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クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第一章 魔神姫の乱
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第三話「表裏の心」

「ふぁーっ、おはよ……って誰もいないんだったか」

 俺は目が覚めて、開口一番にそう言った。

 しかし、返ってきたのは長い静寂だけだった。

 ため息を吐いて少し項垂れたが、そんな時間は無いだろう。

 素早く一人だけの朝飯を終わらせ、俺は待ち合わせの広場に向かった。


 俺が走って広場まで到着すると、ゲルニカは既にベンチに座ってこくりこくりと首を揺らしていた。

 ゆっくり近付いてみるとゲルニカから、小さい寝息が聞こえてきた。

「……おーいゲルニカ、寝てるところすまんが、起きてくれないか?」

 俺はゲルニカの肩を軽く叩き、耳元で囁いた。

「……ううんっと、あっ! ハルトさん、おはようございます」

 ゲルニカは驚いたようにそう言い、口の端を拭った。

 そして昨日渡した剣を背中から取り、俺に返してきた。

 俺はそれを受けとると、ベルトに取り付け直した。

「この剣、もしやと思いましたが、伝説の鉱物のミラジウムが使われてますね」

 ゲルニカが太い事典を広げて、それを見ながら言う。

「ミラジウムというと、持ち主の魔力を強めるというあの……!?」

 俺はその事実にひどく驚き、頭を前のめりにさせて質問する。

 辞典で見た知識しか無いが、極めて希少な鉱物で王の道具に使われるぐらいものだったはずだ。

 そんな貴重な宝石が、何で俺なんかの剣に、親爺の形見に付いているんだ?

「そうです、そのミラジウムです。昨日言っていた水流も、その影響で出たのでしょう」

 ゲルニカの言葉でやっと納得し、完全に飲み込む事ができた。

 にわかには信じ難かったが、効果から察するに、それが事実なのだろう。

「だが、今まで使えなかったのに、何故いきなり使えたんだ?」

 俺は首を傾げて、そうゲルニカに問い掛ける。

 それにはやっと魔法が使えるようになったという期待を込めたものでもあった。

「……おそらく、そのタイミングで使えるようになっただけなのでしょう。何なら、試しに軽く使ってみてはどうですか?」

 ゲルニカがそう言った瞬間、俺は無意識に剣を構えていた。

 そしてその宝石に手を添えて、呪文を唱えはじめる。

 そのまま、何も起こらぬまま一分が経過した。

「……うん、出ないんだが」

 機嫌を損ねた俺は、剣を下ろして座り込みながら言った。

 一分もの間、呼吸もせずに唱え続けたせいで、軽く息が上がっていた。

「うーん、おかしいですね。何かきっかけなどはないでしょうか?」

 ゲルニカにそう言われて、さらに深く首を傾げた。

 記憶を辿ってみたが、きっかけと言うにはどれも弱すぎた。

「その時は皆を守ることに必死だったから思い当たる節がないな……」

 俺は苦笑いをして呟き、剣を鞘に戻した。

 無意識に魔法が発動していたようだし、体内の力が変わった感じは無かった。

「それですね。何かを守ろうとする強い意思、きっかけとしては十分です」

 ゲルニカの明るい声を聞いて、俺はその場に立ち上がる。

「誰かを守る意思……か。わかった、やってやろうじゃないか!」

 俺の心の中には、皆への思い出と魔物への憎しみが渦巻いていた。

「そうですね、では行きましょうか。皆を助けましょう!」

 ゲルニカも続いて立ち上がって、少しだけ微笑んだ。

 俺達は今から旅立つ、長く険しい道になるだろう。

 それでも絶対に救い出してやる、俺はそう心に誓った。


 俺達は門をくぐり、国外への一歩を踏み出した。

 辺り一面に草原が広がり、その先に小さく森が見える。

 鬼の角へはあの、アリヘウスの森の中にある遺跡を越えて、火山を通る必要がある。

 昨日と同じ春風が草原に吹き、俺の頬を優しく撫でた。

 だが昨日と違い、この風は決意を乗せた暖かい風だ。

 その中を俺達はゆっくりと進んでいった。

「そういえば、ゲルニカは何でこの国に来たんだったか? 強いて言うならば、旨い飯ぐらいしか無いぞ」

 俺は暇を持て余し、鼻歌混じりに一つ質問をした。

 するとゲルニカはポケットから古い紙切れを取り出し、それを見せつけてくる。

 そこにはまるで操り人形のような絵が描いてあった。

 しかしその下半身は蜘蛛のような八本の脚に、巨大な尻尾を生やした異形の姿だった。

 俺はびびって少し引きながら、その絵を睨みつけていた。

「こいつは、最強の魔人形コントネット、僕は師匠にこれを壊すよう命じられここまで来ました」

 ゲルニカが年齢に似合わないような、真剣な顔付きで言った。

 魔人形、上級魔導書に書いてあったが、魔力を込めれば指令どうりに動く自立人形だ。

 その力は込められた魔力の量に比例するらしい。

 まあ、魔法が使えない俺には関係の無いレベルの魔導書だったが。

 そのため、詳しい製法については覚えてなかった。

「ああ、確か遺跡に向かっていると言っていたが、そこにそいつが居るのか?」

 俺は話を続けるため、もう一つ質問を投げ掛ける。

 視線は森の方に移し、腕を頭の後ろに置いていた。

「ええ、遺跡を守るために今だ動き続けているらしいのです」

 ゲルニカが深く頷いてそう言った。

「でも何でわざわざ守っているのに壊すんだ? 俺にはよくわからんが、そもそも最強と言われるほどなら倒せないんじゃないのか?」

 俺はさらに質問を続けて、首をゆっくりと回していた。

 この質問は話を長引かすためじゃなく、ただ単に気になったことだ。

「奴は近くの魔物まで殺戮し回っているらしいです。だからこの辺りの生態系を保つために壊すんです。そして勝つ方法は……」

 ゲルニカはそこまで言って、もう一枚の紙を取り出す。

 それには俺が今まで見たことがないほどの、長い式が組まれた呪文が書かれていた。

 「えっと、炎、複数、増幅、凝縮……何だこれは。長すぎて実用性が無いように見えるが」

 俺はぽつりと、見たままの感想を告げる。

 ここまで長いと、詠唱に時間がかかりすぎるはずだ。

「大丈夫です。この紙は既に起動直前まで唱えられています。後は僕が最後の爆発を唱える、点火してやるだけで即発、というわけです」

 ゲルニカがそう言って、その紙をポケットに戻す。

 それと同時に俺達の横にあった、長い茂みが揺れ始める。

「……誰だ!? 出てこい!」

 俺は剣を引き抜き、揺れた方に向ける。

 徐々に揺れが激しくなり、そこから魔物が飛び出してゲルニカに向かい転がってきた。

 俺はゲルニカをかばうために、その間に滑り込んだ。

 そして剣でそれを受け止めて振り払って退かせる。

「ギギギャギャグギィ!!」

 その魔物は奇声を発しながら体毛を逆立て威嚇してくる。

 何が来るかわからない俺は早期決着を狙い、斬りかかるために走り出す。

「駄目です、攻撃が飛んできますよ!」

 ゲルニカが叫んでいるが、勢いあまった俺は止まれない。

 すでに魔物の目の前まで来た、あとはぶった切るのみだ。

 しかし、魔物の逆立てた体毛が急にぶるぶると震えはじめる。

 そしてそれは針のようになって、俺に向かい飛んでくる。

「しかたない――ポイントファイア!」

 ゲルニカが素早く杖を取り出し、魔法を繰り出す。

 打ち出された魔力は素早くこちらに飛んで来て、体毛に当たった。

 するとその体毛が急に発火し、勢いを失って地面に向かい落ちていく。

 俺の剣はその炎を刀身に受け、そのまま魔物の背中を抉っていく。

「ギュジャ、ジイイイッ!!」

 炎が体毛に引火した魔物は、転げ周りながら鳴き叫んでいる。

 辺りに肉を焼くような、焦げ臭い匂いが漂う。

 諦めずに暴れていた魔物の努力の結果、炎はゆっくりと沈下されていった。

 しかしその背中には、大きな火傷が残っていた。

 そして魔力は弱々しく鳴きながら、傷付いた身体で逃げていった。

 するとゲルニカが地面に残った黒い跡に近づき、足で踏みつける。

「邪魔なんですよ、お前みたいな馬鹿は……」

 ゲルニカは冷酷な顔でそう言い放ち、地面に擦り付けるように黒い跡を塗り広げていく。

 俺はそれをただただ呆然として見ているだけだった。

「……容赦が無いのは良いんですが、猪突猛進にぶつかって行くだけではこの馬鹿と同じですよ」

 ゲルニカが振り向き、俺に笑顔でそう言ってくる。

 だが俺にはその笑顔が作られた、無機質なもののような気がしてならなかった。

 魔物の苦しんでいた絶叫が、まだ耳の奥で木霊していた。

「どうしたんですか、早く行きましょうよ」

 ゲルニカに背中を押されて、俺ははっと我に返った。

「……あ、ああ。ぼーっとしてたわ」

 俺が返事をすると、ゲルニカはゆっくりと歩き出した。

 彼には彼なりの考えがあるのかな、とでも思っておくか。

 今はそう気を紛らわしておこう、それが最良だという気がした。

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