第二十六話「目的の決定」
アクシア王国、その大通りを俺達は歩いていた。
異変の内容、そして原因は掴めたはずだ。
後はゲルニカが王様に話す内容を考えてもらい、実際に交渉するだけだ。
「……あの、この異変について王様に伝えるのはわかるんだけど、どうやって話に行くつもりなの?」
心配そうに聞いてくるシグレの声に、俺の足は止まる。
そして二三回瞬きをして、青空をゆっくりと眺める。
しまった、そこについては何も考えていなかった。
普通に考えてみれば、王様に直接会って話をしようだなんて、あまりにも無謀なことだった。
そうして俺が唸っていると、ゲルニカが手を伸ばして、俺の肩を叩いてくる。
「あの、ハルトさんは一応、この国を救ったことになってますよね? そんな英雄が王城に用事があるっていうんですから、まあ少しぐらい優遇はしてくれるんじゃないですかね」
ゲルニカの言葉に、俺は空っぽな頭で頷いていた。
そして再び足を進めはじめた。
「ああ、そうだな! 俺達らしい、いつも通りの行き当たりばったりだが、これに賭けるしかないしな!」
俺は軽く笑い声をあげて、ぐっとガッツポーズを決める。
その後ろから、呆れを感じさせるため息が聞こえてきたのを、全力で無視しながら……
綺麗に澄んだ青に染まる湖、その上にぽつりと浮かぶ島に、巨大な王城が見える。
そこに渡るためには、大通りの先に一本だけ架かっている橋を通る必要がある。
俺達は、その橋にそびえている門の前まで来ていた。
両端には二人の兵士が、どこを見るわけでもない目をして立っていた。
俺はその兵士をスルーして先に進もうとすると、兵士は息のぴったりと合った動きで、俺の前で槍を交差させる。
「ここを通るためには招待状、または通行許可証の呈示が必要です」
兵士の一人が表情一つ変えず、平坦な口調で淡々と言った。
予想していた通りの反応に、そうなるだろうなとため息を吐く。
そして突破口を開くために、次の手を打つ。
「それは持ってないが……ハルトの名前で何とかできないものなのか?」
俺が一歩下がりながら言うと、兵士は眉をぴくりと動かす。
そこから俺の顔をじっと見ると、首を横に振った。
槍を除ける気は微塵も無いようだ。
「……ああ、ハルトさんでしたか。ですが、いくら英雄の頼みといっても、許可無しにここを通すわけにはいきません」
一向に退く様子を見せない兵士に、俺は少し苛立ちを覚える。
ここで話が動いてくれるのが理想だったのだが……
俺がどうしようかと悩んでいると、ゲルニカが俺の横から、一歩前に出てくる。
「……ではその英雄が、至急王様に伝えなくてはいけない異変が起きていると言ったら、どうしますか? ここで追い返せば、この国どころか、世界が滅びるかもしれませんよ?」
ゲルニカは例の本を手に持って、見せつけるように揺らす。
すると兵士達は顔を見合わせて、小さい声で何かを話し合ってあるようだった。
そしてこちらに向き直ると、疑いを持っているような顔で口を開く。
「……聞くのは失礼だと思いますが、それは本当なのですか?」
兵士の一人はそう言いながら、槍を少し退ける。
ゲルニカはその言葉に頷くと、ふっと息を吐き出す。
「ええ、本当ですよ。そもそも、嘘を吐く理由は無いですしね。これでも納得ができないのなら、ハルトさんの店を賭けてもいいですよ? さて、何をすればいいのか、わかりますね?」
ゲルニカは不敵な笑みを浮かべて、さらに一歩前に出る。
勝手に自分の店を交渉材料にされていることに、俺は抗議として口を挟もうとすると、兵士の一人が門を少しだけ開く。
「今から大臣に直接話をして、許可を貰ってきます。少しだけ待っていてください!」
そう言って門の中に入り、隙間はバタンと音を立てて閉じる。
唖然としている俺は、したり顔のゲルニカを見る。
「おい、もし俺の店が無くなることになったりしたら、お前の一生掛けて責任取れよ……?」
俺は震え声で、脅迫するようにゲルニカへ怒りをぶつける。
それでも、ゲルニカの笑顔が消える様子は無かった。
俺が悶々とした気持ちを腹の中に抱えたまま、十分程が経過した。
その間、残っていた兵士は、俺達の行動をじっと観察しながら、持てあました槍の底でトントンと地面を叩いていた。
長時間立ち続けていたことに疲れ、俺がため息を吐いた時、重い音を立てながら門が開きはじめる。
するとその間から、腰の曲がった老婆が、先程の兵士を横に連れて歩いてくる。
この老婆はこの国の大臣、魔物との協定で一番忙しく働くことになった人だ。
「ハルト殿にゲルニカ殿、軽くですが話は聞かせてもらいました。今一度聞きますが、それは本当なのですな?」
大臣は曲がった腰を擦りながら、しわくちゃの口を動かして聞いてくる。
俺は大きく頷いて、ゲルニカに目線を移す。
「はい、詳しい事は長くなりますが、僕達の目で確かめた真実です!」
ゲルニカが自信満々に言うと、大臣は細めた目でその顔をじっと見る。
そして表情の真剣さを感じ取ったのか、少し頷いた。
「なるほど、私が見た限り、嘘は吐いていないように見えますな。それで、そこの女性は証人ですかな?」
大臣はシグレへと目線を移し、細めた目をぎらつかせる。
そしてため息を吐くと、数回頷いて踵を返す。
「……まあ、いいでしょう。英雄二人の信用を買って、王様の元まで通しましょう。ついてきてください」
大臣はゆっくりとした足取りで、橋の上を歩いていく。
俺はゲルニカとシグレの顔を見て、一つ頷いてからその後を追いはじめた。
「うわぁ……凄い綺麗……」
シグレは目の前にそびえる王城を見上げ、うっとりとした声をあげる。
そんなシグレの女の子らしい姿を見て、思わず笑ってしまう。
「こういう城ってのは初めてかい? まあ、確かによくできてるもんだよなぁ……」
俺は改めて王城をくまなく眺めてみる。
細かく模様のように掘り込みが入った、まるで芸術品のような壁。
そして所々には、控えめに金が使われているのが窺える。
だがこれが全体だとなると、相当な量が使われていることになるだろう。
それでも文句一つ出ないのは、うちの王様の、人柄や人望のなせるものなんだろうな。
「そう言っても、俺にとっては、割とろくな思い出が無いがな……」
王様の信用と共に思い出されでしまった、この城での記憶。
英雄だと担ぎ上げられ、退屈な式典に参加せざるを得なくなったこと。
その準備のせいで一週間程縛られて、店の準備が一向にできなかったな……
甦る鬱憤を、重いため息として吐き出す。
そうしていると、ゲルニカが落ち着いた顔で俺の肩を叩き、前方へ指を差す。
俺がそちらを見ると、冷たい目を向ける大臣が居た。
「観光なら後でいくらでもさせてあげますから、今起こっている異変とやらに集中してくれませんか? 何なら今すぐ、あなたから店を取り上げた上で、ここから追い出してもいいんですよ?」
大臣は淡々と、脅迫めいたことを言ってくる。
背中に寒気を走らせた俺ははいと返事して、その後へついていった。
赤と黄色を基調にした廊下を、俺達は大臣に連れられて歩いていた。
その方向から、行き先は玉座の間ではなく、その真逆のようだった。
「今、王様は客人とお茶会の最中です。本当に特例なので、くれぐれも失礼の無いように……」
大臣は曇りガラスの張られた扉の前で足を止め、一つため息を吐く。
「そんな最中に大丈夫なんですか?」
シグレは心配そうに、恐る恐る聞く。
すると大臣は、シグレへと鋭い目を向けて口を開く。
「まあ、その客人というのも、ハルト殿とゲルニカ殿とは面識があるはずなので、まだ大丈夫と判断させてもらいました」
そう言うと、扉をノックする。
「すみません王様、ハルト殿とゲルニカ殿が、臨時の要件で来ているのですが」
大臣は扉に向かってそう言い、一歩後ろに下がる。
すると扉の向こうから少し話し声が聞こえてくる。
「……わかった、入っていいぞ!」
王様の声が聞こえ、大臣は一つ頷いて、手のひらを横に開いた。
「ではどうぞ、お入り下さい……」
俺達は大臣に促されるまま、扉を開いてその先へ進む。
そこはテラスになっており、城下町が一望できる。
そこにはいつも通りの優しい顔をした王様と、白いドレスに身を包んだ少女が座っていた。
この少女の顔には見覚えがある、角や翼は出していないが、紛れもなくティルダだ。
「ハルトにゲルニカ、件の話ではお世話になりましたわ。ところで臨時の要件なんて、どうしたのでしょうか?」
ティルダは見た目に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべて語りかける。
俺は息をのんで、口を開く。
「この少女、シグレの住んでいる大陸ラングリラ、そこの時間が止まってしまうという異変が起こっているのです。原因は聖域に異常が起こり、魔力の供給が止まってしまっていることのようです」
俺はそう言い、ゲルニカに目線を送る。
「さらにその状況は、伝説に伝えられている時限獣の話と一致しています」
ゲルニカは俺の話にそう付け足すと、鞄の中から本を取り出す。
するとティルダが妙に納得したように頷く。
「ああ、あのお話ならば、お父様から聞いたことがありますわ。たしか各地で時間を止める魔物が暴れ回ったとか……まあ、わたくしはルルシアに住んでいたので、それを実際に見たわけでは無いのですがね」
ティルダはそこまで言うと、紅茶を少し飲む。
その言葉を聞いた王様は、顔をしかめていた。
「それについては、私も昔話としては聞いたことがある。しかし、そんなことが本当に起こったというのか?」
王様が怪訝そうに聞くと、ゲルニカは本を捲って口を開く。
「ええ、その異変については今日、実際にラングリラへ向かってしっかりと見てきました。それに、遺跡の壁画には、どれにも聖域と思われる泉が描かれていました。おそらく、この時限獣が時間を止める場所というのは、聖域で間違いないでしょう」
ゲルニカの言葉に、王様は納得したように頷く。
そして首を傾げて、手帳を取り出した。
「なるほどな。さて、わざわざ話しに来たということは、私に何かしてほしいことがあるのだろう?」
王様は手帳に何かを書きながら、そう聞いてくる。
するとゲルニカは大きく頷いて、深く頭を下げる。
「はい、大小全ての島々にこの事を伝え、聖域の警備を厳重にしてほしいのです。これは防衛だけでない、攻めに転じて止まった時間を再び動かすためでもあります!」
ゲルニカは俺が考えていなかったこと、何を頼みたいのかを告げる。
王様は険しい顔をした後、目を閉じて頷いた。
「なるほど、わかった。だがこの大陸の聖域をまず守らなくては、どうしようもないのではないか?」
王様は指を振ってそう言ったが、俺は即座に大丈夫だと思った。
「この大陸は大丈夫です。聖域を守る、最強の姉妹が居ますから……」
俺が力強く言うと、王様は驚いたように目を見開いた。
「おお、そうか。それなら安心だな。だが、うちの兵力だけでは、時限獣には到底敵わないだろう。魔物の力を借りたとしても、難しいかもしれないな……ならば、大国ハピュリスに力を借りるしかないだろうな」
ハピュリス共和国は、ザンバー大陸にある国。
世界第二位の国力を誇り、アクシア王国とは友好的関係にある国だ。
国の安定を第一とし、兵士の育成にも力を入れているため、良い戦力になってくれるだろう。
「なるほど、わたくしの部下である魔物達も協力すればいいのですわね。ではわたくしは、丁度会談にお呼ばれされてますので、ローレイ王国に交渉してきますわね。実力の程は詳しくないですが、この状況なら、協力ぐらいはしてくるでしょうしね」
ティルダは優しい顔で微笑み、すくっと立ち上がった。
「おお、もう帰ってしまうのか? もっとお茶菓子も用意していたのだが……」
王様が引き止めるように言うと、ティルダはゆっくりと首を横に振った。
「確かにそれも惜しいですが、これは一刻を争う問題になりますわ。少なくともハルトとゲルニカが、今までの功績を失ってまで嘘を吐く理由は無いでしょうし。これは信用できる情報と取りましたわ。ならばわたくしは、最良の答えを返してあげるのみですわ!」
ティルダがそう言って後ろを向くと、その背中から、ドレスのスリットを抜けて黒い翼が生えてくる。
周囲に羽根が舞い散り、王様は少しむっとしたような顔をする。
「毎回言っているが、立ち去る時にその羽根を撒き散らすのはやめてくれないか? 折角国の外にゴルトスを停めているんだから、そこまで普通に移動するくらい構わないだろう?」
王様の憂鬱な呟きに、ティルダは長く息を吐き出して首を振る。
そして王様の方に向き直ると、にっこりと笑って羽根を一枚指で摘まんだ。
「この姿で城下町へ下降すると、皆からの受けが良いんですのよ。それにゴルトスに乗らず、自分の翼で飛ぶというのも、また違った心地よさがあるんですよ! まあ、そんなことより、この国の行く末を見ていたい……なんて言うのは少し臭いですかね?」
ティルダは切なさを感じさせる表情を作ると、すっと後ろ向きと倒れていく。
膝の裏でテラスの柵に足を掛けて逆さまになっていくかと思うと、そのまま落下する勢いで城下町へと飛んでいった。
王様はその姿を見てため息を吐くと、机の上に乗っていた羽根を手で払う。
そしてこちらへと向いて、手帳をすっと指でなぞりながら眺める。
唸り声を十秒ほど鳴らし、頷いて口を開いた。
「さて、ここまで話をしてきてなんだが、一つ頼みたいことがある。今、この国の兵士のほとんどは、特訓として遠征に行ってしまっている。呼び戻すためには最短でも二日以上はかかるだろう。そこで帰還を待つ間に、お前達の信用を以て、ハピュリス共和国と、帝国レバインに協力の交渉をしてきてくれないだろうか?」
王様はそう言って、椅子から立ち上がる。
杖で床を突き、コンと音が鳴る。
だが俺は、即座に回答を出すことができなかった。
まだハピュリス共和国とだけならば、ここで頷いていただろう。
しかし帝国レバインはほとんど国交が無いどころか、政治の方向性の違いから、あまり仲良くはない。
さらに位置しているボルキシア大陸の周囲は、切り立った山で囲まれている。
そこに辿り着くためには、ザンバー大陸を介して行くという長い距離の移動となってしまう。
確かに軍備に注力し、謎の魔帝流もあるとはいえ、果たして協力してくれるのだろうか?
俺が必死に悩んでいると、ゲルニカは細かい頷きを繰り返して、目を開く。
「移動に関しては、シグレさんの船や、ライデンが居るから大丈夫でしょうね」
ゲルニカは呟き、少しだけ笑いを浮かべる。
「おいゲルニカ、まさかシグレも連れて行くつもりなのか? それにライデンはこの国だからこそ認められているが、仮にも魔獣だぞ!? それを移動手段として使おうだなんて、できるわけねえじゃねえか!」
俺が言葉を徐々に強めていくと、ゲルニカは大笑いする。
そしてポケットの中から、綺麗な一枚のカードを取り出した。
「それについては心配しなくても大丈夫です。この前の事件で、魔物には悪い奴ばかりじゃないことが、少しだけですが国際的に認められるようになってきました。そこで今までにも少しだけ存在していた魔物使いを国が認めて、こういった正式なパスポートを作ってくれるようになったんです。これさえあれば、今のところハピュリス共和国と帝国レバインになら、ライデンを連れて行ってもよくなりました!」
ゲルニカは随分と嬉しそうに、そのパスポートを見せつけてくる。
知らなかった世界の情勢に俺はたじろいで、口をぽかんと開ける。
「そう言ったって、シグレを連れて行って、もし悪い魔物やら、盗賊にでも出くわしたらどうするつもりなんだよ?」
俺は弱々しく、少し遠慮気味に聞く。
するとゲルニカは、シグレの方をちらりと見る。
その目線の先には、腰からさげた黒い鞘の刀があった。
そこで俺は考えるのを辞め、やれやれと首を振った。
「ああ、俺はもうそれで構わないよ。ところで、だいぶ無理矢理話が進んだが、シグレはどうする? お前が嫌ってんなら、別の手段を考えるしさ」
俺はだいぶ適当な口調で同意し、一気に真面目な言い方でシグレに尋ねる。
するとシグレはその場に立ち上がって、こちらへと向いた。
「私は自分の大陸のため、頑張りたい! もちろん手伝わせてもらうわ!」
シグレはぐっと拳を握り、こちらへと腕を突き出す。
「そう言ってもらえて、助かります! よろしくお願いしますね!」
ゲルニカも拳を握って、シグレの拳へコツンと合わせる。
俺はそれを見て頷き、右手をじっと見て、ゆっくりと握っていく。
「よし、じゃあこれで決定だな。精々これ以上被害を広げないため、あわよくば俺達で時限獣を倒せるよう、頑張ろうぜ!」
力いっぱいに叫び、拳を打ち合わせる。
そして皆で、その腕を一斉に天へと掲げた。
王様はその様子を見て、声を立てて笑っていた。




