第6話 登校~爆弾発言~
4月18日(月) AM8:00
週の始まり、月曜日の朝。あるものは、始まる一日への活力に溢れ、また有るものは6日後に待っている休日に早くも心を飛ばす。
ただ、この2人はそのどちらにも当てはまらない。
「おい、龍真」
「なんだ、大希」
どこか緊張しているような、ピリピリした雰囲気が二人を包んでいた。
「なんか、オレたち視線集めてねぇか?」
「さぁな、それだけ視線が集まっていると思うなら、余計に気を配れ」
朝の通学路、大希は不機嫌な顔で、龍真はどこか無関心な表情で歩いていく。
「ちっとは気づけよ、龍真……」
周りから集められる視線の多さに、大希は思わずぼやく。
「視線の大半は、お前と隣の悠里さん達に注がれてんだぜ………」
事の始まりは2日前の夜。つまり、龍真と大希が、悠里の家を訪ね、K.Oされた後の会話から始まった。
4月15日 PM11:15
「やっと、起きたか。さて、まずどれから聞きたい? 特に大希君、君はあたしに聞きたいことが色々とあるだろう?」
仲良く意識を取り戻し、床から頭を引っこ抜いてきた龍真と大希に、かけられた台詞はこれだった。
「あのなぁ――」
大希がこの台詞に文句を言いかけたが、龍真がそれを手で制した。
「ンだよ・・・」
龍真は何も言わずに首をフルフルと振る。珍しくその目には諦めの色が浮かんでいた。その龍真の表情に大希は言いかけていた文句を飲み込み、替わりに疑問を口にした。
「んじゃ、聞くけど、なんでオレたちの本名を知ってるわけ?」
華穏の気配りなのだろうか、悠里と春奈はこの場にいない。そうでもなければ、この事ははっきりと口には出来ない。
本名。華穏が黒龍院と呼んだ名のことだ。大希の本当の姓は北神ではなく黒龍院。
舞を武術の域にまで昇華し、鉄扇と鋼糸を扱い水のごとく変幻自在の戦い方をする黒式舞踊武術、通称『龍鱗』を扱う一族である。
このことを知る人間は多くはない。
「あたし、というよりこの家の血筋が知り合いだからよ。特に龍の字の家系、白龍院とはね」
そう言って、華穏は龍真を見る。大希もそれに習い龍真のほうを見た。龍真は無言で頷く。
龍真の姓、『剣杜』も大希の『北神』と同じく本当の姓ではない。龍真の本当の姓は白龍院という。
こちらは太刀を主武器とし、予知に近い域まで高めた先読みを駆使して敵を切り伏せる白式一刀流武術、通称『龍牙』を扱う一族である。
「へぇ・・・・・・」
一応納得したのか、大希は続いて質問をする。
「次、龍真との関係は?」
「弟子と師匠、または主人と下僕」
即答。大希は再び龍真を見た、しかも哀れみの篭った目で。
「クッ・・・・・・」
龍真は、短く呻くと目を伏せて黙り込んでしまった。よほど、屈辱的なことがあったのだろう。大希はそれ以上聞かずに、話を続ける。
「最後に、華穏さん、アンタは娘の周辺での異常には気付いてたのか?」
「なんとなく、変だねって位にはね・・・。家の庭の木につけられていた傷からも瘴気を感じていたしね」
「なら、何故五龍院には・・・?」
龍真がようやく口を挟み始めた。元々白龍院との繋がりもあり、更には龍真とも個人的なつながりがあるのだから、五龍院への依頼は容易なもののはずだ。
それをやっていないというのだから、余程の理由があるのだろう。
しかし華穏は頬を掻くと、
「いや、何か五龍院に話し通すの難しそうでさ・・・・・・。ほら、あたし白龍院とばっか繋がり濃いじゃない。だから――」
年甲斐もなく照れたようにそう言った。その答えに龍真のこめかみに青筋が浮かんだ。
「華穏師匠・・・、自分達がタイミングよく帰ってこなかったら、どうするつもりだったんですか?
後数日遅ければ、和泉さんは事故か何かを装って殺されていた可能性もあるんですよ!?」
低い、とがめるような口調。怒鳴るようなものではないが、その分圧力が半端じゃない。
「その時はちゃんと通すつもりだったけど・・・・・・。まぁいいじゃない? 事が上手く運んでるみたいなんだから♪」
龍真の注意は、全く気にもとめていない。龍真と大希は揃って溜息をついた。
「なによぉ、2人そろってぇ」
その様子に少しカチンときた華穏が2人に食ってかかる。
「いえ、自分は昔と全然変わっていないなぁ、と…」
「オレは、娘と全然似てないなぁ、と…」
龍真と大希、それぞれの感想を口にする。
「もっぺん、三途の川見に行ってみる? なんなら、渡り賃つけたげようか?」
怖いくらいの(実際怖い)笑顔を浮かべながら、握りこんだ拳を眼前に持ち上げる。それを見た途端に、2人の態度が豹変した。
「「すいませんでした、それは勘弁してください!!」」
2人そろって勢いよく土下座する。再び道場の前衛芸術になるのはどちらもごめんらしい。
「よろしい」
満足げに微笑むと拳を解いて降ろした。二人も胸をなでおろす。
「んじゃ、本題に入ろっか?」
急に場の雰囲気が重くなった。3人とも目つきが鋭くなる。
「まず、悠里の置かれている状況を詳しく話して。あと、犯人について分かっていることだけでいいから」
龍真はこくりと頷く。
「まず状況についてですが、彼女は命を狙われています。徐々に過激にしていっているのは、犯人の嗜好のようなものと考えられます」
「和泉先輩が見たと思われる殺人事件の被害者も、嬲り殺しにされたような痕があったらしいと、警察の方で発表されていますし、こっちの情報でもその点は同じなんで」
大希が合いの手を入れる。
「犯人について言えるのは、和泉さんからの証言より、陰陽道・道教系仙術どちらかの術者だと考えられます」
「それは、なぜ?」
「彼女は、犯人が紙をお化けに変えて女性を襲った、と言いました。人形などに霊力を吹き込む術は西洋魔術も含め多数あります。
しかし紙を生物に変化させる術は、そう多くはないんです。このアジア圏で考えられるのは、揃紙鬼か式神、またはこの亜種くらいのものです」
「顔や特徴は?」
「和泉さんは見ていない、と・・・」
「って、事は・・・・・・」
「犯人が顔を見られたと勘違いして、自分で危険を冒しているような状況ですね」
「そう・・・・・・。で、具体的に龍の字、大希、2人はどうするつもりなんだい?」
「手っ取り早く、昼夜を問わずに護衛をします」
龍真が即答する。何時襲われるかも分からない状況なら、これが1番的確な手段だろう。
「ちょうどいいことに、俺は和泉さんと同じクラスですから」
「真夜中、どうするつもり?」
華穏が神妙な面持ちで龍真に尋ねる。
「こいつと交代でここに泊り込ませていただきます」
「へ?」
龍真は大希の袖を掴み引き寄せると、さも当然とばかりに断言した。大希は、一瞬間抜けな表情を晒すと、
「オレも?」
自分の顔を指差し、聞き返した。それに、龍真は即答する。
「無論」
龍真の返答を聞いて、大希の首が力無く項垂れた。
「んじゃ、朝の登校と夕方の下校の時は?」
「自分たちが付き添います」
その言動に迷いは無い。だが、それ故に華穏は溜息をついた。
男子学生と女子学生が連れ添って登下校、それが何を意味するのか気づいてない龍真の鈍さにあきれ返ってしまっている。
「龍の字、アンタは相変わらず、その手の話にはニブいみたいだねぇ・・・」
「?」
龍真は、華穏が何を言いたいのかわからず疑問符を浮かべる。
「いや、無理に分からなくていいから」
華穏は諦めたような口調でそう言った。大希も、どこか呆れた表情で龍真を見ている。
その2人の反応が何を表しているのかはそれ以上追求せずに、龍真は話を元に戻し始めた。
「そういうわけですので、今日はこちらの方に大希を置いていきます」
大希は「いきなりオレ!?」とでも言いたげに龍真を見ているが、龍真は無視する。
「龍の字は?」
「自分は、店のことを白幽に頼みたいですし、道具を完全にそろえておきたいので、今日の所は帰ります。
ついでに、佐伯さんを連れて帰ろうと思うのですが、彼女の家は・・・・・・」
「すぐ近くよ」
「そうですか。それでは、俺はこれで・・・・・・」
そう言って、立ち上がった龍真に意味ありげにニヤけている大希が声をかけた。
「送り狼になんじゃねーぞ♪」
「・・・・・・・・・・・・」
龍真は何も言わずに、来ていたジャケットの懐に手を入れ、引き抜いた。
「なっ!?」
その手には1mはあるかという巨大なハリセンが握られている。しかも、折り目の中をよく見れば『口は災いの門』の文字が・・・。
「大きさ的にそれは無理だろッ!?」
大希が叫び声を挙げるが、
「ドやかましい」
無情にそれを無視し、腰溜めに構えたハリセンを構えた。それは紛れもない居合いの構え。
危険を察知して、大希が飛びのこうとするがときすでに遅し。龍真がハリセンを居合の如くすっぱ抜いた。狙いは、大希の顔面!!
本日2度目のハリセンの炸裂音!
「チャン○ラト○オッッッ!!?」
爆竹にも負けないほどの音が、意味不明な大希の悲鳴と共に屋敷中に響き渡った。大希は顔面から煙を上げながらそのままゆっくりと崩れ落ちていく。
「龍の字、あんた結構おもしろくなったね」
「こんな馬鹿と長くいれば、面白くもなってしまいます」
2人の小コントを見届けた華穏がしみじみと龍真に言った。龍真は、不機嫌にハリセンを懐に隠して華穏に背を向ける。
そして、そのまま部屋から出ようとして、思い出したように悶絶している大希に声をかけた。
「言っておくが大希、和泉さんに――依頼人に手を出したという話を少しでも聞いた場合は・・・・・・・・・」
龍真は、そこから先は何も言わずに、チョンと手刀を自分の首に当てる動作を見せる。
「ヤ、了解ッ・・・・・・・・・」
その動作の意味を察した大希は、真っ赤になっている顔を抑えながら、絞り出すような声でそう答えた。龍真はその返事を聞くと、今度こそ居間を後にした。
そして、時間は今に戻る。
「でも、驚いちゃったな。龍真君は1つ年上だし、大希君は2年生だけど私たちと同い年だし・・・・・・。
学年どおりの年齢じゃなかったから、初めは信じられなかったよ」
悠里が隣を歩く龍真、そのすぐ後ろを歩く大希と春奈に話し掛けた。
「あたしも、悠里を送っていく時に聞いて驚いたわ。龍真君は若く見えるし、大希君は意外と子供っぽいし」
「「・・・・・・・・・・・・」」
春奈が何気なく言った一言で、2人が急に黙り込む。
(童顔って事か・・・・・・・・・)
(性格が子供って事か・・・・・・・・・)
どうやら、気にしていたらしい。
「どうしたの、2人とも黙り込んで・・・?」
春奈が黙り込んだ二人を交互に見て、疑問符を浮かべる。
「「気にしないで下さい」」
龍真と大希の声が重なった。
「あ・・・、そう・・・・・・・・・」
春奈はそれ以上詮索せず、視線を前方へと戻した。その先には龍真の隣を歩いている悠里。
(嬉しそうね、悠里)
龍真の隣を歩く悠里の顔は置かれている状況に似合わないくらいに笑みを浮かべている。ここ数日笑顔を見せても、無理やりなものばかり。自然な笑顔を見せているのは久しぶりだった。
一方、龍真のほうは護衛と言うこともあってか、悠里の笑顔が空しくなるくらいに表情が乏しい。龍真は気配に注意しながらも、考え事をしていた。
実は休日の2日間、悠里からさらに詳しく話を聞いていたのだが、納得いかないことが出て来たのだ。
(犯人は、どうやって和泉さんの家の場所を知ったんだ? 佐伯さんの話では、事件後に人につけられてはいないと言っていた。
第一、和泉さんが事件を見たその次の日には自宅に妙な爪痕が残されていた。犯人がすぐに追っていない限りは、一日やそこらで彼女の自宅を突き止めることは出来ない筈だ…)
龍真はもう一度、異常の起こった日を整理し始める。九十九堂に来た時点で8日目、それまでに起きたことは複数にわたる。1日目には自宅に爪痕、2日目に奇妙な視線を感じ、3日目には夜に奇妙な獣と思しき獣の鳴き声を聞いている。そして、4日目には再び自宅の木に爪痕がつけられた。不思議なのはその次の日に何も起きていないことだ。揺さぶりをかけるためにわざと間をあけたのかもしれなければ、また別の理由で手出しができなかったのかもしれない。おそらく犯人を追う上で鍵になる可能性が高い。6日目には鴉のような生き物が脅迫文を投げ込み、7日目に決定的なことが起きた。学校で狼に似た獣に襲われて軽い怪我をしているのだ。そして、8日目に九十九堂にきて例の状況に陥ったのだ。
(彼女は、目撃してすぐに逃げ出した。しかも、犯人はそこで追跡を行っていない。
この状況で彼女の住居を知る可能性としては、式神や揃紙鬼との意識共有をつかった監視・追跡。だが、これはまず考えられない)
式神などとの意識の共有は、高等技術であり、専門にやっているものでもなければ可能にしているものは少ない。
仮に出来ているとするなら、悠里が目撃した事件の際に、犯人が自分の姿をさらして殺害を行う点で矛盾が生じる。
こうすると、結論として意識共有は使っていないということになる。他には、近所の人間が犯人という線も有るのだが、龍真はその可能性を否定した。
(師匠の家が、五龍院と関係があることで周辺の人間については調べがついている。もし術者がいれば、自分たちの目が届くようにしているはずだ。
何か事件を起こせば、間違いなく青龍院が動くし、俺に連絡が来る事にもなっている。それがこないという事は、近所の人間の線は消すことができる。
逆に、完全に市外からの術者という線もまず考えられない)
まず龍杜市そのものに強力な地脈が通っているため、外部からの異能力者に対するチェックは厳しい。そして悪意を持って潜り抜けようとするものは、間違いなく地脈の力を得ようとしてきていた。
逆に言うと、地脈の力を得るくらいの大きな成果が見られなければ、チェックをすり抜けようと考えない。危険とつりあわないのだ。
そういう意味でも、今回の事件は矛盾を抱えている。そしてもう1つ、気がかりなことがあった。
(5日目に何も起こってないことには何か意味があるのか?)
何もおきなかった5日目。それが何を意味しているのかは現時点では、確証のない推論しか考えられない。
推論を確かなものにしようとさらに考え込んでいると、急に袖を引かれた。引っ張ったのは隣を歩いていた悠里。
「ねぇ、龍真君」
「な、なんだい和泉さん?」
悠里はかなり困った顔で龍真のほうを見ている。
「あれ、どうしよう・・・?」
そう言って、悠里が前方、もう見えてきている学校の校門を指差す。その指が指し示す先に視線を移していって、
「はい?」
龍真は間抜けな第一声を挙げた。
「なんスか、あれ・・・?」
大希もどこか、呆然とした声で呟く。彼らの視線の先には、校門前に集合している一団が見えていた。もちろん、普通の集団ではない。
「あちゃぁ・・・・・・、休日中の行動、誰かの目に留まっていたわねぇ」
他の三人とは違い、明らかに楽しそうな声の春奈。休日中、龍真は悠里とともに必要なものの買い出しに出ていたのだ。正確には龍真の買い出しに悠里がついて行ったのだが。
春奈の視線は、その集団の掲げている横断幕にいっている。ちなみにそれには、
『和泉悠里Fan Club』
とか、
『転校生に我らの女神を独占させるものか』
とか、
『剣杜龍真に神罰を!!』
とか、サークルの名前のようなものから、明らかに敵意剥き出しの言葉まで様々な文字が書き込まれていた。中には署名をとっているものもいる。
ここまで来れば分かるだろう。彼らは学内のTOP3といわれている悠里のファンクラブの一団なのだ。
ちなみにTOP3といっても、順位が着いているわけではなく最大級の3つの派閥という形でそういわれている。
それぞれについては次のとおりである。
1つ目は悠里の普段の姿、おっとりとした癒し系美人の面にノックアウトされた人物たちが構成する『和泉悠里Fan Club』。
構成している学生は主に一般の男子学生。悠里のやさしい笑顔を見ることを最高の喜びとして、このような過激な行動に出ることはめったにない。
2つ目は悠里のもう1つの一面、女子県道部主将としての凛々しさと神速の女王とまで呼ばれる強さにほれ込んだ人物たちの構成するもの。
ファンクラブ名は『剣の舞姫敬愛会』。名前が古臭いともいわれているが、意外と会員数が多いことが特徴である。
構成しているのは主に体育会系の男子。武道系の会員の中には、和泉流の道場で試合を申し込むものがいることでも有名になっている
そして3つ目、『悠里お姉さま Lovers』。
ここは、悠里の面倒見のよさと凛々しさに憧れた女子生徒が構成している。女同士であることもあってか、行動が過激になりやすいのは意外とこのファンクラブであったりする。
「佐伯さん、もしかして・・・・・・」
「もしかしなくても、そうよ。悠里のファンクラブ、さすがに行動が早いわね」
「仕事、凄いやりづらいんスけど・・・」
「あうぅぅ・・・・・・」
4人とも、校門前の状況に困り果ててしまう。あの様子では、龍真の姿が目に留まっただけで暴動でも起きそうだ。
「どうする? 大希と和泉さんが一緒に先に行ってもらうか?」
「今はそれでいいかも知れねぇけど、中に入ったらまた同じじゃねぇか?」
休み時間に教室へ押しかけるファンクラブの面々。十分に考えうる話である。しかし龍真と大希としては、転入2日目にして遅刻は避けたかった。
「あ、いい事思いついた♪」
近くの路地に姿を隠していた春奈が何かをひらめいた。だが龍真はその喜色満面な笑顔を見た瞬間に、言い知れようの無い悪寒を感じた。
それは華穏がいたずらを思いついたときに感じるものと同質。この悪寒を感じたとき、その後にはろくでもないことしか待っていない。
そんな龍真の心情を無視して、春奈は悠里に耳を貸すように促した。
「ねぇねぇ悠里、こんなのはど~ぉ?」
悠里は耳を近づけて、春奈の提案に耳を貸した。
「ねぇ、彼らは・・・・・・・・・・・・でしょ? だから、・・・・・・が・・・・・・・・・すれば、絶対に大丈夫だって」
「え・・・、でもそんなことしたら・・・・・・」
「何赤くなってんのよ、もしかしたら龍真君、悠里の運命の人かもしれないんだよ。ここで、既成事実を作っておいた方が絶対有利よ」
なにやら不穏な単語が飛び交っている。そんな2人のやり取りに、龍真の頬を冷たい汗が流れ落ちた。
「それに、このままじゃ龍真君たちの仕事も辛いものになるわよ?」
悠里の優しい性格を利用した一言。この言葉に悠里の心は決まった。真剣な表情になり、眼にも力が宿ってる。
「うん、分かった! 私やるよ!!」
えらい気合の入れようである。そして龍真のほうへと向き直ると一言。
「龍真君、一緒に来て!」
「え?」
龍真の返事を聞かず、悠里は腕を組み半ば引きずるようにして、校門の一団へと向かっていく。
引きずられていく龍真を見ながら、大希が恐る恐る春奈に尋ねた。
「あ~、佐伯先輩。和泉先輩に何吹きこんだんスか?」
「それは今すぐに分かるわ。絶対面白いことになるわよ~」
そう言うと、俯いてニヤソと笑みを浮かべた。その瞬間、眼鏡が怪しく輝きを放った
(さ、策士・・・・・・!)
その笑みに、大希は戦慄する。
「みなさんッ!!」
そうこうしているうちに、悠里の声が校門から響いてきた。ファンクラブだけでなく、登校中の生徒や教師も龍真と悠里に注目している。
悠里の手はしっかりと龍真の腕を掴み・・・・・・、というかむしろ龍真の腕に抱くような形でまるで寄り添っているように見える。
ちなみに龍真のほうは、その腕に感じるやわらかい感触に頬を赤く染めている。
初々しい恋人のような2人の姿に、ファンクラブの面々は驚きで言葉が出てこない。その隙を狙って、悠里が言葉を続けた。
「私、龍真さんと――」
何か覚悟を決めるかのように、1拍間をおく。ファンクラブのみならず、注目していた全員がシンと静まり返っている。
皆が次の言葉を待つ中、5秒ほどがたった。悠里は頬を染めながら、その言葉を言った。
「お付き合いさせてもらっています!! 私のお母さんも、私と龍真さんの仲を認めてくれていますっ!!」
時が止まった。衝撃だった。衝撃的過ぎた。ファンクラブの人間にも、登校中の人間にも、そして龍真にとっても。だって、転校してきてまだ3日目の人間とそんな関係になるなんて、どれだけ考えても無理がある。しかし本人が言った以上、ファンクラブの人間にとってはそれが真実だ。ファンクラブの人間には立ったまま失神しているものさえいる。
「え・・・・・・? あ・・・・・・?」
龍真は、ギギッと音を立てて首を悠里へと向ける。
「龍真さんとは昔一度あっていて、そのときに親同士が・・・・・・」
その先の言葉を濁すと、頬を赤らめて龍真から恥ずかしそうに視線をはずす。初々しい恋人同士のような仕草とは裏腹にその発言は破壊力が大きかった。
まず、龍真が石化した。次いでファンクラブの連中も石化した。そして、その爆弾発言を聞いていた登校中の学生たちも石化していた。
悠里が続けなかった部分に何が入るかを理解したからだ。朝っぱらから、いろんな意味で衝撃的な内容を耳にすれば無理もない。
「あ・・・・・・・・・」
大希もさすがに石化する。ろくでもない手段だとは思っていたが、既成事実を使って黙らせる方法だとは思ってもいなかったのだ。
「Goodよ、悠里!」
ただ1人、春奈だけが満面の笑みを浮かべ親指を立てていた。
その後、石化しているファンクラブをわきめに、4人はそれぞれの(といっても、大希が別なだけだが)クラスへと無事入っていった。
あと、意外なことに休み時間などの間、ファンクラブの面々が3-Bに押しかけてくることは無かった。それに関して、春奈は自慢気に、
「あたしの、おかげよ~~♪」
と、のたまっていたが、龍真のほうは今後の学生生活に深刻なダメージを受けたことで半死人状態になっており、殆ど聞いてはいなかった。
PM12:30
そして、昼休み―――
「お~い、次は体育だぞ~~」
昼食もあらかた済み、まったりとした雰囲気が教室を包み込んでいるなかで、1人の男子が声を上げた。
その声を聞き、男子たちは「おぉ」と、頷くとそれぞれ着替え始め、女子のほうは、体育館脇の更衣室へと移動を始めた。
次々と男子が着替えていく中、龍真は少し困っていた。原因は体に残る数多の普通でない傷跡。
ただでさえ今朝方のことで目立ってしまい視線が集中しやすい状況なのに、そんな中でこの体をさらしてしまえばさらに話題の的になってしまう。
それだけならまだいい。このことが犯人の耳に入れば、悠里の護衛が誰かという情報を与えてしまうことになるのだ。
幸か不幸か、悠里の彼氏という情報がでたことで少なくとも学内では一緒にいても違和感のない状況なのだ。それをぶち壊しにするのは好ましくない。
(と、なるとカーテン裏にでも回って早着替えでもするしかないか。あと当分の間は長袖だな)
思考に区切りをつけると、ジャージを出し、視線が向いていないことを確認してからカーテンの裏へと回ろうとした。
と、その脱ぎ始めた袖を急に引っ張られた。
「ん?」
龍真がそちらを見る。
「「「うお!?」」」
龍真を含む男子全員が思わず声をあげる。袖を引っ張っていたのは、悠里だったのだ。
男子パニック、慌てて脱ぎかけていたシャツを着なおすものやカーテンの裏に隠れるもの、はたまた廊下に飛び出すものやら、場が異常に混乱した。
とゆーか貴様らは恥ずかしがりな女子か…。悠里の出現は男の園と化した教室を混沌の坩堝に見事に変貌させた。