第三十六話「最強の助っ人」
「まさかハルトさんがやられてしまうとは、ですがギリギリ間に合いましたね……」
広場の入り口から、誰か聞き覚えのある声が響く。
それはカチャカチャと金属音を鳴らしながら、広場へと入ってくる。
俺は閉じていた瞼を開き、ぼやける中でその人影を見定めようとする。
「おっ……お前はっ!?」
「はい、ハピュリス共和国の王子、アレッドです。お尋ね者の何でも屋、ボーンダンス……まさか酒場に擬装して潜んでいたとは、驚きですよ」
ベルシアの言葉へ答えるように、軽く笑いながら返す。
その堂々とした姿に、ギブリスは焦って飛び下がる。
そしてアレッドは三人と俺の間へ割り込んで、立ち止まった。
「お疲れ様ですハルトさん、今は応急措置しかできませんが、ゆっくりと休んでくださいね」
アレッドはそう言ってしゃがみこみ、俺の背中の傷へと手を触れる。
ズキリと刺激が走るが、すぐに痛みは引いていく。
俺はその声に安心すると、だらんと放っていた腕に力を込めて、ポケットに手を入れる。
その中を探って一つの石へ触れると、自分の身体を癒すように念じる。
すると残っていた痺れは薄れ、ぼやけていた視界も少しずつ元に戻っていく。
そして喉に絡む血を吐き出して、一つため息を吐いた。
「どうしてここがわかった!?」
パルヴァは目を見開き、声を荒げて捲し立てる。
するとアレッドは頬を掻くように、指を冑に当てて、少し首を傾げる。
「ええ、ハルトさんが瓦を割って、大きな音を立ててくれたお陰で、皆が見ていましたからね。それで向かった方向は、すぐに分かりました。それに屋根から降りた後も、爆音を立てたりしていましたからね、大体の位置はそれで割り出せましたよ」
にこやかなアレッドの言葉に、三人の顔は凍りつく。
「……お、おいどうするんだ!? ついにアジトがバレちまったじゃねぇかよぉ!」
パルヴァはギブリスの胸ぐらを掴み、ブンブンと揺らす。
「すみませぇぇん!」
ギブリスは間抜けな声をあげて、パルヴァの腕を掴む。
「今はそんな揉めてる場合じゃないわよ!」
二人を止めるように、ベルシアは嗜める。
「かといって、どうすりゃいいんだよぉ……」
パルヴァはギブリスを放し、力なくそう問い掛ける。
するとベルシアは、少し考え込んで、口を開く。
「……仕方ない。一先ずは……逃げるっ!」
その宣言がされた瞬間、三人は息の合ったスタートを切る。
そして通路の方へと逃げていこうとする。
「あっ、逃げないでくださいよ!」
アレッドはその後を追おうと、走り出そうとする。
しかし鎧に身を包んだアレッドでは、三人に追い付けそうもない。
「……魔力、結界!」
俺はポケットの中の魔混石を一気に掴むと、三人の方へと向ける。
するとその内の黄色い魔混石から、魔力が溢れ出して、凄い勢いで三人を追い抜いていく。
そしてその先で大きく広がり、通路を塞ぐ壁となる。
「……よし、何とか止められたか。だけどやっぱ回復魔法の後の気だるさは、どうにもならないなぁ……よっと」
俺はため息を吐き、軽く唸り声をあげながら立ち上がる。
そして魔混石をポケットに戻して、服の汚れを払う。
「ハルトさん、大丈夫なんですか?」
アレッドは足を止め、こちらへ振り向きながら問い掛けてくる。
「ああ、お陰様で何とかな。正直あの回復がなければ、死んでたかもしれんなぁ……」
俺は目を反らしながら言い、腕を伸ばしてみせる。
右腕にはだるさが残っているものの、左腕は十分に動かせる。
「……っ仕方ない、さっさとやって逃げるよっ!」
三人はこちらへと振り返り、それぞれに得物を構える。
「ハルトさん、もう少し戦えますか?」
アレッドはそう聞き、腰に下げた剣を引き抜く。
「ああ、いつもの剣は奪われてしまってるが、一先ずは何とかなる」
俺は右手に魔混石を持ち、そこから左手でペインソードを引き抜く。
「わかりました、ありがとうございます。では私が前に出ますので、ハルトさんは援護をお願いします」
剣を構えながら、アレッドはそう呟く。
俺はそれに対し、頷いて返す。
そして右手の中にいくつかの魔混石を込めていく。
「いくぞォ!」
「はいっ!」
パルヴァはギブリスとタイミングを合わせて、こちらへと走り出す。
先に辿り着くのはギブリス、弧を描く軌道で、狙うのは俺だった。
俺が舌打ちしつつ、不慣れな左手で剣を構えると、その前にアレッドが割り込んでくる。
「まず手負いを狙ってくるのは、読めていましたよ!」
不意の割り込みに、ギブリスはナイフを振るうことで対処しようとする。
だがそこはアレッドの方が上手、一歩踏み込むことでナイフの軌道から外れる。
そして身体を捻らせて、ナイフを上から叩き落とす。
「流石氷仙流、防御に回れば最強……!」
ギブリスがそう言いながら飛び下がると、アレッドはふふんと鼻で笑う。
「まあ、そこからのカウンターもピカ一ですがね!」
振り下ろした剣を翻し、捻らせた身体を戻しながら、さらに一歩踏み込むアレッド。
その鋭い一閃はギブリスを襲い、ローブを切り裂いていく。
ジャラジャラと音を立てて、地面へと落ちていくローブの切れ端。
するとアレッドの後ろから、覆い尽くす黒い影が広がる。
「ふんッ!」
振り下ろされるパルヴァの拳は、アレッドの背中へと伸びていく。
「危ない!」
俺が叫び伝えるも、不意の一撃にアレッドの振り向きは遅れてしまった。
「っ――ペインソードブレイク!」
俺はパルヴァの拳へとペインソードを叩きつけ、衝撃を起こす。
するとその衝撃に負け、パルヴァの拳を地面へと叩き落とす。
だが同時に、ペインソードも結界の影響で壊れてしまう。
「流石の俺達とはいえ、三人を相手にするのはきついか……?」
俺はそう呟きながら、もう一度ペインソードを作り出す。
すると魔混石から伝わってくる、枯れていくような感覚。
「……あと数本の魔力しか残ってない。早期に決着をつけないとまずいぞ」
俺がそう言うと、アレッドは一つ頷いてベルシアの方を見る。
「それなら私がベルシアに向かい、剣を取り返してきます。それまで耐えられますか?」
自信のこもったその言葉だが、つまり俺はパルヴァとギブリスの二人を相手取らなくてはいけなくなる。
ギブリスはまだ大丈夫だが、パルヴァの拳の結界を長時間耐えることは難しいだろう。
だが戦ったことのあるアレッドの言葉から、どこか強い熱を感じた。
「耐えられても三分程ってところだ。いけるか?」
「ええ!」
そう返事を返して、アレッドは走り出す。
「まずい、あいつ姉さんを狙う気だ!」
「止めないと!」
アレッドを追いかけようとする、パルヴァとギブリス。
「お前達の相手は俺だぜ」
俺は二人の前へ、遮るように立って剣を構える。
「満身創痍、その上で二対一を選んでもいいんですか?」
ギブリスは呆れたように、そう問い掛けてくる。
そこで俺はため息をついて、二人の姿を見る。
一方はローブを切り取られ、残るナイフは少ないだろう。
そしてもう一方も、右腕から血が滲み、使いものにならない状態だ。
「確かにそれもそうだが、ボロボロという部分ではお前達も同じだろう?」
背中の方からガキンと、鋭い音が聞こえてくる。
どうやらアレッドの方は戦い始めたようだ。
「流石にこいつで結界に、正面から戦うほど馬鹿じゃない。あくまで勝ち筋がある方を選んだだけだ。といっても俺の力も有限だ、お前達はどう出てくる?」
俺がそう問い掛けると、二人は少し顔を歪めた。
だがすぐにこちらへ、じりじりと近寄ってくる。
「……もちろん、戦うのみだ!」
パルヴァはそう叫びながら、拳をこちらへと振り下ろしてきた。
しかし大振りの動きは、容易く読み取ることができる。
「不意さえ突かれなければ……っ!」
俺は地面まで落ちるパルヴァの拳をギリギリで避け、反撃をその腕へ加えようとする。
すると後ろから、すっと影が伸びてくる。
「僕も忘れないでくださいよっ!」
ギブリスのナイフを、俺はくるりと回りながら、ペインソードで受け止める。
ガチンと音を立てて、持ち手と刃が真っ二つになる。
「ぬおおッ!」
そして回転をかけたまま、吠えるパルヴァの第二撃へ、ペインソードを打ち合わせた。
ペインソードはへし折れ、反動で俺は後ろへと下がる。
滑るように着地し、少し砂煙が舞う。
「……あれだけ叩いたんだから、そろそろ割れてくれるかと思ったが、やはり無理か……残り二本じゃ、砕けそうにないし」
俺はため息を吐いて、目だけで後ろを一瞬見る。
アレッドは連続で剣を振り、ベルシアをじりじりと退かせていた。
だがどれも決定打とはならず、ベルシアの的確な結界に全て阻まれていた。
「防御重視の氷仙流で、あそこまで攻め込むとは中々……だが攻め切れないか」
俺がぼそりと呟くと、パルヴァは大笑いをする。
「お前も防戦一方では、俺達に勝てないぞ?」
パルヴァの言葉に、ギブリスは相槌を打つ。
「まあ確かに、それもそうだな……腕とペインソードを庇いながらじゃ勝てないよな!」
俺はそう言って、息をすっと吐き出す。
そして改めてペインソードを作り直し、魔混石をポケットに入れ、二人をくっと睨んだ。
「どうやら、本気になったみたいですね……」
ギブリスはそう呟いて、ナイフを胸元で構える。
「ああ、その通りだぜ――!」
俺は一気に踏み込み、ギブリスへと間合いを詰める。
捻らせた身体を戻す勢いで、ギブリスを横から薙ぎ払おうとする。
防御の姿勢を取ったギブリスのナイフを、ペインソードは容易くへし折る。
そして勢いに任せて追撃に入ろうとしたところ、パルヴァが動き出す。
「止まれェッ!」
俺の頭部へと突き出される拳を、俺は横目で確認すると、重心を前へと倒す。
そのまま姿勢を一気に倒して、パルヴァの拳をギリギリで回避する。
「うらっしゃあ!」
立ち上がりながら身体を回して、パルヴァの胴を横に切り付ける。
スパッと鋭く裂けた傷口から、血が溢れ出す。
「ぐっ……ぬぉォッ!」
パルヴァは呻きながらも、自らを鼓舞するように叫ぶ。
そして伸ばした腕を、横にいる俺へ向けて、薙ぐように振ってくる。
俺は咄嗟にそれを右腕で防ぐも、衝撃は凄まじいものだった。
元々手負いだったところに、激痛が駆け抜けていく。
だが右腕に残った最後の力を振り絞り、左手へペインソードをしっかり握らせる。
パルヴァの肩から腕へ沿うように、ペインソードで切り裂いていく。
そして手首まで赤の一直線を引き、そこで結界に当たって砕け散った。
「ちっ……思ったより長く凌げなかったか……」
俺はため息を吐きつつ、震える右手でポケットの中の魔混石をぐっと握って取り出す。
だがそれを、胸元まで上げてくることはできなかった。
響く痛みに耐えながら、左手を魔混石へと近付けていく。
「ペイン……ソード!」
噛み締めるようにゆっくりと呟き、強く念じながらペインソードを魔混石から引き抜く。
すると今までで一番激しく魔力が弾け、一瞬赤い閃光を散らした。
そして空になった魔混石を労うように、優しく右手に包み、左手だけでペインソードを構える。
「……これでラスト一本か……ここまでダメージを負ったが、その価値はあったようだな」
パルヴァは両腕をだらんと垂らしながら、痛みに歪めた顔でにやりと笑う。
「姉さん、こっちもじきに終わります。そっちもやっちゃってください!」
ギブリスは結界を打ち鳴らしているべルシアへと、そう叫んで呼び掛ける。
それに頷き返したべルシアは、すっと後ろに飛び下がった。
「針串刺しになりなさい!」
べルシアはそう言って腕を突き出し、魔力を目の前へと飛ばす。
その魔力は壁を展開し、俺の時と同じように枝を作り上げていく。
アレッドはそれを剣で受け止めながらステップを取っていくが、追うように枝は分かれ伸び、逃げ道すらも塞いでいく。
じわじわと枝はアレッドを退け、追い詰めていく。
「……今だっ!」
俺はペインソードを、べルシアの結界へと真っ直ぐに投げつける。
「ついに気が狂ったか! ペインソード一本程度の魔力で、結界に太刀打ちできないことは、今までのことで理解しているはずであろう?」
パルヴァは嘲笑うかのように、そう問いかけてくる。
「分かってないのはどっちかね? さあ、ペインダガーバラット! からのポイントフレイム!」
俺の叫びに反応し、ペインソードはバラバラに分かれ、一つ一つが小さいナイフへと変わる。
そのナイフの刃には、燃えるような赤い魔力が渦巻いていた。
そして枝へと無数に降り注ぎ、小さい爆発を起こしていく。
ピシリと音を立て、一筋のひびが入る。
それに続けて、二本三本と連なり、広がっていくひび。
「なんで……残った魔力であんな火力がっ!?」
驚き、声をあげるギブリスに、俺は少し笑う。
「いやぁ……確かに数本と言ったのは事実だったが、本当に残りが二本だと勘違いしてくれるとはな。それに使ったのは、衝撃魔法だけじゃないしな!」
俺は右手に握っていた魔混石を、少しずらして見せる。
空っぽになった灰色、煌々と輝く赤色、そして淡い緑色。
ペインソード八本分の衝撃魔法と爆発魔法、さらに風魔法でのブーストを乗せた一撃。
広がった亀裂は、欠片を散らして結界を分断していく。
「やはり複雑で精密な結界は、ごり押しに弱いって、ティルダから学んだ通りだ! さあ行け、アレッド!」
「了解です!」
アレッドは剣を幾度にも振って結界を引き裂き、先へと進んでいく。
そしてべルシアの前へすっと立つ。
「……これで、私達の勝ちですね」
そう言ってべルシアの持つミラジウムの剣を、素早く切り上げる。
カンと音を立てて打ち上げられる剣は、俺の方へとくるくると回り、落ちてくる。
「なっ!? このぉ!」
ギブリスはナイフを構えて、俺の方へと飛び掛かってくる。
だが剣がこちらへ届く方が早く、俺は持ち手を掴んで、素早くナイフへと振る。
よく馴染む重さを手首に感じながら、そのままナイフを撥ね飛ばした。
そして振り抜いた腕を曲げて、ギブリスの腹に肘を食い込ませる。
「うぐっ……!?」
ギブリスは目を見開き、口から掠れた空気を吐き出す。
そのまま力なく、地面へどさっと崩れ落ちていった。
「おのれ、おのれェ!」
パルヴァはだらんと垂れていた腕を、身体を捻らせることで無理矢理に振るってくる。
「これ以上戦う意味は無いぜ?」
俺は剣を縦に構えて、パルヴァの結界に包まれた拳を受け止めた。
少し押されるものの、足の裏に力を入れて、ぐっと踏ん張る。
「渦潮だ」
拳を押し退けて、その勢いのままに身体を回転させながら、パルヴァの懐へと潜り込む。
そしてパルヴァの腹を真横に薙ぎ払った。
「……っがぁっ!?」
パルヴァは苦しい唸り声をあげながら、衝撃に後ろへと退く。
しかし残った力では、自らの巨体を支えることはできず、がくんと膝を折って倒れ込んでいく。
そのままドシンと音を立てて胸を打ち、その反動で意識を飛ばしていた。
「よし、残ったのはベルシアのみ!」
俺が剣に着いた血を振り払い、くるりと振り返ってみると、そこには低い姿勢をしたベルシアがいた。
「駄目です、もう戦えません……」
ベルシアは頭を押さえてしゃがみこみ、ぶるぶると震えながら弱音を吐いていた。
「あ、あれ……?」
俺が疑問に思いながら近寄ると、アレッドがこちらへ向く。
「どうやら、結界を魔法で破壊された上に、一気に二人を倒されたことで、自信が崩れたようですね」
アレッドはそう言って、軽く笑う。
「はい、どう考えても無理です、ごめんなさいぃ……」
先程までの自信はどこへやら、ベルシアはただただ謝ってくる。
俺はそれを見て、呆れながらため息を吐く。
「ああ、そうか……はあ」
今までの戦意は一気に削がれ、素っ気ない言葉を返すことしかできなかった。
「まあこれで、暗殺を防ぎ、犯人を捕まえることができましたね!」
アレッドはそう言って、腰から縄を取り出して、ベルシアの手に結んでいく。
「……まあ、そうだなぁ」
俺はシグレとゲルニカのことを、ぼんやりと思い出す。
去り際には、相当酷い扱いをしてしまった。
また食べ物でも奢って、お詫びしないとな。




