第七話「愛の一撃」
ハルトさんと分断されてから、大体一時間ぐらい経っただろうか。
女性と二人っきりになるのなんて、慣れてないもので無意識に緊張してしまうもだ。
「そういやゲルニカ君って、何でハルトと一緒に来てるの?」
マリンさんがこちらに振り向いて、バックで進みながら聞いてきた。
「元々は遺跡のコントネットを倒すのだけが目的だったんですが、成り行きで一緒について来ました」
僕は笑いながら、ポケットの中でぐしゃぐしゃになっていたコントネットの紙を見せた。
すると、マリンさんが驚きの声をあげる。
「え、最強の魔人形を倒したの!? ハルトが魔法を使えるとは思えないし、ゲルニカ君ってそんな強かったの?」
「はい、でも実際に倒したのはハルトさんですがね。僕が気絶してしまっている内に、彼が倒しちゃってました……」
僕はポケットに紙を押し込みつつ、頭を掻いていた。
自分の仕事なのに、手伝ってもらって、その上に僕が倒したんじゃないなんて。
こんなのだから、強くなることができないんだ。
「ああ、その状態からして、まさかミラジウムの真の力が発動しちゃったのかな。いや、ハルトだけじゃ勝てないだろうから、それ以外考えられないわ」
マリンさんが自問自答しながら、訳のわからないことを言ってきた。
「真の力、ですか? つまり、魔力を強くする以外にも何かあるということですか?」
僕は首を傾げながら単刀直入に、そう聞いた。
確かに、魔法を使えないはずのハルトさんが勝てたのはよく考えれば不自然だった。
たとえ魔法が使えたとしても、最上級魔法のデストロイフレイムを受けて、無事な奴を、使い方のわからないミラジウムで倒せるわけが無かった。
「ただでさえ希少な宝石だから案件が少ないんで、有名じゃないことなんだけど、あたし達が魂魄変化と呼んでいる現象ね」
マリンさんが、腰に着けていたウエストポーチから手帳を取り出して、その一ページを読む。
「ミラジウムが傷口から魂を取り込んで、その魂に宿る力を発現させる。かつて国民を皆殺しにされそうになった、とある国の王様が最初にその力を見つけたらしいわ。まあ、詳しい説明はまた後で……」
マリンさんは説明をそこで止め、背負っていた巨大なノコギリを抜き放ち、その細い腕に構える。
目の前には、鳥型の魔物が数十体ずらっと集まっていた。
皆狂ったかのように、口から荒く息を吐き出していた。
僕がそれを確認した時には、魔物達は縦横無尽に飛びかかってきていた。
「こんなにたくさん、ポイントファ……」
僕が杖を構えて、魔法を使おうとした瞬間、無数の氷の刃が魔物の翼を貫いていった。
マリンさんの持つノコギリからは、白い煙が上がり、一部凍りついていた。
「……っと、アイシクルショット、後からだけど宣言するわ」
マリンさんのその言葉は、詠唱や宣言無しで魔法を使える、相当な熟練者であることを示していた。
ただただ単純に強い、敵には絶対にしたくないタイプだ。
「きっと上からの命令で仕方ないのに、痛いことしてごめん……でも、そんな痛みもすぐ消えるからね」
ノコギリの周りを瞬時に氷がまとわりついてゆき、マリンさんが優しい笑みを浮かべる。
そして、地面にそのノコギリを一気に叩きつけた。
真っ白な冷気の絨毯が、地面に広がっていく。
その冷気が魔物達を包み込んだ瞬間、魔物達が轟音と共に、氷の中に包み込まれた。
「大丈夫、一瞬だから」
マリンさんはノコギリを横にぶん回し、魔物の入った氷をぶったぎる。
氷は木端微塵になり、中の魔物もそのままバラバラになっていった。
魔法も使いこなす上、腕力も強い、まさに文武両道だ。
「さよなら、せいぜい次は良い上司の下につけるよう頑張りなよ」
マリンさんはノコギリの氷が溶けたのを見た後、背中に戻す。
「すごい、あんな大勢で来られたのに、こんな短時間で、尚且つ綺麗に全滅させるなんて……」
あまりにも美しい戦い方に、僕は思わず呟いてしまった。
マリンさんはノコギリを少し眺めて、背中へと戻した。
そしてこちらへ向くと、長い髪を払って、にっこりと笑みを浮かべた。
「ありがとうね、そう言ってもらえて嬉しいわ! 得意技を褒められたのなんか、あまり無かったからね……」
少しドキッとしてしまうほどの、可愛らしい無邪気な笑みだった。
その直後、地面が揺れはじめて、僕はバランスを崩して倒れてしまう。
しかしマリンさんはそんな中でも、何事も無いかのように立っていた。
「ゲルニカ君、大丈夫? これは目的の奴が動きだしたのかしらね」
マリンさんは前屈みになって、僕に手を差し伸べてくる。
僕はその手を掴んで、ゆっくりと起き上がる。
「目的、ですか。何か魔物の討伐でも依頼されたんですか?」
僕は首を傾げながら、マリンさんに質問をする。
するとマリンさんは真剣な顔になり、ゆっくりと口を開く。
「えっと、魔獣キラトルってわかるかしら。そいつが復活してここの魔物達を蹂躙しているらしいの。」
マリンさんのその表情を見て、僕も凄まじい緊張に襲われる。
あれほど強いマリンさんでも、真剣にならないといけない相手だということだ。
そうだとすると、僕なんかが戦えるのか?
「あっ超音波が来てる、ハルトが一人で戦っているのか。それにもう五弾円舞が発動しちゃったの!? まったく、レクスは使えないなぁ……」
マリンさんはため息をついて、手を地面に当てる。
すると、目の前の道を覆うように、平らな氷が張っていく。
「ちょっと急ぐけど、しっかり掴まってててね」
マリンさんが僕の腕をがっしりと掴み、氷の上に滑り込む。
僕はその勢いに負け、前のめりになりながらも氷の道へと足を踏み込む。
それを確認したマリンさんが、氷を一気に蹴り込んだ。
勢いの付いた僕達はどんどん加速してゆき、僕達は洞窟を滑走していく。
氷の端は少し盛り上がっているらしく、そのままの速度でカーブを上手く抜けてていく。
すると通路の先に、光の射し込む出口が見えてくる。
しかし、勢いがついた僕達はそうそう止まれるはずもなく、そのまま出口から飛び出す。
僕は尻餅をついて地面に着地したが、その横でマリンさんは両足を揃えてぴたりと止まった。
「到着っと……聞いてたとうり、中々酷いことになってるじゃないの。」
マリンさんがそう呟き、ノコギリの刃を目の前に向ける。
その先には溶岩の巨人、キラトルがどっしりと鎮座していた。
そしてキラトル前でハルトさんが、宙に浮き上がり回転する岩に悪戦苦闘をしていた。
「くっ、分断していたのがもう来たのか。本当に予想外な事ばかりで楽しませてくれるな」
キラトルは周りで回転していた岩を加速させてゆく。
ハルトさんはそれを見て素早く引き下がり、状況を確認しているようだった。
僕とマリンさん、ハルトさんとレクスさん、これで四対一だ、岩が五つあろうが一定の動きを続けるだけならば、十分隙を突けるだろう。
だが、この謎の悪寒は何なんだろうか。
「とにかく、さっさと終わらせるわよ、アイシクルショットバラージュ!」
マリンさんが目の前で、ノコギリを何度も素振りさせる。
そこから数えきれないほどの、氷の刃がキラトルへと飛んでいく。
しかし、それだけ多くても、高速回転する岩の間をすり抜けることはできなかった。
「これが五弾円舞の防御体勢だ。素早く動けば、手数なんてものは関係無くなる」
キラトルの言葉に、僕は呆気を取られてしまう。
単純に速度では勝つことはできない、それならばどうしろというのか。
「ええ、あんたの言うとうり、その速さでは攻撃できない、降参よ」
マリンさんがあっさりとそう言って、両手を上げる。
「大口を叩いていた割には、あっさり折れてしまうのだな。まあ、どの道死ぬのならば関係無い話だがな」
キラトルが不敵な笑みを浮かべながら、そう言った。
「おい、マリン! どういうことだよ、降参なんて!」
ハルトさんがこちらに向かって叫んでいる。
しかしマリンさんは、それを気にせず、唐突に服を捲り上げる。
「これが的よ。ほら、このお腹を一思いに抉りなさい」
マリンさんは恥じらいも見せずに、にやりと笑いながら言った。
「ふむ、その意思に従い、可愛らしい顔を傷付けず、一発で葬ってやろう」
キラトルはマリンさんに向けて、五弾円舞をゆっくりと広げていった。
すると、それを見計らったかのように、レクスさんが岩影から飛び出して槍を投げる。
「むっ、隙を作り出そうとしたようだが無駄だ。私の五弾円舞は、瞬時に防御に移れるようになっている!」
キラトルの周りに岩が集まって防御体勢に移る。
しかしレクスさんの放った槍は、キラトルの上空を通り抜けてゆき、こちらに向かい飛んでくる。
そして、マリンさんのお腹に深々と刺さって、そこから血が吹き出す。
「さすが、レクスの槍は百発百中ね……ゲルニカ君、後は頼んだわよ……」
そう僕に託したマリンさんは、ゆっくりと仰向きに倒れ込んでいく。
すると槍は勝手に抜けて、空中に浮いている。
その槍は光を放ち、悪魔の翼のような形に変化を遂げてゆく。
変形が終わると再び、レクスさんの元に飛んでいった。
それを見て、僕の頭の中に一つの考えがよぎる。
「――これが魂魄変化、よろしくの意味、伝わりましたよ。こちらの肉体側は任せてください」
僕はマリンさんの肉体を背負って、安全圏を探して全力で走る。
僕の方がギリギリ身長が高くて、良かったと本気で思った。
そして岩影に駆け込んで、マリンさんをそこに下ろす。
「……後は、ハルトさんとレクスさんが、何とかキラトルを倒すのを手伝うだけです」
僕は岩影から出て、戦闘の状況を確認する。
もし、キラトルの攻撃が来ようものなら、それを必死で止める。
それが今の僕にできる最大限の助力だと思った。
「全く、何がどうなってるんだよ。レクスがマリンを攻撃するし、そのマリンをゲルニカが担いで行くし……」
ハルトさんがキラトルの岩を避けながら、こちらに近寄って言う。
どうやら魂魄変化についての説明は受けてなかったようだ。
「説明は後です。ただ、レクスさんの槍に、コントネットの時のハルトさんの剣と同じ事が起きたとだけ言っておきます。」
自分でも理解できていないけど、ハルトさんにそれだけは伝えておく。
「つまり、あの槍にはマリンの力が……」
ハルトさんがそう言った時、五弾円舞の一つがこちらに向かい飛んできた。
僕は横に避けようとするが、速さが足りずにぶつかってしまいそうになる。
すると、ハルトさんが僕の腕を掴み、さらに横に跳ぼうとする。
それでも岩の方が速度は速いようだ。
「さらに、もう一発追加だ!」
ハルトさんは剣を岩に叩きつけ、その衝撃を使って避ける。
その剣は水を纏っていた、それで僕は魔法が使えるようになったものと確信した。
「ついに魔法が使えるようになったんですね! 元々知識はあったのですから、まさに百人力ですね」
僕は戦闘中にも関わらず、喜びで少しはしゃいでしまった。
ハルトさんはそれを聞いて、顎に手を当てて困ったような顔をした。
「完全に使えるってわけじゃないんだが、水を起こすぐらいならいける、かね? まあ、こいつをぶっ倒すのに、使えるものは全部使うさ」
そう笑ったハルトさんは、また駆け出して行ってしまう。
そんな事をしている間に、レクスさんが槍を構えてキラトルに狙いを定めていた。
投げた動作が見えないほどの投射、一直線にキラトル目掛けて飛んでいく。
しかし、その槍も五弾円舞の一つが食い止めてしまう。
だが、それには今まで違う事が一つあった、弾き飛ばせず、岩が直接止めていたことだ。
「ぐぬぅ……五弾円舞が押し負ける、だと!?」
岩にヒビが入ってゆき、槍の先端が奥へとめり込んでゆく。
そこでレクスさんが腕を天にかざし、指を鳴らす。
すると、強力な冷気が槍から漏れ出し、周囲を真っ白に染め上げていく。
その冷気は、周囲の大気を一つに凍らせてゆき、岩を地面に縫い付けてしまう。
「氷魔法かっ、こんなもの我が溶岩で槍もろとも、溶かしつくしてくれるわ!!」
キラトルが腕を自ら砕き、溶岩を氷塊目掛けて噴射する。
氷が蒸気を出しながら溶けていく、最後の手も通じなかったかと思われた。
しかし、氷が溶けるよりも先に、キラトルの腕が冷えて固まり始める。
それに気付いたキラトルは腕を下げて、これ以上の進行を食い止めた。
「まさか、かつての人類とは違い、数ではなく戦略と力で五弾円舞を封じるとはな。中々なものだ……」
キラトルが力無く笑いながら、五弾円舞を解除して、岩が地面に転がる。
「……だが、命の恩人から頼まれた仕事、この命が尽きるまで足掻き続ける!」
キラトルが力強く宣言すると、腕から巨大な溶岩弾を、レクスさんへ向けて射出する。
レクスさんとキラトルの間に、ハルトさんが水流を使って素早く移動し、割り込んだ。
「こっちも皆を助けなきゃいけないんだぜ。そして同じ手ばかり使ってくれるのは逆に好都合だぜ」
ハルトさんが、剣を体の横から勢いそのままに振り、溶岩を削っていく。
水蒸気が周りに充満し、ハルトさんとレクスさんを包み込む。
その水蒸気を突き破って、レクスさんが水流の勢いでキラトルへ向かって一直線に突き進む。
それはキラトルの攻撃をすり抜けてゆき、ハルトさんはすぐに間合いに入った。
「五弾円舞の魔力を使い、防御魔法発動!! お前の水流程度では打ち砕けないぞ!!」
キラトルの胸が防御魔法独特の、綺麗な青白い光を放つ。
ハルトさんはその時には、もう飛び掛かってしまっていた、ブレーキは効かない。
「せめてものサポート、ペインショットクイック!!」
僕はそう宣言して、ありったけの魔力を飛ばす。
弧を描いて、キラトルの胸元掛けてぶち当たった。
「無駄な事をっ! 魔力全開じゃあ!!」
青白い光が強まり、僕の魔力の塊がふっ飛ばされる。
その魔力の塊を、ハルトさんの剣が貫く。
次の瞬間、黒い魔力が剣を包み、水流と混ざり合う。
水流に混じり、黒い魔力が渦巻いていた。
そして捻らせた身体を一気に伸ばして、剣をキラトルへと突き出す。
「これで止めだ。暗刀流奥義其ノ二、雷電!!」
ハルトさんが得意な突きの技を使い、キラトルの胸を何も無かったかのように貫通させる。
「……ぐぅっ、ミラジウムを二重に発動させるとは、お前達の起こす奇跡、戦っていて楽しかったぞ。最後にここまで戦えれば、もう思い残す事は何も無い……」
キラトルはそう言い残すと、水飛沫と黒い衝撃波の中、固まって白い石となっていく。
そして頭から灰になって、さらさらと崩れ去っていった。
するとハルトさんが、受け止める物が急に無くなって、地面に転がり落ちる。
「ハルトさん、大丈夫ですか!?」
キラトルを倒した安堵の中、僕はハルトさんに駆け寄る。
「……ああ、とにかくしんどい、休みたい。ただそれだけ、かな……」
疲労はたまっているようだが、目立った怪我はほとんど無く、僕の回復魔法でも何とかなりそうだった。
その間にレクスさんは、槍を氷塊から抜き取る。
すると、槍はみるみる内に、元の姿に戻っていった。
それと同時に岩影から欠伸をする声が聞こえてくる。
「ふぁーっ、どうやら、もう倒し終わったみたいね。お疲れ様っ!」
マリンさんが立ち上がって、周りを確認してからそう言った。
そして、髪の毛を整えながらこちらに向かってくる。
腹にあった傷は、僕の時と同じように綺麗に塞がっているようだ。
「まさかレクスさんもミラジウムを持っているとは、急にマリンさんに槍を飛ばすから、驚きましたよ!」
僕は笑いながら、レクスさんの持つ槍に目をやる。
ハルトさんの持つ槍と似たような装飾、その中心に嵌め込まれたミラジウム。
芸術作品としても価値がありそうな、精巧な見た目だった。
「まあこっちからしたら、ハルトがミラジウム持ってるのも十分驚いたんだけどね。ていうかそれ、どこで手に入れたのよ」
マリンさんが、地面に突き立てたノコギリの柄に顎を乗せながら、そう質問した。
ハルトさんは思い詰めるような顔をしながら、ゆっくりと口を開く。
「……失踪した親父が、唯一遺したものだ。俺はその意思を引き継ぎ、王国を守れるように頑張ってきた」
目を細めて、どこか虚空を見るハルトさんは、いつもとは全く違う表情だった。
それを聞いたレクスさんが、唯一見える口を開けて驚いたような顔をした。
「あの親父さんが失踪!? あんなに強いのに、一体何があったのよ……」
マリンさんが、レクスさんの言葉を代弁するかのように、そう言った。
ハルトさんは頭を掻きながら、酷く顔を歪める。
「それが、全くわからないんだよ。魔力を辿ろうにも、跡が全く残ってなかったし……」
泣きそうな声で、いつもよりもか細く、そう呟いた。
剣を強く握り、ギリギリと歯を鳴らしている。
マリンさんもため息をついて、目を伏せてしまう。
「……あら、キラトルが倒されてしまったみたいですわね。」
四人の話を妨げる、反響したように響く、高い少女の声。
その声の方を向くと、禍々しい魔力を漂わせている魔物が浮いていた。
体型は人間には近いが、明らかに魔物だとわかる姿をしていた。
鱗を生やして、所々に刺が伸びている、筋肉質の腕をしている。
綺麗な黒いドレスを着ているが、そこから獣の尾に巨鳥の翼が生えていた。
顔は少女のそれに見えるが、唇から覗く牙に、側頭部から生える角、まさしく異形の姿だった。
「あんた、だれよ? その姿からすると、明らかに魔物だよね。何か用でもあるの?」
マリンさんがいつの間にかノコギリを握って、そう問いかけていた。
鋭い目付き、真剣に魔物の方を睨み付けていた。
魔獣はそれを見て、呆れたかのように目を閉じる。
「……私は魔神姫ティルダ。国民を皆さらった時、唯一助かった者のハルト、あなたには会ったことがあるわね。私はあの時、先頭で魔物達を率いていた……」
魔物がそう呟くと、ハルトさんの表情が青ざめていく。
そして、震えながらも剣を抜いて、魔物に向けた。
「俺達の日常をぶっ壊しやがったあいつかよ……少女にでも化けて、俺達を欺けるとでも思ったのか?」
ハルトさんは、恐怖の渦に飲み込まれかけていた。
言葉で自分を奮い立てて、ギリギリ反抗できているような状態だった。
僕とレクスさんも、得物を構えて、相手の攻撃へと備える。
しかし、それを見てもティルダからは殺気を感じ取る事ができない。
ただ無機質なその顔で、僕達を見下すだけだった。
「残念ですが、今あなたたちとやり合う気は無いですわ。でも、これ以上こちらに近づかせるわけにはいかないの。」
ティルダの周りの魔力が形を変え、とてつもなく鋭利な槍を形作っていく。
ついに戦闘になる、その覚悟を決めて息を飲む。
「私の魔力の全てをこれに込める、魔神障壁!」
魔力で作られた槍は、地面へと真っ直ぐ落ちてゆき、深々と突き刺さる。
すると、僕達とティルダの間の地面に、鋭い亀裂が走る。
そして魔力がその亀裂から吹き出し、高い壁を作り出す
「触れてもダメージは無いと思いますが、あなたたちでは打ち破るのは無理ですわ。諦めて帰ることをお勧めしますわ。」
そう言ってティルダは、翼をはためかせてどこかへと飛んでいった。
何をしなくても腹に響いてくるほどの魔力の噴射、いくら見上げても先が見えない。
「なんだよ、このいかれた高さの壁は! こんな高いの、越えられるわけないじゃねえか!!」
ハルトさんは走り込んで、剣を壁に振り下ろす。
しかし、凄まじい勢いの魔力により、軽く弾かれてしまう。
ぶっ飛んで、地面に突き刺さる剣、がくりと座り込み、落胆するハルトさん。
ここまでの努力が粉々に砕けて、無駄になっていくのを実感した。
「……この壁、確かにあたし達が合わさっても、打ち破るのは無理そうね」
マリンさんはその壁をじっくりと見ながら、淡々とそう言った。
だけど、ここまで頑張ってきたんだ、あっさり引き下がるわけにはいかない。
「そんな、こんな所で終わるんですか!? ハルトさんも、あんなに頑張ってたのに!!」
僕は必死になりながら、マリンさんの両肩を掴む。
すると、マリンさんは少し考えたような顔をして、僕にウインクをした。
「大丈夫、方法が一つだけあるわ。あたしの知り合いに強い魔力を持つデスタリア姉妹ってのがいるんだけど、その子達も合わさればなんとかなるかな」
マリンさんがそう言って、レクスさんの方へ向く。
レクスさんは、納得したような顔をしながら、ゆっくりと頷いた。
「……そうか、じゃあこんな所で落ち込んでいる暇なんて無いよな、早く行こうぜ!」
ハルトさんが一気に立ち上がり、剣を鞘へと戻して、いつもの笑顔を見せる。
「ええ、行きましょう、デスタリア姉妹の元へ!」
マリンさんが拳を突き上げて、そう叫ぶ。
レクスさんも静かに頷いて、ガッツポーズをする。
デスタリア姉妹とは、一体どんな人なんだろうか。
僕はそう思いながら、天を見上げる。
真っ青な空を、夕日が赤く染めようとしていた。