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クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第二章 時限獣の異変
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第三十二話「氷仙流との戦い」

 夜になり、月明かりが街をぼんやりと照らしている。

 そんな中を、俺達はアレッドに連れられて歩いていた。

「ここが我々、鉄氷軍が普段練習している闘技場、トーラスです。昔からハピュリスの兵士達を育ててきた、伝統のある闘技場なんですよ!」

 アレッドはそう言って、目の前にある円柱状の建物を指差した。

 王城に届きそうな大きさのその中へ、アレッドは足を進めていった。

 俺達はその後を追って、暗い通路の中へと入っていった。


 松明に照らされた通路を歩いていると、どこからか鉄を打ち合わせるような音が、無数に聞こえてくる。

 その鋭い音に俺が期待を膨らませていると、アレッドはこちらを向いた。

「そういえば、氷仙流の特性を知っていますか?」

 アレッドがそう聞き、俺は頬を掻きながら首を傾げた。

 実際に見たことはない氷仙流の能力を、ゆっくりと思い出していく。

「話に聞く程度でしか知らないが、確か防御に特化してるんだったか?」

 俺が疑問混じりに言うと、アレッドは大きく頷いた。

「はい、他の剣術とは大きく違い、防御とカウンターに秀でていますね。そのために生存力は極めて高く、修得難易度の低さも合わさり、気軽に入門しやすいというのは大きいですね。そして今ではこの国をあげて鍛えるほどの規模になりました。鉄氷軍以外の人数も含めると、軽く二千人は越えますよ!」

 アレッドがそう嬉しそうに言うとともに、通路の先が開けていく。

 そして進んでいくとそこは、コロシアムのようになっていた。

 そこでは数多くの兵士達が剣を交え、技を磨いているところだった。

 機敏な動きで攻撃を的確に防ぎ、そこから攻撃へと繋いでいく。

 一手防ぐごとに、自身の独断場を作り出していた。

「……すごい、鋭い動きだわ」

 シグレは息を飲み、ぼそりと呟いた。

 するとアレッドは、すたすたと前へ進んでいく。

「皆さん、話があります。練習を止めてください!」

 アレッドが叫んだ瞬間、兵士はぴたりとその動きを止める。

 そしてアレッドの居る方向へ、くっと身体を向ける。

 それを見渡して確認したアレッドは、口を開いて話しはじめる。

「ついに、我々がこのハピュリス共和国を……世界を守る時が来ました。時限獣の伝説については、皆さんも知っていますね」

 アレッドがそう言うと、兵士達は合わせて頷く。

「その時限獣が甦ったようです。出発日時はまだ未定ですが、数日以内になるので、準備と覚悟を整えておくこと、わかりましたね!」

 アレッドが声を上げると、兵士は一斉にはいと叫ぶ。

 その返事にアレッドは頷き、俺の方をちらりと見る。

「では、本日はかの英雄、ハルトさんがこの国に訪問したということで、氷仙流と暗刀流の模擬戦を行います!」

 アレッドのその言葉に、今まで統率の取れていた兵士は少しざわめき出す。

 時限獣の話を聞いても驚かなかった兵士、それがここまで驚いているということは、俺の知名度も相当上がっているようだ。

 そして俺の方も急の話に、驚いて身体を跳ねさせた。

 ここまでの多人数に囲まれて剣を振るうのは、これが初めてだった。

 ゆっくりと息を吐き出して、口を開いた。

「……わかったぜ。ところで、対戦相手は?」

 俺が恐る恐る聞くと、アレッドは軽く笑った。

 そして腰の鞘から、剣を引き抜いた。

「私が、氷仙流最強と言われる私が相手です」

 アレッドはそう静かに言うと、剣をこちらへと向けた。

 俺の肝はみるみるうちに冷えていくことになった。


「時間は無制限、使用するのは木剣のみ、魔法は使用禁止、決着の条件は技が決まったこととします!」

 旗を持った審判の兵士がコロシアムの角で、闘技場の隅々まで届くような声で叫ぶ。

 俺はそれに頷くと、息をすっと吐き出した。

 そしてコロシアムの先に居る、アレッドをじっと見る。

 アレッドは落ち着いた様子で、木剣で風を切っていた。

 それが緊張している俺との対比となって、胸を少し跳ねさせる。

「ハルトさん、いつも通りの勘と力で、やっちゃってください!」

「頑張るのよ、ハルト!」

 観客席では、ゲルニカとシグレが、俺へと喚声をあげていた。

 俺はその声に言い知れぬプレッシャーを覚え、背中を震わせる。

 大変なことになってしまったと、俺は渋い顔をする。

 だが目を閉じて気持ちを抑え、木剣を構えて手に力を入れる。

「……それでは、試合開始!」

 審判が旗を振ると共に、始まりを告げる鐘が鳴る。

 その瞬間に、俺はアレッドへと向かい、走り出した。

 アレッドはその場から動かず、じっと俺の様子を窺っているようだった。

 木剣はあまりにも軽く、いつも通りの制御をさせにくくする。

 舌打ちとともに、木剣を後ろに引く。

「……いくぜ、雷電!」

 俺はそう叫びながら、一気にアレッドの懐へと踏み込む。

 そして身体を捻らせながら、一直線に突きを放った。

 するとアレッドは、構えていた木剣を少しだけ傾かせる。

 それは俺の突きを横から押し、動き少しだけ反らせる。

 そこでいきなり木剣を振って、俺の突きは完全に防がれてしまう。

「氷仙流の防御を、舐めないでくださいよ……!」

 アレッドはぼそりと呟き、俺へ向かって木剣を振る。

 突きの勢いに乗っていた俺は、それを避けることができなかった。

「くっ……渦潮!」

 俺は咄嗟に木剣を素早く戻し、アレッドの斬撃に打ち合わせて防ぐ。

 そしてその反動で後ろへ下がると、蹴りでさらに距離を離す。

 危機は脱したが、この一撃で俺の方が実力不足であると理解する。

「なるほど、暗刀流には回避もできるのですか……興味深いですね……」

 アレッドはそう言うと、ゆっくりとこちらへ近寄ってくる。

 相手を攻撃に転じさせてはいけない、それならば暗刀流の速度でその隙を与えないしかない。

 俺はじりじりと近寄るアレッドに警戒し、木剣を身体に寄せる。

「一応、速度ばかり特化してるわけじゃないみたいでな。さて、どんどん行くぜ!」

 そう言って木剣で地面を擦りながら駆け寄り、一気に切り上げようとする。

 するとアレッドはそれに合わせて、一歩前に踏み出した。

 そこは丁度振り上げた横の死角、同時に俺は間合いに入れられてしまった。

「……敵陣に入る勇気も、氷仙流の防御の高さの一つですよ」

 ぞくりと背筋を伝うような声に、俺の血の気が引いていく。

 回避をするにしても、次の手はまだ読めない。

 しかしそれを見てからでは、到底避けることはできないだろう。

 舌打ちをする暇すらなく、アレッドは木剣を動かす。

 するとその瞬間、世界が灰色に染まっていった。

 同時に全てがスローとなり、木剣の行く先が読めていく。

 俺がその一筋の直線を避けるように身体を動かすと、木剣は一気に加速していく。

 そして俺の鼻先を掠って、地面まで振り下ろされた。

「おっと、これは中々良い回避ですね……」

 驚きの籠った声で呟き、一気に飛び下がっていく。

 そして息を吐き出すと、軽く頷いて口を開いた。

「……氷仙流の基礎的な動きを捌ききるとは、敬意を表さなくてはなりませんね」

 そう言ったアレッドは、ゆっくりと木剣を構え直す。

「これは本来守りを固める流派である氷仙流の、唯一攻撃に出る技であり、唯一持つ奥義!」

 高らかに宣言したアレッドに、会場は騒めきはじめる。

「……それは正真正銘、俺をシンプルに倒すってことでいいのか?」

 俺がそう聞くと、アレッドは静かに笑った。

 そしてこちらへと、木剣を真っ直ぐに向けてきた。

「はい、そう捉えてもらって構いません。それではいきますよ、氷仙流奥義、乱レ氷柱!」

 そう言ってアレッドはこちらに向ける木剣を、じわりと捻らせていく。

 その直後に駆け出すアレッド、木剣はぶれることなくこちらへと向かってくる。

 俺を突こうとするその木剣を、鏡花水月で寸分横へとずらす。

 するとアレッドは勢いよく木剣を引き、再び突きを繰り出そうとする。

 それは俺が横にした木剣を持つ手、そこへと的確に吸い寄せられていく。

「速い……渦潮!」

 俺は一歩後ろへと下がりながら、真横に木剣を振り払う。

 アレッドは即座に反応し、木剣を素早くかわすと、さらに一歩踏み込んだ。

 下手をすれば暗刀流よりも素早いその連撃に、俺は防御することもできなかった。

 アレッドの鋭い突きは、俺の左の手の甲を打ち、力を一気に抜かせる。

 カランと音を立てて落ちる木剣、俺は必死になって飛び下がる。

「ふふふ、これが氷仙流、もう一つの姿。いわば攻撃は最大の防御というやつですね。さて、決定打を決める手段を失ったハルトさんでは、私に勝つことはできませんよ?」

 アレッドはにやりと笑って、俺の木剣を地面から拾い上げる。

「ですが、ここで嬲り倒して終わるというのは、騎士として恥ずべきことです。この木剣を取るハンデをあげましょう」

 そう言ってアレッドは、木剣を地面へと突き立てた。

 屈辱的な言葉に、俺は背中を震えさせる。

「そうだなぁ……流石に素手でその鎧に殴りかかろうなんて、馬鹿の俺でも思わないな。だけどこれは模擬戦だ。戦いにハンデなんものはないさ。とにかく何かしらの方法を見つけて、勝ちに漕ぎ着けるさ」

 意地を張っての挑発、だがその言葉に見合うような勝ち筋はまだ見えない。

 だが一度訪れたあのスローモーション、確証は持てないが、暗刀流奥義其ノ八、幻影の真の形なのではないか?

 俺がいくら月光を使って先を読もうとも勝てなかった相手、親父はそこまで到達していたのではないか?

「――集中しろ、不規則な中にも、何かしらの理由があるものだ――」

 思い出に浮かぶ意味深な言葉、親父のその言葉が、俺の不安を拭っていく。

 するとアレッドはにやりと笑い、突き立てた木剣から手を放す。

「わかりました、そこまで言うのならば、その意思を重んじて、本気で行きますよ」

 アレッドはそう言いながら、木剣の横を通り抜けながら、こちらへと突きを放とうとする。

 俺はその太刀筋に意識を落とし、静かに全てを見通していく。

 すると目の前がゆっくりになり、細かな息遣いまで伝わってくる。


 ――成功、これが幻影の真の姿。

 アレッドの動き、次の瞬間の位置が手に取るようにわかる。

 それは真っ直ぐに俺の方へと向かい、ただ純粋に速度で潰すつもりなのだろう。

 だがそれさえわかれば、それなりに対処もできる。

 俺は既に負傷した左手を前に出し、手首で向かってくる木剣を上へとはね上げる。

 その瞬間に響く激痛と、アレッドの起こす旋風が肌を擦る。

 俺は前に倒した身体のままに加速し、右手で木剣を地面から引抜きながら振り向く。

 そして勢いに乗せて、渦潮を繰り出した。

「まさか自らの腕を犠牲にして!?」

 驚きの声をあげて、こちらへと振り向くアレッド。

 その足取りは素早く、渦潮を的確に防がれてしまう。

「まあな、むしろそれぐらいしか防ぐ方法がなくてな!」

 俺は渦潮のまま振り抜いて、アレッドの木剣を撥ね退ける。

 もちろんアレッドは、そこから防御に移ろうとする。

 だが相手の動きがわかるのならば、逆に防御の薄い部分も割り出すことができる。

 おそらくこれが、暗刀流奥義其ノ九、月光の本来の形なのだろう。

「――これで終わりだ、雷電!」

 そして引いた腕から、一気に雷電を繰り出した。

 炸裂する雷電は、手に確実な感触を伝えてくる。

 それと同時に目の前には、破片が舞い散った。

 決着を告げる鈍い音が、会場に響き渡る。

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