第二十九話「二つの流派」
カラカラと車輪を鳴らして、馬車は草原に伸びる道を走っていた。
「しかし、馬車ってのは中々快適なものだな。直接ライデンに乗ってた時に比べると、途中で落ちる心配も無いだろうし」
俺がそう言うと、シグレが嬉しそうに笑った。
「そりゃ、フロスおじさんが作った馬車だもん、快適なのは当たり前よ。それに、品質についても、私が知り合いとして保証するわ」
そう言ってシグレがウインクすると、ゲルニカが大きく頷く。
「確かに、僕も何度か馬車に乗ったことはありますが、ここまで乗り心地が良いのは滅多になかったです! ところで、フロスさんとはどんな関係なんですか?」
ゲルニカが質問すると、シグレは首を傾げる。
「……昔、お父さんとおじいちゃんが探検に出て、独りぼっちだった時に、フロスおじさんにお世話になったの。あの時に食べた煮物は美味しかったなぁ」
そう言って、馬車の外を遠く眺める。
「まあ、私ももう大きいし、食べる機会はほとんど無さそうだけどね……」
シグレは苦笑いを浮かべて、頭を掻いていた。
「へえ、シグレの父さんとじいさんは、冒険家でもやってたのか? どれぐらい強いのか、ぜひ会ってみたいもんだ」
俺がそう聞くと、シグレの顔が少し曇っていく。
そして唸り声をあげると、ゆっくりと口を開いた。
「……ごめんね、お父さんはもう死んじゃったんだ。でも最後は私を守るためだった、とても格好良かったよ。私もそんな、誰かを守れるような人になりたいの」
悲しそうな声で言って、ため息を吐いた。
俺はその話に息が詰まり、少し考え込んでしまう。
「すまなかった、そんなことを聞いてしまって……」
俺が目を細めて頭を下げると、シグレはふるふると首を横に振った。
「いやいや、気にしなくて大丈夫よ! むしろ、その事を改めて考え直せて良かったよ。ちなみに、この刀もお父さんから受け継いだものなんだ!」
シグレは元気を絞り出して、笑顔を作った。
そして腰に下げていた刀を外すと、少しだけ刃を見せる。
「……改めて思ったが、刀とは中々珍しい得物だな。単純にラングリラ特有ってのもあるが、片刃では汎用性に欠けるんじゃないのか?」
俺はその刀をじっと見て、そう聞いてみた。
するとシグレは刀を素早く引き抜くと、それを俺の目の前へと持ってくる。
「攻撃を防ぐ分には、片刃だけの方が安全よ。それに、単純に高速で動かすことができれば、剣と同等に戦えるわよ」
シグレはそう言って、鞘へと刀を納めていった。
その時、順調に進んでいた馬車がガタンと揺れを起こして止まる。
衝撃に俺達がバランスを崩していると、外からガヤガヤと音が聞こえてくる。
「グリリィィ……」
ライデンの唸り声が聞こえると、ゲルニカは馬車から飛び降りた。
「なんだ、このガキは……? こんな大層な魔獣なんて連れてちゃってさぁ!」
そんな男の声が外から聞こえ、多人数のケタケタといった笑い声が響く。
その声に不信感を抱き、俺とシグレも馬車から降りた。
そこには、一様にボロボロの服を着て、棍棒を手に持った十人程の男達が居た。
「何だ、お前達は?」
俺がそう聞くと、その中で一番の大男が前に出る。
「お前らがこのガキの親かい? 随分と若いみたいだが、出来ちゃった的なやつかい?」
大男はヘラヘラとふざけて、棍棒で肩を叩いていた。
「違うっての! 未だに恋すらしたことが無い俺に、酷いこと言うなぁ……」
俺は焦りながら、震える声でそう反論する。
シグレは俯いて、ただ静かに黙り込んでいた。
すると男達は、より一層大きな声で笑った。
「お前……恋すら無いのかよ! それなら罪悪感も無いな、とりあえず金目の物と、その女を寄越せ。そうすれば命だけは助けてやろう。恋もできずに死にたくはないだろ?」
大男はそう言って、棍棒の先をこちらへと向けてくる。
「あああ!? 傷口を抉ってくるんじゃねえよ! てかお前らは、いわゆる野盗ってやつか!」
俺は剣を引き抜くと同時に、そう捲し立てる。
「えーと、相手は十二人、頭数としては一人で三人の相手をする計算ですね」
ゲルニカは男達を指差して、笑顔でそう言った。
そしてライデンと馬車を繋いでいた縄を外した。
大男はぷるぷると身体を震わせて、歯をぎりぎりと噛み締めた。
「……っ俺らを虚仮にしたこと、死んで後悔するんだなァ!」
大男がそう叫ぶと、纏まっていた男達が取り囲むように広がる。
俺とシグレを囲んだのは六人、ゲルニカとライデンから分断するような形だった。
「俺がシグレの戦うのを見るのは初めてだが、無理だけはするなよ?」
俺が聞くと、シグレは刀を抜きながら頷いた。
「私は守るために特訓してきた、多少なら大丈夫よ!」
その元気な声は、俺を少しだけだが安心させた。
僕は取り囲む男達を眺めて、ライデンの背中を撫でる。
スキンヘッドに、ピアス、オールバック、刈り上げなど、多様な格好をしていた。
しかしその中で、いかにも強そうな筋肉を持っている点では全員同じだった。
あれぐらい肉体があれば、ライデンの攻撃でも大丈夫だろう。
「……ライデン、遠慮はいりませんよ、容赦なくぶっ倒してください!」
「グオオォォ!!!」
僕が指示すると、ライデンは遠吠えをしながら地面を蹴り込む。
そして一瞬で一人の前へと飛び込み、その太い腕で横へ薙ぎ払った。
吹き飛ぶそのスキンヘッドの男のいた場所に、ライデンは爪を立ててブレーキを掛ける。
「……え?」
スキンヘッドの横にいたピアスの男が、間抜けな声をあげてそちらを向く。
するとそこでは、ライデンが鋭い目をして、息をゆっくりと吐き出していた。
「この、野郎が!」
ピアスの男はそう声をあげながら、ライデンへと棍棒を振り下ろす。
しかし棍棒はポスっと音を立てて、ライデンの体毛に食い止められる。
「ペインストライク!」
僕が構えていた杖を振ると、その先から灰色をしたこぶし大の魔力が射ち出される。
それは音も無く飛んでいくと、ピアスの横っ腹に当たる。
そしてドンと音を立てて、そいつを軽く撥ね飛ばした。
地面に倒れ込んだ男の口からは、ぶくぶくと泡が噴き出してきた。
「想定外のことにパニックになるどころか、そこから軽率な行動を取るなんて、駄目じゃないですか。このままじゃ、本当にぶち殺しちゃいますよ……?」
僕は不敵に笑って、杖の先に魔力を込めていく。
魔力はごうごうと音を立てて、杖を包むように渦を巻いていく。
「本気でかかってきてください、やる気があるなら……ね?」
僕がそう言うと、男達は一斉にこちらへと迫ってくる。
その顔は恐怖や怒りといったものにより、皆ぐしゃぐしゃになっていた。
結局は呆れるほどに、簡単に誘導されてしまうものだ。
それを見て長いため息を吐くと、見える男達をなぞるように杖を横に振った。
次の瞬間、男達は僕へ目掛け、一斉に棍棒を振り下ろした――
――が、その棍棒は僕の頭部には当たらず、五センチ程の距離を置いて止まった。
その棍棒が触れる場所には、ぼんやりと黄色い光が漂っていた。
「……ティーレさん程上手くはできないですが、まあ最初にしては良いんじゃないですかね!」
僕が杖を振ると、黄色い光が少し収縮していく。
そしてある一点まで達すると、その光が一気に広がる。
波紋を描き出すように放たれた衝撃は、男達の棍棒を吹き飛ばす。
しかしその内の一人は、棍棒を手放すことはなかったようだ。
「……ふう、個人的に応用してみましたが、やはり風魔法ってのは疲れますねぇ」
僕はそう呟くと、男達の隙間から転がり出る。
そして杖の先に魔力を固めて、ペインダガーを発動する。
そこから立ち上がる勢いで身体を捻り、一人の男の足元を斬りつける。
「ぐっ……なんだぁ!?」
苦しそうに言葉を発した男は、こちらへと顔のみを向ける。
「おらっ!」
僕は立ち上がる勢いのままに跳ねると、その背中へと蹴りを入れる。
そしてバランスを崩して前へ倒れていくと、顎を地面に打ち付けて白目を向いた。
それを着地するまでに確認すると、懐から黒いナイフを左手に取って、勢いよく投げつける。
それは赤い閃光を繋いだまま、しゅっと真っ直ぐに、一人の胸元を通り抜けると、僕はくっと指を折り曲げた。
するとナイフは弾道を変えて、地面へと突き刺さった。
「……血の鎖っ!」
僕はそう叫びながら倒れ込むように、手を地面へと突き下ろした。
すると閃光は一気に引っ張られ、男の上半身を後ろへと倒していく。
そして男はそのまま後頭部を地面へと打ち付けた。
その顔を見たところ、意識を失っているようで瞼をピクピクと震えさせていた。
どうやら、上手く気絶させられたようだ。
残り一人、僕は目の前を見渡した。
すると少し遠くに、逃げようと走っている後ろ姿が見える。
「あの距離は……ナイフでは届かないですかねぇ」
僕はナイフを手元に戻しながら、そう呟いた。
そしてゆっくりと懐にしまって、後ろ姿をじっと睨み付ける。
「……デストロイフレイム」
僕がそう唱えると、右手の杖先から、小さい炎が空へと射ち出される。
ひょろひょろと飛んでいった炎は、ある程度の高さまで上がると、一気に肥大化していった。
巨大な炎の球は宙に浮かんだまま、ぐねぐねと形を変えはじめる。
「さあ、敵を撃ち破るため、数多と降り注げ!」
僕がそう言った瞬間、揺らめいていた炎がバラバラに弾ける。
そして雨のように細かく、逃げていた男へと降り注いでいった。
いや、正確には男の周りを埋め尽くすように、絶え間なく地面を打ち付けていった。
地面を打つたびに爆発し、男を衝撃へと包み込んでいく。
幾度となくその身を打ち、そのたびに撥ねさせる。
それを見た僕はため息を吐き、杖を一振りする。
すると炎は弱まっていき、衝撃は収まった。
「流石に直撃させてないとはいえ、デストロイフレイムメテオは、一般人に対しては威力が高すぎますかねぇ……」
僕はそう呟いて、その男の元へと近づいていく。
死んでない、威力の調整はできていたようだ。
試作魔法にしては上出来、実戦投入も十分にできるだろう。
安心に息を吐き出して、杖をくるくると回した。
周りを見回して、歯ぎしりをする。
「どうする、一応四人ぐらいまでなら俺だけで対応できるが」
俺は背中合わせのシグレに問い掛ける。
するとシグレは目を閉じて、ぐっと深く頷いた。
「私なら三人までなら大丈夫よ。ただ、あの大男は少し力不足かな……」
シグレがそう言うと、俺は目を細めてため息を吐く。
「なら、俺が防御を引き受けよう。その分、シグレは攻撃に徹してくれ!」
俺が言うと、シグレは頼もしく頷いてくれた。
それを確認すると、同時に同じ方向へと駆け出す。
そして二人の男の手へと、的確に斬撃を加えた。
無駄のない洗練されたシグレの動きは、正直俺より上手いかもしれない。
そこで戦闘力を削いだ上で、俺はしゃがみこんで二人の足を斬りつける。
がくんと膝を突いたその二人から踵を返して、俺とシグレは次の相手へと迫っていく。
「こ、このっ!」
その男は棍棒を素早く上げて、すぐに振り下ろしてくる。
俺は一歩前に出て、剣でその棍棒を受け止める。
シグレはその瞬間を見計らい、俺の背後からから出てきて手と足を素早く斬りつけた。
「……よし残り三人、さっさと終わらすぜ!」
俺が言うとシグレは細めた目をして、静かに頷いた。
そこで俺は手のひらの汗を、剣に少し垂らした。
すると水滴は刃の表面を満たすように広がり、勢いよく吹き上がった。
それを残った三人に向けると、驚いたような顔をする。
シグレは俺の横で、納得したように相槌を打っていた。
「その、剣……まさか、例のミラジウム……!」
そう目を輝かせながら言ったシグレに、俺は剣を振り回して頷いた。
「そうだ、こいつのお陰で、今まで何度もピンチから救われたんだ。じゃあ、行くぜ!」
俺がそう言うと、水流は勢いを増していく。
そしてシグレと共に、並ぶ三人へと駆けていく。
「ここは俺が先陣を切らせてもらうぜ!」
俺はそう叫びながら、剣を真っ直ぐに突き出した。
すると水流はぐんぐんと伸びて、三メートル程になる。
それを俺は勢いよく振り、男を横から薙ごうとする。
水流は大きくしなりながら、男の腕にぶち当たる。
そして横に吹き飛ばして、もう一人の男を巻き添えにしていく。
その直後に、俺は剣の水流を弱めていく。
「今だシグレ、ぶちかませ!」
俺がそう言ったと同時に、シグレが素早く駆けていく。
倒れていく男達を横切ると共に、一瞬で斬撃を放つ。
すっぱりと傷口のできた手足から、血が軽く吹き出した。
それを見てより一層、シグレの表情が冷たくなっていくのがわかった。
その横から、棍棒を振り上げた大男がぬっと現れる。
「シグレ、危ない!」
俺はそう言って駆け出し、シグレの前に割り込んだ。
そして剣で棍棒を受け止めるも、今まで以上の力に押し込まれる。
大男は歯ぎしりしながら、ぐいぐいと押し込んでくる。
そして右手を棍棒から離し、背中から鉄製の斧を取り出す。
「……これで、終わりだァァア!」
大男はそう叫んで、斧を剣へと叩きつける。
その直前、シグレが横からすっと現れ、大男の腕へと刀を振り上げる。
勢いを殺された斧は手から離れ、重力に従って地面へと落ちる。
「よくやった、シグレ! 終わりってのはこっちの台詞だ!」
俺は少し力の弱まった棍棒を押しのけると、シグレと左右から挟み込む。
すっと突きの構えに移ると、大男の身体に沿うように突きを放った。
ズバッと切り裂かれ、血が滲んでいく。
そこにシグレが刀を構えながら、勢いよく飛び出した。
そして一閃斬りつけると、その直後に残像が幾度も傷口をなぞった。
「……がぁっはっ!」
大男は断末魔をあげて、後ろへと倒れた。
俺はそれを見て、剣をゆっくりと納めた。
「ふう、終わったか。初めてにしては、息ぴったりだったな。ところでシグレ、さっきの斬撃、どうやったんだよ!?」
俺が捲し立てるように聞くと、シグレはハッとしたように目を見開く。
そして苦笑いを浮かべながら、頬を掻いた。
「いやぁ……あれは、また後でね! それより、私を庇ってくれてありがとうね!」
シグレは嬉しそうに笑い、ぺこりとお辞儀をする。
「おう、仲間なんだから、それぐらい大丈夫だぜ。ところで、ゲルニカは……」
俺がゲルニカの戦っていたはずの場所を見ると、その瞬間目映い光が放たれる。
そして次に聞こえてきたのは、激しい爆音と悲鳴だった。
俺とシグレは苦笑いをして、ただその様子を眺めていることしかできなかった。
馬車は以前と同じように、草原に伸びる道を走っていた。
ただ前と違うのは、馬車の中の人数が十二人も増えていることだ。
「……しかしさぁ、こいつらあのまま放置しててもよかったんじゃないか? どうせ野盗だし、誰も困らないだろ?」
俺が呆れながら言うと、ゲルニカは首を横に振る。
「いえ、あのまま放置していたら、また復活して悪さをするかもしれないですし。それに……ふふっ」
ゲルニカはそこまで言って、不敵ながら無邪気に笑った。
「ガウゥ!」
するとライデンが少しだけ吠え、馬車の速度が緩やかになっていく。
ゲルニカは馬車から顔を出して周りを見ると、外を指差した。
「ついに到着しましたよ! ハピュリス共和国の首都、ゼウルです!」
ゲルニカが指差す先には、大きな城壁が見えた。
その向こう、ぼんやりと浮かび上がる塔の影が見えた。




