第二十三話「光宝流の少女」
もしあの人がいなかったら、私の時間は止まったまま動かなかっただろう。
大切なものを失い、そして自分すらも失う寸前だった。
だけど助けてもらった、命を賭けて、全てを賭けて。
だから私も命を賭けて、そしてこの心を――
反射なんてレベルじゃないほど強く輝く刃で、私は目の前に広がる空を裂く。
振るう刀は風を切り、鋭い音をあげる。
そして少し経って、心地の良い風が頬を撫でた。
輝きはそこから弱まり、普通の刀へと戻る。
「おーいシグレ、そろそろ時間だぞー! 準備はできてるだろうな!」
少し遠くから低くて濁ってるけれどよく聞こえる、おじいちゃんの優しい声が聞こえる。
私は長時間の運動で熱くなった体温をため息に変え、一気に吐き出した。
そして右手に掴んでいる刀の鈍い光に微笑み、鞘に仕舞った。
くるりと振り返り、後ろで仁王立ちをしていたおじいちゃんに向かい笑顔を向ける。
「ええ、丁度朝の特訓が終わったところだから、今から準備するよ」
私はそう言って、おじいちゃんの前へと歩み寄る。
するとおじいちゃんは頷きながら、頬の髭を指でなぞる。
「……しかし、これで完全復活だな。光宝流、お前の父さんが現代へと掘り返した先祖の遺産」
おじいちゃんは確信したように言い、本を背中から取り出す。
それはお父さんが遺した研究書、私の先祖の文献を纏めたものだ。
するとおじいちゃんはその本をパラパラとめくり、そこにすっと指を差し入れる。
光宝流奥義一覧、そう書かれているものの、そのほとんどが曖昧な内容しか書かれていない。
元の文献は解読不能、もはやこの説明が正しいのかすらわからない。
だがお父さんはそれを実行し、正しいと証明してくれた。
そしてそれと同時に死んでしまった。
私を助けるために命を散らせた、だから私はお父さんの研究、そして積み重ねた特訓を証明する。
「ええ、これで復活ね。だけどまだまだ、ここからよ」
私はそれだけ言って、家の中へと入っていこうとする。
するとその後ろから、おじいちゃんが肩を掴んでくる。
「いつもみたいに今から冒険に行くのとは違うんだ。まだ時間はあるんだから、一旦シャワーを浴びてきなさい」
少し呆れ気味のおじいちゃんの声と、何かを思い悩むような唸り声。
「わかったわ、じゃあもうちょっと待っててね」
私は刀を棚に立て掛けて、風呂場へとくいっと曲がり駆けていった。
街の中心にある噴水の広場、私はそこに成人の儀を目的に来ていた。
成人の儀、それはかつて自身が何に対し生きるのかを誓い、神の加護を受ける場だった。
だが今の時代ではそれが簡略化、形骸化されていった結果、特殊な職業に就く者が、改めて覚悟を決める場所となっている。
「……では、成人の儀を行う。シグレよ、神の前で誓いを立てよ!」
私の目の前で物々しい服装の神父様が告げる。
そして右手に持っていた杖を両手で掴み、前で構える。
私は事前に練習していた通りに膝をつき、腰に下げていた刀を鞘ごと取り外す。
そのまま横に向けた刀を目線に合わせ、刃を一寸ほど抜き晒した。
「私は剣士として、この命を他者のため、戦いに捧げることを誓います!」
冷静に、一言一句宣言していくと、後ろからざわめきと喋り声が聞こえ出す。
何か間違ったことを言ってしまったかと、焦りながら発言を思い返していくと、その原因はあっさりと思い浮かんだ。
ああ、私が女だからか。
女性の剣士なんて、歴史に語られるようなものは二、三人しかいない。
それも語られているものはいずれも圧倒的な実力や、真偽が不明、伝説の人物とされている。
確かに、現代にも女性の剣士はいないわけではない。
だがそれは子供の頃から、伝説への夢を続けてきたごく少数だ。
さらに体力量や防御力は男性に劣るため、仕事すらほとんど与えられない。
どう頑張っても街の周囲にいる魔物の数の調整程度、酷い時は荷物持ちしかさせてもらえないだろう。
伝説の剣士を目指していたというのに、そんな伝説には到底及ばず終わっていく。
そんな現状で剣士を目指す女性なんて、大体変人のようなものだ。
その固定観念が、今のざわめきを作り出しているのだろう。
まあ、変人と言うのならば否定をする気はないが、私は地位や名誉なんて興味が無い。
だからこそ、私は剣を勢い良く抜き放ち、天高く掲げる。
鋭い音が鳴り響く瞬間、周囲は黙りこみ、静寂に包まれていく。
一秒、二秒と経過し、神父様はゆっくりと頷いた。
「シグレよ、そなたの誓いは神へ聞き届けられた! そなたの未来に光あれ!」
神父様は構えていた杖で、地面をトンと叩く。
すると観客達は一斉に拍手をはじめる。
それは、暖かいものではなく、冷たく乾いた拍手だったけど……
疲労のたまった腕で、玄関のドアをゆっくりと開く。
「……ふう、疲れたー! まさかここまで緊張するなんて、思いもしなかったわ」
家に入るなりため息を吐いて、どたどたと歩いていく。
おじいちゃんはそんな私を見て、にっこりと笑っていた。
「おお、お帰り! その様子だと、相当疲れているようだなぁ……」
おじいちゃんの困惑気味の言葉に、私はまたため息を吐いた。
そしておじいちゃんが座っている反対側のソファーへと腰を下ろした。
「まあね……剣士なんて批判だか来るぐらいは予想してたけど、あれほどざわめくとはね……」
目の前のテーブルへと力なく顎を置き、目を細めて呟いた。
するとおじいちゃんはコーヒーを入れて、私の鼻すれすれに置く。
「ほら、お前の大好物のコーヒーだ、ゆっくり飲めよ。しかしその様子を見ていると、同じく成人の儀を受けた時のお前の父さんを思い出すなぁ……」
おじいちゃんはしみじみとした声で優しく呟くと、私は思わず立ち上がってテーブルをバンと叩いた。
コップに入ったコーヒーの表面が揺れ、溢れ出しそうなほど波打つ。
「本当に、お前は父さんが好きだよなぁ……」
おじいちゃんはコップを持ち、ゆっくりと飲みかけのコーヒーを啜る。
私はその言葉で我に返ると、少し頷いてソファーに座り直した。
そして恥ずかしさが訪れて、顔が熱くなっていくのがわかる。
「ええ、そりゃ私の大切なお父さんだもの……」
私は顔を隠すように、コップで口元を塞いだ。
温かくて甘く、少し苦いおじいちゃんのコーヒーの味が、口の中へふんわりと広がっていく。
「元は考古学者を目指してたんだが、急に剣士になりたいと言い出してな。それで一年後には成人の儀だったよ。そんで本番にて失敗かましたらしく、肩を落として帰ってきたっけな……」
おじいちゃんは懐かしむようにゆっくりと、噛み締めるように言った。
「……ああ、それで思い出した! お前に言っておかないといけないことがあったんだった」
急に声をあげたおじいちゃんは立ち上がると、後ろの棚の中を漁りはじめる。
そしてジャラジャラと音を立てて、何かを取り出した。
おじいちゃんが見せつけてきた手のひらには、綺麗な青い宝石の付いた少し古びた懐中時計が握られていた。
見た瞬間にピンときた、それはお父さんがいつも身に付けていた時計だった。
「あっ、それは確かお父さんの……」
思わず声に出てしまう、思い出したくない記憶。
それがお父さんの形見だという現実が蘇ってくる。
おじいちゃんは私の言葉に、目を細めて頷いた。
「お前からしたら、それが真っ先に思い浮かぶだろうな……これは元々、お前の父さんが成人した時に、儂から贈ったものだった。だから今、これをお前に贈ろう」
そう言って腕を伸ばし、私の手元へと突き出してくる。
だけど私は、それを受け取ることができなかった。
これを受け取ったのならば、お父さんの死を受け入れてしまうような気がして怖かったのだ。
そんな私の様子を見ていたおじいちゃんは、私の手を取ってその上に懐中電灯を優しく置いた。
「お前の父さんはな、お前が成人したらこれを渡さなくっちゃなと言っていたんだ。つまりこれはお前の父さんからの気持ちでもあるんだ。なので受け取ってくれないかな?」
おじいちゃんはそう言って、ゆっくりと手を退けていった。
気がつくと、私はいつの間にか懐中電灯を握り締めていた。
「……それがお父さんの願いなら、私はこの時計を受け継ぐわ!」
一際強く握り締めて、素早く首へと掛ける。
すると鎖の良い音が鳴り、ずっしりと重みが伝わってくる。
涙が出そうになるのを堪えて、精一杯に微笑んだ。
「うむ、良く似合ってるぞ。まるで父さんそっくりだな」
おじいちゃんは満足げに、腕を組んで笑った。
私はその姿を見せつけるように、くるりと回ってみた。
「随分と喜んでくれているところ悪いが、あともう一つお前に渡さなくてはいけないものがあってな……」
おじいちゃんはポケットに手を突っ込み、一枚のチケットを取り出す。
そこにはウィンディル大陸、ローレイ王国渡航許可証と書かれていた。
ローレイ王国は大国の中でも自由な渡航を許可していない、その渡航許可証はすごい高価で、登録に時間のかかるものだったはずだ。
私が混乱で喋れずにいると、おじいちゃんはゆっくりと言葉を発した。
「たしかお前、ローレイ王国の料理とか食べに行きたいとか言っていただろ?」
おじいちゃんは指で摘まんだチケットを揺らめかせる。
「……えっ、でも、もう贈り物は」
私がまともに言葉を紡げずにいると、おじいちゃんはもどかしそうにため息を溢す。
「さっきのはお前の父さんからの贈り物、今度は儂からの贈り物だ。いつも特訓ばかりで疲れているだろう? たまには旅行で息抜きをするがいいさ」
おじいちゃんは目を閉じて語りながら、首に下がっている懐中時計を指差した。
「それを渡したってことはわかっているな? 宝石に込められている魔力が儂の船の鍵になっている! その船も贈ろう!」
おじいちゃんは愛想良く笑い、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「でも、おじいちゃんの大切な船でしょ!? それに運転も……」
私が勢いに押されながらも口を開くと、おじいちゃんは首を横に振る。
そして肩に手をポンと置き、片手で親指を立てて見せる。
「大丈夫だ、その船は一度お前の父さんに贈ったものだったし、儂ももう引退する頃合いだ。それにお前はかつて儂が海上で体調を崩した時、ここまで運転してこれたじゃないか。何かを見て習得する技術は、お前の誇るべき良いところだ、安心しろ」
優しい気遣いの言葉に、私の涙腺はついに決壊した。
涙が溢れ出し、視界が歪んでいく。
「さあ、旅行の準備は玄関横に置いておいた! 渡航許可は行ってから五日間となっている。その間名一杯楽しんでこい!」
おじいちゃんは私の肩をがっしりと掴んで回し、逆に向ける。
そして手のひらで、私の背中を軽く押した。
私は前のめりになって倒れそうになるも、二三歩進んでバランスを保った。
振り替えると、にっこりと笑ったおじいちゃんが腕を突き出し、親指を立てていた。
「……本当に、本当にありがとう! じゃあ行ってくるよ、お土産を楽しみにしててね!」
私は荷物の纏められた鞄を確認すると、それを掴んで勢い良く飛び出す。
そうしないと、優しさに涙が止まらなかったから。
「おう、せいぜい寿命を迎えないように頑張っとくぞ!」
おじいちゃんの軽い声を背中に受けて、少し笑顔を取り戻す。
少し経ってから顔を振り向かせると、おじいちゃんは玄関で手を振っていた。
再び涙腺が緩みそうになるが、ぐっと堪えて笑顔を作る。
そして手を振り返しながら、また走り出す。
じょじょにおじいちゃんが小さくなってゆき、最後には見えなくなった。
私はそこまで来るとゆっくりと手を止め、ため息をついた。
するとその頃には、反対側に街が見えはじめていた。
私は一度目を閉じて覚悟を決め、顔をあげて進み出した。
さて、おじいちゃんへのお土産は何にしようかな……
胸元で揺れる時計を軽くつつき、少し笑った。




