第三十五話「破壊の剣」
「排除する!」
パルヴァは拳を握り締め、俺に向けて振り下ろそうとする。
「そうはいかねぇよっ!」
俺はそう返すとともに、身体を反らしながら、右へと跳んで回避する。
その直後、俺の元いた場所に、パルヴァの拳が叩き付けられる。
ドゴッとむごい音を立てて、煉瓦で舗装された地面が捲れ上がる。
そしてバキバキと食い込み、地面をへこませていく。
「はぁ!? 何だよその腕力は、滅茶苦茶じゃねぇかよ!」
俺がそう叫ぶと、パルヴァは突き下ろした腕を軸にして、ぐるりと回転をかける。
「もう一発!」
回転の勢いを乗せたもう一方の拳は、回避した直後の俺へと、まっすぐに突き出される。
その大きい拳を、俺は剣で受け止めようとする。
しかしパルヴァは突き出すのをやめず、躊躇いなく剣へと向かっていった。
キィンと響く音、剣は拳を受け止め、キチキチと音を立てていた。
「なんで、剣で切れないんだ……いや、直接触れていない……!?」
パルヴァの拳は俺の剣に触れる寸前、一センチ程を開けて止まっていた。
だが俺の剣には、しっかりとした力がかかってきている。
「……結界か?」
俺は振り抜く反動で後ろに飛び、一気に引き下がる。
「正解ですが、遅いですよ?」
俺の横を通りすぎる、黒く揺らめく影。
危機を感じて後ろを向こうとすると、そこではギブリスがナイフを構えていた。
切り裂かれる背中に、鋭い痛みが広がる。
「くっ……そがぁ!」
振り向きざまに剣を振るが、ギブリスにはしゃがまれて、避けられてしまう。
「……まずは、その剣からね」
ベルシアが笑いながら言うと、剣の下から凄まじい衝撃がぶつかってくる。
そこには何も無いのに、俺の剣はガキンと音を立てて押し上げられていく。
不意の一撃に手の力が抜け、剣は撥ね上げられる。
ぐるぐると回り、落ちていく先で、ベルシアは剣を上手く手に取る。
「依頼者から聞いていた、ミラジウムの剣ねぇ……敵に回せば強いけれど、奪いさえすれば問題無いらしいわね。それにこんな珍しいもの、高く売れるしぃ……!」
ベルシアは黒い笑みを浮かべながら、剣をいとおしそうに見詰める。
「さて、対抗手段を失ったところで、なぶり殺しにすることになりますが、よろしいですか? まあ逃げるならば、助けてあげるかもしれませんが……?」
ギブリスは飄飄と言い、ナイフをくるくると回す。
「そうはいかないがな。ここを見られた限り、生かしては帰せない」
パルヴァは結界で包まれた拳を打ち合わせ、気持ち良さそうに音を鳴らしていた。
「いいわけねぇだろ……? まあ流石に得物を奪われちゃあ、中々辛いものがあるが、今の俺には魔法がある!」
俺はそう宣言して、ポケットの中から灰色の魔混石を取り出す。
そして剣を鞘から引き抜くように、両の手を胸の前に持ってくる。
「――ペインダガー……いや、ペインソード!」
その言葉を呟くと同時に、魔混石から持ち手のように、灰色の魔力の棒が突き出てくる。
俺はそれを掴み、ゆっくりと引いていく。
ペインダガーは本来、魔法使いが近距離に対応するために作られたもの。
それゆえに小回りが利きやすいように、短いナイフの形をしている。
だが俺は念じる――長く、もっと長く。
するとペインソードは引く動きに合わせて伸びていく、まるで剣のように。
「まだ完全に無力化できていなかったか!」
ギブリスは一気に駆け寄ってきて、ナイフで切りつけようとしてくる。
そこで俺は引き終えたペインソードを振るい、ナイフへと振り下ろす。
ガンと大きい音を立てて、ペインソードはナイフにひびを入れ、砕け散らせる。
「流石魔法だ、良い火力をしてるぜ!」
俺はそう言いながら一歩踏み込み、ギブリスを切り上げようとする。
しかしギブリスは後ろへと下がり、紙一重でかわす。
「でたらめな火力には、でたらめな火力をぶつけるだけです。パルヴァ、任せましたよ!」
「わかっている!」
ギブリスの合図に、パルヴァはそう返して、のろりと動き出す。
その動きはじょじょに勢いを増し、構えた右の拳を俺へと突き出す。
結界は魔法を通しにくい、それはペインソードに対しても同じだ。
普通ならばペインソードは、容易く跳ね返されてしまうだろう。
最悪の場合、一撃で壊れてしまう可能性すらもある。
だが今の俺には、魔法を打ち破る奥義と、それに耐えられる魔力がある。
ペインソードを後ろへとぐっと引き、パルヴァをギリギリまで引き付ける。
そして拳の中心へ目掛けて、ペインソードを突き出した。
「天龍撃……!」
腕にペインソードの割れる感覚が伝わるが、魔混石に念じることで即座に補填する。
そしてまた突き出して、ペインソードを直す。
――ピシリ
響く音にパルヴァは、腕に込めていた力を弱める。
俺はそれに気付くとともに、突きをさらに強めていく。
バキバキと音を立てて砕けていく結界、俺は突きの勢いを左に逃がしパルヴァの拳を避ける。
「……これで!」
左に寄せていたペインソードを、回転をかけながら右下へと振るう。
その一撃はパルヴァの右腕を切り裂き、血を吹き出させる。
「ぐっ……ぐぁあ!」
パルヴァは傷口を押さえ、膝を突いて苦しい唸り声をあげる。
「なんで……!? 私の結界が魔法なんかに打ち破られるの!?」
ベルシアは驚きの声をあげ、目を見開く。
「……なるほど、俺の剣を撥ね上げたの、お前の結界だったのか。早めに気づけてよかったよ。普通結界を遠くに出したければ魔力を飛ばす必要があるけど、それすら透明だとは驚きだ」
俺がため息を吐いて言うと、ベルシアはぽかんと口を開ける。
「よ……よく当てられたわね……でもわかったところで、見えないものとは戦えないでしょう?」
表情を戻したベルシアは、こちらへびしっと指を差す。
まあそれはごもっともだが、俺にはもう魔法がある。
「さて、それはどうかな? 見えるようにさえなればいい話だろ?」
俺はそう言って、手に持っていた魔混石を、青いものへと取り替える。
「霧雨よ、この場所を包み込んで、相手の姿を暴け!」
俺が魔混石を天高く掲げると、青い魔力が涌き出るように現れる。
それは大きく集まると、真上へと撃ち出され、空を包むように広がる。
そして細かく散っていき、広場へと降り注いでいく。
「なるほど、それなら結界を見やすくできるでしょうね。ですが見えるようになったところで、不利なのは変わりませんよ!」
ギブリスは両手にナイフを持ち、霧雨の降る中駆け寄ってくる。
それと同時にベルシアは手の平を前に出し、何かを呟く。
その瞬間に手の平に靄がかかり、雨の中へと飛び出す。
靄はギブリスの横をすり抜けると、俺の目の前で地面に落ちる。
するとそこから、こちらへ向かって、透明な箱のようなものが突き出てきた。
俺がそれを右に避けると、そこへとギブリスが襲い掛かってくる、
結界と挟み込まれる形、俺はペインソードを構えて、ナイフを視界に捉える。
そして一本をへし折り、もう一本を振り下ろされる前に食い止めた。
「流石に衝撃の魔法とはいえ、勢いがないと破壊までは至れないか……」
俺はため息を吐き、回転をかけて鏡花水月で避ける。
ギブリスの後ろに回り込んで、その背中に蹴りを食らわせる。
するとギブリスは結界へとぶつかり、うえっと鈍い声をあげる。
「よし、次はパルヴァ……」
俺がそう言い、振り返ろうとする時、陰が包み込んでくる。
「貴様ァ!」
顔を後ろへ向けると、パルヴァが左の拳を、天から一気に振り下ろしていた。
俺は前転でそれを回避し、勢いを使って立ち上がる。
「もう一発だ!」
そう叫びながら、左腕を地面から引き抜き、こちらへと突き出すパルヴァ。
俺は振り向きながら、その勢いでペインソードを拳へと当てる。
しかし、すぐにペインソードは砕けてしまうが、後ろに引き下がる反動はできた。
飛び下がりながら、再びペインソードを作る。
「……ポイントフレア!」
風を切りながら飛んでくる、赤色に包まれたナイフ。
俺はそれを弾き返したが、赤い魔力の炎は膨らみ始める。
目の前で起こる爆風に、俺は目を細めて受け身を取る。
「くっ……ギブリスかっ!」
俺が受け身を少し緩めた瞬間、爆風を割って現れる影。
「ふんぬっ……!」
出現するパルヴァは身体を捻らせて、今までで一番の勢いで、拳を放った。
不意の一撃に、俺はペインソードでそれを受けることしかできなかった。
ペインソードを打ち抜き、俺の腹へと食い込む拳。
ミシミシと鈍い音を立てて、俺の身体は吹き飛ばされる。
その先には、手のひらを突き出しているベルシアがいた。
「最後ねっ!」
ベルシアの手のひらから靄が広がり、俺の吹き飛ぶ方向を塞ぐ。
そして魔力でできた壁から、枝分かれように刺が、びっしりと生えてくる。
「ぐっ……」
詰まる息を吐き出しながら、俺はペインソードを作り出そうと、右手を動かそうとする。
だが右手は動かない、それどころか右腕はぴくりとも動かなかった。
驚いてそちらへ目をやると、二の腕から血が溢れ出していた。
ギブリスの放ったナイフの破片、そう気付いた時にはもう遅かった。
結界の枝は俺の身体を貫き、無理矢理に勢いを止める。
「かぁっ……!」
全身に突き刺さる枝は、寒気と共に鋭く痛みを伝えていく。
喉の奥から血が溢れ出し、視界がぐわんと歪んでいく。
「本当にしぶとかったわね。流石は英雄ってところかしら?」
そう言ってベルシアは腕を軽く振り、結界を掻き消す。
支えるものを失った俺は、地面へと落下していく。
「あっ……ぐぅっ!」
地面へと叩き付けられた俺は、うめき声をあげる。
息がまともにできない、痛みのせいなのか、それとも気管までやられたか。
腕に力を入れるが、その身体を支えて、立ち上がることはできなかった。
「さて、止めといきましょうか」
ギブリスは俺を見下ろしながら、ナイフをその手に構える。
「わざわざ手を下す必要は無いわ、放っておきなさい。その傷なら逃げることはできないでしょうしし、じきに死ぬでしょう。ただ何をしでかすかわからないから、しっかりと見張っていなさい。パルヴァはハルトを埋める準備をしなさい」
「はい!」
「おうよ!」
三人はそれだけ会話を交わし、ベルシアとパルヴァは、家の中へと入っていこうとする。
「……く、そがっ……」
俺は去っていくベルシアの後ろ姿を睨み、歯を食い縛る。
口の中で砂がジャリジャリと音を立てる。
やがて視界は闇に染まり、瞼が重く落ち、意識は深く沈んでいった。




