ん・・・・・・? ちょっとまって、日が浅いって言ってたけど、さっき玄人の術者も関係しているっていってたわよね?」
「ん、まぁ。どういうわけか霊力を巧妙に隠してやってるっぽいんだわ。そのせいで学校内で霊力を感じないんすわ。俺じゃ、わかんねぇッス」
その大希の言葉に春奈は違和感を感じ、雷覇はその言葉が指す意味に気付いた。
「ねぇ、それってなんかあべこべじゃない。それじゃ、まるで・・・」
その言葉の後を雷覇が引き継ぐ。
「まるで、もう1人手を貸している人間がいるようですね?」
「あぁ、こっちは龍真のほうから話を聞いてくれた方がいい」
「分かりました。ところで、お嬢さんはデザートか何か、追加はありませんか?」
真剣な表情から一転して、笑顔を浮かべると雷覇は春奈に尋ねた。さっきから食べているのは大希だけである。
「え~と、それじゃチーズケーキお願いします」
「はい、承知いたしました」
そう言うと、トレイを抱えて奥の厨房へと引っ込んでいく。
「さぁて、早けりゃ今晩、遅くても明日の晩が勝負どころになるな」
そう呟いて大希が浮かべた笑みは、まるで悪役のやりそうな意地の悪い笑みだった。