第三十八話「祭りの喧騒」
「ふぅ、登りよりは、幾分は楽か……」
俺はため息を溢して、丘の麓に立つ。
日は既に完全に落ちており、街灯の光が大通りを照らしていた。
「ハルト、やっぱり無茶だったんじゃないの……?」
シグレは俺の顔を覗き込んで、不安そうに問い掛けてくる。
じいさんのことや、ラングリラのこと、そんな話の時にいつも浮かべていた表情。
守ると言いながら、意地を張りすぎたか。
その癖、自分だけでは何もできない、何もできなかった。
「ああ、もう心配はかけさせない、だから安心してろ。それに俺には仲間がいる。ゲルニカとシグレ、お前たちがいれば何とかなるだろうしな」
俺は軽く笑って、ゲルニカの頭に手を置く。
そしてクシャクシャと撫でると、ゲルニカはくすぐったそうに笑う。
「まあ、これでもかつては、魔神姫を退けた二人がいますからねー。正直言って、時限獣を倒す位なら、楽勝……」
ゲルニカは撫でる手を押さえつけて、機嫌よさそうに鼻歌を鳴らす。
「ん? ゲルニカ、さっき時限獣を倒すってどういう……」
俺は笑顔のゲルニカを見て、怪訝な声をあげる。
確かに俺は、時限獣を倒すと言ったことがある。
だがそれは、シグレと二人きりの時であって、ゲルニカの前で言った覚えはない。
「えっ……ああ、あくまで例え話ですよ! 正直会えるのは強運が必要ですし……」
ゲルニカは少し焦りながら、そう返してくる。
まあ、言っていること自体は正論だが。
「意識しすぎか……」
俺は肩を落として、ぼんやりと考える。
シグレの笑顔のため、そのためには時限獣を倒して、ラングリラを元に戻さなくてはいけない。
だからといって、俺達が直接戦えるかというと……
「だよなぁ……」
首をがくりと下げて、ぼそりと独り言を呟く。
「まあ、その気持ちさえあれば、シグレさんを守ることができますよ」
アレッドは俺の横に立ったかと思うと、落ち着いた声で言う。
だがその声には、どこか悲しいような重さを感じるような気がした。
「そう……ね。絶対にラングリラを救うんだもの。途中でくたばるわけにはいかないからね!」
シグレは納得したように頷き、ゆっくりと笑顔に変わっていく。
アクシア王国を救うと意気込んでいた頃の自分を思い出す、その表情。
だが俺は自分だけでは、何もできなかった。
仲間がいたからこそ、達成できたんだ。
なら今度は、俺がその仲間として、支えてやらなくちゃいけない。
決意を新たに、拳をぎゅっと握る。
そうしていると、ゲルニカが大通りの先をじっと見て、目を輝かせる。
「あれ、今日は何かお祭りでもあるんですか?」
ゲルニカの言葉に、アレッドは首を傾げる。
「いえ、そんなことはなかったはずですが……?」
そう返して、大通りの先を目を細めて見る。
俺もそっちを見てみると、遠くに目映い光が輝いている。
その光は大通りの両端で列を作り、奥へと続いていっているようだった。
二本の光の間では、多くの人が行き交っている。
「確かに、何かやってるな」
俺がぼんやりそう呟いていると、こちらへと誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
鎧に身を包んだその女性は、俺達の前で立ち止まる。
「アレッドさんに、ハルトさん達……探しましたよ……」
膝に腕を突いて、息を切らしながらにそう言う。
「どうしたんですか、プリジア?」
プリジアと呼ばれたその女性は、ゆっくりと息を整えていく。
そして落ち着いたところで、再び話し始める。
「鉄氷軍の初出陣ということで、街の皆がお祝いの祭りを、サプライズで開いてくれたんですよ!」
プリジアはどこかはしゃぐように、明るい声でそう言う。
「おお、それはありがたいですね」
アレッドは少し驚いたように声を上げて、大きく頷いた。
「つまりは、アレッドさんをその祭りの主役として、探していたというわけですかね……?」
ゲルニカが首を傾げてそう問い掛けると、プリジアは頷く。
「はい、その通りです! ハルトさん達にも、そこでゲストとして出て頂こうかと!」
プリジアはにっこり笑顔で、手を合わせながら説明してくる。
「人前に出るのは苦手なんだがなぁ……」
俺は気が重くなって、額を手で押さえる。
多少褒められるだけならまだしも、大人数の前に出るのは良い思い出が無い。
それを察したのか、ゲルニカが口を開く。
「確かに、気が進みません」
そう賛同してくれたが、プリジアは困ったような顔になっていく。
「えぇえ……皆さんが来るということで、やる気になっちゃって、待ってるんですが……」
プリジアは上目遣いで、顔色を伺っているようだった。
俺とゲルニカはその様子に、顔を見合わせて少し唸る。
「それぐらい良いじゃないの、減るもんじゃないでしょ?」
二人の間に割って入るシグレが、そう言ってくる。
「お前、よく理解してないから、そんなこと言えるんだろぉ……まあ、わかったよ……」
俺がため息混じりにそう答えると、プリジアは再び笑顔へ戻っていく。
「決まりですねっ! それではついてきてください!」
プリジアは声を強めて、アレッドの腕をがっしりと掴む。
そして大通りの先へ、アレッドを引っ張りながら進んでいく。
「ちょっと、待ってください!」
アレッドは制止しようと叫ぶも、プリジアは聞く耳を持たず、ぐいぐいと進む。
「それじゃあ、行きましょうか」
ゲルニカは苦笑いを浮かべて、進み始める。
その足取りはどこか嬉しそうに、リズム良くステップを踏んでいるようだった。
俺とシグレはそれに頷いて、その後を追っていった。
プリジアとアレッドは、人混みの間へと突入していく。
俺達三人も、その祭りの喧騒の中へ突っ込む。
祭りの屋台特有の、オレンジの明かりに包まれた世界。
どこか幻想的なその世界で、人々は俺達を見て驚いたような顔をする。
確かプリジアの話では、俺達の存在は皆知っているはずだったが、と少し不思議に思った。
だがその理由はすぐにわかった、そういやボーンダンスと戦闘してから、着替えてないや。
血と土汚れにまみれた俺の姿を見て、驚いているのだろう。
まあこれはやむなし、後で説明すればわかってくれる、そう考えて気にしないでおく。
「おっ、ハルトにゲルニカ君じゃねぇか! うちのイカ焼き、食べてってくれよっ!」
その中で出店をしていた、髭を蓄えた男性が、気前よさそうに声を掛けてくる。
俺達はゆっくりと立ち止まり、その屋台の方を見る。
「えっと、一本で百ディルか。んじゃ三本頼む」
財布を取り出そうとしながら言うと、その男性は首を軽く横に振る。
「いやいや、アクシアの英雄に食べてもらえるってだけで、十分に価値があるってもんよ! タダでいいぞ!」
そう軽く言われて、イカ焼きを三本差し出される。
漂ってくる香ばしい、美味しそうな香りに、タダというのは申し訳なくなってくる。
それを断ろうとすると、ゲルニカが前に出てイカ焼きをすっと取った。
そして一本へとかぶり付き、少し頬笑む。
もちゃもちゃと咀嚼し飲み込み、ゆっくりと口を開く。
「はい、うまみたっぷりで、とっても美味しいです! ありがとうございますね!」
ゲルニカは満面の笑みを、男性へと向ける。
男性は嬉しそうに笑いながら、満足げに相槌を打つ。
ここまでくると、断ってお金を払うのは、逆に申し訳なくなってくる。
食い意地の張ったゲルニカらしい、いつもの上手いやり方だ。
すると周りの屋台から、同じように腕が伸びてくる。
それらは一様に、自分の屋台の商品を差し出すように伸ばしてくる。
「うちの焼きそばも是非!」
「こっちには、リンゴ飴もありますよ!」
それぞれが自らの屋台を推すように、大きな声で呼び掛けてくる。
ゲルニカはそれを一瞥し、怪しくニヤリと笑う。
そしてこちらを振り向くと、イカ焼きを二本、俺に押し付けてきた。
「それじゃあ、ハルトさんにシグレさん、荷物持ちをお願いしますね!」
あまりにもぐいぐいと押し付けてくるので、俺はそれを受け取ってしまう。
ゲルニカは残ったイカ焼きを三口でバクバクと食べ終えると、横のゴミ箱へ棒を捨てて、そのまま滑らかに焼きそばを手に取る。
そしてズルズルと勢いよく啜りながら、残り二つをシグレへと渡した。
「……やむなしか」
「だね」
俺は呆れながら、シグレと顔を見合わせる。
シグレはどこか楽しそうに笑っていた。
「ふう、いっぱい食べましたねー」
ゲルニカは満足げに、お腹を擦りながら先頭を進む。
「と言っても、俺達は全くだがな」
俺は、組んだ腕の上に積まれた、沢山の食べ物を眺め、喉を鳴らす。
「まあ、後で食べよっ?」
シグレは少し首を傾げて、そう言ってくる。
「そうなると、またゲルニカがつまみ食いしてきそうだがなぁ……」
俺はそう言って、目の前を歩く小さな悪魔を見る。
いや、元は魔人形だから、どちらかと言うと魔物に当たるのか?
そんなことを思っていると、ようやく広場へと辿り着く。
噴水の前にはステージが用意されており、一際明るくライトアップされていた。
その上にはプリジアと、少し困った様子でもじもじとしているアレッドがいた。
「……あっ、おーいハルトさん達ー、こっちに来てくださーい!」
こちらに気づいたプリジアが、ぴょんぴょんと飛びながら、手を振ってくる。
すっかり忘れていた、そういえば呼ばれていたんだった。
「……はいよー」
俺は少し低いテンションで応えて、ステージ横の階段へと歩いていく。
一歩一歩登っていくと、周りが少しずつ騒がしくなっていく。
「はいはーい、アクシア王国の英雄、ハルトさんとゲルニカさん、そして同行者のシグレさんが登壇でーす!」
プリジアは明るい声で、観客達へと呼び掛ける。
するとじょじょに、歓声が巻き起こっていった。
「……これ私、場違いじゃないかなぁ」
シグレはその人混みを眺めて驚きながら、恥ずかしそうにぼそりと呟く。
「はい、荷物はこの机の上にでも置いといてくださーい!」
そのか細い声を掻き消すように、プリジアはステージ上にあった小さな机へ誘導する。
少し落ち込んだような顔で、シグレは机の上へ荷物を置く。
「いや、問題はない。下手すりゃ俺より強いってのに、遠慮することはないってな」
俺は軽くそう言って、荷物を置いた。
するとシグレは安心したかのようにため息を吐き、少しだけ笑顔を取り戻す。
「……なら、いいんだけどね」
それだけ呟いて、前を向いた。
「さーてさて、折角ハルトさん達に来て頂いたんですし、アクシアを救ったその技を、少し見せて頂きますかねー!」
プリジアはウィンクをして、ビシッとこちらへ指を差す。
「えええっ!? そんなの聞いてないんだけど!」
俺がそう叫んで抗議しようとするも、周りの歓声が掻き消していく。
「まあ、元々三大剣術として有名でしたし、細かいことも英雄として散々報道されちゃいましたからね。今更隠すこともないでしょう? 援護を頼みますよ」
ゲルニカは俺の側で呟き、ステージを歩いていく。
「それじゃあ、とっておき中のとっておきを、お見せしましょうかね!」
ゲルニカは名一杯に声を張り上げ、ステージから飛び降りる。
そしてローブの中から杖を引き抜くと、大げさな動きで天へと掲げる。
すると赤い色をした魔力が、渦を巻いていく。
「まさか、俺の天龍撃で、その魔法を受け止めろってことか?」
俺はステージの縁へ腕を回して飛び降り、剣を引き抜いた。
そして杖の先の動きをじっと見て、ふっと息を吐いていく。
「おおっと、それではゲルニカさんとハルトさんの一本勝負、始めっ!」
プリジアがそう叫ぶと、観客の声が一段と高くなる。
それに合わせて、ゲルニカの杖も、心地よさそうに回る。
すると揺らめいていた魔力が、一点へと集まっていく。
「いきますよ、デストロイフレイム!」
ゲルニカが宣言するとともに、魔力は赤い炎を上げながら、丸く広がっていく。
観客はそれを驚きに揺れる瞳に映しながら、じりじりと後ろへ引き下がっていく。
「……っおいおい! またそんな調子乗って、最高火力をぶっ放す!」
俺は顔を歪ませながら、肥大化していく炎を睨む。
そんな俺を真っ直ぐに見ながら、ゲルニカはにこりと笑い、首を傾げる。
「まあ、これぐらいやらないと、ハルトさんには対抗できないでしょう?」
無邪気な笑みでそう言い放ち、杖の先をこちらへと向ける。
するとゲルニカの身長程の直径まで大きくなった炎は、ゆっくりとこちらへ進み始める。
「まずいって! これ失敗したら、俺だけじゃすまないじゃねぇかよ!」
舌打ちとともに、構えた剣の刃へと、指先で触れる。
汗が刀身へと滴り、水滴は広がっていく。
そして沸き出す温泉のように、刃を包んでいった。
「……ああもう、この際ヤケだ! 暗刀流の力を見せてやる!」
そう言って、ぐっと身体を回して剣を下げる。
向かってくる火球の中心をじっと見て、重心を落としていく。
後ろの足を地面へと食い込ませて、一気に蹴り進む。
「天龍……撃ッ!」
捻らせた身体を勢いよく戻して、睨む中心へと剣を突き出す。
水流の渦巻く刃は火球へ触れると、どっと水蒸気を上げていく。
ボジュウと重く弾ける音を立てて、手まで熱が伝わってくる。
水蒸気は周囲へと広がり、視界を真っ白に染め上げていく。
それでも定めたターゲットは外さず、瞬時に引き下げた剣を再び突き出す。
水流の勢いが乗った突きは水蒸気をかき回して、熱風を巻き起こしていく。
幾度とない突きを繰り返していると、確かな感触が手を伝う。
「これで、ラストだ!」
感覚を信じ、今までで一番強い突きを繰り出すと、水蒸気を掻き消しながら、そのまま突き抜ける。
赤い炎の光はすっと消え去り、オレンジの明かりへと戻っていく。
ざわめいていた観客は、水蒸気から現れる俺を見て、どっと歓声を上げる。
「これは……ハルトさんの勝ちです!」
プリジアは腕をこちらへと突き出しながら、高らかに宣言する。
その宣言は、歓声をさらに掻き立てていく。
「まったく、ゲルニカは演習と称して、殺しにかかってくるのをやめてくれよ……毎度対処に困るんだよなぁ」
俺は騒ぐ観衆を横目で見ながら、ぼんやりと呟く。
するとゲルニカはクスクスと笑いながら、杖を軽く回す。
「むしろ、これぐらいやらないと、ハルトさんは容易く勝っちゃいますからね。今回も、悪態をつきながらも、すぐに対処しちゃいましたし」
ゲルニカの軽口に、俺は重く項垂れ、ため息を溢す。
「俺を過信しすぎだっての。俺だって失敗する時はある、特に今回は疲れてるし、街中なんだから、ちょっとは遠慮をだな……」
俺がそう言いかけている時に、ゲルニカは回していた杖を少し大振りにする。
その瞬間、目の前の空間に、黄色い魔力が浮かび上がり、一気に球体を作り上げて、パチンと破裂する。
「魔力結界……なるほどな、もし俺が失敗したとしても、対策は打てたわけか。信頼してくれてるのか、そうじゃないのか、もうわからねぇなぁ」
俺が呆れて肩を竦めると、ゲルニカは頬笑み返してくる。
「……さて、じゃあ今度は私が行きますかね」
ステージの上で俺達を眺めていたアレッドが声を上げると、地面へと飛び下りてくる。
それと同時に、潜まっていた歓声が再び大きくなる。
「今度は、誰と戦いますか? 僕か、はたまたシグレさん?」
ゲルニカがそう言うと、アレッドは少し首を傾げて考える。
そしてゆっくりと、首を横に振った。
「いえ、一対一では少し退屈ですからね。三対一というのはどうですか?」
そう言ってすっと剣を引き抜き、こちらへと向ける。
するとシグレが驚き、目に見える程に肩を跳ねさせた。
「ええっ! 私もですかっ!?」
早口気味にそう言うと、俺とアレッドへ、順番に目線を送る。
「確かに、三人と戦うのは、流石のアレッドでも無理だろ」
俺も眉をひそめるが、当の本人は心配する様子もなく笑った。
そして手の平を上へ向けると、掻くようにぐっと力を込める。
「大丈夫です、例え相手が誰であろうと、国を守るのが我々の役目ですから……」
そう言って一気に拳を握ると、その周囲を青い魔力が包んでいく。
魔力はキラキラと輝き、氷の結晶を産み出していく。
「……アイシクルスライド、こんなこともできるんですよ。剣だけならばハルトさんと対等、ならばこれで!」
冷気に包まれる手で、すっと空をなぞると、薄い氷の板が出来ていく。
その氷の板は、手の平を追うようにひび割れて、消えていった。
するとゲルニカが、納得したように頷いて、顔をあげた。
「ふふふ、魔法の方も、中々に強いようですねぇ。力を試すと共に、鉄氷軍の士気を上げるのにもってこい……ですがもし負ければ、大変なことになりますよ?」
不敵な笑みを浮かべながら、ゲルニカは杖を振る。
すると煌々と光る炎が渦を巻き、その身を包んでいく。
「そうですね、確かにカウンターだとしても、攻撃に回るのは無理そうですねぇ……ならば五分間耐えきれば私の勝ち、一撃でも入れることができればあなた達の勝ちってことでどうでしょうか? この鎧なら、時限獣の牙だろうと通しませんよ」
アレッドは冷気の伝う手で、鎧を撫でる。
鎧はその言葉に、呼応するように輝いた。
「……はいよ。それじゃあ、やってやるよ。だけど、言ったからには本気だぞ?」
俺は下ろしていた剣を持ち上げると、正面へと向ける。
シグレもステージから飛び下りて、ゆっくりと剣を引き抜く。
その様子を見て、アレッドは安心したように頷いた。
「ええ、むしろ本気じゃないと、困ります」
冑の下から覗く瞳は、ぎらぎらと輝く喜びに満ちていた。




