第三十七話「愁いの藍」
ボーンダンスの三人は、鉄氷軍の兵士に、全身へと縄でがっちりと拘束されていく。
俺はその様子を、疲れた身体で壁にもたれ掛かりながら、眺めていた。
「……そういや、シグレの暗殺だが、誰に依頼されたんだ?」
俺がそう聞くと、パルヴァは俺の顔を真っ直ぐに見る。
「依頼者の個人情報について、公開するわけがないだろう」
「こら、無駄口を叩くな!」
力なくそう答えるパルヴァに、兵士は軽く足を蹴る。
一応回復魔法で傷は癒してあるが、疲労の溜まった身体には応える一撃だったのだろう。
バランスを崩して、がくりと膝を突いてしまう。
「おいおい、流石にあまり無茶な負担はかけるなよ。こっちも情報が欲しいんだからさ」
俺はそう言って、重い身体を揺らして、一歩前に出る。
流石に無茶しすぎた、ダメージでは今までで一番だろう。
じっと三人を見ていると、ベルシアがゆっくりと口を開いた。
「前払いでたんまりと金を貰ったから、詳しい個人情報は聞いてないの、ごめんなさいね……」
ベルシアは申し訳なさそうに、震えた声で言う。
自信を完全に失ったその様子からすると、どうやら嘘ではなさそうだ。
「……そうか。だとしても依頼者の見た目とか、外見上の特徴とか、何でもいいから情報はないのか?」
そう問い詰めていくと、ベルシアは唇を舐める。
「残念ながら、フードを被っていて、ほとんどわからなかったわ……だけど声からすると、おそらく老齢の男性だったわ。それに服の外からでもわかる程度に、がっちりとした筋肉をしていたわね」
ベルシアはそう言って、軽く頷く。
出せる情報はこれで全部、といったところか。
「わかった、情報ありがとな。とりあえずは檻の中だろうが、ゆっくり休んでくれ」
俺が軽く頬笑むと、ベルシアはぺこりとお辞儀をする。
そして三人は兵士に引っ張られて、通路へと消えていった。
すると身体に入っていた力が、一気に抜けていく。
「痛……っ! やっぱり初心者の回復魔法では、上手くいかないか……」
俺はそう言って、ふらふらと壁へもたれ掛かる。
そのまま膝を折って、地面へと座り込んだ。
「大丈夫ですか!? と言っても、私も回復魔法はあまり得意ではないんで、追加で癒すことはできませんが……」
アレッドは心配そうに言って、俺の前へとしゃがみこんだ。
俺はそんなアレッドの冑の隙間へ目を向けて、ポケットから魔混石を取り出す。
そして魔混石に癒しを念じながら、隙間の奥にぎらつく瞳を見る。
「そういやアレッドは、何でそんな冑を常に被ってるんだ? 俺からしたら、重くて疲れると思うんだが」
俺がそう言うと、アレッドは驚いたかのようにびくりと跳ねる。
瞳がぎょろりと動いたかと思うと、瞼を閉じてしまう。
「怖い……と言いますか、なんと言いますか……とにかく、顔は急所なんで、守らないと……」
アレッドはたどたどしく、焦っているかのように早口で答える。
それを不思議に感じたが、まあ言ってることは正論だと思った。
「確かに、氷仙流とはいえ、頭を固めるのは大切だな。それにトラウマを抉ってしまったようで、すまないな……」
俺が謝って、軽く頭を下げると、アレッドは首を横に振って、目を開く。
「いえいえ、勝手に怖がってるだけなんで、気にしなくて大丈夫ですよ!」
アレッドはそう言って、手を軽く振る。
その返答に俺は、正直安心した。
折角戦いを共にして、少しでも心を通わすことができたんだ。
それなのに嫌われてしまうのは、勘弁だった。
俺が安堵のため息を吐くと、通路の方からぱたぱたと足音が聞こえてくる。
「ハルト、大丈夫!?」
そう言って広場に飛び込んできたのは、心配そうに眉を寄せているシグレだった。
シグレは俺に駆け寄り、しゃがみ込むと、血の滲む服をきょろきょろと眺めていく。
「おお、シグレか。こっちは無事に、何とか暗殺者を捕らえることができたぜ」
俺が軽い口調で言うと、シグレはほっと息を吐く。
そして俺の顔を見上げて、今度は眉をきっと上げる。
「もう、無茶はしないで! こんなにボロボロになっちゃって、例え強いハルトだって死んじゃうのよ!」
熱のこもった声で必死に捲し立てるシグレに、俺は困惑する。
何と言っていいのか、声を詰まらせていると、シグレは目に涙を滲ませていく。
「無茶はいけないって、わかってくれてると思ってたのに……これじゃあ時限獣を倒すまでに、くたばっちゃうわよ……?」
不安と安心、喜びを感じさせる声で、シグレは俺の腕を掴む。
それは右手の傷跡に触れ、少し痺れるような感覚を伝えてくる。
だがそれ以上に、シグレの心が伝わってくるように感じた。
「ああ、すまねぇな……これからは無茶しないようにするさ。だから泣かないでくれよ、な?」
俺は腕をゆっくりと動かし、シグレの頭へぽんと手を置く。
そして優しく撫でてやると、嗚咽が少しずつ治まっていく。
「ええ……もちろんよ。ハルトだけに無茶なんてさせないように、私も強くならなきゃね……! さてと、傷の方は大丈夫なの?」
シグレは軽く鼻を啜り、もう一度俺の身体を見る。
「まあ一応はな。ただ疲れが相当来てるから、あまり動きたくはないが……」
俺がそう言うと、シグレはため息を吐く。
「そっか……ならもう、観光は無理かな。でも私のために頑張ってくれたんだもん、仕方ないよね!」
シグレは少し悔しそうだが、元気を振り絞るように笑ってみせる。
その笑顔に元気付けられながら、俺は目を細めて首を横に振った。
「いや、勝手に無茶したんだ。それ位なら付き合ってやるさ。そういや、ゲルニカとアリアはどうしたんだ?」
俺はシグレの後ろをちらりと見ながら、首を傾げて質問する。
「アリアさんは、アレッドさんを呼びに行くって、走って行っちゃって、戻ってきてません。そしてゲルニカさんは、アリアさんを待つために、聖域に残ってます」
シグレはそう言って、ぐっと立ち上がる。
そして通路の方へ目を向けた。
「あっ、そういえば、待ってろって言われてたのに、約束破っちゃってごめんね!」
シグレははっとして、手を合わせて軽く頭を下げる。
だが全部終わった後だ、俺は呆れて笑ってしまう。
そして口角を上げて、シグレに微笑みかける。
「いや、まあ、大丈夫だ。結局皆、無事だったしな!」
俺はそう言って、壁に背を着けながら、ゆっくりと立ち上がる。
まだまだ気だるさは抜けていないが、多少はましになった。
「じゃあ、聖域に戻るか!」
俺がそう言うと、シグレとアレッドは頷く。
「それじゃあ肩、貸すね!」
シグレは少しふらつく俺の腕を、肩に回して支える。
「おっと、シグレさんだけにやらせませんよ」
アレッドはそう言って、もう片方の腕を肩へと回す。
「そんな、そこまでボロボロなわけじゃないんだがなぁ……」
俺は苦笑いをしながらも、二人に任せて歩き出した。
聖域の噴水の前でゲルニカは一人、不安そうな顔で佇んでいた。
「あっ、ハルトさん! 大丈夫ですか!?」
こちらに気付いたゲルニカは、心配そうに声を掛けてくる。
「ああ、もう問題ない。安心してくれ」
俺は二人の肩から腕を下ろして、一人で歩み寄る。
そして肩をぐるりと回して、ゲルニカの頭を撫でてやる。
するとゲルニカは安心したように目を細めたかと思うと、不満そうに俺の手を押し退けた。
「それならよかったです。まあハルトさんなら、ボロボロになりながらでも、しぶとく生き残りそうですがね!」
ゲルニカはにっこりと笑って、ぐっと親指を立ててくる。
「ボロボロって、そこまで信用されてないの、俺……まあ実際そうなんだが……アレッドが間に合ってなけりゃ、確実に負けてただろうし」
俺は頬を掻きながら、ばつ悪く呟く。
するとゲルニカはクスクスと声を立てて笑い、こくりと頷く。
「そういや、アリアはまだ戻ってきてないのか?」
俺が質問すると、ゲルニカは眉をひそめて、大通りの方を見る。
「そう、ですねぇ……アレッドさんが一緒ということは、連絡自体はできたようですが」
ゲルニカはそう言って、アレッドへと目を向ける。
するとアレッドは、はっとした様子で顔を少し上げる。
「伝えるのを忘れていました。アリアは急用ができたということで、私に援護を任せたまま、どこかへ行ってしまいましたよ」
アレッドは早口でそう言うと、シグレは残念そうにため息を吐く。
「そうだったの……案内役がいなくなっちゃったから、観光はできないな……」
シグレの言葉に、アレッドはゆっくりと首を横に振る。
「いえ、私が案内しましょう。アリア程上手く案内はできませんが、この街の良いところはよく知ってると思いますよ?」
アレッドはそう名乗り出て、ふふんと笑った。
「なら決まりだな! 早速次の場所に行こうぜ!」
俺がそう言うと、アレッドは意気揚々に返事をする。
「それじゃあ、どこへ行くの?」
シグレが聞くと、アレッドは少し悩んだかのように上を向く。
「えっと……それでは、私のとっておきの場所に行きましょう。時間も丁度いい頃ですしね!」
アレッドは明るい声でそう言って、ゆっくりと歩き出した。
俺達は街の外れにある、小高い丘へと登っていた。
「もう少しです、頑張ってください!」
先頭を行くアレッドが後ろへちらりと向き、こちらへと呼び掛けてくる。
一方の俺は戦闘後のダメージと、ここまで移動してきた疲労が合わさり、クタクタになっていた。
「……おお、進むのは遅いが、一応大丈夫だ」
そうは言いながらも、確実に体力は消費されていく。
足取りは少しずつ重くなっていく。
するとシグレが坂を素早く駆け降りて、俺の側へと来る。
「まったく、ハルトらしいけど、無茶を全然隠せてないわよ……」
シグレはまた俺の腕を掴んで、肩に回そうとする。
だが女の子に、二回も手を貸されるのは、俺のプライドが許さなかった。
「いや、これぐらい、俺一人でいける。あともう少しなんだ、男を見させてくれよ!」
俺はそう言って気を取り直し、足をパンと叩く。
そしてシグレに笑いかけて、もう一度進み始める。
シグレは心配そうな顔をしながらも、呆れたようにため息を吐いて、俺の横へついて来る。
「……さて、到着しましたよ」
アレッドは丘の頂上で立ち止まる。
俺は少し遅れながらも、その横に辿り着く。
「これは、綺麗だな……」
俺はその先に広がる光景に、言葉を失ってしまった。
日は傾き、淡いオレンジの光を放つ。
その光は街の外にあった湖に反射して、街全体に射し込み、建物や城は荘厳な影を落としていた。
「どうですか? ここは私のお気に入りの場所、母さんとの思い出の景色です」
アレッドは落ち着いた声で、頬笑みながら言う。
「とても……とっても綺麗ね」
シグレは心に焼き付けるように、目を細めて言った。
「ええ、この街の全てが見えてくるようです……」
ゲルニカの言葉に、アレッドはふふっと笑みを溢す。
そして一方前に出て、手の平を前へ伸ばす。
「ありがとうね。この景色を一緒に見ることができただけでも、正直嬉しいです」
アレッドは絞り出すように、切ない声で言う。
その愁いの色が混ざるように、空は深い藍色に染まっていく。
「ああ。俺達もこうしてアレッドと出会えて、この景色を見れて良かったよ」
俺は静かにそう言って、藍に包まれる街から視線を上げていく。
空を見上げると、そこには一番星がぽつんと、淡く光っていた。




