第三十二話「氷仙流との戦い」
夜になり、月明かりが街をぼんやりと照らしている。
そんな中を、俺達はアレッドに連れられて歩いていた。
「ここが我々、鉄氷軍が普段練習している闘技場、トーラスです。昔からハピュリスの兵士達を育ててきた、伝統のある闘技場なんですよ!」
アレッドはそう言って、目の前にある円柱状の建物を指差した。
王城に届きそうな大きさのその中へ、アレッドは足を進めていった。
俺達はその後を追って、暗い通路の中へと入っていった。
松明に照らされた通路を歩いていると、どこからか鉄を打ち合わせるような音が、無数に聞こえてくる。
その鋭い音に俺が期待を膨らませていると、アレッドはこちらを向いた。
「そういえば、氷仙流の特性を知っていますか?」
アレッドがそう聞き、俺は頬を掻きながら首を傾げた。
実際に見たことはない氷仙流の能力を、ゆっくりと思い出していく。
「話に聞く程度でしか知らないが、確か防御に特化してるんだったか?」
俺が疑問混じりに言うと、アレッドは大きく頷いた。
「はい、他の剣術とは大きく違い、防御とカウンターに秀でていますね。そのために生存力は極めて高く、修得難易度の低さも合わさり、気軽に入門しやすいというのは大きいですね。そして今ではこの国をあげて鍛えるほどの規模になりました。鉄氷軍以外の人数も含めると、軽く二千人は越えますよ!」
アレッドがそう嬉しそうに言うとともに、通路の先が開けていく。
そして進んでいくとそこは、コロシアムのようになっていた。
そこでは数多くの兵士達が剣を交え、技を磨いているところだった。
機敏な動きで攻撃を的確に防ぎ、そこから攻撃へと繋いでいく。
一手防ぐごとに、自身の独断場を作り出していた。
「……すごい、鋭い動きだわ」
シグレは息を飲み、ぼそりと呟いた。
するとアレッドは、すたすたと前へ進んでいく。
「皆さん、話があります。練習を止めてください!」
アレッドが叫んだ瞬間、兵士はぴたりとその動きを止める。
そしてアレッドの居る方向へ、くっと身体を向ける。
それを見渡して確認したアレッドは、口を開いて話しはじめる。
「ついに、我々がこのハピュリス共和国を……世界を守る時が来ました。時限獣の伝説については、皆さんも知っていますね」
アレッドがそう言うと、兵士達は合わせて頷く。
「その時限獣が甦ったようです。出発日時はまだ未定ですが、数日以内になるので、準備と覚悟を整えておくこと、わかりましたね!」
アレッドが声を上げると、兵士は一斉にはいと叫ぶ。
その返事にアレッドは頷き、俺の方をちらりと見る。
「では、本日はかの英雄、ハルトさんがこの国に訪問したということで、氷仙流と暗刀流の模擬戦を行います!」
アレッドのその言葉に、今まで統率の取れていた兵士は少しざわめき出す。
時限獣の話を聞いても驚かなかった兵士、それがここまで驚いているということは、俺の知名度も相当上がっているようだ。
そして俺の方も急の話に、驚いて身体を跳ねさせた。
ここまでの多人数に囲まれて剣を振るうのは、これが初めてだった。
ゆっくりと息を吐き出して、口を開いた。
「……わかったぜ。ところで、対戦相手は?」
俺が恐る恐る聞くと、アレッドは軽く笑った。
そして腰の鞘から、剣を引き抜いた。
「私が、氷仙流最強と言われる私が相手です」
アレッドはそう静かに言うと、剣をこちらへと向けた。
俺の肝はみるみるうちに冷えていくことになった。
「時間は無制限、使用するのは木剣のみ、魔法は使用禁止、決着の条件は技が決まったこととします!」
旗を持った審判の兵士がコロシアムの角で、闘技場の隅々まで届くような声で叫ぶ。
俺はそれに頷くと、息をすっと吐き出した。
そしてコロシアムの先に居る、アレッドをじっと見る。
アレッドは落ち着いた様子で、木剣で風を切っていた。
それが緊張している俺との対比となって、胸を少し跳ねさせる。
「ハルトさん、いつも通りの勘と力で、やっちゃってください!」
「頑張るのよ、ハルト!」
観客席では、ゲルニカとシグレが、俺へと喚声をあげていた。
俺はその声に言い知れぬプレッシャーを覚え、背中を震わせる。
大変なことになってしまったと、俺は渋い顔をする。
だが目を閉じて気持ちを抑え、木剣を構えて手に力を入れる。
「……それでは、試合開始!」
審判が旗を振ると共に、始まりを告げる鐘が鳴る。
その瞬間に、俺はアレッドへと向かい、走り出した。
アレッドはその場から動かず、じっと俺の様子を窺っているようだった。
木剣はあまりにも軽く、いつも通りの制御をさせにくくする。
舌打ちとともに、木剣を後ろに引く。
「……いくぜ、雷電!」
俺はそう叫びながら、一気にアレッドの懐へと踏み込む。
そして身体を捻らせながら、一直線に突きを放った。
するとアレッドは、構えていた木剣を少しだけ傾かせる。
それは俺の突きを横から押し、動き少しだけ反らせる。
そこでいきなり木剣を振って、俺の突きは完全に防がれてしまう。
「氷仙流の防御を、舐めないでくださいよ……!」
アレッドはぼそりと呟き、俺へ向かって木剣を振る。
突きの勢いに乗っていた俺は、それを避けることができなかった。
「くっ……渦潮!」
俺は咄嗟に木剣を素早く戻し、アレッドの斬撃に打ち合わせて防ぐ。
そしてその反動で後ろへ下がると、蹴りでさらに距離を離す。
危機は脱したが、この一撃で俺の方が実力不足であると理解する。
「なるほど、暗刀流には回避もできるのですか……興味深いですね……」
アレッドはそう言うと、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。
相手を攻撃に転じさせてはいけない、それならば暗刀流の速度でその隙を与えないしかない。
俺はじりじりと近寄るアレッドに警戒し、木剣を身体に寄せる。
「一応、速度ばかり特化してるわけじゃないみたいでな。さて、どんどん行くぜ!」
そう言って木剣で地面を擦りながら駆け寄り、一気に切り上げようとする。
するとアレッドはそれに合わせて、一歩前に踏み出した。
そこは丁度振り上げた横の死角、同時に俺は間合いに入れられてしまった。
「……敵陣に入る勇気も、氷仙流の防御の高さの一つですよ」
ぞくりと背筋を伝うような声に、俺の血の気が引いていく。
回避をするにしても、次の手はまだ読めない。
しかしそれを見てからでは、到底避けることはできないだろう。
舌打ちをする暇すらなく、アレッドは木剣を動かす。
するとその瞬間、世界が灰色に染まっていった。
同時に全てがスローとなり、木剣の行く先が読めていく。
俺がその一筋の直線を避けるように身体を動かすと、木剣は一気に加速していく。
そして俺の鼻先を掠って、地面まで振り下ろされた。
「おっと、これは中々良い回避ですね……」
驚きの籠った声で呟き、一気に飛び下がっていく。
そして息を吐き出すと、軽く頷いて口を開いた。
「……氷仙流の基礎的な動きを捌ききるとは、敬意を表さなくてはなりませんね」
そう言ったアレッドは、ゆっくりと木剣を構え直す。
「これは本来守りを固める流派である氷仙流の、唯一攻撃に出る技であり、唯一持つ奥義!」
高らかに宣言したアレッドに、会場は騒めきはじめる。
「……それは正真正銘、俺をシンプルに倒すってことでいいのか?」
俺がそう聞くと、アレッドは静かに笑った。
そしてこちらへと、木剣を真っ直ぐに向けてきた。
「はい、そう捉えてもらって構いません。それではいきますよ、氷仙流奥義、乱レ氷柱!」
そう言ってアレッドはこちらに向ける木剣を、じわりと捻らせていく。
その直後に駆け出すアレッド、木剣はぶれることなくこちらへと向かってくる。
俺を突こうとするその木剣を、鏡花水月で寸分横へとずらす。
するとアレッドは勢いよく木剣を引き、再び突きを繰り出そうとする。
それは俺が横にした木剣を持つ手、そこへと的確に吸い寄せられていく。
「速い……渦潮!」
俺は一歩後ろへと下がりながら、真横に木剣を振り払う。
アレッドは即座に反応し、木剣を素早くかわすと、さらに一歩踏み込んだ。
下手をすれば暗刀流よりも素早いその連撃に、俺は防御することもできなかった。
アレッドの鋭い突きは、俺の左の手の甲を打ち、力を一気に抜かせる。
カランと音を立てて落ちる木剣、俺は必死になって飛び下がる。
「ふふふ、これが氷仙流、もう一つの姿。いわば攻撃は最大の防御というやつですね。さて、決定打を決める手段を失ったハルトさんでは、私に勝つことはできませんよ?」
アレッドはにやりと笑って、俺の木剣を地面から拾い上げる。
「ですが、ここで嬲り倒して終わるというのは、騎士として恥ずべきことです。この木剣を取るハンデをあげましょう」
そう言ってアレッドは、木剣を地面へと突き立てた。
屈辱的な言葉に、俺は背中を震えさせる。
「そうだなぁ……流石に素手でその鎧に殴りかかろうなんて、馬鹿の俺でも思わないな。だけどこれは模擬戦だ。戦いにハンデなんものはないさ。とにかく何かしらの方法を見つけて、勝ちに漕ぎ着けるさ」
意地を張っての挑発、だがその言葉に見合うような勝ち筋はまだ見えない。
だが一度訪れたあのスローモーション、確証は持てないが、暗刀流奥義其ノ八、幻影の真の形なのではないか?
俺がいくら月光を使って先を読もうとも勝てなかった相手、親父はそこまで到達していたのではないか?
「――集中しろ、不規則な中にも、何かしらの理由があるものだ――」
思い出に浮かぶ意味深な言葉、親父のその言葉が、俺の不安を拭っていく。
するとアレッドはにやりと笑い、突き立てた木剣から手を放す。
「わかりました、そこまで言うのならば、その意思を重んじて、本気で行きますよ」
アレッドはそう言いながら、木剣の横を通り抜けながら、こちらへと突きを放とうとする。
俺はその太刀筋に意識を落とし、静かに全てを見通していく。
すると目の前がゆっくりになり、細かな息遣いまで伝わってくる。
――成功、これが幻影の真の姿。
アレッドの動き、次の瞬間の位置が手に取るようにわかる。
それは真っ直ぐに俺の方へと向かい、ただ純粋に速度で潰すつもりなのだろう。
だがそれさえわかれば、それなりに対処もできる。
俺は既に負傷した左手を前に出し、手首で向かってくる木剣を上へとはね上げる。
その瞬間に響く激痛と、アレッドの起こす旋風が肌を擦る。
俺は前に倒した身体のままに加速し、右手で木剣を地面から引抜きながら振り向く。
そして勢いに乗せて、渦潮を繰り出した。
「まさか自らの腕を犠牲にして!?」
驚きの声をあげて、こちらへと振り向くアレッド。
その足取りは素早く、渦潮を的確に防がれてしまう。
「まあな、むしろそれぐらいしか防ぐ方法がなくてな!」
俺は渦潮のまま振り抜いて、アレッドの木剣を撥ね退ける。
もちろんアレッドは、そこから防御に移ろうとする。
だが相手の動きがわかるのならば、逆に防御の薄い部分も割り出すことができる。
おそらくこれが、暗刀流奥義其ノ九、月光の本来の形なのだろう。
「――これで終わりだ、雷電!」
そして引いた腕から、一気に雷電を繰り出した。
炸裂する雷電は、手に確実な感触を伝えてくる。
それと同時に目の前には、破片が舞い散った。
決着を告げる鈍い音が、会場に響き渡る。




