第三十話「使用人の少女」
馬車はゆっくりと速度を落とし、大きな門の前で止まる。
「……これは、魔獣ではないか。つまりパスポートは持っているんだな?」
門の前に立っていた兵士がそう言い、馬車の中を覗き込んでくる。
するとゲルニカは前の方へ出て、懐を漁りはじめる。
「はい、もちろん持ってますよ。ほら、これがそのパスポートです」
ゲルニカはそう言いながら、パスポートを取り出す。
兵士はそれをじっと眺めてから、二回頷いた。
「よし、本物だな、入っていいぞ。だが、うちもまだ整備が行き届いているわけではない。なので、魔獣は門を潜ってすぐの建物で預かることになるが、構わないな?」
兵士の言葉に、ゲルニカは何故かしゅんとした顔になっていく。
そして渋々といった様子で、ゆっくりと頷いた。
「……はい、わかりました。ところで、話は変わりますが、ちょっと預かってほしいものがあるんですが」
ゲルニカはそう言いながら、馬車の奥へと入っていく。
兵士はその様子に、怪訝な顔を返す。
そして大きい塊をがっしりと掴むと、蹴りをかまして外へと放り出す。
バタリと転げ落ちたそれを見て、兵士は驚きの声をあげる。
「ひっ、人!? ……それにこいつは、最近この辺りを荒し回っていた、野盗じゃないかよ!」
兵士はその顔を覗き込んで、頬を引きつらせる。
その反応も納得で、よりによってゲルニカが突き出したのは、デストロイフレイムでボロボロになった、恐らく一番の重体である男だった。
回復魔法である程度の処置はしたとはいえ、服や髪は焦げたままだった。
「こいつら、僕達に襲撃を掛けてきたんで、返り討ちにしてやりました! とりあえずは十二人、その場に居た全員を引っ捕らえましたよ! 一応は回復してありますんで、命については安心してくださいね」
そう元気に言いながら、もう一人の男を無造作に引き寄せ、その首根っこを引っ張って見せつける。
兵士はその男の怯えた顔に、少々あたふたとした反応を見せる。
そしてぐっと目を閉じると、覚悟を決めたように頷いた。
「……ところで、お名前を聞いていなかった。何と言うのですか?」
畏怖と尊敬のこもったその言葉に、ゲルニカはにやりと笑って口を開く。
「ハルトとゲルニカ、そして使い魔のライデンと、英雄二人が実力を認めたシグレの四名ですよ」
「うーん、あの間抜け面を一気に処理できたと思うと、すっきりしましたよー!」
門を潜り抜けながら、馬車を畳んだキューブを手に持ち背伸びするゲルニカが言った。
その顔は重りが外されたように、晴れやかなものだった。
するとシグレが心配そうな顔をして、口を開いた。
「それは流石に言いすぎじゃ……あの人達も、あれしか生きる術が無いから、ああしたんでしょうし……」
「えっ、そのことについて言ってるんじゃないですよ? あいつら、馬鹿の一つ覚えに突撃ばかりしかしないんですもん。それに、散々調子に乗ったのに、最後には無様に逃げ出し始めてさぁ……極めつけに、あの別れ際の顔、見ました? 嘘っぱちや黙秘を貫こうなら、僕が出るって言うと、ガクガクって震え出しちゃってさ……!」
ゲルニカはクスクスと笑いながら、キューブを軽く投げ上げる。
そしてそれをキャッチすると、一気に目付きを悪くする。
「……それに、ライデンと一緒に居られないなんて、相当ストレスのたまる話でしたから、せめて一発、発散の機会が欲しかったんです!」
そう言い切って、ゲルニカはライデンへと笑顔を向けた。
するとライデンは嬉しいような、困ったような、何ともいえない顔を返す。
そしてゲルニカは鞄にキューブをしまい、横にあった石造りの建物へと近づいていく。
そこにあった看板を見ると、魔物の宿と書かれていた。
「たぶん、ここでしょうね」
そう言ったゲルニカが、ドアノブに手を掛けようとした瞬間、扉が音を立てて開かれる。
「あら、いらっしゃーい! ぼうや、ここは預かり所だけど、おばちゃんに何か用?」
扉から出てきたふくよかな女性はそう言って、満面の笑みを浮かべる。
そしておばちゃんは、ゲルニカの頭をガシガシと撫で回す。
ゲルニカはその手を掴んで、不満そうにゆっくりと押し退けた。
「えっと、僕の使い魔、ライデンを預かってほしいんですが……」
ゲルニカがそう言うと、おばちゃんはどかどかと通りに出てくる。
そしてライデンの前に立つと、細めた目でじっと全身を見渡した。
「へぇ……筋肉はしっかり付いてて、中々良い毛並み、それにこの赤い部分、艶があって特に綺麗ねぇ……! こんな幼いのに魔物使いってのも十分驚きだけど、ここまでちゃんと手入れされているのは凄いわね。この子、屋内で飼っているのかしら?」
おばちゃんがそう聞くと、ゲルニカは首を横に振った。
「いえ、基本的には屋外、アリヘウスの森の中に住まわせています。筋肉については、ほぼ毎日王国へ野菜を運んできてもらってるので、そりゃ十分に鍛えられてますよ!」
ゲルニカがそう言うと、おばちゃんは怪訝そうに顔をしかめる。
そして目を見開いて、勢いよく口を開いた。
「王国にアリヘウスの森! まさかこの子、噂に聞くライデンなの!?」
おばちゃんが叫ぶと共に、ライデンは驚いた顔で相槌を打つ。
するとおばちゃんは納得したような顔で、何度も頷いた。
「つまり、あなた達は英雄のハルトさんと、ゲルニカさんってわけね。それを知らずに、失礼な態度を取っちゃって、ごめんなさいねぇ……」
「いえいえ、それくらい大丈夫ですよ。さて、預かってもらえますか?」
ゲルニカが首を傾げながら聞くと、おばちゃんは当たり前と言うかの如く頷いた。
「ええ、もちろんよぉ! こんな良い子を預かるのなんて、滅多なことじゃないでしょうし。ところで、何でハピュリスに来たの? 観光かしら?」
おばちゃんがそう言うと、ゲルニカは口元を指で押さえながら唸る。
「それはついでにってところですかね……今回はハピュリスの王様に話があって来ました」
ゲルニカがそう言うと、おばちゃんは口を尖らせて頷いた。
「へえ、それなら毎日、そこの角の喫茶店に来ている、アリアちゃんに会うといいわ。彼女はお城で働いているから、用件さえ伝えれば、快く案内してくれると思うわよ」
おばちゃんが通りの先を指を差すと、ゲルニカはペコリとおじぎをする。
そして俺達の方を向いて、にっこりと笑った。
「それでは行きましょう! ライデン、じゃあねー!」
ゲルニカは手を振りながら、通りを歩いていく。
「ガァウ!」
ライデンはそれに、頼もしい鳴き声で返した。
俺は椅子にどっと座り込み、ため息を吐いた。
「ご注文をお伺いします!」
すると席へと近付いてきた女性が話し掛けてくる。
困惑する俺だったが、ゲルニカはメニューを手際よく出して、指を差す。
「このメープルフルーツパフェの大を、えっと……オプションにチョコチップと、スパイシーソースで!」
ゲルニカは随分と嬉しそうに言って、シグレの方へと目を向ける。
シグレは少しぎょっとしていたが、メニューを眺めて頷いた。
そして笑顔へと変わり、口を開いた。
「……じゃあ、このグリーンシャーベットをください!」
シグレがそう言うまでの間に、俺はメニューを確認して少し悩んでから言う。
「えーっと、ビタービスケットにコーヒーのミルクで」
格好つけるつもりでそう言うと、女性は手帳にメモをしてぺこりと頭を下げる。
「かしこまりました!」
「……あーあと、アリアって子が来たら、教えてくれないか? ちょっと用があるんでな」
俺がそう言うと、女性は軽く頷いて、カウンターの奥へと戻っていった。
それを見ると、落ち着く余裕が出てくる。
「そういや、聞きたい事があるんだが。俺はあまり政治とか詳しくないが、この国って名前の通り共和制なんだろ? それなのに、何で王様が存在するんだ?」
俺がそう聞くと、ゲルニカは少し困ったように唸る。
「確かに、王様が存在するってことは、君主制ってことですしねぇ……説明するとなると、中々難しいですね……」
ゲルニカはそう呟きながら、鞄の中を漁って、本を机の上へと積み重ねていく。
そして一冊の本を掴むとそれを開いて、パラパラと捲っていく。
「となると、この国の歴史についてを語るのが、一番手っ取り早いんでしょうかね」
ゲルニカは捲っていた本を止めて、そのページを見せてくる。
そこには王様と思われる、髭を生やした男性が描かれていた。
「……この国は、つい百年ぐらい前まで君主制として、政治を進めてきていました。この絵の人物は、この国最後の君主で、最初に共和制を敷いた王様です」
ゲルニカはそう説明しながら、本に書かれている文字を指でなぞった。
その言葉に、俺は頭の上に疑問符を浮かべる。
「え、それじゃあ、王様ってのは現在いないってことになるんじゃ……」
唖然としながらそう言うと、ゲルニカは首を横に振る。
「えっと、順を追って言っていきますよ。この国の王様は、代々の政治がよく行き届き、強い信頼を置かれていました。しかし、王様はそんな頼りきりになる国を、良しとはしませんでした」
そしてゲルニカは一息置き、話を続ける。
「そこで王様は、国民達から選び出された大臣達に、政治をさせようと考えました。ですが、今まで王様を頼ってきた国民達は、政治のやり方を知りませんでした。なので王様は、政治のアドバイスをし、外交も行うという、象徴としての立場を作り出しました」
ゲルニカはそう言って、カウンターを奥をちらりと見る。
どうやら、注文したパフェが待ちきれないようだ。
「……へえ、つまりその王様に直接当たって、兵士を派遣してもらおうってわけだな」
俺が納得してそう言うと、ゲルニカは頷く。
「さらにこの国の王様は、軍の権限も持ってるんですよね。まあ派遣したりするには、大臣の許可が必要だったりしますが、派遣までに掛かる時間は、相当短縮できるはずですよ!」
ゲルニカがそんな話しをしていると、女性がお盆に皿を乗っけて机へと歩いてくる。
「こちらはグリーンシャーベットに、ビタービスケットとミルクコーヒーになります」
女性はそう言うと同時に、机に皿を並べていく。
手際の良い動きで全てを並べ終えると、そのまま戻っていってしまった。
すると目を輝かせていたゲルニカの顔が、何やら暗く影を帯びたものになっていく。
「……一回来なかっただけで、そこまで気を落とすこともないだろ? せいぜいパフェが来るまでに、そこの本を片付けときなよ」
俺は帰っていく女性を見届けながら言い、ビスケットを指に摘まむ。
そして口に入れてみると、ほのかな苦味が舌を刺激する。
「そうですね……」
ゲルニカがしょぼんとしながら、本を手で掴む。
それを鞄の中にゆっくりと入れながら、ため息を吐く。
「私のシャーベットを分けてあげるからね、元気出しなよ」
シグレがそう言いながら、スプーンを二本、シャーベットへと突き刺した。
するとゲルニカの顔は、みるみる内に、元の明るいものへと戻っていく。
「ありがとうございます! では、いただきまーす!」
そう言ってスプーンの一本を掴むと、シャーベットをがっつりと抉っていく。
そして口に運んで、くっと目を細めて唸った。
「……うーん、苦味の中に、甘さがふんわりと広がって、おいしいです!」
そんなことを言いながら、ゲルニカはにっこりと笑顔を見せる。
俺はその笑顔を見ながら、呆れてため息を吐く。
「くれた本人より先に食べるって、どうなんだかなぁ……それもごっそりと」
そう呟いて、コーヒーを少しすすった。
ビスケットの苦味が、コーヒーの甘味を引き立てて、口の中へ広がっていく。
その暖かさを感じながら、ぐっと背伸びをする。
すると、一人の少女が俺達の席へとゆっくり歩いてくる。
「あの、あなたがハルトさんですか……?」
少女は恐る恐る、俺に向かい話し掛けてくる。
綺麗な赤い髪に、整った可愛い顔をしている。
服装は紺色に白いフリルのメイド服で、赤い髪がよく映えていた。
年齢はおそらく俺と同じか、少し下ぐらいだろう。
「ああ、俺がハルトだが。君は、もしかして……」
俺がそこまで言うと、少女は手を合わせてにっこりと笑う。
「はい、私はアリアといいます。魔物の宿のおばちゃんに、ここでハルトさんが待ってるって聞きました!」
少女はそう言って、一つ空いていた椅子に座った。
「聞いたところによると、お城に用があるんでしたよね」
アリアは笑顔のまま、カウンターの方を見る。
するとカウンターに立っていた男性が、それに反応して頷いた。
そして店の奥へと入っていった。
「はい、アクシア王国の王様からの言伝を持って来ました。お城まで案内してほしいんですが、いいですか?」
ゲルニカがそう聞くと、アリアは大きく頷く。
「ええ、もちろんです! ただ、そのかわり……」
アリアはそう何かを企むかのように、顔を伏せる。
すると店の奥に行っていた男性が、何かをこちらへと持ってくる。
アリアはそれを受け取ると、ふふっと笑った。
「このコーヒーを飲み終わるまで、待っててくださいね!」
そう無邪気に言い、黒に泡の波紋を描くコーヒーを見せてくる。
その笑顔は、とても可愛いらしいものだった。




