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クレイジーフルムーン  作者: もやし騎士ヴェーゼ
第一章 魔神姫の乱
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第一話「魔力の剣」

 俺の名前はハルト、剣の道一筋で十八年間生きてきた。

 今日俺は王国の外、門の隣でただ一人、空を呆然と眺めていた。

 門番の仕事、バイトで今日だけ入ったが、何もせずに立っているのも暇なものだな。

「……ふう。あと何時間だ?」

 俺はため息を一つ吐き出して、瓶の中に入れた甘酸っぱい木の実の絞り汁を飲む。

 その酸味は俺の体に染み渡ってゆき、水分は喉の渇きを潤していく。

 後ろの高い城壁からは、壮大な音楽や、騒がしい歓声、拍手の音が聞こえる。

 まあ、文字通り蚊帳の外の俺には関係の無い、他人事の話なんだがな。

「……しかし、終戦二千年記念祭か。同じ世界で起こったとは思えんがな」

 二千年前の人間対魔物の戦争、有名な昔話で子供でも知っているような内容。

 飲み込まれそうなほどの澄んだ青空は、そんな絶望を感じさせない。

 一時期はただのおとぎ話だと思ったこともあったが、こんな大々的な行事が行われるんだから、事実の可能性も否定できないだろう。

 そのパレードのお陰で、俺は自分の店を休む羽目になったんだがな。

 春風が心地よさとともに、俺の体に眠気を運んでくる。

「ふぁーっ……この仕事って、寝ても大丈夫なもんなのかね」

 大きな欠伸をした俺は、王国直々だということを示す赤い判の押された契約書に目を通す。

「……うん、睡眠禁止とは書いてないが、部外者を国内に入れたら給料無し、分かりやすくて良い。まあ、何かあったら困るし、起きておくか。」

 俺は眠気覚ましに、剣を鞘から抜き、俺の家系に伝わる剣技を使う。

 そこに少しだけ、魔法を使うような想像を加えながら振り続ける。

 腕や肩へ部分的に装備していた鎧が、ガチャガチャと音を立てる。

 そして周囲に風を切る轟音が響いてゆく。

「やっぱり、さすがに魔法は出ないか……この年齢になって使えないのなんか俺だけだぞ……」

 俺は少し顔を沈めて、剣をゆっくりと鞘に納めた。

 陰っていく空、太陽に覆い被さる雲はまるで俺の気持ちを表すかのようだった。

 すると、雲は空に広がり続け、白から暗黒に染まっていった。

「こんな記念日に曇りか。なんか不吉なものだな……」

 俺は不安がりながら、真っ黒な空を仰いだ。

 その不安はすぐに現実の物となって現れる。

 雲が渦巻き、その中心の切れ間から、何か小さい点を大量に吐き出す。

 その粒は群れを作り、王国の方に向かってくる。

 綺麗に整列している粒は、見たところ千はあるだろうか。

 その影は、俺が魔物とはっきり認識できる距離まで近づいてくる。

 角の生えた球体に一つ目と、腕を付けたような魔物を先頭に、ぞろぞろと向かってくる。

 そして城壁の真上まで来ると、そこから国内に突入しようとする。

「無駄だ……城壁の上には強い結界が張ってある。唯一の入り口はこの門だけ。まあ、この門も魔力でなんとかならないレベルの魔物殺しの術がかかってるが……ね」

 それが相手に聞こえない距離だと分かっていながらも、俺は魔物を諭すように呟いた。

 そう言った側から、先頭にいたリーダーと思わしき魔物は、城壁の真上で透明な結界にぶち当たる。

 ほら無駄だ、後で俺がとやかく言われたら困るんだから、さっさと帰りな。

 しかし、その魔物は少し困った素振りを見せた後、一つ目を見開く。

 すると全身から赤黒い魔力が溢れ、強い光を放ちはじめる。

 そして少し後ろに下がり、勢いをつけて結界へと突進する。

 すると、ガラスのように結界に白いひびが入っていく。

 もう一回魔物が突進をすると、ひびが一気に広がり、粉々に割れていく。

 結界にぽっかりと空いた穴、それは王国の魔術が敗北したことを示していた。

 そこから魔物達は餌を見つけた虫のように、わらわらと国内に侵入してくる。

 理解できずに数秒間、俺の思考は停止してしまっていた。

 魔物が国内に入っていく、そんなおぞましい光景に押され、喉から絶望が込み上げる。

「あ……ああ、そんな、結界が破られるなんて! 祭りで警備は手薄、完全に隙を突かれた!」

 俺はそう叫び、国内に入るため門に走った。

 俺達人間は魔法のみを信仰しすぎていた。

 それが失われた先には何も残らないことを知らずに。

 上空を見ると、一体の魔物が俺の叫び声に反応したかのように、降下してきていた。

 真っ赤に燃え盛る体、一際紅蓮に輝く瞳は笑っていた。

「くそっ、炎の魔物かっ、炎に命を与えた結果生まれたんだったか……邪魔するならば、容赦無くぶった切る!」

 そう言い切る前に俺は、剣を抜き放ち斬りかかる。

 数で群れる魔物の一体程度ならば、一撃で倒せると確信していた。

 不敵に笑う魔物の横顔に、素早く剣を振りかざした。

 長年鍛えられた太刀筋は、魔物を一瞬で真っ二つに引き裂いていった。

「……鉄でも熱が伝わる前に切れば問題無い。これが訓練の成果だ! 魔法が使えなくても大丈夫なところを見せてやる!」

 声を荒げて俺は、剣の先を消えかけている二つのに向けた。

 しかしゆらゆらと揺れる炎は、一向に消える様子を見せない。

 それどころか、二つの炎は混ざり合い、再び一つとなり、元の姿に戻ってしまった。

「嘘っ……だろ? 弱いから群れてたんじゃねえのかよ!?」

 それを見た俺は、焦りつつも再度切りつけにかかった。

 揺れる炎は半分になっても消えず、ニタニタと笑っている。

 二発、三発と連続で切り裂いて細切れにしても、元に戻ってしまう。

 俺がいくら努力しようとも、魔物の不快な笑顔が消えるまでには至らなかった。

 心身共に削られてゆき、気が滅入っていく。

「なんで効かないんだよ……俺が魔法を使えないからかよ? 倒れろよ! 消えてくれよぉっ!」

 俺は涙を流しながらも力を込めて、剣を振り続けるのを止めない。

 だんだん動きが荒削りなってゆき、空振りが目立つようになってくる。

 ふらふらと安定しない動きで、ただ浪費していくだけの体力。

 そんな俺をまるで嘲笑うかの如く、魔物は小さい炎をぶつけていたぶってくる。

 炎が俺にぶつかる度、そこから痺れるような痛みが襲いかかってくる。

 そうしていると、空振りした勢いのままに、剣が地面に突き刺さってしまう。

 引き抜こうとするも、上手く地面から抜き取ることができない。

 ぐっ、力が入らない、初めての実戦に体が付いて来てないのか?

 俺は無理矢理剣を足で蹴って、地面から引き抜く。

「……まだだ、俺はお前を倒し皆を守るんだ!」

 俺は剣を地面に引きずりながら、おぼつかない足取りで魔物に向かっていく。

 そんな俺の足に向かって、魔物は炎を飛ばしてくる。

 痛みでバランスを崩した俺は、剣にかかる遠心力で回り、その勢いで魔物を横に斬る。

 風圧で少し退く魔物、だけど俺にはそんなことを考える体力なんて残っていなかった。

 魔物は一際口を大きく開いて笑い、止めの一撃として、突進を加えようとしてきた。

 その時俺は、生物の本能か、無意識に最後の力を使い、斬撃を振るった。

 それと同時に顔を伝っていく涙の一粒が剣に触れた。

 すると、刃が光を放ち、凄まじい水流で包み込まれていく。

 ぼやけた視界にうつる映像は、かつて俺の憧れた父親の斬撃のようだった。

 斬撃は、魔物に当たると、切り裂くどころか、バラバラに吹き飛ばしていった。

 水蒸気を上げて消えていった魔物と、ぺたりと座り込んでいる俺。

 すぐにでも皆を助けに行きたいが、体に力が入らないや。

 振り上げた剣を持つ腕を、ゆっくりと地面に下ろしていく。

 地面を少し削り取り、弱まって消えていく水流。

 ……ごめんな皆、助けに行くことすらできなくて。

 色を失っていく世界、何も考えられなくなっていく。

 痛みも感じなくなってきた、呼吸をしている感覚も無い。

 親父、皆を守る強い男になる約束、貫けなくてすまない。

 その思いを最後に、俺の朦朧としていた最後の意識は、そこでぷつりと途切れた。

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