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五龍奇譚  作者: 剣の杜
第一章 白き龍は約束を果たす
7/21

第7話 闇、蝕む~Dead Angle Atack~

「あ、あの龍真君・・・」


袖を掴み、上目遣いで言葉をつむぐ悠里。なかなか、男としてはグッと来る場面である。当然龍真も例外ではなかった。


「な、なんだい、和泉さん?」


思わず、ごくりと唾を飲み込む龍真。


「その・・・・・・」


悠里は小声でぼそぼそと何かを告げようとする。


「着替えている時って、どうするの?」


どこか不安を感じさせるような声音で、そう言われて龍真ははっとした。


(何を、考えてたんだ、俺は!!)


一瞬、頭によからぬ考えが浮かんだ龍真はそれを即座に振り払う。

悠里の表情は今朝から見せていた明るい表情などではなく、今にも不安に押しつぶされそうな弱々しい表情だった。


(やはり、どこか無理をしていたのか? それとも、俺が付きっ切りなのに安心してくれていたのか・・・)


考えてみれば、龍真は今日、片時も悠里の側から離れていない。悠里がトイレに行くときも、自分も席を立ち怪しまれず、かつすぐに助けに向かえる場所に待機し、何か起きた場合に完全に備えている。

ちなみに、龍真がトイレのときはわざわざ大希を呼び出している。


「もちろん、さすがに中には入れないけど・・・。とりあえず、俺が着替え終わったら付いて行かせて貰うから、廊下で待っていて。

まぁ、俺の体が見たいなら別だけどね」


少しでも不安を消そうとして、おどけた口調で龍真が言うと、悠里の顔が一気に赤くなる。


「あぅ・・・」


短く呟き、悠里は逃げるように廊下へと出て行く。


(さっさと着替えて、和泉さんを送っていかなくちゃな・・・)


気を引き締めると龍真はシャツを脱ぎ捨てた。




(龍真君の身体・・・、龍真君の身体ぁ・・・・・・)


廊下にほとんど逃げるように出てきた悠里は、龍真の言葉に思い切り焦っていた。悠里の脳裏には、見てもいない龍真の引き締まった体の映像が展開される。


(はうぅぅぅぅ~~~~・・・・・・)


まるでオーバーヒートしてしまいそうなくらいにその顔は赤い。

さらに、どこかほにゃっとした幸せそうな笑顔を浮かべていて、はたから見れば告白をされて照れているようにしか見えない。

その笑顔はファンクラブの人間が見れば、滂沱の如く涙を流し、漢泣きすること間違いないくらいである。




だが、そんな彼女を向かい側の校舎から濁った目で見ている影が一つあった。


「殺す、次で間違いなく殺す。私がより楽しむ為には殺さなければならない」


その影は、そう呟くと再び校舎の中へと消えていった。




そんな視線が向けられていたとも露知らず、幸せな妄想にふけっている悠里の後ろのドアが音を立てて開いた。悠里がちらりと開いたドアの方を見ると、


「和泉さん、行こうか」


青い長袖長ズボンのジャージに身を包んだ龍真がまだ赤くなっている悠里に声をかけてきた。その龍真の姿を見て、とある一点に悠里の目がとまった


「あれ?龍真君、髪・・・」

「あぁ、体育のときはこうしているんだ」


そう言って、後ろにたらしている髪を掴んで胸の前へと持ってくる。龍真の髪は、普段縛っている麻紐ではなく、白い布で、筆のようにまとめられていた。その龍真の髪を、悠里は物珍しそうに見ている。


「見るのは構わないけど、時間は大丈夫なのかな?」


龍真はガラス越しに見える教室の時計を指差した。現在、午後12時40分、5限目の始まる20分前である。5分前集合である体育では時間に遅れないギリギリの時間である。


「あ~~、時間ない~~~!」


そう言って、悠里は廊下を駆け出す。龍真は、やれやれと肩をすくめるとその後を追っていった。




ところ変わって2年の教室。昼休みを利用して、学校内での異状がないか見回っていた大希が戻ってきた。


「ふぅ~~~~、見回り完了~~~~」


大希は教室に入るなり、グラウンドに面した窓際の自分の机に座り、ベタっと突っ伏した。その顔には疲労の色が濃い。


「どうしたの、北神君?」

「ただ、疲れただけ・・・」


大希は突っ伏したままの姿勢で答える。話し掛けてきたのは、新聞部2年の春日風花だ。

おかっぱに近いボブカットと、幼い顔立ちに似合わない、どこか大人びた目が、彼女に大人しそうな印象を与える。


「ねぇ北神君、佐伯先輩から聞いたんだけど、ボディーガードの仕事やってるって本当?」

「へ?」


彼女なりに気を使ってか、そう尋ねる声は小さい。だが、大きかろうが小さかろうが、その言葉の意味するものは大希を驚かせるには十分だった。


「あの人は、何話してんだよ・・・」


大希は苦い表情でで呟く。依頼の性質上、自分たちが護衛についていることがばれるのは非常に不味いのだ。

そうであるにもかかわらず、春奈はこの風花に話をしてしまっていた。


「あの・・・、私先輩に力になってくれって言われたんです」


おずおずとした感じで風花が言い始める。大希は訝しげに風花の目を見つめる。おどおどとした感じはするものの、嘘をついているような感じはしない。


「力?」

「はい、私・・・・・・」


ちょうど、彼女が何か言いかけたところで予鈴が鳴り響いた。


「あ・・・」

「授業が終わってから、話し聞かせてくれ。まぁ、佐伯先輩は不利になるようなことはしそうにねぇからな。一応信用させてもらうぜ」

「うん、分かった・・・」


彼女が自分の席に戻ると、大希はグラウンドに視線を移す。


「龍真達のクラスか・・・」


視線の先では、深い青のジャージの男子と明るい赤いジャージの女子が隣り合って準備体操をしている。その中には、龍真も悠里も、春奈もいる。ちなみに体育の授業は3-Bと3-Eの合同授業なために、いつもはあまり顔を合わせない人間とあったりもする。


「ん・・・」


悠里を見て、大希は眉間にしわを寄せた。何か黒い影が覆っているような感覚、しかし瘴気も邪気も全く感じられない。

霊感を研ぎ澄ませているわけでもいないのに感じた妙な感覚、


(まさか、『アレ』が発動しているのか?)


大希は胸中で呟く。大希の保有する能力で唯一自在に操れない能力。それが発動している場合、今のような感覚に襲われることがある。

間違いであることを祈りながら試しに再び悠里に視線を向けてみるが、今度は何も感じられない。

効果が切れているだけなのか、それとももともと発動などしていなかったのか、どちらかなのかは分からない。


「何も起こらなけりゃ良いんだが・・・」


ただ体操をしている悠里を見たときに何となく感じた胸騒ぎ、嫌な予感がした。

大希はブレザーの内側に隠した嶽丸の感触を確かめると、授業を聞きながらも神経の大半をを外の状況へと集中させていった。





「よ~~し、今日の授業はここまでだ!」


男子担当の体育教師が声を上げると、立っていた人間の大半がへたり込んでしまった。


(陸上部でもないとこれはきついだろうな)


龍真は、死屍累々と言う言葉を体現している周囲を見てひとりごちる。

授業内容が、男子は陸上、女子はソフトボールとなっており、男子の内容はインターバルつきの持久走だったのだ。


「龍真ァ、お前は化け物か・・・」


へばっている男子の1人が、息切れすら起こしていない龍真を見て呆れた目で見ている。


(確か、彼は・・・)


「羽柴君・・・、だったか。それなりに運動をしていれば、それほどきつくは無いと思うんだが?」


羽柴雅人、龍真が質問攻めに会った後、唯一好意的な雰囲気で話し掛けてきた人物である。空手部の副将ということもあり、大柄な青年だ。

龍真はそう言うと、ジャージの前のファスナーを少し降ろして熱を持った体にパタパタと風を送り込む。


「それなりの鍛え方じゃ無理だろ? 俺も空手部の副将やっているが、これはさすがにきつかったぞ」

「鍛え方の種類にもよるさ」

「そんなもんか?」


雅人はそう言うと大の字に倒れこんだ。雅人も相当へばっているのだろう。


「そんなものさ。それより、次の授業も始まるし、早く戻ろう」


龍真は、雅人に手を貸して立ち上がらせようとする。その時、龍真の霊感に嫌な気配が引っかかった。ざわりと首筋の毛があわ立つような感覚。

普通ならまず感じない悪意を持った霊気とでも言うべきもの。それが、今すぐそばにあるのだ。


「どうした?」


龍真は、迷わずにある場所に視線を向けた。視線の先には体育倉庫、それとソフトボールで使った器具を片付けている女子の姿があった。

その中には、悠里の姿もあり、ちょうど手に持ったバットを片付けに中へ入ろうとしているところだった。

いたって普通の光景である、ただ倉庫全体を黒いもやのようなものが覆っていなければ。


(ヤバい!)


彼は直感すると、深く息を吸い込み、


「和泉さんッ、倉庫の中に入っちゃ駄目だッ!!」


叫んだ。その声に、悠里が振り向くが遅かった。彼女の足は、入り口を過ぎている。


「チィッ!」


舌打ちを一つ打つと、龍真が矢のような勢いで駆け出した。入り口はまだ開いている。悠里は何が起こるのか分からずに、足を止めている。


「早くそこから出るんだッ!!」


倉庫まで後100m。龍真の勢いはさらに加速している。悠里は龍真のただならぬ雰囲気を感じて、言われたとおりに倉庫から出ようと、一歩足を踏み出す。その横では、入り口の扉がカタカタとゆれ始めていた。


(クソッ!)


龍真は深く息を吸い込み、深く体を沈みこませると、


(間に合えッ!!)


大きく跳躍した。と、ほぼ同時に扉が意志を持ったかのように、音を立てて閉じ始める。


「キャァァァァァァァァッ!?」


異常な事態に女子が恐慌を起こしていく。龍真はその中を一直線に突っ切っていき、入り口のすぐそこまで来ていた悠里の手を掴んだ。

時が止まったかのような一瞬、そして、


「荒々しくなるけど、ゴメン」


一言謝罪すると、すれ違いざまに外に向けて彼女を放り投げた。

悠里が倉庫の外に、龍真が中に入れ違いになると、まるでそれを待っていたかのように扉はひしゃげる程の勢いで閉じた。


「ちょ・・・、ちょっとぉ、これなんかやばいんじゃない?」


女子の1人が震える声で呟く。


「開かないよ・・・、扉が開かないよっ!? なんでっ、なんでっ!!?」


扉に手をかけて引いてみた1人の女子が、パニックに陥る。


「絶対、霊とか悪霊の仕業だよ」

「この学校呪われてるの?」


次々と恐怖が伝染していく。それを加速させるように、扉が大きく音を立てた。女子は全員、ビクッとすくみあがり、黙り込む。

春であるのに、何故か鳥の囀りも無く、晴れているのに、まるで冬のような冷たい空気がその場を流れた。

次の瞬間、ドゴン、と鈍い音を立てて扉がにわかにひしゃげた。


『キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』


女子は完全な恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ただ2人、悠里と春奈を除いて。


「どうしよう・・・?」


悠里が震える声で呟く。


「どうしよう、春奈? 龍真君が・・・、龍真君がっ!?」


今にも泣きそうな表情で、春奈に訴えかける。しかし、春奈も目の前で起きた異常事態に呆然としていることしかできない。


「おい、どうしたんだ!?」


女子の様子がおかしいと気付いた、雅人を中心とした男子グループが倉庫前まで走ってきた。その声に、我を取り戻した春奈は素早く指示を出した。


「理由はあとで話すから、誰か柔道や空手部の先生連れてきて!あと、2-Cの北神大希って男子呼んできてっ!!」


『ペン先のヒットマン』の仇名は伊達ではないらしく、肝が据わっている。指示を飛ばされた男子達は、その迫力に押され、大急ぎで校舎へと走っていった。次に、春奈はへたりこんでいる悠里の側にかがみこんだ。


「龍真君・・・」


悠里は真っ青な顔で、そう繰り返している。


「大丈夫よ、彼ものすごく強いみたいだから」


直接見てはいないものの、春奈は、龍真が悠里の母―華穏―を手玉に取ったということを知っている。

彼女は、その事実に一縷の希望を託しながら、悠里を励ますことしか出来なかった。




龍真が倉庫内に飛び込むと同時に扉が閉じた。そして息つく間も無く何かの殺気を感じ、身を翻したと同時に強烈な打撃が今いた空間に叩き込まれた。

龍真は小刻みに後方へ飛び退き距離をとりながら、叩き込まれたものが何か見極めようと目を凝らす。

しかし外が快晴であった事と、倉庫内は窓が少ないせいでかなり暗いためにすぐには目が慣れない。


(目が慣れるまであと50秒ほど・・・)


ほとんど視界は闇一色の状態ではあるにもかかわらず、龍真はいたって落ち着いていた。別に目に頼る必要はない。

目が利かなくとも聴覚と気配の感覚を研ぎ澄まし、見えていない相手の呼吸、動きを把握することも可能だ。


『グルルル・・・・・・・・・』


呼吸を戦闘用に切り替えた龍真に、静かではあるが低い地鳴りのような声が龍真の耳へと届く。続いて膨れ上がる殺気と瞬息の音。


(来る!!)


龍真が素早く、左足をひいて体をずらし、孤を描くような動きを見せた。

直後そのすぐ側を、突風を伴った巨大な質量の物体が掠めていった。風圧が龍真の髪をかきあげる。

飛び込んだ何かはそのまま直進し、サッカーボールいれにぶち当たる。

その直撃を食らったサッカーボールを入れている鉄の籠が針金のようにひしゃげた。


(体当たりに唸り声、発動直前まで気配も感じなかったということは獣型の式神か?)


軽く飛び退いて距離を広めに取ると、踵を軽くあげた立ち方で構えを取り攻撃に備える。

構えは掌を軽く開いて、軽く曲げた腕を肩のライン上におき背をたわめた、骨法に似た構えである。それとほぼ同時に、籠の付近で殺気が膨れ上がる。


『ガオウッ!!』


咆哮、一声。体を反転させた、巨大な質量が再び龍真に向かって飛び掛ってきた。龍真は滑るように、孤を描き側面に回るような動きを見せ回避。

さらに、すぐ目の前を跳びすぎていくモノに狙いを定める。


(一撃で仕留める・・・)


たわめていた全身を、バネが跳ねるかの勢いで目標に向かって投げ出す。わずかに空いた間合いは再びゼロに。

そこから、今度は足をしっかりと地面に着け、なげだすように左の足を振り上げる。同時に上半身もそれに習い左半身を前に回転する。

左足を床に叩きつけるように強く踏み込みながら、腰の捻りを加えた左の肘を、それのがら空きになっている側面に向かって突き込んだ。

体ごとぶつかる、肘による一撃。しかも、一瞬とはいえ爆発的な速度の踏み込みによる一撃、ついでに震脚を使い打撃の威力をさらに上昇させている。その破壊力は高い。一直線に突っ込んできたそれは、もちろんかわす術もなく龍真の肘をまともに受ける。

ズンと石を落としたような音がひびく。まず肘に伝わってくるのは、引き締まった肉を打つ打撃の感触。

続いて湿った音ともに、堅い骨がへし折れ、内側で破砕し内臓をかき回す感触が伝わってくる。嫌でも分かる肉体の破壊の感触だ。

だがその感触も一瞬、それはまるでトラックにでもはねられたように、景気よく宙を舞いコンクリートの壁に思い切り打ち付けられた。

ここでようやく、龍真の目が闇に慣れ始めた。予想通りの、50秒きっかり。

襲い掛かってきた者の姿を確認する為、警戒は解かずに2歩、龍真が歩を進める。倉庫内を静寂が占め、わずかに外部の混乱が伝わってくるだけになる。

緊迫した空気の中、薄暗がりではっきりとした色まではわからないが、襲撃者の姿が見えてくる。


「雷獣か・・・。それにこの感覚、揃使鬼・・・、いや式神か。ならば・・・」


その姿はかなり虎に近い。はっきりとは見えないが、黒い縞模様もある。

だが、その生き物が明らかに異形であることを、側頭部から後ろへと流れるように伸びている長い角と、小太刀とも見まごう長大な牙が示している。

龍真は、不意打ちに備えながらもジリジリと間を詰めていく。本来なら、遠間から跡形も無く吹き飛ばす所だが、今回はそうは行かない。

今は少しでも証拠が必要な為、あえてその存在の核となっている、いわば急所を破壊して元の式符に戻さなければならない。

息が詰まるような緊張の中、徐々に龍真と倒れたままの雷獣との距離が詰まっていく。

そしてその距離が、龍真にとっての一足まで縮まった。龍真は右手を開いた掌を五指を揃えた貫き手へと変え、腰の高さで構える。

そして雷獣の動きに注意しながら、その腕をゆっくりと引き上げ、引き絞るように体を捩じりながら、喉元に狙いを定めた。







龍真が中に閉じ込められてから3分も立たない内に、3度目の大音響が倉庫周りに鳴り響いた。その場にいた全員があまりの音の大きさに身をすくめる。


「一体、今の音何なんだよ!?」


雅人が、男子数人がかりで力いっぱいに引いてもびくともしない扉に苛立ちを見せる。

ひしゃげている所為でもあるのだが、扉はまるで地面と一体化したかのように動こうとしない。


「おい、龍真聞こえてるんなら返事しやがれ!!」


雅人が金属製の扉をガンガンと叩き、大声で呼びかける。しかし返事は返ってこない。先程の大音響がまるで嘘のように、辺りがシンと静まり返る。

その場にいた者は皆頬を引きつらせ蒼白い顔をしている。だれも何が起きているかは理解できてはいない。

ただ、この沈黙が示すこと―― つまり、龍真の死 ――を感じ取っていた。


そんな、重い空気が漂う場所に、一陣の風が吹いた。それは長身の男だった。両手には60cmを超える鈍く輝く棒のようなものを持っている。


「大希君!?」


春奈が驚きの声を上げるが、大希の耳には届いていない。大希は跳躍の勢いを利用して、大きく踏み込む。

岩を落としたような音を伴い、大希は両手に持った嶽丸を諸手突きのように勢いよく突き込む!


「雄オォォォォォォォォォォォォォッ!!」


雄叫びとも取れる気合の声を響かせながら、嶽丸は堅く閉ざされた扉へと突き刺さった。







倉庫内に焦げ臭い匂いが漂っている。その匂いの元は、雷獣から、2~3m離れた場所で十字受けの姿勢で立ちすくんでいる龍真だった。


「ク・・・、カ・・・ハッ・・・・・・!?」


肺から酸素を搾り出すように咳き込むと、その場に崩れ落ち膝を着く。

こげた匂いは、ボロボロになった龍真のジャージと軽く縮れた銀髪からから漂っていた。

龍真は、よろよろと起き上がろうとしている雷獣を睨みつけながら、心中で毒づく。


(溜め無しで雷撃だと・・・!?)


雷獣の名の由来でもある強力な雷撃は、その威力ゆえに一瞬の溜めを必要している。だが、目の前の雷獣はその溜めを行わずに雷撃を発している。

しかも、通常の雷獣が放つものよりも強力なものをだ。

その所為で、龍真は、防御は間に合ったものの、回避することは出来ずに雷撃の直撃を受け、膝を着くほどのダメージをその身に負うこととなってしまった。

だが、これでもましな方だ。龍真は、体勢を立て直そうと体に力を込めようとして、顔色を変えた。


(チィッ、いくらか雷撃の影響が残っているか!)


体が全く動かない。気で威力を殺ぎ切れなかった分の雷撃が、龍真の筋肉を麻痺させているのだ。

一方、雷獣は動けない龍真を尻目に、まだよろめいているものの完全に立ち上がっている。形勢は龍真が圧倒的に不利、このままでは嬲り殺しもいい所だ。


(大人しく喰われてたまるかよっ!)


震える膝で無理矢理立ち上がり、気を練る為に深く呼吸を始める。それに伴い白い光が龍真の体を包み込み、僅かずつ麻痺した体に感覚が戻っていく。


元々、金の属性が示すものとは、薬や回復それに生死といったものである。そのため、『金』気を操る龍真には強い回復能力が備わっている。

また、今回に関しては相手が使ったのが雷、つまり属性としては『木気』に当たる力を使ったことも幸いしていた。

五行相克の理において、『金』は『木』に克つ。『木気』に類する雷撃の影響も言うまでも無い。


だが、雷獣がその回復をただ待ってくれている筈も無かった。


「グルルル・・・」


唸り声を上げて、姿勢を低くする。その体の筋肉が、うねるように隆起した次の瞬間、


『GAAAAAAAAAッ!!』


風を切り裂くような勢いで、雷獣が飛び出した! 起動は山なりな放物線、体躯をねじり振りかぶっている前足からは鋭い爪が輝きを放っている。

そして、龍真との距離がゼロになった。

風を突き破りながら、凶器と化した前足が龍真の心臓を貫こうと彼に迫っていく。前足が彼の手の届く距離に入る。それと同時に龍真の腕が動いた。

迫り来る前足に右の掌を添えるように触れさせる。さらに、その掌を押して軌道を逸らしながら自分も回転。その結果、2人の位置が摩り替わる形になった。だが、雷獣は突進の勢いを止めずに壁に向かって跳躍。ものすごい勢いで壁を駆け上がっていく。そして、天井付近でさらに天井に向かって跳躍。

死角となる真上から襲い掛かる為の三角跳び! 今度は、長い牙を鎌のように振りかざしている。そして、牙が風を裂きながら振るわれた。

龍真は間一髪身を低くして避けるが、銀色の髪が数本空を舞う。龍真は低い体制を維持したまま、横へと跳躍・・・しようとして再び膝を着いた。

まだ痺れが抜けきっていないのだ。


雷獣はその隙を見逃さず、一気に間合いを詰める。龍真は、まだ立ち上がってもいなければ構えも取れていない。正に絶好のチャンス。

何の躊躇も無く、雷獣は爪を左肩から右の脇腹へと引き裂くように振り下ろした!


龍真はとっさに左腕でそれを受け止めた。まず、重い衝撃が腕に伝わる。続いて、腕の中に冷たいものが滑り込んでくる感覚。

さらにそれが硬いものに阻まれる感触が肩に、神経に伝わっていく。静かな軋む音。龍真の骨が爪を受け止めている。

このままでは、腕は切断され、爪が体に食い込むことになる。しかし、龍真は不敵な笑みを浮かべた。


「捕まえたぞ・・・」


雷獣はハッとし、食い込んでいる爪を引こうとする。が、うんともすんとも言わない。龍真が挟み込んでいるのだ、そう、筋肉を使って。

よく見れば、血すらも流れてきていない。かなりの力で締め上げている証拠だ。

ならば逆に押し切ってしまおうと、雷獣は体重をかけてくるが、骨が断ち切られる様子も全くない。龍真の金気を利用した鋼気功のせいである。

雷獣が進退窮まっている間に、龍真はもう既にアクションを始めていた。左手に爪を食い込ませたまま、右半身を引き、右腕を弓を引くように振りかぶる。その手先は五指をそろえた貫き手、狙いは先程と同じ喉元。その貫手は飛ぶ矢の勢いを持って、うち放たれた。


雷獣は、雷撃を放とうとするが間に合わない。防御するということはもちろん出来るはずもなかった。


龍真の指先に、固めのゼリーを貫くような感触が伝わる。そして、外気に触れる感覚。つまり、貫通。

式神であるせいか、首を串刺しにしている割には、血は全く流れ出てこない。


急所を貫かれながらも、雷獣には、まだ考える力が残されていた。獣は考える。

腕を封じられ、己の身も滅びる寸前、この状況で自分をこの世に呼び込んだ男の命をどう実行するか。獣は一つのことに気付く。

相手に捕らえられていることは、自分も相手を捕らえていることになるのではないか、と。


はじけるような音ともに雷獣の角に激しいスパークが散る。そのスパークがまるで生き物のように巨大化する。

獣の出した答えは単純、『己ごと、この敵を殺す』、自爆である。


だが、龍真はいたって冷静。串刺しにしている左腕を一気に引き抜き、その勢いを利用して振りかぶった。今度は貫手ではなく、固く拳を握り締めている。その拳を、右腕に食い込んでいる雷獣の腕へと叩き込んだ。

生木をへし折るような音が倉庫内に響き、爪は食い込んだまま雷獣の腕が引きちぎれた。龍真は、その腕を引っさげたまま、後方に跳ぶ。

雷獣も最後の力を振り絞り、龍真へと体当たりをかまそうとする。その時、


「ナイス・タイミング」


前振りも無く、口の端をゆがめて、笑みを浮かべながら龍真が呟いた。

次の瞬間、雷獣の体は鉄のような重い物体の直撃を受けて、壁際へと吹っ飛ばされた。

最後の一撃とばかりに作り上げた複数の雷球も、まるで溶けるように消滅する。

雷獣が、最後の瞬間にその目に収めたのは、陽光の射す入り口にたった、ブレザーを着て棒のようなものを突き出した姿勢の青年の姿だった。


「龍真、手ひどくやられてるじゃねぇか?」


雷獣が消えたのを確認した大希は、龍真の状態を見て冗談めかすように言った。

龍真の状態は、上半身のジャージは散り散りに吹き飛び、右腕には骨まで達する傷、と一般人からしてみれば冗談では済まされないものだ。

だが大希にとっては冗談で済んでしまうレベルのものらしい。その証拠に、


「それほどでもない。とりあえずお前のブレザーを貸してもらえると嬉しいんだが?」


涼しい顔をして、龍真は言い返している。しかし、腕からは――筋肉を弛緩させたためだろう――思い出したように血が溢れ出している。


「ま、構わねぇけど・・・。まず、その血止めてからにしてくれよ」

「分かっている」


龍真が扇で扇ぐように左手を振ると、その手に一枚の白い紙が握られていた。道教系呪術に見られるような典型的な術符である。

それを、人差し指と中指をピッと伸ばした、いわゆる『剣指』の先に挟むと、呪言を唱え始めた。


「万物の癒しを司りしは白色金気。万気を調律し、廻りを正し、傷を癒せ。急々如律令」


呪言を唱え終わると、術符が白く淡い輝きを放つ。龍真はその符を、腕の傷へと貼り付けた。

すると血が止まり肉がつながり、ゆっくりと傷がいえていく。


「ほらよ」


血があらかた止まったことを確認すると、大希はブレザーを脱いで龍真に放り投げた。龍真はそれを受け取ると、羽織るような感じで着込んだ。

その間に大希は、吹き飛ばした扉の下に手を入れ、一枚の紙切れを取り出した。


「んで、これが今回の元凶か?」


紙は、龍真の使った白紙と同じもの。ただその紙面には五芒星が描かれ、その下には雷獣と呪言と思われる文字、そして急々如律令の文字が書かれていた。間違い様の無い式符である。

龍真はそれを見やると無言で頷く。その目には、ようやく一つ事態が進展したことに対する安堵が浮かんでいる。そこに、一つの影が飛び込んできた。


「ん?」


その影は、ブレザーを羽織った外見だけボロボロの龍真に抱きついた。


「龍真君、大丈夫?怪我していないよね?動けるよね?」


そう早口にまくし立てるのは、悠里だった。その表情に、いつものやわらかい雰囲気はなく、酷く狼狽している。

抱きついて、まるで家族か恋人が、危険に晒されたかのようなうろたえ方に、龍真の方が困ってしまう。だが、そこで龍真はふと気付いた。


(恋人? 俺が? 俺は一体何を考えてるんだ? 和泉さんが、俺を本気で恋人のようには思っていないだろう?)


龍真は自分の中に浮かんだ考えを一蹴する。そして、不安げに見つめている悠里に普段の笑みを返した。


「無事とは言いがたいけど、それほど酷い怪我もしていないよ。念のため、保健室には行くけどね」


そう言って、子供をあやすような感じで悠里の頭を、ぽんぽんと叩いた。次に龍真は倉庫の外へと目を向けた。

そこには、怪物を見るかのような目で、大希と龍真を見る3-Cの生徒たちの姿があった。

龍真は訳のわからないことが起きた倉庫の中から無事生還を果たし、大希は鉄の扉を吹っ飛ばしたのだ。

そんな非日常的なものを見てしまっては無理も無いと言えよう。だが、2人はそんな視線に嘆くわけでもなく、普通に倉庫の外へと歩いていく。

自然と、モーゼの十戒のように人垣が割れる。その中を、何事も無かったかのように龍真と大希は歩いて行き、その後を悠里が付いて行く。


「・・・・・・」


ふと、龍真が立ち止まり、あらぬ方向を見据える。少し雲がかかってきた空、そこには何もいない。

しかし、龍真はいきなり足をほぼ垂直にまで振り上げ、


「フッ!」


鋭い呼気と共に振り下ろした。


「ピャギィッ!?」


固いものを打ち据える鈍い音と、鳥の悲鳴のような声。龍真の足元には、肉塊一歩手前の奇妙な生物の姿があった。

が、それもすぐに、ぐちゃぐちゃになった紙切れになる。


「ふん、誰かは知らんが用意のいいヤツだな」


龍真の目は、普段の優しい目ではなく切れるような冷たいものに変わっている。その目と、龍真から発せられる殺気に周囲の生徒たちがさらに後ずさりする。


「お~~い、龍真ぁ。場所に全く構わず、殺気振りまくのは止めとけ~~。一般人が怯えてるぞぉ~~~・・・」


周囲の雰囲気を和らげようとしているのか、必要以上に気だるげ、且つ投げやりな声で龍真に注意をする。

龍真は、聞いているのかいないのか、とりあえず殺気だけ消すと、無言で保健室へと向かっていった。大希はその龍真の姿を見ながら考える。


(学校側から転校くらうのは今回が最短記録になりそうだな・・・)


転校して実質2日目、突発的過ぎたとはいえ倉庫の鉄の扉を吹っ飛ばしたのである。ただじゃ、済みそうにも無い。

大希は、溜息を一つ吐くと龍真の後を追って歩き出す。その背中を見つめる周囲の視線には、好意的なものは一つもありはしなかった。


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