第二十二話「元の平和」
あれから翌朝になり、魔物達は国民達を皆運んでくれた。
この数日間の間で、国民達は魔物に対して随分と心を許したようだ。
子供達も楽しそうに魔物の上へと乗り、大人も安心して身を任せていた。
魔物と人間の関係の第一歩としては、十分といえるだろう。
ところで俺とゲルニカは王国へ帰った後、王様から大量の謝礼金を貰った。
ゲルニカはその金を、俺の家の空き部屋に住む最低限の家具に使った。
結構な量を買っていたようだが、意外と金が余っているようで、楽しそうに貯金箱へと投入していっているのを見た。
その値引きスキルを聞き出そうとすると、ナイショですと言って逃げられた。
まったく、明るくなったのはいいのだが、ちょっと奴らに毒されすぎてるんじゃないかねぇ……
まあとにかく、俺達は普段の生活へと戻っていったのだった。
「さて、ついに本日新装開店の日となった! 皆に教え込んだ技術をフル活用し、お客さんにまた来たいと思わせる店を造り上げろ!」
俺がそう叫ぶと各々で拳を突き上げて、雄叫びを上げる。
その中にはウエイトレス姿に身を包んだ、ゲルニカの姿もあった。
さて、ここで俺の金の出費先がわかってもらえたと思う。
結局、俺の貰った金は、ほぼ全て店の改築へと使ってしまった。
その原因はというと、大量に舞い込んだ取材、その時のゲルニカの発言。
関係無いのに、俺の飯が旨かったとの感想を唐突に述べた。
そして取材のことが書かれた新聞が配られた翌日、店に入り切らないほどのお客さんが来た。
カウンター席が八つ程度の俺の店では、その行列を閉店までに捌ききることはできなかった。
途中で帰っていった人に、品切れに落胆して去っていく人。
その背中に、俺はただ謝罪をすることしかできなかった。
だがそんな中でも、悲しいことばかりが起こったわけではない。
途中店が忙がしいのを見てか、働かせてほしい、手伝わせてほしいとの声を掛けてくれた人がいた。
まあ広い調理場など、うちの店には無いわけで、その時は丁重に断らせてもらった。
しかし人員が不足しているのも確かだった。
片付けをした後俺は少し考え込み、外へ駆け出していった。
働きたいと言ってきたのは近所の奴らばかりだったので、覚えておくのは容易かった。
彼らの家を一件一件巡り、うちで働かないかとの勧誘を始めた。
詳しいことは後だが、正式に働く際の予約として話した
すると元々のやる気もあってか、ほとんどが快く引き受けてくれた。
それに安心した俺が次に向かったのは、夕刊を纏めはじめている新聞社だった。
夕刊に臨時ニュースとして、うちの店が一時閉店すると載せてもらうためだ。
するといきなり何の前触れもなく来たのに、編集長がわざわざ出てきてくれた。
編集長はおいしいネタが入ったとばかりに、にこやかな笑顔を保っていた。
まあ一応は王国を救ったわけだし、行列のできた店だしそんな反応になるか……
そう思いながら話を終えると、編集長は指をパチンと鳴らした。
するとその後ろに置いてあったインクの瓶が倒れ、髪の山に溢れていく。
びっくりしてあたふたしている俺の肩を、編集長はトンと叩いて笑った。
その直後に、紙にしみを作っていたインクは、水の球となって浮き上がる。
そして浮遊しながら、瓶の中へと戻っていった。
編集長はそこに残った紙をぺらりと捲り上げると、俺に見せつけてくる。
紙には店の閉店の知らせと、俺の驚いた顔が描かれていた。
よく分からないといった顔を編集長へ見せると、舌を出してウインクを返してくる。
「ふふ、ただあんたの良いとこばっか取り上げるのは、育ててきた私としては嫌なんでね。本当のところを見せてやるわよっ!」
無邪気にいい放つ編集長に、俺は唖然として固まってしまう。
そんな俺の反応が納得いかないのか、頭にチョップをかましてくる。
俺は反射的に痛む頭を押さえて、呆れて苦笑いするしかなかった。
まったく、母さんには敵わねえなぁ……
「……まあ、こんなことがあってさぁ、とにかく大人の世界ってしんどいんだぜ?」
俺は同じ方向へと向かう子供達に、呟きつつ歩いている。
しかし子供達は首を傾げるだけで、友達同士で話すのに戻っていった。
俺がため息を吐くと、横からゲルニカが背中を優しく叩いてくる。
「仕方ないですよ。流石に子供達にはその話はわかりにくいですよ……」
ゲルニカは笑顔で、至極真っ当なことを言ってくる。
だがその見た目で言われても、説得力が感じられないんだがなぁ……
「そういうお前はわかんのかよコノヤロー!」
俺はゲルニカの頭を手でがっしりと掴み、わしゃわしゃと撫で回す。
そうしていると、俺達の目的地が見えてくる。
広場の中心に凛々しく佇む、あの魔獣だ。
身体の体毛はすっかり生え揃い、勇ましい目を俺達に向けていた。
「お疲れさま、ライデン! しかしたっぷりと採れましたね!」
ゲルニカは魔獣へと駆け寄り、背中についている箱を見て目を輝かせる。
その箱の中には、こんもりと盛られた野菜が入っていた。
――改装工事を申し込んだ翌日、俺とゲルニカはアリヘウスの森へと向かっていた。
野菜が豊富だった聖域付近から、収穫の許可を取りに行くためだ。
あの周辺は魔力に満ちているため、すぐに復活して元にもどるらしい。
とりあえずその在処を知っている唯一人の人で、管理者といってもいいであろうデスタリア姉妹の家へと向かうことにした。
「魔獣さん、ちょっと来てください!」
ゲルニカが森へ入って早々に叫び、魔獣を呼ぶ。
すると即座に草を掻き分けて、魔獣が飛び出してくる。
「グゥウアアウ!」
魔獣はゲルニカと会えてうれしいのか、少し丸い声で吠えると、目の前でしゃがんだ。
その頭をゆっくりと撫でて、ゲルニカは微笑んだ。
「今回もデスタリア姉妹の元に行きたいのですが、案内してもらえるでしょうか?」
魔獣はゲルニカの話が終わった直後、当たり前かのように一吠えして、顎で背中を差し示した。
俺とゲルニカは魔獣の背中に乗ると、ぎゅっと体毛を掴む。
すると魔獣は一吠えして地面を蹴り込み、一瞬で加速する。
そして一瞬といっていいほどの時間で、デスタリア姉妹の家へと到着する。
「さて魔獣さん、少しの間ですがここで待っていってくれませんか?」
ゲルニカは魔獣から飛び降りつつ質問すると、魔獣は静かに頷いた。
扉へと近づきノックしようとした瞬間、扉が開け放たれる。
そこには息を切らしたティーレが、潤んだ瞳でゲルニカを見ていた。
「……っはあ、ゲルニカ君ねっ! 約束通り、遊びに来てくれたの!?」
ゲルニカへと駆け寄っていくティーレは、目を細めて甘い吐息を漏らす。
「いえ、そういうわけではないんですが、少し用事がありましてね……」
ゲルニカははしゃぐティーレに困惑しながら、愛想笑いを浮かべて頭を掻いた。
ああそうだった、俺が言わないと駄目だろうな。
俺は魔獣から降りて、ティーレへと近づいて、その肩を叩く。
するとティーレは鋭い目で俺を睨み付けてくる。
「……っと、俺の店なんだが、あの森の野菜を使わせてもらえるように許可をもらいたくてな」
俺がそう言うと、ティーレは細めた目をさらに鋭くしてため息を吐いた。
「はあ……そんなの許可できるわけないでしょ? 確かに回復力は高いと言ったって、それにも限界ってのがあるし。個人的に使うならまだしも、営業に使わせろ、だなんて絶対に無理よ」
ティーレは呆れたように言って、そうであろうとでも言うかの如く、したり顔で首を傾げてくる。
まあそう言われるとごもっともなのだが、他にここまでの食材を確保できる手はない。
俺が頼み込む方法を考え込んでいると、ゲルニカが急に手を合わせる。
そして申し訳なさそうな目で、ティーレを見詰める。
「ハルトさんの店で働かせてもらっている立場の僕からも、お願いします!」
頭を下げて頼み込んだゲルニカに、ティーレの頬が赤くなっていくのが見てとれる。
「まあ、ゲルニカ君がそこまで頼まれたら、断るわけにはいかないわよねぇ……でもいくつか条件を付けさせてもらうけどね!」
ティーレはそう言って人差し指を振り、空を見て何かを絞り出しているかのような顔になる。
そして頷いたかと思うと、魔獣に向かいびしりと指を差した。
少し身体を跳ねさせた魔獣も、何も言わずにティーレを見ている。
「まず一つ目は野菜の運搬についてだけど、この魔獣に担当させること! 確かにゲルニカ君が毎日来てくれるのは嬉しいことだけど、人間のあなたたちには、毎日ここに来るのは疲れるでしょう? それと、野菜の仕分けはあたいにやらせてもらうわ。全滅させたら回復も何もないから、そこも判断しながら送りつけるわ」
軽く震えている魔獣を見て、不敵に微笑むティーレ。
確かにそれは魔物と人間の和解が進む王国では、可能なことであろう。
だが何故それをこんな条件として、提示していっているのだろうか?
「魔獣さん、毎日は大変と思いますが、手伝ってもらえますか?」
ゲルニカが問うと、魔獣はぐっと目を閉じて、静かに頷いた。
それを見たティーレは腕を組んで、感心したように目を見開いた。
「随分と忠誠を誓っているようねぇ……使い魔と言っていい程ね。ならばそろそろ名前を付けてやってもいいんじゃないかしら?」
ティーレに言われて、ゲルニカはあっ、と発し首を傾げた。
そして少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「そうですね……では僕の師匠から文字を借りて、ライデンというのはどうでしょうか?」
ゲルニカは魔獣の方を見て、にっこりと笑う。
呆然としていた魔獣だったが、話が終わると理解できたのか、遠吠えをあげる。
そしてゲルニカの隣へと歩み寄り、ゆっくりと頬を寄せてきた。
「ふふっ、どうやら気に入ってくれたみたいですね! では、これからもよろしくお願いしますね、ライデン!」
そう言って頬を寄せ合うゲルニカとライデンだったが、その間へとティーレが割り込んでくる。
「あらあら、ゲルニカ君と頬擦りだなんて、随分と羨ましいことをしてくるわねぇ……そんなことより、あともう一つだけ条件があるんだけどねぇ。普通に考えて、こちらに利点の無いことを許可するわけないじゃない?」
ティーレのその言葉にライデンは再び跳ね上がり、ゲルニカから距離を置く。
「……えっ、もう一つの条件ですか? 一体何なんですか?」
ゲルニカはあっと口を開け、ティーレの方へとゆっくり向いた。
ティーレの表情は、頬を綺麗な赤色に染めながら、にんまりと笑みを浮かべていた。
俺はその表情から、何を言い出すのか大体の予想がついた。
ティーレのことだ、おそらくゲルニカに恋人になってもらうとか、そんな内容だろう。
つまり今まで並べてきた条件も、ここまで繋ぐための流れを作るものだったのか。
そんなことを考えていると、ティーレが思い切って口を開いた。
「あっ、あのっ! 休みの日でいいから、遊びに来てくれるとうれしいなっ!」
思いの外しおらしい、ティーレの提案した条件。
それどころか条件にすらなっていない、これではただのお願いではないか。
俺は肩透かしを食らいため息を吐くが、当の本人は頬どころか顔を真っ赤にして、今にでも煙が出てきそうなほどだった。
「本当にそういうことでいいんですか? それでは、お言葉に甘えさせてもらって、気軽に来ますね!」
そんなことでいいのかと一呼吸置いたゲルニカは、ティーレへと笑顔を向けた。
その優しい笑顔にティーレは、ぱあっと明るい表情になって、ゲルニカへと駆け寄る。
そしてゲルニカへと飛び付き、ぎゅっと全身で抱き締める。
ゲルニカは少し驚いていたようだが、嬉しそうなティーレを見て抱き締め返す。
俺はそんな二人の様子を、呆れつつも、微笑ましく見ているしかなかった。
「……はあ、俺もあんな風にいちゃつけるような、いい出会いが欲しいんだがねぇ」
俺は炒め物をしながら、横でスープを煮込んでいる男に呟いた。
彼はこの店で副料理長を務めている、俺の昔からの友人であるルイブだ。
元々料理に対し関心があったらしく、どんどんレシピを吸収していった結果、新装開店までに副料理長の座まで登り詰めたわけだ。
そのお陰もあり、俺のしなければいけない仕事は半分まで減った。
「まあまあ、そんなに焦らなくても大丈夫っしょ! じきに良い出会いは訪れますよっ!」
気楽に笑うルイブの横っ面を睨みつつ、長いため息をどっと吐き出す。
そして良い香りのするフライパンの上の野菜を皿に盛り付けて、背後の壁に開いた穴に置く。
皿が穴の中の手に取られて消えるのを確認して、再びルイブを見る。
「……しっかしお前、既に来月結婚だってのに、俺に大丈夫とか言えねえだろがぁぁ!」
旨そうにスープを味見するルイブの背中に、素早い手刀をかました。
そのせいで気管に入ったのか、そっぽを向いてむせるルイブに、冷たい目線を向けつつ、また一つため息。
じきに落ち着いてきたルイブは、それでも笑顔を絶やしてなかった。
これが勝者の余裕なのかと少し恐れながら、凄まじい怒りが吹き上がってくる。
早速クビにしてやろうかとも考えそうになったが、深呼吸をして悪い思考を追い出していく。
「……悔しいが、今は気にしないでおこう。さて、次の料理を作るかね」
俺は気を紛らわすためにぼそりと吐き出し、積んである野菜の山へと足を向けた。




