第十七話「石化の触手」
真っ白に染まる視界に、薄く浮かぶだけの影を頼りに通路を駆け抜ける。
くそっ、目がチカチカするったらありゃしないじゃあないの……
後ろに顔を向けると、お姉ちゃんは足をふらつかせながら何とかついてきていた。
「お姉ちゃん、足の方は大丈夫なの? 何だか震えが酷くなってきているようだけど……」
少し走る速度を落として、お姉ちゃんの横を並走する。
するとお姉ちゃんは顔の汗を拭いながら、ゆっくりと息を吐き出す。
「……心配なんてしなくても大丈夫よ。私達姉妹が殺し合っていた時に比べれば、この程度の事なんてどうということはないでしょ? 早く走りなさいよっ」
頑張って精一杯の笑顔を絞り出したお姉ちゃんは、手であたいを払い除ける。
するとその後ろ、少し離れた角からガタルバーが現れるのが見えた。
奴はあいかわらず気持ちの悪い笑みを浮かべて、即座に矢を乱射してくる。
その総数は五本、その内二本は真っ直ぐにお姉ちゃんへと向かっている。
お姉ちゃんは振り返ろうとしたが、足がもつれて遅れてしまっている。
あまり使いたくないけど、ナイフを使うしかないっ!
手首のスナップをきかせて軽く腕を振り、指先に挟んでいるナイフを投げる。
そしてもう一度、今度は天井へと斜め上に向かって投げる。
まずは横に飛んでいたナイフが、矢を打ち落とした。
残る一本のナイフは天井に当たり、角度を変えて下へと落ちていく。
次の瞬間には矢の一本を撥ね飛ばして、横の矢を巻き込みながら止まった。
「……ちぃっ、残り三十七本! だが、続けて追い打ちをかけるっ!」
歯を食い縛って、横へと飛び出して壁を蹴りつつガタルバーへと走り出す。
そして三本のナイフを一振りで、直線上になるように飛ばした。
「駄目よティーレ! そんな単調な攻撃じゃガタルバーの餌食になるわっ!」
心配で叫ぶお姉ちゃんの声を背に受けて、あたいは走った。
にへらと笑うガタルバーは、その笑みを崩さずに流れ作業で矢を番う。
「無駄だ、俺は一瞬で何発でも発射できるッ! そんなんで張り合おうなんて、考えが甘いんだよ!」
けらけらと笑い声をあげながら、ガタルバーは矢を放った。
風を切り飛ぶ三発の矢の音と、あたいの走る足音のみが響く。
まず一本目のナイフが、矢によって弾かれるのが見えた。
それでもあたいは、走るのを止めない。
「さあさあどんどん落ちていくぜ! さぁてお前を射貫く準備をするかねぇ!」
ねっとりと楽しそうに、矢を手で掴んで回すガタルバー。
そして二本目のナイフが、矢に当たり反れるのが見えた。
だがそのナイフは落ちず、少し高さを増して三本目の矢へと当たり速度を落とした。
「何で落ちねえんだよっ! セコい小細工でもしたのかぁ!?」
驚愕しながら、キイキイと捲し立てるガタルバーは、焦りながら矢を放とうとする。
しかしそれは焦りにより間に合わず、弓矢へと真っ直ぐに突き刺さる。
そして弓を真っ二つに叩き割り、矢を上へ撥ね飛ばさせた。
くるくると宙を回りながらガタルバーへと落ちて、その左目へと突き刺さる。
「っぎゃあああぁぁっ! 俺の目に突き刺さるなどォ……!」
素早く矢を抜き取り、左目を押さえながらガタルバーがこちらへと向いてくる。
その時にはあたいは目の前まで詰め寄り、ナイフで切りかかっていた。
まずはガタルバーの両腕を、二刀流で深く切りつける。
「へへっ、あたいが何か小細工したって言ったわね! そうね、五十点ぐらいにしといてあげるわっ!」
あたいはそう言いながら靴の裏に仕込んだナイフで、ガタルバーの足へと蹴りを入れる。
ぶちぶちと触手が千切れていき、二三本程度で繋がっているような状態になる。
ふらりと傾くガタルバーに間髪入れず、後ろから背中に蹴りを叩き込む。
前のめりに倒れたガタルバーは、腕に力を入れて跳ねながらこちらへと向いた。
その顔には心を読まずともわかるほどの、恐怖と憎悪が滲み出ていた。
「だけどね、あんたみたいないたぶる為の小細工なんかじゃあない! あたい達はね、相手を確実に殺す事しか考えてないわ! それがあんたの敗因、それだけとことよ」
怯えるガタルバーの首元に、素早くナイフを突き立てる。
ガタルバーはそのナイフを見て、少し苦笑いを浮かべた。
「その持ち手に付いてる茶色いのは粘土か。あの二本目のナイフは、まさかこれで重量の底上げをしてたのか? くそっ、こんな小細工で俺の矢は負けたのかっ……」
ガタルバーは悔しそうに、弱々しく地面を叩いた。
あたいはそんなガタルバーに、慈悲として優しい目を向ける。
「今すぐに降参して、全部の武器を地面に下ろしなさい。あと解毒薬の場所も教えれば、助けてあげてもいいわよ」
そう言ってガタルバーの右目を見ていると、長いため息を返してきた。
「ああ、わかった。全部の武器を手離せばいいんだろ?」
ガタルバーはまず背中の矢筒を見せて、地面へとほうって転がした。
そして上着を脱いで、その中にあった大量の矢を見せてくる。
「……あと解毒薬は上の階の一室目置いてある。必要なものは全部出したぞ。これで俺はただの魔物に成り果てたわけだ」
上着をぱさりと投げ捨てて、ガタルバーは少し笑った。
その心を読んで、言葉に嘘が無いことを感じ取ったあたいはナイフを下げる。
そして矢をまとめて、踏みつけて全て折っていった。
「これでよしっと、とりあえず一旦この迷路に放置するけど、あんた魔物だから大丈夫よね?」
あたいはそれだけ言って、お姉ちゃんの方へと振り返った。
お姉ちゃんはぐっと親指を立てて、こちらへ笑顔を見せてきていた。
どうやら麻痺は、大分ましになってきているようだ。
あたいは安心して、軽いステップでお姉ちゃんの元へと向かおうとする。
するとお姉ちゃんの表情が、みるみる真っ青になっていくように見えた。
あたいはその意味をすぐに察すると、靴を鳴らしながら後ろへ振り返る。
そこにいたのは触手だらけの化け物、ガタルバーの成の果てが笑いながら立っていた。
いや、もはやそれは立っていることになるのかすらわからない状態だった。
「確かに矢は負けたなぁ……だがそれは俺の実力なんかじゃあない! 俺は実力で、奴を上回ってやるっ! そして右腕へと昇格するんだあァッ! お前ら、絶対に許さねえ!!」
わけのわからないことを叫びながら、ガタルバーは触手を気色悪く揺らめかせる。
壁を這いずり回る大量の触手が、あっけにとられるあたいへと向かってくる。
「ティーレ、あぶないわよっ!」
お姉ちゃんが走って、あたいを押し倒してきた。
次の瞬間、触手はあたいの居た場所へ目掛けて伸びてくる。
そしてその場所へ入れ替わったお姉ちゃんの横っ腹を、複数の触手は突き刺していった。
「あっああっ、お姉ちゃん! くそっガタルバー、騙しやがったのね!?」
あたいは起き上がる勢いのまま、お姉ちゃんに突き刺さる触手をナイフでぶったぎる。
すると触手は、容易くぶちぶちと千切れていった。
そこから真っ赤に輝く血を撒き散らして、あたいの服を染め上げていく。
「汚い液をかけてくるんじゃないわよっ!」
お姉ちゃんを素早く担いで、バックステップで後ろへと引き下がる。
触手はぬらぬらと輝きながら、あたい達を追い掛けようとしている。
だがそこまで速度は出ていない、ここは再び逃げて態勢を立て直すか……
お姉ちゃんを背負いながら、慣れない足取りで走り出す。
「……お姉ちゃん、身体の方は大丈夫なの?」
あたいがお姉ちゃんの顔を見ながら語り掛けると、何事も無いように笑顔を返してくる。
「ええ、今のところは何もないわ。ただ足が少し動かしにくいかしら……」
お姉ちゃんはあたいの背中で、足をばたつかせながら呟いた。
あたいは麻痺のせいだろうとため息を漏らして、お姉ちゃんの足を叩く。
すると返ってきた感触は固く、まるで石を叩いたかのようだった。
悪寒を覚えたあたいは急ストップして、お姉ちゃんを床へと下ろした。
そしてズボンを少しめくると、お姉ちゃんの足首から先は灰色に染まっていた。
「……なによ、これは! まるで石そのものになっちゃってるじゃあないの!」
あたいが叫ぶと、どこからかガタルバーの声が聞こえてくる。
「その通り、それは俺の攻撃を受けた者を石に変えていく術、いわば呪いのようなものだ! それを解くには俺を殺すしか方法は無い! さあ、なぶり殺しの準備は勝手に進んでいくわけだァッ!」
その自信満々の声に耳を塞ぎ、ゆっくりと息を吐き出した。
そしてゆっくりと立ち上がって、通路の先に鋭い目を向ける。
まだガタルバーは来ていないが、ぬたぬたと這い回る音が聞こえてくる。
「お姉ちゃん、あたい行ってくるわ。せいぜい討ち取るまで待っててくれるかしら?」
あたいはお姉ちゃんに顔を向けて、にっこりと笑い掛けた。
正直に言って、勝てるかどうかは微妙だと思っていた。
あたいの肉を切らせて骨を断つ戦法は、全く使い物にならないだろうし。
それでもお姉ちゃんは、あたいに笑顔を返してきてくれた。
「そうね、ティーレならやれるわ。さっさと奴を討ち取って、ゲルニカ君達のところに行きましょう!」
お姉ちゃんは壁にもたれかかりながらゆっくりと立ち上がり、あたいの背中をトンと押してきた。
それを合図にあたいは、通路の先へと走り出した。
曲がり角をきゅっと曲がると、そこには触手で通路を完全に塞いだガタルバーが居た。
「っあんた、あまりにもしつこすぎるのよ! そろそろ諦めたらどうなのよっ!?」
あたいがナイフを向けて叫ぶと、うねっていた触手が一斉にこちらを向いた。
まるで民衆の前に晒されているような、そんな嫌な感覚があたいを襲った。
触手の大半は引き下がっていくが、数本が前へと進んでいった。
そして徐々に加速していったかと思うと、あたいへとぴんと真っ直ぐに伸びてくる。
あたいは地面を蹴って横に避け、ナイフで全て真っ二つに切断する。
切断面から血が舞い散り、あたいの頭からぶっかかる。
あたいは目の部分のみ血を拭い、ガタルバーの本体の方を見る。
触手を切られても動じていない、それどころかしめしめと言ったところか。
試しにナイフを投げ付けると、触手を束ねて壁を作り出し、それで受け止める。
「触手はいくらでも替えのきく捨て駒ってところか……余計に達が悪いわねぇ」
あたいは数歩引き下がり、不気味に揺れるガタルバーを睨んだ。
あたいの能力を持ってしても、今一何を考えているのか掴めない。
今までに無かったことに軽く焦りつつも、迫りくる触手を見切る。
あたいを突き刺そうと連続で向かってくる触手は、軽くかわして順番に切りつけていく。
一度向かってくる触手の動きが止まると、その隙に心を読みにかかる。
――フェイントを掛けようとしている、心を読めるあたいに対しては無駄ね。
しかしその先、どう攻撃しようとしてきているのかが読めない。
攻撃の場所まで読めなかった時は今までもあったが、方法まで読めないのは初めてだった。
いや、読めてはいる、読めてはいるのだが、複数の考えが同時に飛び込んできている。
大量にある触手のせいか、と考えをまとめた時には、触手は動きを再開していた。
その中の一本が、あたいへ向かい迷い無く真っ直ぐに進んでくる。
あたいは焦りながらそれを避けて切りつけると、別の触手が避けた先へ構えていた。
予想していた通り、とその触手にナイフを向けようとすると、あたいの周りを大量の触手が取り囲んでいた。
「くそっ、二重フェイントかっ! 荒業だが仕方ない!」
あたいはくるりと回り、服の袖からナイフをばら蒔く。
ばら蒔かれたナイフは周りにあった触手を全て突き刺して、ばらばらに千切っていった。
――残り二十七本、この触手を全て捌ききるには圧倒的に足りないっ!
あたいは不利を感じ取って後ろに下がろうとするが、既に触手に回り込まれていた。
勢いよく地面を蹴っていたあたいは、そのまま触手に突き刺さってしまいそうになった。
しかしナイフを触手へと真っ直ぐに突き立てて、縦半分に切り裂いていく。
割けていった触手は、走り抜けるあたいの両横を避けていった。
そのままあたいは角を曲がり、お姉ちゃんの元へと駆けていく。
お姉ちゃんは座り込んで、地面を真っ直ぐに見ていた。
「……お姉ちゃん、奴強すぎるよっ。あたいだけじゃ倒せ……お姉ちゃん?」
全く動かないお姉ちゃんの頬を撫でると、ざらざらとした石像のような肌触りだった。
もう額まで石化が進行している、このまま奴がここまで来たら、あの触手の壁に轢かれてしまうっ!
迷っている暇は無い、奴を止めなければお姉ちゃんは死ぬ。
くるりと振り返ると、ガタルバーはもう角を曲がろうとしていた。
ケタケタ笑い声を立てながら、ゆっくりと不気味な動き。
あたいは気持ちを落ち着けて、お姉ちゃんのレイピアを取ると、右手に構える。
そして少しくるりと回して、ガタルバーへと向けた。
「……これなら、まだ戦い抜けるかもしれないっ! お姉ちゃん、見ててね!」
あたいは走り出して、ガタルバーの触手が来る寸前で飛び上がる。
飛び上がったことで、あたいを狙っていた数本の触手は地面を突き刺すことになった。
天井を手で押して下へ素早く落ち、触手の纏まった根元へとレイピアを突き刺して一気に振り抜く。
すると触手の半分は音を立てて崩れ落ち、ガタルバーは横へと倒れ込んだ。
しかし残った触手で瞬時に起き上がると、こちらをくっと睨んで触手を向ける。
攻撃が読めないのは相変わらず、だが前に比べたら圧倒的にましだろう。
左手の指先にナイフを構えて、レイピアとかち合わせる。
それはキィィンと心地好い音を立てて、あたいの思考をシャープにしていく。
「さあ行くわ、ガタルバーッ! デスタリア姉妹を馬鹿にした落とし前、しっかり取ってもらうわよ!」
残っている触手は、後二千本強程度といったところか。
でもわざわざ全部を潰していくのは、攻撃を受ける可能性が高くなってしまう。
何か効率良い方法は無いものなのだろうか。
「落とし前、そんなもの知らぬなァ!!」
触手がうねりながら、あたいの足元を横に凪ぎ払おうとする。
あたいはそれを飛び上がってかわすが、上には予想通り触手が五本ほど待ち構えていた。
考えていた通りにレイピアで、なぞるように切り裂いていく。
そしてガタルバーへと向かって、ナイフを一本素早く投げ付ける。
「その程度の攻撃程度、効くわけないだろが! 舐めてんじゃねえよッ!!」
一瞬で触手をまとめあげ、壁を作り出したガタルバー。
その中心にナイフは突き刺さって、血を噴き上げさせる。
「汚いものなんて舐めたくないわよ! このぬたぬたな触手なんて以ての外よっ!」
あたいは手を伸ばし、レイピアをナイフの刺さった付近に突き刺す。
すると奥から、固い物に突き刺さったような手ごたえを感じた。
あたいはレイピアを押し込み、ガタルバーにとどめを刺そうとした。
しかし残っていた触手がレイピアに絡み付いてゆき、それを許さなかった。
触手はぐいぐいとレイピア抜き取っていき、あたいごと通路へと放り投げる。
お姉ちゃんの隣まで放り出されて、勢いよく滑り込んだ。
その時、お姉ちゃんの姿を見て触手を止める名案を思い付いた。
すぐに起き上がって、お姉ちゃんの肩をがっしりと掴んだ。
「そうね、デスタリア姉妹でガタルバーを倒すんだもん、お姉ちゃんには頑張ってもらわないと……ねっ!」
あたいはお姉ちゃんの右目の包帯をほどいて、その目を露にしていく。
その瞬間、頭がくらりとして思わず倒れ込みそうになる。
そうそうこの感覚、慣れてるとはいっても、疲れてる時にはやっぱり辛いなぁ……
お姉ちゃんの腕を掴んで、ゆっくりと持ち上げて肩に担ぐ。
凄く重い、正真正銘石になっちゃってるのね。
「どうした、まさか逃げるというのか? その呪いは俺を倒さなくては解けないんだぞ?」
ガタルバーが怪訝そうに呟いて、触手を横に揺らした。
あたい以外は心が読めないんだなぁ、とため息を吐き出した。
「逃げるわけがないでしょ? このデスタリア姉妹を馬鹿にした落とし前がまだだしね!」
あたいが叫ぶと、ガタルバーは腹を触手で押さえて大笑いをした。
「つまり気が狂ったのか! そんな重荷を背負って戦えるわけがないだろう?」
ガタルバーはそれだけ言って、触手をあたいへと伸ばしてくる。
左手でお姉ちゃんを支えつつ、右手のレイピアで触手を凪ぎ払う。
ガタルバーの言ったこと、それは正直正しいと思う。
だがこれが勝つ為の、一番の正攻法に思えるんだ。
ならばあたいはその為に、お姉ちゃんの為に隙を作るのみだ。
地面を蹴って少し駆け出すと、ガタルバーの触手が横からあたいへと大量に向かってくる。
お姉ちゃんが乗っているため、レイピアでは凪ぎ払えない。
左手でナイフを一気に十本も打ち出し、触手の先端に突き刺していく。
残ったナイフは十六本、これだけあれば十分ねっ!
あたいはまずレイピアを、ガタルバーへと投げ付ける。
ガタルバーは触手の壁を作り出してそれを防ぐと、即座に外側へ弾き返した。
そして続けてあたいは、ナイフを一本だけ残してガタルバーへ投げ付ける。
それもガタルバーが再び作り出した触手の壁で、全て防がれてすまった。
――ここまでは予想通り、後はこちらの手に乗ってくるのを祈るのみ。
いや奴なら、ガタルバーならばこれに乗ってくるとよくわかった。
「小賢しい手ばかり使ってんじゃねえよ! 終わりだ、デスタリア姉妹!」
ガタルバーは壁を解いた直後に、全ての触手を展開してこちらへと伸ばしてくる。
「……ええ、終わりね、これで終わりよっ!」
あたいはその触手の穴を見て、ガタルバーへとお姉ちゃんを投げる。
その直後、あたいに辿り着けた触手の数本が、ぐさりと腕に突き刺さる。
「何ぃ!? 自身の姉を飛び道具にするとは正気かぁッ!?」
ガタルバーは触手を急いで引き寄せて、本体に当たる寸前で押さえ込む。
足先が動かなくなってくるのを感じる、だけど間に合った。
例え魔物であろうと、この血の満月の呪いからは逃れられない。
ちらりとガタルバーを見ると、頭をがくんと揺らして後ろ向きに倒れていく。
「何だこの感覚、身体の自由が効かないッ! くそっ動けぇ……」
そう言ってガタルバーは、目を閉じて動かなくなってしまった。
あたいはナイフの最後の一本を取り出して、止めの準備にかかる。
しかしその直後、足先が少しずつだが動くようになってきた。
「あれ、確かこの呪いって、ガタルバーが死ぬまで続くんじゃなかったかしら? まあ、むやみに殺すのは好まないから良いけどね……」
そう呟きながら、ガタルバーの触手の上に倒れているお姉ちゃんへと近づいていく。
「不老長寿だから少々身体のパーツが欠けても直せると思うけど、大丈夫かな……っとおお綺麗に残ってるじゃないの!」
お姉ちゃんの身体を見ると、ひび等は見当たらず、大分肌色が戻りかけていた。
あたいは安心して、周りの触手に刺さっているナイフを抜き取りにかかる。
回収できたのは十六本か、まあこんな大物の代償と考えたら上等かな。
そうしている内に、お姉ちゃんが起き上がって背伸びしながら欠伸を浮かべた。
「ふぅーっ! この触手の山、ガタルバーを倒したのね! しかし何か妙に視界が広い……あっティーレ、勝手に私の能力使ったのねー!」
お姉ちゃんが立ち上がって、あたいを指差して怒りにかかる。
「まあいいじゃないの、奴を倒せたんだからねっ! ところでこの様子だと後どれぐらい起きないと思う?」
あたいは笑いながら、お姉ちゃんの肩を掴む。
お姉ちゃんは首を傾げながら、眉間に皺を寄せていた。
「まあ、そうねぇ……えっと、魔物なら後六時間はぐっすりよ」
お姉ちゃんはポケットから包帯を取り出して、右目に巻きながら言った。
あたいもそれで思い出して、包帯を取り出して左目に巻く。
肩の力が抜けて、どっと疲労に押し潰されそうになる。
「久々の実戦で大分疲れたわ……お姉ちゃん、ちょっと寝ていいかしら?」
床に座って壁にもたれ掛かり、ため息を長く吐き出す。
お姉ちゃんはふふんと笑って、あたいの頭を撫でた。
「ええ、敵が来たら私が何とかするから、安心してお休みなさい」
そう言われてあたいは安心して、目を閉じて眠りに落ちていった。
ゲルニカ君、後は任せたわよ……