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クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第二章 時限獣の異変
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第三十三話「希望への剣」

「……そこまで!」

 審判の叫び声と共に、鐘の音が響き渡る。

 それと同時に、手の力が一気に抜けて、木刀を落としてしまう。

 その落とした木刀は、持ち手の先から木端微塵に砕け、剣の形を失っていた。

「……これは、俺の負けか」

 俺はそう呟き、大きくため息を吐く。

 正直勝てたとすら思っていた、それほどに上手く戦えていた。

 初めて幻影と月光を使いこなせた、それが確信に拍車をかけていたのだ。

 だが俺の木剣は防がれた、アレッドの防御はそれを上回る速度だった。

 折角の勝機を棒に振ったこと、それは俺の肩にどっとのし掛かってきた。

「流石ですねハルトさん、氷仙流代表をここまで追い詰めるとは……」

 アレッドが俺にゆっくりと歩み寄り、温かい声をかけてくる。

 だが負けの染み渡る俺の心には、ナイフにしかならなかった。

「いや、自分の武器の状態管理すらできないなんてな、戦場なら殺されててもおかしくなかったぜ……」

 俺がゆっくりと顔を上げ、アレッドの方を見る。

 するとアレッドは、木剣をこちらへと突き出してくる。

 その先は、俺の木剣と同じように、形を失っていた。

「……え?」

 状況が飲み込めない俺が声をあげると、アレッドは軽く笑う。

 そして手を放し、木剣の持ち手を地面へと落とした。

 カランと音を立てるその場には、ぽっきりと折れた木剣の先があった。

「まさか魔力を込めて作った木剣をへし折るなんて、暗刀流の奥義の威力は凄いですねぇ……」

 アレッドはそう言うと、審判の方へと顔を向ける。

 すると審判は周りを見渡しながら、口を開いた。

「――両者、決定打喪失! よって引き分け!」

 その言葉は混乱していた俺の頭をゆっくりと溶かし、状況を理解させていく。

 負けだとばかり思っていた自分が恥ずかしくなり、それと同時に引き分けまでもつれ込ませたことへの喜びが溢れ出していく。

「そうか……! アレッドこそ、正直俺より強かったぞ!」

 少し落ち着いた俺は、敬意を込めて明るく語りかける。

 するとアレッドはふふんと笑って、俺の肩に手を置く。

「暗刀流、相当な速度を持っているとは聞いてたんですが、まさか火力も高いとは、侮っていたとしか言えないよ……」

 アレッドは少し悔しそうに言い、観客席の方へと目を向ける。

 そこに居たゲルニカはそれを察したのだろう、目の前の柵を軽く飛び越えて、こちらへと駆けてくる。

 そして興奮気味な表情で、俺達の顔を見上げてくる。

「お二人共、凄い戦いでした! ハルトさん、まさか氷仙流最強のアレッドさんと戦って、引き分けにまでできるとは思っていませんでしたよ!」

 早口でそう言ったゲルニカは、俺の前でぴょんぴょんと跳び跳ねる。

 そんなゲルニカの頭を押さえつけ、俺はため息を吐く。

「……ったく、ちょっとぐらい俺を信じてくれてもいいじゃねえかよ……そうだ、こっちに来たついでだ。左腕に回復魔法を頼む」

 ゲルニカを押さえた手を退けて、青く腫れている左腕を見せる。

 すると興奮していたゲルニカの顔が、一気に真顔へと変わっていく。

「……そういえば負傷してましたね。ハルトさん、流石に無茶しすぎですよ? 途中で実戦ならハンデは無いとか言ってましたが、その実戦なら腕から先がなくなってましたよ?」

 呆れたように言うゲルニカに、俺は頬を掻いて口を開く。

「……まあ実戦なら、相手の武器や戦い方を見極めるのは当たり前だろ? ならその武器に合わせた対応をしても問題無いんじゃないか?」

 俺がそう言ってしゃがみこむと、ゲルニカは腫れ上がった左腕を掴んで少し観察する。

 そしてため息をついて、手のひらで痣をなぞっていく。

「折れてはいないようですが、相当なダメージですよ、これ……よくそんな平然としていられますね……」

 ゲルニカは呆れてそう言い、呪文を呟いて痣をぐっと押さえる。

 するとそこから眩い光が噴き出し、俺の痣がすっと引いていく。

「しかしこう外部から見てると、ほんと暗刀流って凄いわよねぇ……大振りな攻撃なのに、相当な速度だし。それがなくなったら、旅の戦力減っちゃうし、綺麗に治ってよかったわね」

 いつの間にか側まで寄っていたシグレが、治った腕を眺めながらそう言う。

「まあなぁ……無茶はいけないと、身をもってわかったよ。さて、これで用事ってのは終わったことになるのかね?」

 俺がそう言って立ち上がると、アレッドは周りを見渡す。

「そうですね。ハルトさんと戦えて、私は満足です。それでは皆さん、出発までの間、しっかりと準備を整えておいてくださいね!」

 アレッドは観客席全体に届くような声で叫び、俺達の方を向く。

「それでは、戻りましょうか」

 アレッドはそう言って、闘技場の出口へと歩いていく。

「ああ、わかったよ」

 俺はゲルニカとシグレに顔を合わせて、その後へついていった。


 星の輝く空の下、アレッドに引かれるように大通りを歩いていた。

「今日は急に対戦を申し込みましたから、そのお詫びと言ってはなんですが、皆さんを王家の食卓にご招待しますよ! まあ、私は直接食卓を共にはできませんがね」

 アレッドが笑いながらそう言うと、ゲルニカが目を輝かせる。

「えっ、本当ですか!?」

 ゲルニカは嬉しそうに言い、アレッドと俺の顔を交互に見る。

 だが俺は、すぐにははいと言えなかった。

「と言われても、申し訳なくないか? 流石に急に食卓に押し入るのは失礼だし、それに用意もあるだろうし……」

 俺がそう言うと、アレッドは首を横に振る。

「いえいえ、毎回作りすぎて余らせちゃうんです。それなら皆さんに、綺麗に食べてもらった方がいいですから……!」

 アレッドは少し困ったかのように言い、手を頬に当てるように兜をカチャリと鳴らす。

 するとゲルニカは大きく頷いて、こちらを見つめてくる。

「そんなもったいないことはできませんよね! それにハルトさんも何か、料理の参考にできるかもしれませんしね!」

 ゲルニカは流暢に言い、にっこりと笑った。

 逃げ場を的確に塞ぐゲルニカに、また丸め込まれたと、呆れてため息を吐く。

「まあ、そうだよな。よく考えたら昼は何も食べてないし、腹もペコペコだしな。よし、食べるからには、たっぷり食べさせてもらうぞ!」

 俺がそう言うと、アレッドは大きく頷いた。

 すると、横を向いていたシグレが、あっと声をあげる。

「……あれ、おじいちゃん?」

 シグレはぼそりと呟き、横道へと駆け出していく。

「ちょっと、どうした!?」

 俺はそう問い掛け、シグレの後を追おうとする。

 しかしシグレはそのまま、暗い道を走っていく。

 そこで俺はゲルニカとアレッドのことを思い出し、少し足を止める。

「先に王城まで行っといてくれ! 俺はシグレを追いかける!」

 俺はそれだけ言って、一気に駆け出した。

「わかりました、足元に気をつけてくださいね!」

 ゲルニカはそう言って、軽く手を振る。

 俺はそれを確認して、シグレの足音を追っていった。


 シグレは細い路地を、縫うように駆け抜けていた。

 そして十字路で足を止め、きょろきょろとその先を見回していた。

 そんな何かを探しているかのようなシグレの肩を、俺はがっしりと掴む。

「……どうしたんだよ、シグレ……急に走り出したりしてさ?」

 俺がそう聞くと、シグレはこちらに顔を向ける。

 その顔は涙を浮かべ、何か不安そうな表情をしていた。

「……おじいちゃんの姿が見えた気がして、思わず走り出しちゃってた……」

 シグレはそう言いながら、身体をこちらの方へと向ける。

 その肩は、小さく震えていた。

「そういえば、ラングリラの時間が止まってから、じいさんに会えていないんだったか……例え止まってるだけだったとしても、心配になるよなぁ……」

 俺は思い出しながら言い、シグレをなだめるように頭を撫でる。

 するとシグレはぎゅっと抱き付いてきて、顔を伏せる。

「わたし、怖かったの……もし、おじいちゃんがいなくなったらって……もしも時間を戻しても、おじいちゃんが帰ってこなかったらって……」

 シグレは声を震わせて、嗚咽混じりに語る。

 いつも一緒に過ごしてきた者、それと一時的に会えなくなってしまうのは、とても不安になるものだ。

 俺は髪を解くようにシグレを撫でて、口をゆっくりと開く。

「大丈夫だ。じいさんも昔は冒険家だったんだろ? それなら心配しなくてもいいさ。なんならここで宣言してやってもいいぞ。もし時限獣が現れたら、俺がこの手でぶっ倒してやるってな」

 俺は優しく語りかけ、腰に掛けた鞘を揺らして、音を鳴らす。

 それでも不安そうなシグレに、続けてこう言う。

「それまでは、俺が一緒に居てやる。じいさんの代わりといっちゃなんだが、剣の腕だけなら自信があるしな。時限獣には散々迷惑かけられてるんだ、ボコボコにしてやろうぜ!」

 俺のその言葉に、シグレは顔を上げる。

「本当に、信じていいの……?」

 信じたいのに大丈夫かわからない、そんな感情が込められた顔。

 俺はそんなシグレに対し、頷いて返してやる。

「おうとも! 本来俺らのところに来たのは、ラングリラを助けて欲しいって用件だったしな。まあ、もしもの話だがな、そもそも遭遇できるか、微妙だし……」

 俺が逃げ道を作っていくと、その間にもシグレの顔が少し明るくなっていく。

 そして再び、ぎゅっと抱き付いてきた。

「ありがとう……本当に、ありがとう……!」

 シグレは涙を流しながら、絞り出すように言う。

 そんなシグレの肩を、俺は両手でしっかりと包み込んでやる。

「もう大丈夫だ、泣かなくていい。ゲルニカとアレッドが待ってる。腹減ってるだろ、夕食を食べに行くぞ!」

 俺がそう言うと、シグレは涙を拭いながら、にっこりと笑った。

「……ええ!」

 その返事には、自信と安心、そして確かな希望が溢れていた。

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